19
翌朝いつもの様にギルドへ向かい依頼を受ける。ところが今回は内容が違った。俺は毎日ヴォルフさんの依頼を受けていることもありランクはEに上がっている。上がってからもヴォルフさんの依頼はFランクの倉庫整理だった。
ところが今回はEランクの依頼になっている。内容もフェレッタ討伐。
フェレッタはこの近くに生息しているイタチの魔物だ。肉が美味しいらしく、よく依頼が出されている。この辺りで活動する冒険者が一番最初に相手にする魔物でもある。
俺は依頼書を貰ってすぐにヴォルフさんの家を訪ねた。
「ヴォルフさん?これはどう言う事でしょう?」
「フェレッタ討伐じゃな。ここらで一番弱い魔物じゃのぉ。牙があるから噛み付かれれば大怪我じゃが、そこさえ気をつければ良い。」
ふぉっふぉっと笑うヴォルフさん。
今日は本気で俺が魔物の討伐をするらしい。
百歩譲ってそれは良い。いつかは必要な事だ。
問題なのは注意書であった。
「素手で討伐する事、とはどう言う事でしょう?私、一度も魔物と闘った経験は御座いませんが?」
「大丈夫じゃて。毎日組手をしておるんじゃ。ワシが保証しよう。」
俺のスキルはリュートがないと発動しない。
素手となると護身術として習っている組手が頼りになる。
素人が一ヶ月やっただけで魔物を倒せるだろうか?
しかし、目の前のヴォルフさんは笑うばかりで譲る気は全く感じ無い。
元々会った時から言ったことを一度も曲げずに通しているお爺さんだ。文句を言うだけ無駄である。
俺は大きくため息をついた。
「...承知致しました。貴方と話し合うのは時間の無駄でしょう。行ってまいります。」
「ふぉっふぉっ、気をつけての。」
仕返し、とばかりに嫌味を返すが、どこ吹く風と流された。
俺は観念して街を出る。
街の門を潜るのは今日が初めてだ。
門番にギルドカードを見せる。これが通行証であり、身分証でもある。
街の外には平原が広がっていた。街の中に入ろうとする旅人や商人が列を作って門の前に行儀良く並んでいる。
早く戻らないと門限に間に合わないかも知れない。
目的のフェレッタは少し離れた森の近くに生息している。草原に岩が混ざり始めたら要注意だそうだ。
徒歩で三十分。意外にも近い場所にフェレッタはいた。
ふわふわの白い毛並みを風に靡かせて背伸びをした可愛い動物がキョロキョロとあたりを見渡す。
シュッと岩陰に隠れたり、また少し置いて違う場所から顔を出している。
――おいおい、こんな可愛い生き物殺すのかよ。
絶対わかって行かせたであろうヴォルフの笑う顔が浮かぶ。
――どんな相手でも油断はするな。
それが教えであった。
俺が油断しそうな外見の魔物をわざわざ選んでくれた様だ。
大きな丸い瞳がチラチラとこちらを警戒している。
油断するな、と聞いていても構えに躊躇いが入る。
俺は覚悟を決めると素早くフェレッタに走り寄った。大きな瞳をウルウルさせているフェレッタ。
罪悪感が俺の蹴りを鈍らせた。
フェレッタは蹴りを避けて真っ直ぐ俺に突っ込んでくる。
顔より明らかに幅のある巨大な牙を剥き出しにして。
――顔怖ッ!?
咄嗟のことで動けない。
しまった、と思った時には目の前にフェレッタの牙が迫っていた。
だが、その牙が俺に当たることは無かった。
「ぎゃッ!?」
潰れた様な声をあげてフェレッタは横へ飛んでいく。代わりにに目の前にあるのは皺の入った細い腕だった。
「あれほど油断はするな、と言うたのにのぅ。やはり、油断しおったわい。」
「....申し訳、御座いません。」
ヴォルフさんはそう言っていつもの様に笑いながら拳を収めた。
殴られたフェレッタは近くの岩にぶつかり潰れていた。
今、俺の顔は引き攣っていることだろう。マリアさんがこの場に居たなら優しい声で、顔に出てますよ?と笑ってない笑顔で指摘されるだろう。
拳一つで魔物を潰すヴォルフさんよりマリアさんの方が怖いのだ。
「まぁ、初めてじゃからの。ほれ、あっちにもう一匹おるわい、今度は油断なぞするで無いぞ?」
「承知致しました。有難う御座います。」
俺は丁寧に腰を折ってお辞儀をした。
「...大丈夫じゃて。今はマリアは来ておらん。」
...心が読まれていた様だ。
ホッとして少し肩の力を抜く。
しかし態度を崩さないのは見てないはずなのに後からばれてしまうからだ。スキルに千里眼でもあるんじゃないだろうか?
軽くため息をついて気分を入れ替えると俺は少し離れた場所にいるフェレッタへ向かう。
今度は慎重に気付かれ無いように気配を出来る限り消す。
ゆっくりと近づいたつもりだった。
あと一メートルというところでフェレッタとばっちり目があってしまう。
今度は迷いなく距離を縮めて蹴りを入れる。
「キュッ!」
可愛いらしい鳴き声をあげて空中に蹴り上げられたフェレッタは牙を剥き出しにして空中で態勢を整えようとしている。
俺はすかさずフェレッタを殴った。
ゴッと良い音を立てたフェレッタはそのまま岩に当たりぐったりとしている。
警戒しながら近づくと呻き声をあげて牙を剥き出しにした。
足の骨を折ったのかその場からは動かない。
「...一思いに楽にしてやれ。」
後ろを見るとヴォルフさんが悲しげな顔をしていた。このフェレッタは虫の息だが、今必死で抗っているのだろう。
俺は近づくと思い切り力を込めて殴った。
一度では死に切らず、二度、三度と殴り、フェレッタはようやく息を引き取った。
肉を殴った生々しい感触が拳に残り、俺はその場から動けなかった。
「そんな顔するでない。ユウは冒険者だろう。もっと酷い場面に出会うこともあるだろう。中には人型の魔物もおる。躊躇っていては死んでしまうわ。」
俺は拳を強く握りしめた。爪が手のひらに食い込んだことにも気づかなかった。
「.............。」
それ以上、何も言えなかった。




