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姉妹メイド

「やっと終わった~!」


 新たなる自室のフローリング床に座り込む。大量の段ボール箱が積まれたせいで圧迫感のある六畳間を見渡す。お屋敷から持ってきた荷物はそこまで多くなかったはずだが、それでも段ボールの山は出来てしまった。


 壁にかけた時計は11時を指している。思っていたよりは早く荷解きが終わりそうだ。


「ここで新しい生活が始まるのか」


 少し狭く感じるが、これが普通。今までは20畳という異常なサイズの部屋だったのだ。これからは庶民感覚を磨かなければならない。


「ガク様、休憩か?」


 部屋の扉から僕を覗き込むのは犬星いぬぼし舞桜(まお)。珠李の姉だ。


「ちょっとね」


「だったらアタシの部屋を手伝ってくれ」


「休憩してるんだけど」


「手伝ってくれ」


「……わかった」


 こんなこと言いたくはないが、彼女はメイドのくせして僕に命令する。


「珠李は?」


「買い出しに行かせた。アイツは荷物が極端に少ないからな」


「へー」


 通りすがりに珠李の部屋を覗くと、部屋の中央にポツンと、段ボール箱と赤いキャリーケース1つずつ置いてあった。


「えっ、珠李の荷物ってこれだけなのか?」


「着替えと枕と日用品が入っているだけだぞ」


「女の子って服をいっぱい持ってるものじゃないの?」


「若い女性に対して捻くれた幻想を抱くのはやめろください童貞野郎」


「最後の一言は余計だろ」


「そんなことよりも、さっさとアタシの荷物を手伝え」


 廊下の隅には大量の段ボール箱が積まれている。


「ちょ、ちょっと待ってよ。全部舞桜さんの荷物なの……!?」


「その通り」


 自信満々に答えた。荷物の多さは自慢するものではないはずだ。それになんて極端な姉妹だこと。1人は必要最低限の荷物で、もう1人は部屋から飛び出るほどの量。まだ中身を見ていないが、不必要なものばかりだろう。引っ越し前にちゃんと断捨離をしろと言っておいたはずだ。

 

「……わかったよ。日が暮れる前に片付けようか」


「んじゃ、アタシは休憩してるから後は任せた」


「おう、任せてく――いや、自分の荷物でしょ!自分でやりなさい!」


「……ダメか。仕方がねーな。手伝ってやる」


「こっちのセリフだよ」


 こんな具合で荷物整理をするものだから、中々進まない。進捗が芳しくないまま時計は12時を過ぎた。


「只今戻りました」


「おかえり」


 珠李が両手にスーパーの袋を持って帰って来た。


「まだ終わってないんですね」


 呆れた目で大量の荷物を見つめる。


「終わる気配がないよ」


「でしょうね。言っておきますけど、私は手伝いませんよ」


「そんな気がしていた」


 珠李は買って来た食材を冷蔵庫に入れたり、調味料の整理を始めた。


 僕はリビングのソファで寝ている舞桜さんを起こしに行く。


「舞桜さん、そろそろ起きてください」


「んが……」


「舞桜さーん」


「んがぁー……」


「もーーーー」


 屋敷にいた頃は仕事をサボって僕の部屋に侵入。そしてベッドで大の字に寝ていることが多々あった。ここでやっていることも大差ない。


「姉は放っておいてください。私が起こしておきます。ご主人様は段ボール箱をどうにかしてください」


「わかった」


 舞桜の部屋へ戻って段ボール箱を整理していると、リビングからドスン!と重たい音が響いた。


 部屋からリビングを見ると、舞桜が床にへばりついていた。


「なんて起こし方しやがる!」


「荷解きぐらいすぐに終わらせてよお姉ちゃん」


「あんなのガク様に任せておけば――」


「…………」


「わーったよ」


 無言の圧力に屈した舞桜は不機嫌そうな顔で自室にやって来た。


「言っておくけど、珠李が戻って来るまえに何回も起こしたんだからね」


「しゃーない。ここで寝る」


「今度こそ本気で怒られると思うよ」


「バレなきゃ問題ない!」


「――だってさ、珠李」


「なるほど」


「ひっ!」


 舞桜がゆっくりと首を後ろに回す。そこには包丁を持った珠李が暗黒面に堕ちたような笑みを浮かべていた。

 

「い、いやだなぁ。冗談に決まってるだろ」


「それじゃあ、あと30分で廊下の段ボールは部屋の中に入れてくださいね」


「それは――」


「片付けろとは言っていません。せめて荷物は自室に入れてくださいと言っているのです」


「はい」


「頼みましたよ。それでは私は昼食の準備をしますね」


 珠李は笑顔でキッチンへと向かった。


 結局、僕が手伝うことで段ボール箱をすべて舞桜の部屋に詰め込むことが出来た。29分という制限時間ギリギリのことだったが。


 しかし、荷物を部屋に押し込んだとは言え、段ボール箱を開けるのは別の話だ。それぐらいは自分でやってもらわなければ困る。


「珠李、終わったよ」


「それは良かったです。もうすぐ昼食が出来ますので待っていてください」


「わかった」


 リビングのソファに座り、テレビをつける。


「――――冠城グループと露峰グループ共同出資による、新たな製薬会社の設立が発表されました。冠城グループの子会社である冠城製薬とは異なり、新設立された会社は――」


 そんなニュースが流れた瞬間、即座にチャンネルを変えてクイズ番組に切り替わった。


「自分の姓が付いた会社がそんなに嫌いですか?」


 いつの間にか、キッチンにいたはずの珠李が隣に立っていた。


「嫌いじゃなきゃ、こんな場所に引っ越しはしないさ」


「それもそうですね」


「わざわざ俺のワガママに付いて来なくて良かったんだぞ」


「…………私はご主人様専属のメイドです」


 珠李は不愛想にそれだけ言うと、キッチンに戻った。


 (それは答えになってないよ……)


 その言葉を口に出すわけでもなく、太腿に頬杖をついてテレビのチャンネルを変えた。





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