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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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人間と、精霊と

 二人の契約者が倒木へ滑り込んだのを見送り、そこへ迫る数名の警官を射殺す。回り込むにしても、警戒を怠る訳もなく、自然に【疾駆する紅弓】に視線は向く。

 そうなれば、彼には居場所が筒抜けだ。あっという間に貫かれる。


『む?力が...あの小さき精霊が働いてくれたか?』


 倦怠感が薄れ、契約者が死の淵から離れているのを感じ、弓を握り直す。

 向こうも利害関係で動いているのだろうが、それでもこれは恩義だ。返さねば己の誇りが捨たるという物。


『とはいえ、やる事は変わらんか。目の前の危険を排除するのみ!』


 針を飛ばし、一人一人葬っていた【魅惑な死神】へ一閃。尾針と目は狙わず、固定砲台として警官処理には勤しんで貰う。

 合間に警察へも弓を引き、弾丸と矢を交換していく。視線を感知し、直感も手伝って、当たる弾を射落としていく。音速に迫る金属も、的確に射抜ける精度。四穂の体調が改善している証拠だ。


『このまま押し切る...訳にも行かんな。』


 当然だが、八千代も勝ちに来ている。このままでは殺されるだけの【魅惑な死神】は標的を変え、【疾駆する紅弓】を狙う。

 警官はどうにかなるが、今の【疾駆する紅弓】を倒すには役不足。警官というイレギュラーがいるうちに、痛手を負わせたいのだ。


『さて...』

「此方を向いたぞ!」


 減らなくなった邪魔者を始末するのは、必然的に彼の役割となる。狙ってくる対象が切り替わり、警官たちの銃口も狙いが変わる。

 今までの比では無い弾丸の嵐に、矢だけでは防ぎきれないと悟った精霊が愛馬を走らせる。自動車の様な速度を撃つのは至難の業であり、警官も彼を狙えない。


「囲んで止めろ!」

『轢かれるだけだ、無駄な事を...!』

「それはどうかしら?」


 いつの間にか近くから聞こえる美声に振り向けば、すぐ側に八千代が立っていた。精霊の方ばかりに気を取られ、障害にもなり得ない契約者を失念していたのだ。

 この距離、飛ばされるのは針だけでは無い。


「いって、【魅惑な死神(ラストピオン)】!」

『シュウゥァァ!!』


 契約者より再度顕現した精霊が、残った触肢と尾針を伸ばす。この状況、流石の【疾駆する紅弓】も攻撃に転じるのは不可能。

 弓と矢筒で攻撃を防ぎつつ、ルクバトに全力で走らせる。警官を散らしながら駆ける優馬だが、化け蠍に力で敵わない。やむを得ずに触肢に挟まれた弓を手放し、安全圏に離脱する。


