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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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絶対王者VS捕食者

 やる気に満ち溢れた精霊とは別に、契約者は冷静に可能性を模索する。

 フラストレーションを発散させる【積もる微力】は昂っているが、ここまでに体力と気力を振り絞った健吾は、今の状況に歯噛みするしかない。

 タフで獰猛。力技と機敏な動きを両立する【積もる微力】は、超至近距離の近接戦闘に置いて万能な優秀さを誇る。

 一方で、突出した破壊力や搦手に欠けるのだ。押してダメなら押し通せ。それしか出来ないのである。可能性があるとすれば、積もりに積もった力を一点で解放する事くらいだが...


「レイズ、あと何発持つ?」

『あぁ?いくらでも殴れんぞ。』

「違う、何発食らって動ける?」

『...毒がねぇなら、十は問題ねぇ。』

「リミットは二十って所だな。」

『ハッ!上等だ。』


 ギリギリを求める健吾に、肩を回して戦士は敵に相対する。気分は高揚し、身体は温まっている。動くには申し分ないコンディション。

 契約者が弱っている分、出力に不安は残るものの。その分も積もらせてしまえば良い。此方が倒れるか、彼方が倒れるか。後は気合いだ。


「叩き潰せ!【積もる微力(レイジングダスト)】!」

『っしゃア!ダアァララララアアァァ!!』


 健吾と共に走り込んだ精霊が、引き絞った拳を打ち出す。咄嗟に触肢を重ねて防ぐ【魅惑な死神】から、蒸気が吹き出して辺りを覆う。

 甲殻にヒビの入る音が鳴り続き、吹き出す蒸気が増えていく。その熱と圧力に気圧されながらも、戦士が振るう拳は止まらない。後ろの契約者も、一歩を踏み出す。


「『ダァララアァァ!!」』


 ついに一際大きなヒビが入り、破壊された甲殻が弾け飛ぶ。更に乱打を浴びせようと拳を握った瞬間、痛いほどの危機感が首筋を走った。

 すぐさま契約者を庇いながら退く【積もる微力】に、とんでもない爆発が襲いかかる。冷たく乾燥した空気を吹き飛ばすように震わせ、辺りを湿気と熱気が埋め尽くす。


「あっついな、ちくしょう...」

『これじゃ押し切れねぇぞ...!どーすんだ、レオ!』

「テメェ、少しは自分で考えろや!俺だって苦手なんだよ、こーいうのはよ!」

『アァ?知るか。』


 放たれた針は掴み、弾き、砕く。自分に乗っていた【辿りそして逆らう】を健吾に押し付け、苛立ち紛れに針を投げ返す。

 再生中の触肢に防がれたそれに、更に石を投げつけるも、突き刺さったそれの毒は効いていない様だ。


『攻め続けられねぇならジリ貧だ!あんな永久機関の化け物とスタミナ勝負してられねぇぞ!』

「んな事言ったって...!」


 騒ぎ出す健吾の頭をど突くルクバトが、彼の服を加えて引く。ふっと陰った瞬間、落ちてきた【魅惑な死神】が土を撒き散らし、一人と二柱を睥睨する。

 即座に殴りかかった【積もる微力】に、鋭い針が突き出される。僅かに遅れながらもそれを回避し、顔に向けて拳を伸ばすが、それは鋏角に捕まった。


『ち、クソが...!!おいレオ、もっと近寄れ!力が出ねえ!』

「出来んならそうしてんだよ...!」


 ルクバトに引き摺られつつも、立ち上がる為の力が既に入らない健吾が、掠れた声で怒鳴り返す。

 巻きついた【辿りそして逆らう】のおかげで気を失ってはいないが、身体はそろそろ限界に近い。危険地域から契約者を引き離すことを優先するルクバトに、舌打ちしながら【積もる微力】が追従する。


