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頼み事

 陽もだいぶ傾いた頃、ようやく勉強を中断した。気づいたら4時間も休憩無しで続けて勉強していた。受験生の割には勉強時間が短いのかもしれないが、志望校の偏差値には余裕をもって届いている。こんな日もあっていいだろう。

 

 肩を回して背筋を伸ばす。ペンを置いたところで、自室にノックの音がして振り返った。


「どうぞ――ってオイ」


 金髪ポニーテールのメイドがすでに部屋へ侵入していた。


「なんで部屋に入ってからノックしてるんだよ。逆だろ」


「常識に捕らわれちゃいけないぜ、ガク様」


 にっ、と悪戯な笑顔を作ったのは珠李の姉である犬星舞桜(まお)だった。彼女もこの屋敷に勤めるメイドの1人だ。元々は俺の両親の直属だったが、交通事故で亡くなってからはメイド長補佐兼珠李の補佐として、屋敷で働くメイドたちのサポートを行っている。


「そんなことよりも、お知らせだ。ジン様が帰って来たぞ。話があるなら食事をしながらってことらしい。珠李も待ってるぞ」


「わかった」


 休憩ついでに丁度良い。舞桜に誘導されるかたちで屋敷の中を進んでいく。


 屋敷の北側にある大きな食堂。普段から俺と刃はそこで食事をしている。


 部屋に入ると既に爺さんが席に座ってステーキを頬張っていた。その後ろには刃の専属メイドであり、珠李と舞桜の母親である梅子うめこが待機していた。


 刃は俺のことには気づいているが、チラリと一瞬見ただけだった。素っ気ない態度はいつものことだ。気にせず席に座る。ステーキにナイフを入れたところでようやく刃が口を開いた。


「学、高校は決めたか」


 呼び出しとは今更受験の話か。もう中三の冬だぞ。もう少し孫の進路に興味を持って欲しいものだ。


「爺さん、そのことで話があるんだ」


 刃は怪訝そうな顔を浮かべ、ステーキを呑み込んでから口を開いた。


「……なんだ?」


「屋敷を出て一人暮らしをしたいんだ」


「ほぉ。そりゃまたどうして?」


「俺が会社を継ぐつもりは無いってこと、知ってるだろ」


「まあな」


「冠城って名前の力を借りずに今後を生きていくなら、まずは屋敷を出るところから始めるべきだと思ったんだ」


「なるほど。そういうことか。それなら許そうじゃないか」


 こんなにもあっさりと許可が取れるとは思っていなかった。若い頃はすぐに手が出ていたという血の気の多い刃とは、殴り合いまでは行かずとも口論にはなると予想していたのだ。


「本当に?」


「ああ」


 今すぐ立ち上がってガッツポーズを決めたいぐらいには嬉しい。


「ただし条件がある」


 そりゃそうか。そんな簡単に目的が達成されれば苦労していない。どんな条件だろうと飲み込んでやる。覚悟はとっくに決まっていた。


「犬星姉妹と共に住め」


「…………」


――――は???


 刃の言ったことに理解が追い付かなかった。犬星姉妹。つまり、珠李と舞桜。彼女たちと暮らせと言うのか。


「ちょっと待ってくれ! どうしてそうなるんだよ!」


「いきなり一人暮らしなど始めても自堕落な日々を送るだけだ。まずは彼女たちのサポートを受けながら生活してみろ」


「っ、ぬ……」


 反論しようとして大きく飲み込んだ。刃の言っていることは正しい。中学生という世間から見たら所詮はガキの俺に、出来ないことは沢山ある。しかし、メイドから脱却する為の1人暮らし構想がこれでは本末転倒だ。


「ジン様、ちょっといいか?」


 後ろで腕組みしていた舞桜が会話に参加してきた。


「なんだ?」


 おっ、さすがに舞桜は反対してくれるのか!


「アタシは賛成だぜ。ガク様のことは任せてくれ!」


 親指を突き出してグッドサインを送って来た。


 違う。そうじゃない。期待して損した。


「それは頼もしい。よろしく頼んだよ。部屋の大きさは3LDKでいいかな? すぐに手配しよう」


「そうだな。さすがに1人1部屋は無いとな」


――――マズイ!話が勝手に進んでいく!


「いやいや、俺の身勝手に彼女たちを巻き込むのは気が引けるというか……」


「ガク様、ご主人の身勝手を引き受けるのもメイドの役目なんだぜ」


「お姉様の言う通りです。私たちはご主人様がどこへ行こうと付いていきます。ご安心を」


 珠李までも3人暮らしに同意している。


「そ、それは、——さようですかぁ……」


 そんなこと言われてしまっては何も言い返せない。どこまでも付いて来てくれると慕ってくれるメイドの存在こそ俺の弱点である。


 もう、受け入れるしかあるまい。勝ち戦であり負け戦だったんだ。


「ふっ、2人共、俺の新生活のサポートを……よろしくお願いしま……す」


 そう言って渋々俺が頭を下げた時、刃の後ろにいた梅子が勝ち誇った様な笑みを浮かべていたのはきっと気のせいだろう。




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