戦士VS捕食者
現在時刻、2時。
残り時間、1日と5時間。
残り参加者、9名。
暗い、寒い、腹立たしい。毒は抜けてきたものの、押し潰してくる瓦礫と潰れた鉄格子が、動くのを許してくれない。
それを押しのける力も湧かず、ただ鬱屈を募らせる。考える事は苦手だ、故に思考はすぐに行き詰まり、一つだけに支配されていく。
まだ終わってない。頑固で、頑健で、頑強な、それしかない諦めの悪さ。ただそれだけが、かの精霊の胸中には渦巻く。
ふと、外の騒がしさに気づく。どれほど経ったのか知らないが、人が溢れる時間でも場所でも無いだろう。一際強い音が、すぐそこで響いた。何かぶつかったのか?
無駄と知りつつも、力を込めた腕から、闘気が迸る。という事は、この向こうにいるのは...
『へ、遅せぇんだよ。』
こんな薄い壁、すぐにぶち抜ける。気分は最高潮だ。あぁ、アイツの声が響く。合わせて自分の喉が震えていると、遅れて気づいた。
――らあぁ!!」
『ダアァララァァ!』
浴びせられる連撃は、甲殻にヒビを広げていく。すぐに退く【魅惑な死神】に、追撃を見舞う戦士の精霊だが、それは甲殻に防がれた。
『ちぃ、本調子じゃねぇ...おいレオ、少しでも離れたらマジでヤベぇぞ。』
「なら離れんな、俺は動くのも怠ぃんだからよ。」
『あ?知るか来い。』
目が空いているのも不思議な怪我だが、それは【積もる微力】には考慮に値しない問題らしい。根性論で構成されていそうな精神に、健吾は顔を曇らせる。
頼もしい事この上無いが、フラストレーションが溜まり切っているらしい。暴れすぎて、今の自分では対応できない事をしでかすかもしれない。
「ま、その方が俺らしいか...仁美ぃ!お前の精霊、こっちに寄越せるか!?」
「はい...!お願い、【辿りそして逆らう】!」
怠さは残るものの、自分はもう出来ることは無い。助かるだけの除毒が済めば、健吾を治療すべきだ。
貧血はどうしようもないが、それは気合と興奮で誤魔化す。傷と痛みさえ誤魔化せるなら、離れないように動くくらいは出来るだろう。【積もる微力】は機動型の精霊では無いのだから。
「っし!走るくらいなら出来そうだ。」
『えらく卑屈じゃねぇか、え?』
「てめぇが寝こけてっからだよ。」
『そいつは悪かった...なぁ!』
健吾が走りよったのを確認し、飛びかかってきた【魅惑な死神】を回避せず、回す足で迎撃する。
大砲のような音を響き、比較的柔らかい腹部を蹴りあげられた精霊が停止する。
『そぉら、飛んでけ!イグニッション!』
燃える闘気が弾け、打ち込まれた力が解放される。蹴り足が離れる前に二度目の衝撃を受け、止められる所か戻された精霊が、空中で針を射出する。
額を狙ったそれを噛み砕き、破片を吐き捨てながら【積もる微力】は畳み掛ける。接近して触肢を掴み、健吾が近寄るまで逃がさない。
『散々刺しやがってよぉ...覚悟は出来てんだろうな?』
「あんま、走ら、せんな!今しんどいっつたろうが!」
『ハッ!もう逃がさねぇよ!ダアァララアァァァ!!』
突き出された尾節も掴み、それを化け蠍の頭に押し込んだ上に、乱打を叩き込む。終わることの無い妄執の一撃一撃が、力を蓄積させていく。
残る闘気のゆらめきは、重みを与え続ける。めり込んでいく尾節が、顔の半分を潰して貫通した。
『そのまま縛り付けられて焼かれな!ダァラアァァ!』
最後に大きく振り上げた脚を落とせば、深く地面に差し込まれた尾節が、杭のように固定された。