「獅子堂さん、ここは引かないと...!」

『クソがぁ...!』

「...ねぇ。これ、使えたりする?」


 黙って成り行きを見守っていた四穂が、腰に巻き付けていたペレースを差し出した。首を傾げる健吾と【積もる微力】の間で、仁美がそれを手に取った。


「これ、獅子革...ですか?」

『悪趣味だな、おい。』

「お前はそう感じるのか...」


 見事な物だが、これをどうしろというのか。仁美の小さな背中越しに覗き込む一人と一柱が、頭にクエスチョンマークを浮かべていると、仁美が振り返ってそれを差し出した。

 つい受け取った健吾だが、それを返そうとする。しかし、背中に僅かな熱さを感じた瞬間、手に持つマントが仄かに光る。


「あ〜...?これ、どういうこった?」

「多分、巻貝と同じです。神話に関係する、根源の系譜...」

「またどっかに旅立ってるな?検索だがなんだかは良いから、シンプルに頼むぜ。」

「山羊座の人と、同じです。精霊の」

『ごちゃごちゃ行ってる間に来んぞ!』


 叫んだ【積もる微力】が、突き出された尾節を掴む。両腕を使い、全力で締め上げる精霊に、針が射出される。ほぼゼロ距離での射撃に、対処が遅れた精霊の肩が穿たれる。


『まずっ...!』

「レイズ!」


 回り始めた毒に、【積もる微力】の左腕が脱力する。想像より毒が回るのが早い。抑えきれなくなった尾に弾かれ、土を被る精霊が苦しげに立つ。


『あぁ、ちくしょう...!』

「くっそ、押し切られる...!」


 前に出るルクバトは触肢で払い、精霊は鋏角を鳴らす。盾になろうと飛び出す小竜の精霊だが、その小さな身で防げるのは一つの攻撃のみ。

 健吾に、仁美に、四穂に襲い来る攻撃を、全て防ぐのは不可能だ。


「ルクバトで逃げ切れると思う!?」

「無理だったぜ、ソイツは!」

「もう無理じゃぁん!」


 叫んだ四穂が関心を引いたのか、紅の尾針が落とされる。隣で短く吸われた息の音に、健吾が反射的に動く。


「もう誰も...死なせてたまるかあぁぁ!」


 身に染み付いた動き。刃物を持った相手を取り押さえる様に、尾針を払い、脇に挟む。

 押さえ込んだは良いものの、違いすぎる馬力にあっという間に放り投げられる。


『バカが!』

「お互い様だろ!やれぇ、レイズ!」


 上に飛ばされた彼へ、追撃の為にと上がった触肢。その結果、無防備を晒す頭。

 契約者の叫びに従い、一切の迷いなく攻撃へと向かう精霊に、【魅惑な死神】が取れる選択は一つ。鋏角と尾節による、僅かばかりの防御である。


『ダァララララアァァ!』


 あっという間に砕けた尾節が、溢れんばかりの蒸気を吹き出す。鬣を揺らし、肌を焼くそれに、しかし戦士の猛打は止まらない。止めてはならない。


「潰しきれぇ、【積もる(レイジング)...微力(ダスト)】ォ!」


 瞬間、落ちながら叫んだ健吾の肩で、巻き付けたペレースが輝いた。装飾が解け、揺らいだそれは生き返る様に革から毛皮へと戻って行く。

 景色が、音が、浜辺の砂のように押し流される。精霊と契約者だけの世界、燃える戦士の心象だけが辺りを埋めた。


「これは...」

『バグりやがった...何したんだ?』

「知らねぇよ、そんな事。」


 なんの解決にも至らない会話をする精霊へ、健吾から離れた毛皮が被さる。その瞬間、再び景色が押し流されて行く。

 ほんの僅かな時間、しかし誰も認識できなかったその一瞬。蒸気が晴れ、夜風が熱を攫う。その中で二つ、熱気を放つ物。

