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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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繋がる火の手

 素早く引き絞られた弓弦が、停滞する間もなく解き放たれる。

 一直線に契約者に向かう紅い彗星に、濃紫の化け物は己を盾にして防いだ。甲殻に付きたった矢をへし折り、体当たりを繰り返す【辿りそして逆らう】から目をそらす。

 攻撃されなくなった子竜には、攻撃の術が無い。辿る為の力の流れが無いので、体当たりもその小さな体で出る威力しかなくなってしまうのだ。


「いきなりなご挨拶ね、まずは馬から降りるのが礼儀じゃないかしら?」

『暗殺趣味の化け物に、礼儀はいらんだろう?』


 尾針を揺らし、狙いを定める【魅惑な死神】に弓を引く。針が放たれた瞬間、その正中心を射抜いて止める。

 連射力ならば、【疾駆する紅弓】の方が遥かに高い。続く第二射で側眼を潰し、叫んだ【魅惑な死神】に第三射を放つ。

 触肢の根元に刺さった矢に、青い血が伝う。何度か強い衝撃を与えてやれば、厄介な触肢を奪えそうだ。それでも、力強く動くのには変わらず、有効打と言うより布石。


『足りんか、これでは。』

『シャアァァ...!』


 遠距離を不利と判断し、【魅惑な死神】が襲いかかる。射られる矢は傷口と目以外で受け、そのまま走り出したルクバトを追い続ける。

 追いつかれることなく、余裕の面持ちで弓を射続ける【疾駆する紅弓】は、それを続けるつもりだったのだろう。しかし、揺れる尾針が横を向いたのを、狩人たる精霊は見逃さなかった。


『く、間に合え!』


 番えた矢を、狙いもままならぬうちに放つ。針の発射される寸前に付きたったそれは、僅かに狙いを逸らし、針は四穂の目の前の土を穿った。

 速度と有効射程で、怒涛の攻めを得意とする【疾駆する紅弓】。その弱点は、防衛能力の低さだ。九郎のようにルクバトの走りに耐えうる人間ならばいざ知らず、離れた契約者を守る術が無い。


