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策略と真相

「紅ちゃん、キミの策略なんだろ?」


 2人を見送り、教室に残っていた紅に、紡は問いかける。


「なんのこと?」


「単純な話さ。鍵を取って来ようとしても、ここの鍵は職員室でパスワード付きの保管箱に収納されている。鍵の貸し出しには名簿に名前を書かなくてはいけない。さらに、先生なら誰でもいいがサインも必要となる。パスワードが変わる頻度はそう高くないらしいが、仮にパスワードを入力しても職員室で先生の目を盗んで鍵を拝借するなんてのは不可能だ。ロックが解除された時に音も鳴るからね」


 何を言っているのか分からないと、笑顔だけを作って口は閉じている。


「さて、ここまで聞いて一生徒が鍵を盗むと思うかい? 少なくとも、ボクには出来っこないね。他の生徒よりも長く在籍しているボクが言うんだ。ってことは、この学園の生徒は、職員室で先生の目を盗んで鍵は借りられない」


「…………」


 沈黙こそ正解だろう。


「このご時世に、生徒へマスターキーの貸し出しは厳しいんじゃないかな。でも、学校には生徒よりも簡単にマスターキーを手に入れる人物が――いや、()()があるらしんだけど」


「へぇ、誰なのかしら」


 勿論、両者とも答えは分かっている。こんなもの、シャーロックホームズが行う推理にも程遠い。前提条件を知っていれば辿り着けるバカバカしい問題だった。


 だからこそ、答えを口にすることは無かった。


 あくまでも考察が現実として可能である、と提示しただけだ。


「…………はぁ。わかったよ。あくまで白を切るんだね。それでいいさ。とにかく、化学実験部の存続の為に彼と引き合わせてくれて感謝してるよ」


「私は何もしてないわよ」


「またまた~。そんなに情報が欲しいのかい?」


「何のことかしら?」


「結賀崎グループと冠城グループによる極秘共同研究、それを紅ちゃんは追っているんだよね」


「…………」


「ボクが結賀崎の家長を務めているから、化学とは無関係な紅ちゃんが化学実験部の顧問として名前を貸してくれたのは知っているよ。ボクと仲良くして情報を引き出そうとしていた。その矢先、もっと良質で格好の獲物が自ら網に引っ掛かった」


 赤く燃えるアルコールランプに、そっと蓋をした。黒い煙が蓋から溢れる。


「あの実験は冠城グループが主導していた実験。高校生とは言え、冠城の次期当主候補。彼の方が情報を持っているはずだと思い、作戦を変更した……」


「ホント、天才には敵わないわ。どこで私の情報を手に入れたのかしら」


 紅は、諦めたように胸の前で腕を組んだ。そこを認めるなら閉じ込めたことも認めてはいいのではなかろうか。


「冠城グループの子会社が起こした不祥事。それをスクープとして世に公表したのが紅ちゃんだったとはね」


 冠城グループの子会社である冠城製薬が起こした不祥事。それは子会社の社長が副社長と共に、会社の金を横領していたという疑惑。

 

 結局のところ、悪かったのは子会社社長だけで副社長は冤罪だったことが判明した。


 それで話は収まれば良かったのだが、上手くはいかなかった。


 副社長は毎日押し寄せる報道陣や、親会社からのパワハラとも呼べるような厳しい尋問により自殺へと追い込まれてしまったのだ。

 

 この事件は自殺へと追いやってしまった報道の在り方や、親会社のパワハラ体質についての論争が巻き起こり、法の一部が書き換えられる事態にまで、世間を一風したものだった。


「良く調べたものよね。当時の名前はジャーナリストとして活動する為の偽名だったのに」


「はは、金の力だよ。だいぶ廃れたとは言え、未だに日本トップレベルの製薬会社の家系だからね。それで、どうして紅ちゃんは教師に転向しても冠城グループの闇を追っているわけ?―—―—消されるよ」


 紡はニコニコとした表情を、一切変化させずに物騒なことを口にした。


「ヤバい時の一線の引き方は心得ているわよ」


「言っておくけど紅ちゃん、引くも押すもねぇ、キミはもう線の上に足を置いている状態だからね」


「引くも押すも変わらないなら、押す方がお得じゃない?」


「……まったくキミって人は。とにかく、ボクは『あの実験』について知っているとだけ明言しておくよ」


 よいせ、と椅子から飛び降りるように立ち上がる。白衣のポケットに手を突っ込むとそのまま部屋を出て行った。


「はぁ……」


 紅は誰も居なくなった教室で大きなため息を吐いた。結賀崎紡に釘を刺されたということは真相に近づいている証拠だ。


 何も知らないとは言っていたが、このまま冠城学を追うのは愚策ということか。少しでも情報が零れ出る可能性にかけたいところではある。


「そうだ!」


 教室の扉からひょっこり顔を出した紡に紅は驚いた。


「あの坊ちゃんを追うのは二重の意味でおススメしないよ」


「それってどういうこと?」


「メイドちゃんが付いているでしょ。あの子に目を付けられたらそれこそ紅ちゃんはおしまいだからね」


 いつも冠城学の傍らにいる少女、犬星珠李のことだ。確かに成績優秀で運動神経も抜群だ。冠城家の次期当主に仕えている時点で相当キレ者なのだろう。


「それと、繰り返すけど、ホントーに学君何も知らないと思うよ。彼は会社を継ぐつもりなさそうだし」


「え?」


「だから、本家から離れたこんな学校(場所)に来たんでしょ」


 それもそうだった。彼の通っていた私立中学校であればそのままエスカレーターで高等部に行けるのだ。それに、この学校は偏差値が高い方ではあるものの、もっと上の学校も沢山存在する。


「浮かない顔だねまったく。そんなに早死にしたいならヒントをあげる。裏の世界で名の知れた血も涙も無い男(コールドマン)について調べてみなよ」


 聞いたことが無い名前だった。裏の世界での話なら当然と言えばそうだが。


「それって――」


 質問を投げかける前に、今度こそ紡は姿を消していた。


「あとは自分でやれってことね。――彼女すら言葉に出さない、プロジェクトアダムって、一体何の実験なのかしら」


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