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ドロシーSL怪奇譚  作者: どろぴっぴ
3/10

巡礼

 グループ名『ジャーマン村』それはサトリ大陸の中央部にあるとても小さな共同体だ。家族単位といってもいい。『果てしない物語』で知られるミヒャエル・エンデの小説や、ドイツ映画や歴史やパンツァー戦車好きが偶然集まって誕生したたった6人の小集団だ。そして、誰一人「グーテンモルゲン」以外のドイツ語など話せないし、ドイツに行ったことも無く、全員が仏教徒の日本人である。SLには往々にしてそのようなコミュニティがあり、日本の居酒屋横丁のような街並みを作って住んでいるのが全て外国人なんてことも珍しくはない。日本に行きたければ日本風の街を作るのが仮想世界なのだ。ジャーマン村は土地レンタルで儲けようとした地主が失敗して、撤退するときに区画売りされた512平方の小さな土地をそれぞれが購入することで完成した、メンバーが集まってそれなりに遊べる場所だった。彼らはインワールドでは目立つことも無ければ毒にも薬にもならないコミュニティだ。

 「グーテンモルゲン!」

 どこかのアニメから切り取った萌え声ジェスの挨拶が今日もジャーマン村に響き渡った。現実時間では夜の八時。時間的挨拶としてはグーテンアーベントだが、それを言うジェスは誰も持っていないのが悲しいところではある。5人の仲間がすでに集まっているところで、グループの発起人であり村長でもあるMeisterpopoことポポさんが最後に現れた。いつもは夕方には村にいるのに今日はずいぶん遅い。どこかから歩いてきたようだ。ポポさんの衣装はサスペンダーと帽子の民族衣装で、いつもビールを片手にしている姿だが、この日は様子が違った。背中におじいさんを背負っていたのだ。

 「村長、なんで爺さんを装備してるの?」

 「子泣きじじいネタとか?」

 メンバーがそう言ったのは、ポポさんの背負ったおじいさんがアバターではなかったからだ。いや、むしろよくできたアバターに見えるレベルだが、名前表示がなく、ミニマップにもポポさんの反応しかない。そのおじいさんはアバターではなく、彼の装備品のように思われたのだ。年老いた身体と肌は柳の木のように細くしわだらけで、ボロボロの服を着ている。目には生気を感じない。その光景はビールで酔っ払った陽気なドイツ人が、羅生門から年老いた死体を運んできたような印象だ。

 「このジジイはアバターじゃないどころか、とんでもない疫病神だよ」

 ポポさんは枯れ果てたおじいさんを背負ったままチャットを打った。

 「南の方にある大きな王国コミュニティに遊びに行ったのだけど、そこの一人がこのジジイを背負っていたんだ。自分もそういうネタだと思って、気にもしていなかったんだけど、会話をしている間に乗り移られてしまった。ジジイが離れた相手は喜んでいたよ」

 「疫病神ってどういうことだ?」

 甲冑を着込んだ中世ドイツ騎士姿のジャガー卿ことnikujaguarが聞いた。騎士とは言っても彼は馬には乗っていない。甲冑姿が映えるような格好いい騎乗馬の商品を見つけはしたが、思ったよりも高すぎて彼には買えなかったのだ。仲間にはナイトの姿をしたポーンと言われている。高貴そうに見えてもプレミアカウント代を払うだけでも出費が大きいと考えているタイプなのだ。

 「そうさ。ジジイを背負ってからTPは必ず失敗するし、乗り物に乗っても動かない。飛行も走ることもできない。リログしてもくっついたままだ。仕方なくサトリ大陸南の王国グループからジャーマン村まで歩いて戻ってきたんだよ。これじゃ買い物だって行けないぞ」

 「おっと、ポポさんから離れておこう。乗り移られたら大変だ。近づいたら収容所送りにする」

 ドイツ将校姿のexedexes2が一歩下がる。

 「おい。冷たいなエグゼ。誰かこのじいさんにカーソル合わせて見ろよ。名前が出るから」

 騎士ジャガーがポポさんの背負う老人にカーソルを合わせてみると、名称のような英文字が表示された。shiitakeと読める。

 「名前か?『shiitake』って表示が出るのだが。シイタケ爺さん?」

 「その爺さん見たことあるなと思ったが、コルシカ辺りでよく似たスキン売ってる店がある。近くのSIMもそんな名前だったよ」

 そうエグゼが語った時だった。ポポさんの背中に抱き着いていたシイタケなる老人がゆっくりと地面に降り、今度は騎士ジャガーの背中に背負い式バッグのように抱き着いたのだ。

