06.相合傘
今日も今日とて少女はひねくれている。
そんな彼女に捻くれたのか快晴だったはずの天は雨粒を湯水のように地面に叩きつけていた。
「捻くれてるわたしに捻くれてんじゃないわよ」
空にメンチを切った少女は軽く舌打ちをする。何故こんなに機嫌が悪いのかというと天気予報を信じて傘を持ってきていなかったからだった。
「もうあのお天気のお姉さん信じないわ。一種の新興宗教の如く崇め、奉っていた感もあったけどもう信じない。帰依したのが間違いだったわ。良純の方がまだましよ」
おかげで午後四時を回ろうとしている放課後の昇降口で立ち往生してしまっている。これは少女にとってとても不愉快なものだった。
ふと目を向けると傘置場が目に入る。まだ帰っていない生徒たちの様々な傘がたくさんさしてあった。
「そうか、この中からどれかパクればいいんだわ。どうせ安物だろうし」
少女が傘に手を伸ばすとその細い腕を横からガッと何者かに掴まれた。
「駄目だよ、人の傘盗っちゃ」
「あなた・・・・・・! わたしとあの時一緒にバケツ持って廊下に立ってた・・・・・・。もしやこれが運命・・・?」
「いや、違うと思うし。そんな運命僕は信じない」
即答された。
少女に話しかけてきたのは数日前、少女が授業中に外を見ていたところ注意してきた男子生徒だった。
少女といくつものコントを繰り広げたあげく教師に水いっぱいのバケツを持って立たされるという漫画のような罰を受けた。
「ええと、あなた確か・・・・・・11月10日更新の第一話に出てきた・・・・・・」
「そんなメタ発言言われると調子狂うよ。言わせてもらうとそれ、僕もそっくりそのまま言い返せる台詞だからね」
「まあ、いいわ。で、そのツッコミ太郎君がわたしに何の用よ」
「ツッコミ太郎!?」
「こういう小説ではね、絵がまったく出てこないんだから名前が肝心なのよ。こういうシンプルで分かりやすい人物像の輪郭がはっきり分かる名前じゃないと。わたしだって名前が捻・くれ子でもいい気分よ」
「残念だけど僕は納得しかねるよ!」
「あなたって呼吸するようにツッコミするのね」
「それは君が呼吸するようにボケをかますからだろう!?」
「まあそれに関しては一歩譲ったとしてもあなたのツッコミに関しては類い稀なる何かを感じるわ。ガナルカナルタカアンドトシになりたかったんだっけ?」
「混在してるよ!」
「エンタの金メダルに出るのが夢」
「目指してないし、どっちも終わっちゃってるよ!」
「そういえばそうね。ちなみにわたしは笑点が好きだったわ」
「それはまだ終わってねえ!」
ツッコミ太郎がまた息を巻くほどのツッコミをしているのに気が付き、少し恥ずかしがるような仕草を見せた。
「・・・ふふぅ。まぁ、それはいいとしてわたしは今日不覚にも傘を忘れたの。だから他の人の傘が必要なの。特にあなたがどうこう言う必要ないでしょ」
「おおありだよ」
ツッコミ太郎は真剣な目で少女をみた。
「たとえ忘れたとしてもそれは人のなんだよ。窃盗と同じなんだよ」
「真剣なあなた・・・・・・とても面白くないわね」
「悪かったな!」
「だって、あまり大事そうな傘でもないし、どうみてもダ○ソーで売ってそうだし・・・・・・」
「何で君はそう捻くれた考えしか持てないのかなぁ!」
「NO HINEKURE NO LIFE!!」
「格好良く言うなぁ!!」
ツッコミ太郎はその場で頭を抱え込んでのたうち回った。おそらく思わず突っ込んでしまう自分の性に自己嫌悪を感じているのだろう。
「じゃあどうすればいいのよ」
少女はちょっとむっとした顔で直球で訊いた。ツッコミ太郎はそれを聞くと抱えていた手を下ろして少し照れくさそうに言った。
「僕の傘に入ればいいよ」
「くっさ」
「・・・・・・・・・・・・」
「くっさ、くっさくっさくっさくっさくっさくさささささくっさくさくさ、くっさい!! 臭ッ!」
「小キック連続で心を攻撃するのはやめて! それに別に邪まな考えとかないから」
「嘘よ。どうせどさくさに紛れて気づかれないようにわたしの下着のホックを外しにかかるに決まってるわ!」
「そんな荒業持ってないよ! そんな気持ちも持ってない!」
「『不可抗力、不可抗力。ぐへへ、さあ君の豊満な果実を僕に食べさせてちょうだい』」
「何だそれは! もしかして僕か!!」
「狙っている時点で全然不可抗力じゃないわよね」
「君が言い始めたんだろ!」
「分かった分かった、分かったわよ!」
少女は両手を振って諦めたように口を開いた。
「・・・・・・じゃあ最後まで送って行ってよね」
「えっ・・・う、うん! うん!」
ツッコミ太郎は首肯した。
それからツッコミ太郎は少女を傘に入れて帰路についていた。
すぐそばに女の子がいる。それを考えるだけでツッコミ太郎は鼓動が高まっていった。
「雨って・・・・・・嫌いなのよね」
そっぽを向いてぼそっと呟く。
「どうして」
「さぁ、何ででしょうね」
「・・・・・・・・・・・・」
しばらく沈黙が続いた。そしてお互い黙ったまま歩いていくと大きなマンションが見えた。
「あそこがわたしの家よ。ありがとう、ここでいいわ。自宅までの道には屋根がついているし、もう大丈夫よ。それじゃあまた学校で」
少女が傘から離れて屋根の下へと駆けていく。
そしてこちらを見て少し口角をあげて見せると軽く手を振ってマンションへと向かっていった。
ツッコミ太郎も手を振って踵を返して家路へと歩き出した。
ツッコミ太郎は熟れたトマトのように顔を赤くしていた。あの捻くれた少女に翻弄されながらもいつの間にか心地よい心の拠り所になっていたのだ。
「ようし、明日も頑張るぞ!」
ツッコミ太郎は水たまりを散らしながら、特に必要性が見いだせないアニメOPのように走りだした。
頑張れツッコミ太郎!
君の未来は君しか決められないのだ!
ひねくれ少女に負けるんじゃないぞツッコミ太郎!
これからも突っ込んでいけ、ツッコミ太郎!
「さっきから地の文ツッコミ太郎ツッコミ太郎ばかりうるせぇぞ!」
ツッコミ太郎は突っ込んだ。




