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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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咆哮轟く

 宙を彩った血の中を、空ぶった尾節が貫いた。

 触肢に残る腕を潰し、精霊は落ちた健吾を睨んでいる。


「ってんめぇ、人の腕をよ...!」


 中程から断たれた腕を握りしめ、心ばかりの止血を試みる健吾の恨み節に、精霊は静かに触肢を向けることで応えた。

 腕はもう一本残っている、とでも言わんばかりに触肢を伸ばしてくる精霊だが、横から駆け込んだ紅馬に蹴り飛ばされる。

 弾かれた触肢は毛ほども気にかけず、即座に尾節を振り下ろす。駿馬の後ろ足を掠め、ぬらりと照る尾。土を散らしたそれが、次は健吾に向けられる。


「おいおい、マジか...!」


 頼みの綱のルクバトは、毒の影響か動きが鈍い。出血のせいで頭も回らず、回避は難しいだろう。

 よろける健吾に、一瞬影がさす。顔を上げた刹那、蹄が肩にくい込んで鈍い音をあげた。鎖骨が折れるような衝撃とともに吹き飛んだ健吾のすぐ横を、針が飛んでいく。

 背中への衝撃を覚悟したが...来ない。木にも土にもぶつからず、浮遊感が身体を包む。


「うっ、そだろぉ!?」


 悲しいまでに虚しく響く健吾の声が、置き去りにされる。下から流れてくる地面が精霊たちを飲み込み、健吾の視界から消える。

 身をよじる間にも、重力は健吾を離さない。手を伸ばすものの、貧血なのか力が入らない。枝に当たれど弾かれるだけで、減速さえ狙えない。


「間に合って、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】!」

『キュウー!』


 空中で絡みつき、加速する力を辿り、逆巻きにさせる。徐々に減速する健吾に、息を切らした仁美が駆け寄った。


「獅子堂さ...っ!」

「おー、助かった...ありがとよ。」


 千切れた左腕を見て、絶句する仁美からそれを隠し。健吾はすぐに崖を見上げ、追撃を見逃さないよう警戒する。

 しかし、ルクバトが頑張ってくれているのか、すぐには来そうに無い。


「仁美、無駄かもしれねぇけど、すぐに移動しよう。少しでもレイズに近づかねぇと。」

「大丈夫、なんですか?」

「ここまで来ると痛みが来なくてよ...なんか凄い寝みぃだけだ。」


 それは決して大丈夫では無いのだが。小竜の精霊によって、滴ってこない新鮮な血液という妙な光景が広がる左腕も、異常な状態であり人体には負担だろう。


「ゲームだからかな...結構無茶が効くぜ、ここは。どのみち、動いても動かなくてもヤベぇんだ。頭より身体動かそうぜ。」


 ゲームだろうと、動ける怪我では無いと思うのだが...連続する精霊という異常事態が、感覚を麻痺させているのだろうか?それとも、ゲーム機器に異常があるのだろうか?

 いつ倒れるかとハラハラしながらついて行く仁美に、不吉な音が響いてくる。葉を撒き散らす、大きなものが動く音。


「獅子堂さん、走って!」

「ちぃ!馬だけじゃ足止めも難しいか!」


 覚束無い足取りで道を行く健吾に、あっという間に死の影は這い寄る。鋭く突き出される針が首筋に迫るも、肩に乗る精霊がそれを還す。


『シャアー!』

「ありがとよ、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】!」


 威嚇する小さな精霊を無感情な瞳で見据え、【魅惑な死神】はその矛先をゆっくりと変える。

 すぐに勘づいた健吾が、掴んだ小竜を投げる。すぐに仁美の元へ辿り着いた精霊が、飛びかかった【魅惑な死神】を受け止めた。


「契約者は...見つかんねぇか!」


 精霊の代わりに取り押さえてやろうと思ったのだが、この夜闇の中ではすぐに見つけられない。濃紫に戻った甲殻も、気を抜けば見失いそうなのだ。あまり長く目を離したくない。

 何度か触肢と尾節を止められた精霊が、スっと後ろへと引いていく。気づいた時にはその姿は、木々の向こうへと消えていた。


「あんの野郎...気が逸れたとこを襲う気か。」

「でも、このままだとどうしようも無かったですから...助かった?」

「どうだろうな...レイズを見つけねぇ事には、変わんねぇ気もするんだよな。」


 むしろ、見つからない物に気を張る分、精神的な消耗は増大したと言える。すぐに治療を再開する【辿りそして逆らう】だが、千切れた腕はどうしようも無い。


「うぉ、なんか痒くなってきた...」

「最優先で止血してるんだと、思います。その間は、何も出来ないです、けど。」

「あぁ、妙にダルいのはそれか...早めてもらってんのは精霊の力でも、頑張って治してんのは俺の体って訳だ...」


 人間本来の治癒力を、最大まで無理やり高める。一番早く済むのが、この方法なのだろう。

 急激なエネルギーの消費に、眠気と空腹感を覚えながらも、健吾は足を進めた。


「ちゃんと休んだ方が...」

「いや、時間がねぇ。見ろよ、炎がすぐ下の道に来てる。」

「でも...」

「大丈夫だって。親戚に、不死身が服着て歩いてるようなのがいるから。俺にも同じ血は流れてるだろ?」

「それは、えぇ...?」


 あまりな内容の根拠に、仁美が困惑する時間。その間にズンズンと奥に進む健吾に、仁美が慌てて追いつく。

 今の頼りの綱は、【辿りそして逆らう】ただ一柱。かの精霊から離れることは、仕事中の消防士から防火服を取り上げるような物である。


「早いです、獅子堂さん!」

「あ、悪ぃ。頭回んなくてよ...」


 すぐに歩幅を調整する健吾の横で、周囲を警戒しながら仁美が続く。素人の視線では見つけられる事は少ないだろうが、向こうの躊躇を誘うくらいは出来るだろう。

 険しい顔を続ける仁美の横で、心配そうな精霊が二人の顔を交互に見る。血色の悪い顔に頑固な焦りを貼り付けた健吾に、余裕の消えた仁美。危うさの溢れる状況に、不安が募る。


