20
ぽんぽん、と俺の肩を叩いてヴォルフさんは帰宅を促してくれる。
死体を回収してヴォルフさんの家に戻った。
先に来ていたマリアさんが出迎えて、部屋の中へと促される。
俺は出されたお茶に手をつけることもなく、項垂れていた。
「....まぁまぁ、初めてだものねぇ。」
頬に手を当てて困った様にマリアさんは笑っている。
「想像以上に繊細な子じゃった。ワシはやり過ぎたかも知れん。このまま立ち直れんかったら...」
俺に聞こえない様に小声で二人は話していた。
そんなことをしなくても今の俺には聞こえなかっただろう。
「あら、何も感じ無いよりは遥かに良いわ!あとは私が代わりましょうね?」
「いや、しかしな...」
「.......ね?」
「はい。」
有無を言わせぬ良い笑顔のマリアさんを見てヴォルフさんは頬を引き攣らせた。
――すまんの、ユウ。マリアは止められんわい。
ヴォルフさんは心の中で土下座した。
せめてもの冥福を、と祈りを捧げる。
「さぁさぁ!飲まないのなら動きますよ、ユウ。」
細腕にしか見えないマリアさんに軽々と引きずられていく俺を悲しげにヴォルフさんは見ていた。
ズルズルと引き摺られて畑の前に連れてこられた俺は目の前にさっき倒したばかりのフェレッタを見つけて眉間に皺を寄せた。
いつまでも引き摺られているわけにもいかず、立ち上がってマリアさんに無言の抗議の視線を向ける。
しかし、その程度のことは予測していたのだろう。逆らうことを許さないキラキラした良い笑顔でマリアさんは言った。
「せっかく取ってきたのだもの。解体をしましょう!」
「...........................。」
さっきまで殺してしまった命について不毛な考えを巡らせていた脳が完全に停止した。
少し経ってギギギ、と音を立てる様に首をマリアさんに向ける。
「今、なんと....?」
マリアはとても良い笑顔で同じ言葉を言った。
「解体しましょ?」
お散歩しましょ?というノリの軽い口調だった。
俺は分かっていながら言葉の意味を聞く。
「かいたい、とは?」
「まずは内臓を取り出して血抜きします。そのあと皮を剥がして、骨から肉を剥ぎ取るのです。さぁ、早い方が良いのですよ?お肉は鮮度が命ですから。」
ガシリ、とフェレッタの死体を掴んで押し付けてくるマリアさん。受け取るとさっき殴った感触がなんとも言えず蘇る。
このままで解体出来るとは思えない。むしろ触りたく無い。
助けを求めてヴォルフさんを視線で探すとこちらを向いて拝んでいた。
それを見た俺は察してしまった。
――生贄か。
遠い目をしてマリアさんの説明を聞き、結局二匹の解体をやらされた俺の精神のHPは尽きる一歩手前である。
見事にガタガタな肉塊に変わったそれを持ってキッチンへ連れて行かれる。
そこからは夕飯の支度が始まった。
鍋を用意しながらマリアさんは唐突に話始める。
「ユウは、人が力を持った時、一番恐れるものはなんだと思う?」
「恐れるもの、ですか?......自分を凌ぐ強敵...でしょうか?」
俺を見ずに黙々と調理を続けるマリアさんを見つめる。多分これじゃ無い、そんな気がした。
「色々あると思うわ。私たちが恐れたのは生が軽くなることよ。」
「生が軽く....?」
意味が分からなかった。
けれど、俺に向けた言葉なのだと、そう感じる。
「そうよ?力を持つと簡単に殺すことができてしまうの。それこそ遊びの様に片手間に命を刈り取ることが出来る。出来てしまうの。」
タンタン、と食材がリズム良く刻まれていく。
手際の良さはさすがだなぁ、と俺は関係ない事を考えていた。
「だから、より生...死を間近に感じて欲しかったのよ。」
コトコトと今度は鍋の音、材料の入った鍋を掻き混ぜていく。
「死を間近に....。」
ふと、フェレッタを殴った感触が頭を過ぎる。
そしてその前に自分に向けられた明確な殺意。牙を向いたフェレッタの姿。ヴォルフさんがいなければ喉を噛み切られて俺は死んでいたのだろうか?
どうやら今回のことははなから仕込まれた事なのだと俺はようやく気がついた。
無意識に拳に向いていた顔をあげるとそこには美味しそうなスープを持ったマリアさんがいた。
「ごめんなさいねぇ。これも必要だと思ったのよ。杞憂だったみたいだけどね?」
パチン、とウィンクをするマリアさん。
そんな事はない、と返そうと口を開いたその時、俺の腹が良い音を立てた。
「.....そういえばお昼を食べていませんでした。」
「ふふ、ご飯にしましょう?」
身体は正直である。
美味しそうなスープに入った肉がさっきまで俺を悩ませていたのに。
普段食べるお肉は何かの動物だったという当たり前な事に気づいたのだ。
「....話は済んだかの?ここはワシの家なんじゃが...」
いつからそこにいたのかヴォルフさんは椅子に座ってスープを待っていた。
ヴォルフさん完全に空気になってたな。
「元はといえばヴォルフの無茶振りが原因なんですから文句はやめて下さいな。」
「うむ、だから空気になったじゃろう?」
軽口を叩いて二人は笑い合っている。
俺は唐突にお礼が言いたくなって、二人に頭を下げた。
「二人とも、有難う御座います。」
突然俺が言った言葉にキョトンとした二人は、すぐに笑顔になる。
「いいのよぉ。ユウはもう私の孫の様なものよ?」
「そうだのう。明日からまた鍛えるから頑張るのじゃよ?」
「程々にお願いします。」
ニヤリと笑うヴォルフさんに苦笑いを返す。
いつのまにか俺の心は晴れていた。
食卓のスープに入った肉は『ヤドリギ』のシチューと同じ味だった。




