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ザクザク、と草を踏みしめる音が一定の間隔で響いている。街を出てから三日。野宿をしながら移動している。途中何度も魔物に襲われ、討伐しながらの移動は身体に疲労を蓄積させる。
夜眠れないこともそれに拍車をかけていた。
「そろそろ休憩しよう。」
先頭を歩く亜玲空の声に後ろに続く二人からため息が聞こえた。
「やっと休める〜。」
「目的の村はまだなの?」
口を開けば最初から文句が出る。限界が近い証拠でもあるのだろう。
涼しい顔で最後に続くのはジルだ。
「あと半日も歩けば村に着くはずだ。今日の夜はベッドで眠れるだろう。」
ジルの言葉に喜ぶのは女性人だ。
「これでようやく休めるわね。」
「やっとお風呂に入れる〜。早くいこうよ!」
「ちゃんと休んでからね?あと半日歩くんだから。」
はしゃぐ聖を亜玲空が宥める。
一行は休憩を挟みつつ日が沈む前に小さな村にたどり着いた。
聖と飛鳥の顔を見た村の門番は慌てた様子で村長を呼びに行く。
「勇者って有名なのかな?」
「さぁ?」
「事前に連絡が回ってるとか?」
黒髪が目立っていることに気づかない三人は顔を見合わせて不思議そうに首をかしげた。
村長らしき白髪の老人がさっきの門番に付き添われて現れた。
「勇者様方、ようこそいらっしゃいました。何も無い村ではありますが、どうぞ旅の疲れを癒やしてくだされ。」
「ありがとうございます。では早速ですが宿とお風呂をお借りしたいのですが。」
亜玲空が代表して村長と話をする。
宿と風呂と聞いた村長は顔色を悪くした。
「申し訳ございませんが、この村に宿屋はございません。代わりに私の家でお泊まり下さい。それと、風呂も用意出来ません。誠に申し訳ない。」
「ええっ!?お風呂ないのっ!?」
声を上げたのは聖だった。
しかし失言だと気付き直ぐに口を手で覆った。
チラリ、と聖を見て亜玲空は村長に向き直る。
「仲間が失礼しました。それで大丈夫です。よろしくお願いします。」
物腰の柔らかい態度に明らかにホッとした様な態度を見せる村長。
この村の空気は明らかにおかしかった。
村長の自宅に着くと部屋に案内される。しかしベッドは一つしかなく、部屋も村長夫婦の寝室以外には一つしかない小さな家だった。
仕方なので女性二人が部屋を借り、男二人はリビングの床で寝ることとなった。
野宿よりは多少マシ程度でしかない状況に亜玲空たちは戸惑っていた。
状況を予測していたのはジルだけだろう。
村長の家は普通の村として常識的な大きさだった。
風呂が無いのはこの世界では当たり前である。最初に泊まったのが大きい街の立派な領主館で風呂もあったために、そこまでとはいかずとも近い待遇を期待していたのだろう。
特に女性二人の落胆は大きかった。
泥だらけの服やベトベトの髪をなんとかしたかったのだ。ここまで不衛生な状況は初めてで不満が溜まっていく。
翌日、村の中を巡るが、どの村人もあからさまに亜玲空たちを避けていく。
村で唯一の商店も近づくと店の扉を閉めてしまった。
「どういうことだ...?」
「...避けられてるよね?私たち。」
「ここまであからさまなら間違い無いわね。」
魔物から村を救う為に派遣されたはずの勇者が村人に避けられているという不思議な状態だった。
聖は庭で遊ぶ子供を見つけて笑顔で近づいてみた。
「こんにちわ!」
「え!?勇者だ...!」
「ヤベェ、逃げよッ!!」
子供は正直である。
はっきりと逃げようと言った。
「ええ?ちょっと...。」
聖は子供たちに手を伸ばすが虚しく空を彷徨う。
子供は好きだった為にショックを受けた。
「....これは、調べて見たほうが良いかもね。」
飛鳥の呟きに全員が賛同する。
そこからはこっそり村人の会話をあちこちで盗み聞きを始めた。
「ウチに勇者が来たのよ!」
「ウチにもよ!さっき来たわ!」
「嫌ぁねぇ、下手に文句つけられたら不敬罪で打首なんでしょう?堪ったもんじゃないわ。」
「聞いた?あの勇者たち来て早々に風呂を用意しろとか無茶言ったらしいわ。村長さんも大変ねー!」
「聞いたわ!出さなきゃ打首って言ったんでしょう?ほんと、どこの貴族よ!関わらないのが一番だわ。」
「ああ、早く出て行ってくれないかしら。」
おばさんたちの会話を聞いて愕然とする。逆らえば不敬罪で打首なんてどこの暴君だ。
お陰で村人たちの態度も理解出来た。
そんな危ない人物が村に来れば避けるだろう。
風呂については聖の失言に尾鰭が付いたのだろうが、なぜこんな噂が立っているのだろうか?
「何者かが意図的に広めたとしか思えないな。」
ジルが真剣に言う。
実はジルのことも少し疑っていたが、態度を見るとそうでもない様だ。
「....とにかく、ここは通過点でしかない。早めに出て行くのが一番村人が安心するんじゃないかな?」
今から誤解の元を探して、となると時間がかかる。魔物被害の大きい村では今でも犠牲者が出ているかもしれないのだ。そちらが優先と、亜玲空は言った。
だが、その村から先は似たような状態だった。
居心地の悪さを感じながら五つ目の村で過ごす。
ついに次の村が被害に遭っているという村だった。そこを救えば誤解も解けるかもしれない。
そう思い、村を出発する。
山を一つ越えたあたりから山の様子が一変する。
今までゴブリンやコボルト、強くともウルフ程度の魔物が出ていたが、ここに来て一気にオークになった。しかも数が多い。
向かっている村はまだ先だ。
飛鳥と聖が魔法で先制し、亜玲空とジルが切り込んで魔物を倒して行く。
だが一匹が強敵で数が多かった。
「いつまで出てくるのよッ!?」
「ごめん、私魔力尽きそう....。」
「くそッ!アレク、一旦引こう。」
「そうだね!引き返そう!」
前の山まで引き返す。数多くの敵を相手にした為に、亜玲空の剣は刃こぼれを起こしていた。
ジルの剣にも疲労が溜まっている。
「多分、次で俺の剣も刃こぼれするだろう。」
野宿のための焚き火に刃を翳して剣の調子を見ながらジルはつぶやく。
「僕のは完全に刃こぼれだよね?次は切るというより撲殺になりそうだよ。」
僅かに欠けた刃を確認して鞘に仕舞う。
深刻なのは聖だった。
戻ったあとに三人に回復魔法をかけて、そこで魔力が底を尽き倒れたのだ。
幸いにも飛鳥の魔力を僅かに移すことができたが、魔力切れは時として生死に関わる。
楽観視は出来ない状態だった。
「村まで引き返そう。このままじゃ辿り着いても何も出来ないよ。」
王都を出て既に一ヶ月が経っていた。
もしかすると目的地の村は既に無いのかもしれない。
だが、もし生き残っている人が居るなら助けに行かねばならない。他に行く人がいないのだから。
亜玲空たちは繰り返し山に挑戦し、村まで戻るという作業を繰り返した。居心地が悪かろうと、一番近いのはこの村で他に選択肢は無い。
山を突破するのはさらに一ヶ月先になった頃だった。