 「なんだ!?なんで俺に?」

 ジャガーは走ろうと思ったが走れなかった。飛ぼうと思っても飛べない。恐らく、ポポさんの言うようにTPもできず、乗り物にも乗れないのだろう。

 「ふぅ。助かった。そのジジイは名前を言うと相手に乗り移るんだよ。俺もそうやって取りつかれたんだ」

 「はめたな村長!」

 こうなるとここにいるメンバーの誰も「shiitake」とは発言しないだろう。どこか別の人々がいるコミュニティまで歩くしかない。そこにいる人々の誰かに老人の名前を呼ばせるしか解決方法がないようだ。知り合いメンバーのジャーマン村なら簡単なことだが、他所の集団となるとまずその輪の中に入らなければいけない。大陸をアバターの足で練り歩き、対話のできる人々を探さないといけないのだ。

 「すまんなジャガー卿。南の王国グループではジジイの名はすでに知られている。そのジジイを手っ取り早く誰かに移すなら、北へ向かうしかないぞ」

 こうして、甲冑騎士ジャガー卿は一人の老人を背中に背負い、サトリ大陸を北へ向かって一人旅に出ることとなった。騎士道においては、ロマンチックな冒険を求めて方々を渡り歩く騎士を『遍歴騎士』と呼んだが、今の彼の姿にはロマンの欠片もない。墓所から盗掘した聖人のミイラでも運んでいるようだ。

 ジャーマン村から旅立ったジャガーに待ち受けていたのは苦難の道のりだった。ミニマップ上に人の姿があったとしても、地上にいる者は思ったより少ない。一人で地上の家にいるアバターもAFK中の中身がいない者ばかりだ。ジャガーは公道を外れて丘を越え、時には景色を貼っただけの大きな壁に阻まれながら、老人を背負って徒歩で北上し、ついにはノーチラスの海底を潜水士のように進んでいた。プリムの沈没船、テクスチャーの魚や海藻に囲まれながら、ジャガーは考えた。

 (人をだまして疫病神を取りつかせるなんて俺にはやっぱりできない。騎士道精神に反する。解決策は思いつかないが、エグゼの言っていたshiitakeという名のSIMに行ってみるか)

 ジャガーは聖地を目指す騎士のように、老人と同じ名前のSIMがあるコルシカ大陸へ向かってさらに北上した。道なき道と他人の庭を越え、海底から桟橋を見上げて登れそうな場所を探し、土地バリアに弾かれる。ジャーマン村の仲間はとっくに寝ているに違いない。ジャガーは眠らずに旅をした。時にはライフ設定された強プッシュダメージの地雷原を恐る恐る通り抜け、厄介な海外の騎士クラスターに剣術試合を挑まれ、ドラゴンが鎮座する古城に囚われた貴婦人をSM家具から勝手に救い、ジャガーの仮想世界の旅は一つの物語として綴られようとしていた。何時間もの危難や困難を乗り越え、ジャガーは騎士として精神的な成長を遂げ始めていた。

 そして、コルシカ大陸の公道から見上げる岩場の山麓。目の前に見える斜面の先にshiitakeと呼ばれるSIMがあった。そこはほぼリンデンの放棄地で、荒涼とした岩場が広がっているだけだ。ジャガーはついにshiitakeの地を踏んだ。

 「あんたと同じ名前のSIMについたぞ爺さん。思えばだいぶ遠くまで来たもんだ」

 現実世界ではそろそろ夜明けだ。感慨深さの中で突然、ジャガーの背中が激しく光り輝いた。老人だったものが背中から離れると、それは人の姿をした発行体となって宙に浮かんだ。

 「私の名はshiitake。この土地に生まれたSIMの精。この地を離れると会話と移動する力を失う不自由な存在だが、私は世界を見たかった。遠い昔にここに住んでいたアバターと仲良くなり共に旅に出たのだ。ある日、その者が仮想世界から引退したため戻れなくなった。私の名前を呼ぶ者と共にいればいつかこの地へ戻れるだろうと信じていたのだ」

 ジャガーは突然のことにチャットも打てず、輝くSIMの精を見上げていた。

 「最後の旅は楽しかったぞジャガー卿。お前にはこれを与えよう」

 空中から何か美しい拳大の塊が降りてきて、ジャガーの手に渡った。それは繊細な模様や細工をされた見たことも無い美しい宝石だった。どうやらプリムで製作されている品のようだ。

 「私の作った長年蓄積された多くの人々の幸運が詰まっている宝玉だ。仮想世界に限るが、それを自宅に置くことでお前には強い運が舞い込むだろう。私も他のSIMの精と同じく、しばし眠りにつこう。さらばだ」

 SIMの精shiitakeはそういうとすぅと姿を消した。後には何もない岩場の斜面が広がっているだけだった。ジャガーは素晴らしい細工の宝石を眺めた。なるほど、これを自分の所有する512平方の土地に置けば、これからはLBもガチャも思いのままというわけだ。仮想世界であまりお金を使わない主義のため、ジャガーの想像できるスケールは小さかった。

 そして、Liを調べると320プリムで作られていた。自宅の土地の許容数をオーバーしている。

 「……置けねぇんだよ」

 ジャガー卿はコルシカの山から遠い景色を眺めて呟いた。

挿絵(By みてみん)

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