積もった力と引き抜く力が拮抗し、尾節はビクともしない。体液とともに吐息を吹き出す【魅惑な死神】が動けない事を認識し、健吾と【積もる微力】は腰を落とす。
『だぁ!疲れた...』
「んだよ、お前も限界なんじゃねぇか。」
『たりめぇだ、どんだけ監禁されてたか。契約者の離れた俺なんて、人間とタイマンがいい所だ。』
「ま、その体格なら大概の奴には負けねぇだろうけどな...」
能力が使えず、人間並みの力に落ちたとて。見た目通りの膂力はあるだろう。
やはり精霊は人の適う存在では無いと、再確認する。とはいえ、目の前で気を抜いてダラける精霊を恐れる気には、とてもなれなかったが。
『んで?こいつはどーするよ。』
「どうって言ってもな...消耗してるんだろ?動かねぇんなら、無理に近づくこともないだろ。」
『そうかよ。』
いつもなら不平の一つも言いそうだが、疲れているのか納得が早い。幾分と回復してきた健吾が立ち上がり、仁美の元へ行けば彼女も立ち上がっていた。
既にここに残る理由は無い。早々に脱出したい所だが、人の身で燃える山を脱出できるのだろうか?
「山頂もなんかヤバげだしな...どうするか。」
雷の踊る山頂は、おそらく心配はいらないだろう。むしろ、巻き込まれる恐れの方が高い。
もう少し体力を戻そうかと、座ろうとした健吾の横で水音がした。振り返る前に鉄寂の臭いが届き、途端に危機感が全身を包む。
「お肉...?」
「こりゃ...ヤベぇ気がする。」
『人の心臓だな、なんでこんなものが』
戦士の精霊が手を伸ばすより先に、飛び上がった化け蠍がそれを奪う。毒針の着いた尾を切断して自由となった精霊が、懸命に振り回す触肢を殴り飛ばし、【積もる微力】が吠える。
『武器を捨ててまで欲しいもんかよ、ソイツは!』
すぐに闘気を滾らせ、奪い取ろうと肉薄する戦士の精霊へ、二本の触肢が振るわれる。
それへ簡単にタイミングを合わせる【積もる微力】だったが、くぐり抜けた先にあったのは、鋏角で心臓を貪る無機質な顔だ。
瞬間、吹き出した蒸気に飛ばされ、距離を取らされた精霊が健吾の横へと着地する。睨む先で晴れた霧から、紅の甲殻が姿を表した。
「おいおい...またなんのかよ!?」
『ハッ!見た目が派手になったからってどーなんだよ!』
「毒が強くなって、なんか速くなる。あと治る。」
『雑だな、おい。』
青筋を浮かべて振り返った精霊に、紅色の針が放たれる。ノールックでそれを掴んだ直後、チリチリとした危機感に即座に敵を見る。
その瞬間、心臓に放たれた針と頭を狙う触肢が視界に写る。想像を超えた早さに、即座の対応が間に合わない。針だけは防げたが、変わりに頭を掴まれる。
『が、アアァァァ!』
切断されるかのような痛みに吠えながら、細長い爪を握りしめる。しかし、その紅色の甲殻にヒビが走った瞬間、熱い蒸気が吹き出して再生が始まった。
『熱っ!?治るってのはこれか!』
「バカレイズ!こっちも熱ぃんだよ!」
『だったら、テメーがどうにかしやがれ...!』
蓄積していく力もあり、徐々に開いていく鋏だが、完全に再生した堅い毒針が向けられる。
鋏を離せば、頭を潰される。脚で対処するしかない。突き出された尾節を挟み込んで捉え、契約者に叫ぶ。
『おぃレオぉ!壊せねぇんじゃどーしようもねぇ!なんか無ぇのか!』
「蓄積させてけよ、何のためのメラメラなんだ、それ!」
