嵐の前に休息を
枕元で電子音が鳴り、身体を起こす。
外はまだ薄暗く、朝霧に包まれていた。
「夢……か」
首に手を持っていくが血は出てない。
酷く鮮明だった割には夢だったみたいだ。
鏡を見ると血の代わりに傷跡が残っている。人の治癒力なら直ぐ消えるはずなのに、未だに綺麗にならない。
強い意志を持ってつけられた傷は一生消えないというが……果たして。
「……今何時だ?」
スマホの電源を入れる。淡く光る液晶画面には六時と表示されていた。
『早起きは三文の徳』とは言うが毎日この時間帯に起床する僕はそれよりも早く起きなければ三文を得られないのだろうか。
馬鹿げた思考を霧散させる。自分で思っている以上に寝ぼけていたみたいだ。
眠気覚ましも兼ね、冷蔵庫から缶珈琲を取り出す。コップに注ぐと、備え付けてある電子レンジの中に入れた。
三十秒と書かれたボタンを押すと、機械特有の音が狭い室内に響いた。
温めが完了するまでに寝間着から着替える。といっても肌着しか身に着けていないので洋服を着れば直ぐに終わるのだが。
クローゼットから適当に服を選び、下から順に履いていく。
今日のコーデは中古で買ったワイシャツとスキニージーンズ。古着、と称すればそれなりに箔が付くが、単純に新品を買うだけの余裕がなかったのだ。
そうこうしているうちに温めるのが終了する。
扉を開け、取っ手を掴む。息を吹き、湯気が落ち着いたのを確認してから一口啜った。
「あちっ」
舌先に熱が当たり、反射で身体が跳ねる。
加熱し過ぎたせいで火傷になるところだった。
飲むのを諦め、そっとテーブルに置く。特に腹も空いていないので朝食を食べる気にもならない。
時計を見ると針が左下を向いている。
普段だったら大学の講義があるが今日は春休み。平日でも焦る必要はないし、思う存分ゆっくりできる。
スマホの電源を入れ直し、某っとニュースを見る。スクロールしても大した情報はなく、今日も平和であると言外に伝えていた。
適当に眺めていると振動と共に一通の連絡が届いた。アイコンをタップし、会話欄から新着メッセージを探す。
送り主は大学の友人からだった。
『今日は入学式だぞ。サークルの勧誘やるから早く来い』
「……しまった」
そういえば先週辺りに手伝えと言われていた気がする。丁度バイトが忙しい時間に連絡が来たからすっかり忘れていた。
慌てて外出の準備をする。
髪のセットからなにまで、全てを並行作業で行うが……いつも通り支度していたら間に合わないな。
最低限、寝癖を整えて財布とスマホをジーンズのポケットに入れる。車の鍵を手に持ち、そのまま勢いよく外へ続く扉を開いた。