早ちとり
逃走劇を繰り返すこと三十分弱。僕らはなんとか追ってから逃げ切ることができた。
亡命先に選んだのは大学から遠く離れたファミリーレストラン。平日ではあるが昼の時間帯は人が多く、隠れるにはうってつけだった。
「で、さっきの発言はどういうこと?」
テーブルに向かい合ったユイに問いかける。
彼女は注文したカフェオレをストローで飲んでいた。
「ん? どういうことって……なにが?」
「だから、“そういう仲”とかって言ったよね。それの真意を聞きたいんだけど」
改めて確認するが、僕と彼女の関係は恋人とかそういう甘い感じではない。どちらかと言えばビターな関係なはずだ。
同じく目の前に置かれた珈琲を手に取る。
黒々とした液体がカップの中で揺れる。口に含むと珈琲特有の苦みが広がった。
僕は砂糖を入れない派だ。高校生までは微糖が好きだったのだが徹夜する為の眠気覚ましにブラックを飲んでいたせいで、いつの間にかブラックじゃないと珈琲を飲んでいる気にならなくなってしまった。
対してユイは元々甘いカフェラテに角砂糖三つ、コーヒーフレッシュ二個をぶちこみ、ストローでかき混ぜたものを飲んでいる。
……それはカフェオレの皮を被った別物ではないのか?
「そういう仲って……殺す・殺される関係じゃないの?」
「……は?」
「違うの?」
そうだった。ユイはあのとき「恋人」なんて一言も喋っていない。
……早ちとりだったのは僕の方だった。
「いや……その認識で合っている」
「だよね。ヒロみたいに、恋人なんて勘違いしていないし」
……ばれていた。
項垂れている僕を無視して、ユイはカフェラテを飲み干した。
「それに――――私は殺人鬼だよ。獲物に対してそんな感情、あるはずない」
カップを両手で持ち、ユイはため息を空のカップに混ぜた。
彼女の呟きは虚言でも何物でもない。
文字通り、殺人鬼なのだ。