「流石、精霊の武器。壊せそうには無いわね。」

『貴様の精霊では、な。』


 腰に直した矢筒から、矢を一つ抜き放った狩人の精霊は再接近する。弓が無い以上、近づくしか無い。幸い、腕力もそこそこの強化を受けている。

 落とされる尾針を矢で流し、弓を挟む触肢に突撃する。足が減った事もあってか、バランスを崩す【魅惑な死神】を、そのまま反転したルクバトが蹴りあげた。


『ち、離さんか...』

「乱暴ね。でも立ち止まってて良いのかしら?」


 微笑みを湛える八千代の前で、【疾駆する紅弓】の頬に赤い線が走る。前に向き直りながら零れて伝う血を拭い、己を撃った警官を睨み付ける精霊に化け蠍の尾が迫る。

 背面に矢を回して受け止め、すぐにルクバトを走らせる。包囲を築きつつあった警官を軒並み薙ぎ払い、山を駆け回る。


「止めろ、なんとしてでも!」

「くそ!本隊が火に飲まれてなけりゃ、今頃は!」

『無い物ねだりの戯言しか吐けんのなら、即刻蹴散らしてくれる!』


 右手に持つ矢を次々と血に染め、駿馬を駆る精霊。その姿は狩人と言うより、荒れ狂う武者か猛る騎士の様でもある。

 あっという間に烏合の衆へと変貌させていく精霊だが、悪寒が走り振り返る。その目に写った光景は、消えた精霊と地面に開いた穴。


『弓さえ無ければ問題ないとでも...?舐めるな!』


 契約者を離れて攻撃に転じる【魅惑な死神】に、苦虫でも噛み潰したように顔を歪め、反転する。

 あっという間に契約者達の元へ駆けると、すぐに四穂と仁美の首根っこを掴んで、馬上へ投げ捨てた。


「ぐえっ!」「あぅ...!」

『避けろ、小僧!』

「健吾だ、赤服!」


 そのまま駆け抜けるルクバトと、身を投げ出して回避する健吾。その間から濃紫の鋏が現れ、倒木をへし折った。

 地面からノソノソと這い出た大蠍が、数瞬の迷いの後に健吾を向く。


「ヤベぇ...!?」

『シャアァァ!』


 威嚇する精霊は、上げた鋏を振り下ろしてくる。それを辛うじて避ける健吾に、尾針が迫る。

 反射的に、前に交差させた健吾の腕に、冷たい何かが巻き付く感覚がある。


『キュウ!』

「ナイスタイミングだ、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】!」


 馬上へ投げられた時には、四穂から健吾へ飛び移っていた精霊を労って、健吾は立ち上がる。

 突き出した尾の衝撃が、そのまま返ってきてよろめく化け蠍を尻目に、【疾駆する紅弓】との合流を急ぐ。走り出した健吾だが、すぐにその足が撃ち抜かれた。


「くっそ、まだ居んのかよ...!」


 転げながらも、受身をとってすぐに立ち上がった健吾は、姿の見えない警官を探す。【辿りそして逆らう】のおかげで、傷も踏ん張れない程の痛みは無い。

 精霊と警官、両方の警戒をする健吾の横で、【魅惑な死神】が走り出した。木陰に身を隠し、警官から逃れていた八千代に、紅い精霊が向かっていたからだ。


『気付かれたか。』

「追いつかれそうなんだけど!?」

『元気でもしょげていても鬱陶しいな、主。少し口を噤んでいてくれないか?』

「酷いね!?」


 小柄な少女とはいえ、二人も過剰に乗せていては走りづらい。すぐに追いつかれ、翳す触肢が影を落とした。


『身を屈めろ!』

「はいっ!」


 仁美を抱き寄せる様にして、【疾駆する紅弓】の腰に抱きつくように姿勢を低くした四穂の上で、鈍い衝撃が空気を震わせる。

 矢で受けた紅い精霊が手綱を手繰れば、ルクバトが立ち止まり後脚で蹴りあげる。尾が襲いかかってくる前に、へし折れて引きづられる触肢の方へと走り離脱する。


『おい、小僧。頼む。』

「そういうのを無茶振りっつーんだよ!」


 短く悲鳴を上げる二人を馬上から投げ下ろし、健吾が慌てて受け止める。衝撃の殆どを【辿りそして逆らう】が流してくれたとは言え、下敷きにされた痛みはあった。

 文句を言ってやろうとした健吾だが、直後に感じた悪寒に身を任せ、右腕を振り上げる。【辿りそして逆らう】によって還っていく尾針に、油断も隙もないと唾を飲み込んだ。


「イタタ...ごめんね、大丈夫?」

「重いから下りてくれよ、二人とも。」

「そういう言い方はショックだなぁ!?」


 怒りながらも、すぐに退いてくれた四穂に仁美を預け、健吾は周囲を確認する。死屍累々とした光景に吐き気を感じながらも、警官の残りを探す。


「...いねぇみたいだな。」

「隠れてるだけかもよ?なんで言いきれるのさ。」

「勘。」

「便利な言葉だね、それ...」


 無論、信じる筈も無く、強く警戒を続ける四穂。疲れそうだな、と身も蓋もない事を思いながら、右腕に巻きついた精霊を引き離す。


『キュ?』

「もう大丈夫だ、あんがとな。仁美の事、頼むぞ?」

「獅子堂さん?」

「このままだと埒が明かねぇだろ。レイズも待ってるだろうし、ちっと手助けしてくらぁ。」

「え、何言ってんの、この人。」


 二人が止める前に、火花を散らす精霊達の方へと駆け出す。濃紫の甲殻を矢が滑り、馬を狙う触肢が空を切る。

 精霊達の側を突っ切り、健吾が駆け込んだのはその向こう。【魅惑な死神】の後ろに立つ八千代である。

 簡単なスタントや殺陣の経験はあれど、本格的に制圧術を学んだ男に喧嘩では勝てない。【疾駆する紅弓】が弓を拾えない事を素早く確認し、己の精霊から離れるように走り出す。


「あ、逃げんなコラ!」

「それで止まるとでも?」


 精霊の争いに突っ込む男である。近づきたくは無い。木々を縫うように走り、次の手を考える。

 八千代からすれば、【母なる守護】以外を倒せるチャンスだっただけなのだ。契約者を揺さぶるもよし、そもそも斜面を苦手とするので逃げるもよし。安全なタイミングだった。


(まさか、精霊もいないのに生身で突っ込む子がいるなんて思わない...!)


 一哉も大概ではあったが、入念な準備の元、肩に精霊を乗せての特攻だった。【積もる微力】の迫力に負けて、目立っていなかったが、健吾も大概...いや、それ以上だったという事だろう。

 とにかく、【母なる守護】が落ちてから想定と違いすぎる。一度接敵した以上、【疾駆する紅弓】から逃亡出来る精霊は限られているだろう。勿論、【魅惑な死神】はその中にはいない。


(弓を奪っても、馬がいる...あそこまで接近戦も行うなんて、随分恵まれた精霊じゃない。)


 生命力に毒。【魅惑な死神】も弱くは無いが、正面から争うには劣る。

 鋏角を折られ、顔を潰され、触肢を引きずり、足を失った。これ以上の戦闘は困難だろう。だが、争わねば生き残れない。


「ここまで追い込まれるなんて、久しぶりね...!」

「そうかよ!」


 スタミナの関係で、逃げ続けるのも悪手。大回りに戻って来たが、精霊の元に戻れたからと言って事態は好転しそうに無い。

 それが、精霊を目指していたのなら、だが。


「これでおしまい、かしら?」


 警官の死体に握られた銃を取り、銃口を健吾に向ける。右手でしっかりと構え、添えた左手で支える。本当ならば片手で威圧したかったが、それでは当てられる自信が無い。

 演技の為、射撃の経験を詰んだ事はあった。故に当てられるぞ、という圧をかけるには十分な姿勢は取れている。


「...一発当てたぐらいで、俺が止まると思うかよ。」

「三発当たっても走れるかしら?」


 内心で化け物かとツッコミつつ、二人がジリジリと距離を測る。嘘八百も、この緊迫した空気では足を止めるには十分な力を持っていた。

 それに気づいた仁美が、「獅子堂さん!」と叫ぶ。それを合図に引かれた引き金が、金属の凶器を薬莢からバレル、寒空へと送り健吾の肉を穿つ。


「負け...るかよぉ!」


 二発目は頬をかすり、健吾は八千代の腕を取る。撃たれた左肩は動かない。すぐに動作を変えて、引いた腕を肩に担いだ。


「ちょ」

「だぁらあ!」


 あまりにも強引な、力任せな背負い投げ。転がった銃が敗北の音を落ち葉と共に奏でた。

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