「ん、今なんか...」

「どうしました?」

「ほら、向こうによ。なんだあれ、木じゃねぇよ...な...」


 健吾が広い上げたのは、折れ曲がった鉄骨だった。錆びてもおらず、コンクリートの付着したそれは壊れて間もない建築物がある事を如実に語っていた。


「まさか...!」


 走り出した健吾の前で、道が大きく曲がる。角まで走りきり、すぐに顔を向けた先では...倒壊した展望台が、崩落した崖と共に景色を埋めていた。

 愕然とした表情で膝を着く健吾に、追いついた仁美もそちらに向けた目を大きく開いた。


「くっそ、生き埋めかよ...これじゃどうしようもねぇ!」

「でも、ここに居るとは...限りません、よね?」

「ここ以外にでけぇ建物もねぇし、こんなのが崩れるなんて精霊が居た証拠だろ...俺なら目を離したくねぇよ、やっと毒を打ち込んだアイツからよ。」


 健吾でなくても、契約者が近くにいれば猛威を振るっただろう。誰かがもし契約したら?毒が切れた時にたまたま健吾が近ければ?そんな危険を犯すタイプには見えなかった。

 挑戦よりも確実。リスキーな手段も、出来ると確信を得て行動するタイプ。八千代はそうと分かりやすい振る舞いをしていた。あれは染み付いた物に見えたし、ブラフでは無いだろう。


「ただ消耗しただけか...」


 強い徒労感が気力を奪い、健吾に腰を落とさせる。急に体勢を変えられた【辿りそして逆らう】が、肩から転げて傍に浮いた。

 いつの間にか止まった出血も、抜けた毒も、健吾を起き上がらせるには足りない。仁美が何か声をかけなければ、と口を開いた瞬間に肩に痛みと熱が走る。


『シュー!』


 威嚇する精霊だが、攻撃手段を持たない彼に出来るのは治療のみ。すぐさま身体に回る毒を辿り、侵入口へと逆らわせる。

 痛みとショックからへたり込む仁美へ、月明かりを遮る影が踊る。張り詰めた緊張が千切れた瞬間の出来事、健吾も仁美も咄嗟に動けず、回避が間に合わない。


『シャァ!』


 仁美の治療を中断した【辿りそして逆らう】が、その小柄な体躯で体当たりを仕掛ける。触れればその瞬間、飛びかかったその力が逆巻き、僅かに離れた位置に着地する。

 即座に駆け出した【魅惑な死神】が、大きく振るった触肢。精霊が離れている健吾へと吸い込まれたそれは、簡単に人を弾き飛ばす威力だ。


「っは...!」

「獅子堂さん!」


 まともな声さえ出ず、ただダイレクトに肺の空気が吐き出され、宙を舞う。土を巻き上げて瓦礫に激突する健吾が、逆流する血を口から零した。

 毒が抜けきらない仁美が、立ち上がろうとしては膝を着く。誰の妨害も入らない中、ゆっくりと暗殺者は健吾へと歩み寄る。


『シルルル...』

「くっそ、痛てぇ、なあ...!」


 精霊もいない、左腕も無い、血も足りない、力も足りない。

 荒事に慣れた思考も、ひたむきな献身も、機転を効かせる知恵も、折れない目標も。

 まっすぐな信念も、思い切りの良さも、自信を裏付ける程の才能も、経験に支えられた活力も。

 特異な体質も、十全な準備も、しがらみの無い行動力も、膨大な知識も。

 時間も、余裕も、全てが無い。


「あぁ、ここまで来るとよぉ...腹立つなぁ!」


 静かな咆哮と共に、拳を握りしめる。

 ほっとけない?俺が守る?アホみたいな虚言をばらまいて、このザマ。精霊に頼って逃げ回り、その果てがこれか、と。


「そうさ、俺は何も出来ねぇよ。勉強を頑張る事も、親代わりになる事も、苦しい時に変わってやる事も。でもなぁ...だからって諦めましたなんてのは...胸張って兄貴やれねぇだろうが!」


 まだ、動く。極度の集中か、走馬灯か。やけにゆっくりと迫る、毒の針。そこに握りしめた拳を、突き出す。


「だあぁら

    ララァァ!』


 爆ぜる、破壊音。飛び散ったのは、鉄片に瓦礫、そして濃紫の甲殻。

 振り抜かれた健吾の拳に、寄り添うように突き出された、大きく太く、炎を滾らせる腕。


『気にするモンは少ねぇ方が、気分が良いなァおい。んで?やる事はひとつになったようじゃねぇか、レオ。』

「......っは、うるせぇんだよ、寝坊助が。」


 全て無くなり、残るは不屈の覚悟と、それに付随する力。契約により分け与えられた、自分の芯。


「よっし...打ち崩せ!【積もる微力(レイジングダスト)】ぉ!」

『っしゃあ、行くぜ!ダアァァララララァァァ!!』

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