 脈動するように明滅する、毒々しい紅の蠍と...契約者と共に仁王立ちをする、金色の外套を揺らす獅子の戦士。


『ハッ...最高の気分だ。なぁ、レオ?』

「あぁ、悪くねぇな。かましてやれ、レイズ。」


 猛る闘気が右腕全体を覆い、まるで獣の爪の様に噴出する。固く握り締められた拳が、ゆっくりと引かれた。

 攻撃の気配を感じ、触肢を盾に構える精霊に、走り込んだ【積もる微力】の拳がめり込んだ。一撃でヒビを走らせた瞬間、爆発的に蒸気が吹き出した。


「獅子堂さん!」

「関係ねぇ!潰しきれ、レイズ!俺は後ろにいるぞ!」

『着いてこいよォ、レオ!ダアァララアアァ...ァアア!!』


 砕けた甲殻も蒸気にのり、散弾の様に周囲を穿つ。しかしその中にあっても、【積もる微力】の進行は止まらない。

 一歩、また一歩と踏み出しながら、豪快に拳が振るわれる。あっという間に一本目の触肢が破壊され、突き出された尾針は戦士の皮膚を通らない。

 傷がつかないならば、毒は無意味。であれば、【魅惑な死神】に残された手段は一つ。吹き出す蒸気と再生力に任せ、耐久勝負。少しでも致命的ダメージを防ぐべく、攻撃を凌ぐ。


『逃がさねぇ...!このまま攻めきるぞ、レオぉ!堪えろよォ!』

「とっとと決めやがれ!」


 触肢を、鋏角を、射出する針を犠牲に、致命傷を避ける【魅惑な死神】から、次々に蒸気が溢れる。何も見えない程に視界が白くなり、狙いが雑になった時、【積もる微力】の拳が空ぶった。

 霧の中を動き回る気配は伝わってくる。敵意も殺意も痛いほどに向いているのは、ヒシヒシと伝わってくる。仁美達の心配はいらないようだ。


「レイズ、まだ足りねぇか?」

『頭にゃ二発しか入らなかったんだよ。せめてデケェの一発、足りねぇな。』

「なら捕まえねぇとな...どこだ?」


 探し始めた健吾の頭上から、紅の針が振る。それを【積もる微力】が掴んだ途端、鋏と尾節による三方向からの攻撃が襲い...精霊の肌を叩いて終わる。


『熱ぃんだよ、ボケ。』

『シィアアアァァァ!!』


 無造作に振り上げられた拳が、一直線に落とされる。鈍く音がし、【魅惑な死神】の中眼が潰れ、蒸気が吹き出した。


『このまま叩き潰してやるよォ!』


 一瞬怯んだ【魅惑な死神】へ、立て続けに拳を落とす。やっと頭へと叩き込んだ乱打、これを止める気は無い。

 蒸し焼きになるような熱気の中、獅子の精霊は止まらない。昂らせた闘気は尾を引き、【魅惑な死神】の頭へ蓄積していく。


「レイズ、上だ!」

『ち、頭潰してんだぞ!?』


 精霊に攻撃が通らないと悟り、紅蠍が健吾へ尾節を向ける。回避は期待できない、乱打を止めて契約者へと駆け戻る精霊がそれを弾けば、その隙を着いて【魅惑な死神】が距離を取る。

 健吾がついていけない為、すぐに距離を詰める事も出来ない。歯噛みする【積もる微力】に、攻めあぐねる【魅惑な死神】。その僅かな硬直の間に、霧を夜風が攫う。


「凄い...」

「いや、凄いけど...今までと変わった?あんまり変化ないと思うな、ボク。ねぇ、ルクバト?」


 確かに特殊な能力は増えた訳では無いが。それは、足りないのではなく無用だから。それが今、目の前で証明される。


『まぁ、十分だろ。潰れろ蜘蛛ヤロー、イグニッション!』


 警戒と威嚇を繰り返す【魅惑な死神】の、頭に灯っていた闘気がゆらめきを大きくした途端。開放された力が甲殻を砕き、頭を打ち砕いた。

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