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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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滅びぬ影は死神と言ふ

 山中を出て、舗装された道を駆けるルクバトの上で、仁美が不安げに呟いた。


「無事だと、良いですけど...」

「まだ消えちゃいねぇだろうが...離れてるからかもな。そうだ、俺の背中にまだ残ってんだろ、なんか赤い奴。」


 見えるか?と肩口をずらす健吾だが、如何せん身長が違いすぎる。揺れる馬上では膝立ちも危険だ、仁美は首を横に振る。

 腕に巻きついていた小竜の精霊が、肩に移動して『キュ!』と一声鳴いた。文様は残っているらしい。


「あんのか?ならアイツは大丈夫だろ、すぐに動けるかは分かんねぇけどな。」

「獅子堂さん、は...?」

「大分良くなった。この調子なら、数十分で動けそうだ。」


 片手を手綱から離し、グルグルと回して見せるが、そっちの腕はそもそも刺されていない。

 呆れた様な可笑しい様な、複雑な気持ちで笑う仁美に、彼女の精霊が声を上げた。


「どうしたの?」

「あ、悪ぃ。俺の携帯が震えてんだ、メールかな?確認してくんねぇか?」

「失礼、します...」


 画面を見ながら片手で乗馬など出来るはずは無く、健吾は仁美を抱えながら頼む。

 お腹に回された手と、男性のズボンのポケットを探るという行為にドギマギしながらも、取り出した携帯を開く。


「ガラケー...」

「いや、最近のは使い方難しくてよ。ていうか、何度か見てるだろ?」

「いえ。メールってどう開くのかなって...あ、出来ました。」


 開いたメールを確認して、すぐにムッとした顔をする。不機嫌な気配を感じて、健吾は顔を逸らさずに聞いた。


「なんだった?」

「双寺院さん、からでした。何処かの住所と、報酬の用意があるって...」

「報酬だぁ?どういう事だ?」

「情報を買う、ってあります。多分、魔羯登代さんの個人情報です。別行動をするって意思表明じゃないでしょうか。」

「なんか毒のある言い方だな...?」


 健吾の呟きは誰に拾われる事も無く、結果として会話が途切れる。ルクバトの蹄の音だけが響き、夜の風が肌を撫でて熱を奪う。

 少し開けた場所から、下から広がる火の手が見えた。大分近づいている。もう少しすれば、ここまで熱波が届きそうだ。


「は、寒くなくて良いかもな。」

「熱くないですか?こんなに大きいと。」

「さぁ、火に囲まれた事なんざねぇしな。でも急ぐに越した事は無さそうだな...」


 山道はいくらか分岐しており、急ごうにも手段が無い。総当たりしか無さそうだ。


「仁美、どの道が良いと思う?」

「え、と...下の道からでないと、火が回ったら行けないと思い、ます。」

「それもそうか。頼むぜ、ルクバト。」


 首を叩く健吾に、手綱を握れと言わんばかりに首を振って、勢いよく駆け出す。

 慌てて手綱を握る健吾と、しがみつく仁美。二人の目の前を、木々があっという間に流れていく。




 それから、思いつく限りの場所を巡った。案内板を思い出しても、これ以上に建物は無い。


「だぁ!無駄に時間食ったな...」

「後は、立ち入り禁止の奥だけ...です。」

「つーか、監禁なんざするんなら普通にそっちだよな...なんか警察にも追われてるしよ。」


 ルクバトから降り、足を休めていた健吾が溜息を落とす。とはいえ、回った場所の幾つかが炎に包まれている以上、先に回ったのは失敗ではなかった...と思いたい。

 徒労感が募りつつも、時間が惜しい。すぐにでも奥の道を進むべく、休憩も程々に立ち上がった。


「こっからは歩きだな。流石に道が悪すぎる。」

「落ちないように、気をつけてください、ね。」

「だな...こういう時はサソリが羨ましいぜ。」


 ルクバトの蹄では、二人の体重がかかれば土が崩れてしまうだろう。そもそも、山地を歩くようには出来ていない。

 後ろから着いてくるルクバトが、イラついたように後頭部を小突いてくる。文句を言うなと言うことだろうか?


「いってぇな...」

「獅子堂さん、前!前見てください!」

「んぁ?前ってぇ!?」

『キュー...』


 額に枝をぶつけ、その場にしゃがむ健吾に、肩の上の精霊が呆れたように鳴いた。運良く落ちなかったが、バランスが崩れれば危ない場所だ。口を閉じ、微かな月明かりを頼りに道を進む。

