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二つの牢屋のならぶ空間の奥には確かにもう一つ部屋があった。部屋の前には棚が扉代わりに置かれており、言われなければ見落としたかもしれない。
中は暗く灯りは無かった。
よく見れば入ってすぐの壁に窪みがあり蝋燭が用意されている。
牢屋の灯り用の蝋燭で火を灯すと全容が見えてきた。
狭い空間の中には一人の少女が囚われていた。
長い灰色の髪が床一面に広がり椅子ごと縛られた少女の顔すら隠している。
ピクリ、とも動かない様子は死を連想させた。
側に近寄ると牢屋以上の酷い悪臭がする。
椅子に固定された少女は食事も排泄もその場でするしか無かったのだろう。吐いた跡もあり服に酷い染みとなって残っていた。
俺は近くまで寄って違和感に気がついた。
長い髪に隠れて姿がよく見えない少女。
だが、本来あるはずのものが確認出来ない。
この少女、両手両足が無いのだ。達磨と呼ばれる状態である。
「.....xzykdksj....。」
小さな声で微かに聞いたことのない言葉が聞こえる。俺のスキルはその言葉をすぐに翻訳し始めた。
『......ころして.....。』
確かにそう言った。どこの言葉か分からないが、自分も同じ状況ならそう言っただろう。
『死なせませんよ?私たちは助けに来たのですから。』
答えると少女は驚いた様に顔を跳ね上げた。
髪の隙間から金色の綺麗な目が見えた。吸い込まれそうな程美しいその目に俺は一瞬見惚れてしまう。
暫く少女と二人見つめ合ったまま沈黙が部屋を支配した。
『....あなた、りゅうご、が、わかるの?』
「................ええ、諸事情で少しだけ。」
レアな言語だったらしい。少女も辿々しいことから完全に話せるわけではない事が伺えた。
俺は慌ててリムサッカの言葉に直して答えた。
普通の冒険者が珍しい言葉を何の理由もなく喋れる訳がない。
「助けに来ました。お家に帰りましょう。」
「.....ありがと。」
少女は涙を流している。
縄を解いて椅子から持ち上げると想像以上に軽かった何日も食事を食べて居ないのかもしれない。
外に出るとレオナルドさんに伸された盗賊達が後から来たらしき衛兵に片っ端から縛られている所だった。
洞窟から少女を抱えて出てきた俺を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。まるで心配した様子はない。
「ユウ!無事か!」
「ええ、おかげ様で。盗賊に囚われるなどという貴重な経験をさせて頂きました。ええ、本当に。打ち合わせもあえてしないという素晴らしい対応をして頂きまして、有難う御座います。」
嫌味をたっぷり込めて礼を言う。
レオナルドさんは苦笑いして肩をすくめた。全く反省の色は見えない。
俺は抱えていた少女を衛兵に受け渡して後ろを振り向いた。
洞窟の入り口には青い髪の女性がいつの間にか居た。
「あら、ユウ。意外に元気そうじゃない?」
良いものが見つかったのか上機嫌に笑った。
さらに反省の色が見えない人物、リディアさんだ。手には何かの紙の束を持って立っている。
――コイツら、俺を何だと思って...!!
額に青筋を立てそうになりながらも笑顔を保つ。
その横を背の高い男が盗賊を二人持ちながら歩いていく。
「そうなんス。格好良く助けに行ったのに、終わってたっス」
どさり、と俺が倒した二人の盗賊を無造作に置いてニックが言う。
首を切った盗賊が地面に落とされた時にうめき声を上げた。
――死んで無かったのか...。良かった。
こっそりとため息を吐く。
しょうがないとしてもやっぱり人殺しはしたくない。
それを不思議そうにニックが眺めていた。
「...ユウは繊細なのよ。ニックと違って。」
視線に気づいたリディアさんが言う。
「よく分かんないっス。俺にはレオたち以外魔物も人間も同じに見えるっス。」
本気で分からないという風に首を傾げるニックさん。元々裏社会育ちなのでそもそも感覚が違う様だ。
全ての盗賊を衛兵に引き渡し、依頼は完了だ。
ギルドの手続きは明日レオナルドさんたちと一緒に行うことになった。
宿に戻った俺は服を脱ぎ捨ててそのまま食事もせずに布団にダイブした。