『振りかぶって殴れねぇのに、大した力が積もるかよ!』
体力も回復しているのか、段々と【積もる微力】が押され始めている。迫っている毒針には、直接働いているのは挟む力。蓄積させても楽にはならない。
健吾も限界を迎えたのか、【辿りそして逆らう】が回復しても立ち上がるのがやっとだ。負傷を誤魔化していた緊張や興奮が、一度切れてしまったからか。
「くっそ、何か...何かねぇのか!」
崩れた山を必死に見渡す健吾の目に、ふと赤か写った。毒々しい紅ではなく、目を見張るような鮮やかな紅。
「あれは...ルクバトか!?」
「上に誰か、乗ってます!」
斜面を駆け、そのまま飛び込んだ紅馬は、まっすぐに【魅惑な死神】へと突進する。
「うわぁ!?ちょっとタンマ!ストップ!もう、聞いてくれない!お兄さん、ヘルプ!」
「のわっ!?」
上から聞こえた騒がしい声が、健吾目掛けて飛び降りる。支えきれず、下敷きにされた健吾が恨みがましい目を向ければ、声の主は頭を掻いてヘラりと笑った。
「えへへ、ごめんね?大丈夫?お兄さん。」
「これが大丈夫に見えるかよ、ったく...」
とはいえ、ルクバトの参戦は光明だ。蹴り飛ばされた尾針は【積もる微力】から離れ、その隙に触肢からの脱出に成功している。
すぐにもう一本の触肢が襲いかかるも、それは上に蹴りあげる。すぐに健吾の傍に戻った二柱に、紅色の蠍は威嚇を繰り返す。
『流石に攻めあぐねる状況らしいな。』
「俺の傍なら、お前も苦戦しねぇだろうしな。」
『ハッ!さっきもしてねぇよ!』
鼻で笑い飛ばす精霊だが、今のはどう見てもピンチだったと思う健吾達。とはいえ、それを口に出すよりも先に襲撃が来る。
放たれた針を掴み、投げ返す戦士の精霊に、高く飛び上がった【魅惑な死神】が襲いかかる。見た目の割には軽くとも、その大きさで契約者も巻き込まれる。手段は前衛的防御一択。
『しゃがんでろ、ダァララアァァ!』
三人へ一喝した精霊が、ルクバトを足場に跳躍する。大きく捻り繰り出された蹴り足が、巨大な紅蠍の行く末を逸らす。
すぐ横に着地した【魅惑な死神】へ、軍馬の後脚が振り上げられた。重ねた触肢で防ぎ、尾節を突き出すも【積もる微力】に踏みつけられる。
『離れんなよォ、レオォ!』
「殺す気かっての...!」
二人を押し飛ばし、自身は力を込める精霊の元へ転がり込む。ついでとばかりに飛びついた【辿りそして逆らう】が、戦士の体力を僅かにでも回復する。
数秒の硬直の後、均衡が崩れる。ザリザリと土を削るのは蠍の鋭い脚。動き始めれば止まりようも無く、回転を始める【積もる微力】に振り回される。
『ラアアァァァァ...ァアア!!』
瓦礫の中へ投げ飛ばし、最中に飛ばされた針は、殺さぬ回転のままに蹴り飛ばす。横に弾かれた針が木に刺さり、僅かに樹皮を焦がす。
『ハァァ...流石に集中力の限界だ。おい、レオ!まだ休めねぇのかよ!』
「らしいな、クソが!」
瓦礫の中から這い出でる【魅惑な死神】は、傷一つない。そもそもの痛覚が鈍い相手だというのに、ダメージの蓄積さえ無いのならどう勝てというのか。
無論、方法は一つしか浮かばない。同時に同じ結論に至ったのか、健吾が精霊を向けば、【積もる微力】も彼に振り返った所だった。
「行くぞ、レイズ。一撃で、一押しに砕き切る!」
『ハッ!分かってんじゃねぇか、レオ。』
獰猛に笑った精霊が、その両拳に闘気を灯した。