 そうしてしばらく歩いただろうか?ふと足元の感触が硬くなった。


「お...なるほど、元々あった道が崩れてたって訳か...こっから先は無事みたいだ。」

「かなり古い、ですね。崩れた後、立ち入り禁止になってからは補修されてないみたい...」

「ま、アスファルトよりはコンクリのが長持ちだろ?山ん中の建物といや、コンクリだろ、多分な。」


 道があるのだ、その先に何も無いと言うことは無いはず。潜伏にも監禁にも使えそうな場所が、あるといいのだが。

 舗装路に変わった以上、ルクバトに乗っていこうと振り向いた二人の前で、軍馬は一点を見つめて動かない。


「上になんか、あんのかよ...?」

「これ...霧です。こんなに暑いのに...」


 斜面を滑ってくるそれに、怪訝な顔をする間もなく、ルクバトが二人を突き飛ばした。瞬間、アスファルトを生物質な弾丸が抉る。


「これ...!」

「もう追いついて来やがったって事は...アイツは...」


 契約した時の痛みは、太腿にあった。すぐに見ることの出来る位置でも無いため、確認は諦める。

 すぐに肩の上の【辿りそして逆らう】を、仁美に押し付けてルクバトに跨る。意図を組んで山を駆け上がってくれるルクバトに、健吾は首を叩いて激励した。


「よっしゃ、頼もしいぜ!」


 見えない位置から狙撃されるより、目視できる位置に居てもらう。あの目立つ体色に変化したのなら、尚更だ。

 守りに専念すれば、【辿りそして逆らう】はとても優れている精霊だろう。仁美はこれで安泰だ。

 ルクバトも健吾一人であれば、山を駆ける事も可能だ。【疾駆する紅弓】のような騎乗技術は無いため、本当に駆けるだけだが、今は移動こそ一番の優先事項だ。


「うぉ!?撃ってくるまでが速くねぇか?」


 すぐに放たれた針が木に突き刺さるのを見て、健吾が驚愕の声を上げる。

 僅かに湯気を漂わせるそれは、再生したばかりの硬度しかなく、細い若木も貫く事は無い。木々の間を縫う駿馬にそれが当たることは、万に一つと無いだろう。


『シュアアァァ!』

「すげぇ迫力、あんまり弱ってねぇな?」


 振り切れればと思ったが、それも難しそうだ。しがみつくに等しい乗り方の健吾では、ルクバトも走りにくいのだろう。

 針が当たらないと察したのか、走る速度を上げて距離を詰めてくる精霊に、健吾の焦りが募る。

 すぐ後ろに感じる熱波、募る危機感に、首筋がピリピリと痛む。警鐘があまりにも強く鳴り響き、頭が割れそうだ。


『シイィ!』

「うぐっ!」


 遂に追いついた【魅惑な死神】が、その触肢を振り払う。健吾の肩を掠め、強い衝撃に落馬する。地面よりも先に木に激突し、背中に崩れるような痛みが走った。

 すぐに追撃を狙う紅蠍だが、取って返した軍馬の体当たりにバランスを崩した。明後日の方向へ放たれた針が、色付いた紅葉を散らす。


「まだ...動けんだよ!」


 骨は折れてない、肺に血も溢れていない、ならば支障は無い。噛み締めた唇から垂れた血を舐め取り、健吾は即座に走り出す。

 狙いは吹き飛んだ時に見えた、【魅惑な死神】の背中。そこに付きたった矢だ。無謀な突進に合わせ、ルクバトが併走する。


「サンキュー、頼んだ!」

『ブルル!』


 怒りの混じったような唸り声を返しながらも、振るわれた触肢に蹴りあげた脚を合わせる。

 蹄と甲殻の打ち合う音を耳元で聞きながら、向かってくる鋏角を去なして足場にする。飛び乗った背中の上で、矢を握りしめて踏ん張った。


「そーら、ここなら何も出来ねぇだろうが!」


 疲労するまで体力勝負といくつもりで声を荒らげた健吾だが、すぐ横に尾節が突き落とされて硬直する。

 見えはしないものの、攻撃は届く場所らしい。やたらめったらに攻撃を繰り返され、先に疲労するのを確信した健吾が勝負に出る。

 繰り返される刺突の中、手の中の矢に体重をかける。妙に柔らかな感触がかえって来て、直後に悲鳴が轟いた。


『シュアアァァ!!』

「良いとこに刺さってんじゃねぇか!」


 返してくる肉の弾力に、逆らうように力を込めた瞬間、凄まじい勢いで蒸気が吹き出した。あまりの圧力と熱気に転げ落ちた健吾を、ルクバトが背に乗せて離脱する。

 駆け寄った紅馬に咄嗟に捕まった健吾だが、全力で矢を押し込んだ為か腕が痺れ、途中で再び落馬した。今度は受け身こそ取れたものの、絶対的な隙を晒してしまう。


「っ!...あ?なんも来ねぇ?」


 怪訝な顔で振り向いた彼の前で、白い霧が晴れていく。足元に散らばった紅色の甲殻の中から、濃紫の死神が這い出てきた。

 二本の触肢を掲げ、威嚇するその姿。疲弊も損傷も無い精霊が、ゆっくりと尾節を向ける。


「ボケっとしてる場合じゃねぇ...!」


 飛び退いたその足元で土が爆ぜ、伝う冷や汗が地に落ちた。甲殻の色が戻ると共に再生速度は落ちたようだが、精霊を相手にしている時点でそれは誤差だ。

 すぐに距離を詰めてくる精霊に、人間が追いつける筈も無く。数回も触肢を突き出されれば、片腕を捕らえられる。


「ぐ、あがああぁぁぁ...!!!」


 骨が歪み、肉が千切れる音と共に、身体が上に持ち上げられる。ユラユラと狙いを定める尾節が、目の前に突きつけられた。

 月光を照り返す湿りが、濃厚な死の気配を漂わせている。腕の千切れそうな痛みより、身体を捻って抜け出す事に専念する。

 それでも、獲物が逃げられるなら捕食者とは呼ばれない。ただ出血が増えるだけの腕に、焦りばかりが募る。


「クソが、外れろ...外れやがれぇ...!」


 振り上げる足が甲殻を叩く音が、虚しく響いていく。脱皮で使った体力が戻ったのか、ピタリと静止した尾は心臓にまっすぐに向けられた。

 引き絞られた尾が、突き出された瞬間に赤が宙を舞った。

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