『殺しきるには、力が足りんか...やむを得ん。』


 蹄を打ち鳴らして走りよった先は、呼吸を整えている健吾の前。馬上より見下ろす彼は、怪訝に見上げる健吾に問いかける。


『貴様、力が必要では無いか?』

「あぁ?どういう事だよ。」

『我が主最後の願いは、勝つこと。そこに手段は明示されていなかった、故に今できる最善を尽くす。』

「だから、意味が分からねぇって」

『《我、【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】の名を揚げて問う。契約を交わすか?》。』


 ボンヤリと発光した精霊と、どこか聞き覚えのあるその文言。記憶を辿り健吾が行き着いたのは、最初の夜の事。


「お前と、契約しろって?」

『貴様は火の不動宮であろう?そこまで強い負担にはならんはずだ、我も貴様も今は力が必要だ。』

「ひ...ふどう?お前さ、説明する気あんのかよ?」

『急げ!するのか、しないのか!悪い話では無かろう!』


 事実、【積もる微力】の奪還にも戦力は欲しい。信用できない相手とは言いきれず、攻撃的な能力は健吾向きだ。

 しかし、彼は敵である。契約したとて、四穂がいるならば健吾の勝利はありえない。どちらの契約者を目の前の精霊が選ぶか等、考えるまでも無い。


「だぁー!クソが!考えるのは苦手なんだっツーの!いいよ、してやるさ!契約はくれてやる、力は貸せ!」

『了解した...!』


 健吾が承諾した瞬間、太ももに熱い痛みが走る。あっという間に消えたそれは、初日の背中の痛みと同じだろう。

 心做しか明るさを増した弓が引き絞られ、半月を描き停滞する。八千代の側に待機し、針の再生を待っていた【魅惑な死神】に向けられ、そして解放される。


『シュアアァァ!』

「【魅惑な死神(ラストピオン)】!?」

『軽量かつ弾力がある...やはり、硬度は高くないらしいな。』


 触肢の鋏から顔、横腹までを一直線に焼き貫いた矢が、地面に突きたっている。九郎と契約していた時よりも攻撃性の増した矢は、暗闇でも目立つ程の存在感を放っていた。


『僅かにブレがあり、遅いか...?まぁ、誤差だな。』

「いや、ぜんっぜん分かんねぇよ。」

『力は有り余るが、軽業は期待できんか。攻めきるしか無いようだ。』

「なぁ文句言ってる?それ俺に文句言ってんのか?」


 馬上の精霊の顔を見ようと回り込む健吾だが、ルクバトが走り出して叶わなかった。四穂を狙って放たれた針を射落とし、手綱を操ってルクバトを反転させる。

 左右から鋏が迫るのに、番える時間は無い。左の触肢は矢を短槍の様にして防ぎ、右の触肢は根元をルクバトが蹴りあげる。


『シイィィ...!』

『これで、どうか!』


 ミシリ、と嫌な音を立てた触肢に、離脱しながら矢を射掛ける。先程刺さった矢を、寸分違わず飛び込んだ矢が、深くまで押し出した。

 ヒビの走った甲殻に捩じ込まれ、関節部が破壊される。ありえない方向に折れた触肢は、当然動きはしない。むしろ、邪魔になるだけだろう。


「すげぇな...」

『手負いの蠍だ、これが本来なら当たり前でなくてはな。契約者が隠れ、奴に近づかれるならば厄介だが。』


 それは不可能である。視線を感じ、勘が冴え渡った【疾駆する紅弓】に、一度補足されたなら逃げる事は出来ない。

 おもむろに八千代に射掛けるも、それは【魅惑な死】に防がれる。簡単に放った矢だが、甲殻を貫いて刺さっていた。


『人体に防ぐ術は無い。我は外しはせんからな、契約者からは離れられんよ。』

「急に余裕じゃねぇか。」

『事実、こうなれば難しくは無い。問題は主がこのままでは危険だと言うことだけだ。』


 倒れている四穂に視線をやり、【疾駆する紅弓】は憎々しげに呻く。

 回る毒をどうにかしようにも、そもそも毒の種類が分からない。仁美を説得するか、【魅惑な死神】を倒せば解毒される事に賭けるか。どちらも望みは薄いだろう。


「どうすんだよ?」

『知れたこと、手当り次第にやるのみ。貴様はどうする?我は離れていた所で、戦力に大きく差は無いぞ。』

「あの威力で?マジかよ...」

『ここで嘯いて何かなるのなら、そうであろうな。』

「嫌味な奴だな...」


 顔を顰めた健吾は、背筋に走る悪寒に即座にしゃがみ込む。同じく身を伏せた【疾駆する紅弓】の上を過ぎ、木々を揺さぶった小さな物。

 視線を感知し、すぐに矢を射掛ける狩人の精霊。木々の向こうから断末魔が聞こえ、潜められていたであろう足音が一斉に耳に届いた。


「君達は包囲されている!すぐに投降するなら命までは取らない!」

「警察...!?」

『捕まれば、リタイアか監禁か...死か。少なくとも良い事にはならんだろう。』


 お構い無しに第二射を番えて、二人目を射殺した精霊に注目が集まる。

 赤く大きい体躯、高い馬上、巨大な弓。四穂から注意が逸らされたのを確認し、【魅惑な死神】の方へ走る。


「動いたぞ!撃てぇ!」

『まったく、余裕の無い...今は助かるがな。』


 銃弾の雨は、恐れや焦りからか狙いは良くない。視線から密集地を予測し、そこを避けて駆ければ直感で避けられる。

 それに彼も精霊だ。数発当たったくらいならば、急所で無ければ一晩とせずに回復するだろう。


「ここの市民の味方様は、無茶するわね...!守って【魅惑な死神(ラストピオン)】!」

『させると思うかね?』


 弾丸への対処に必死になったその一瞬、放たれた矢が足の一本を奪い去る。九郎と契約していた頃より、隠密性と貫通性が犠牲になったその威力は、鋏角種の細い足を断つにはうってつけだ。

 バランスを崩して失速した【魅惑な死神】だが、その影に八千代の方から飛び込み事なきを得る。甲殻の表面で弾丸が跳ねる音が響き、背筋を冷たい汗が伝った。


「おい!こっちにも飛んできてんだけど!?」

「獅子堂さん!こっちに!」


 なぎ倒された木の向こうから、仁美が呼びかけるのが聞こえた。しかし、健吾はそちらには走らない。【疾駆する紅弓】と一点を交互に見つめ、その場で止まっている。


「ぁー、クソが!後で覚えとけよ!」


 誰に叫んだのか、自身でも分からないうちに健吾は走る。その先には、倒れ伏した四穂がいる。

 限界な体力と、【泡沫の人魚姫】の消失によるショック。夢現な彼女を、少々強引に肩へと抱えあげ、仁美の方へ走り出す。


「止まれ!」

「嫌だね!」


 飛び出す男性の声にノーを叫び、突き出された刺股を蹴りあげる。その間に走り寄り、左腕で刺股を取った。


「このっ...放せ!」

「少し鍛え方が足りねーんじゃねぇの?」


 武器になるものを手放そうとしない男。必死に刺股を引く男に合わせ、此方も全力で引く。小柄な少女とはいえ、人一人の重さが肩に乗っているのだ。バランスを崩すのがどちらか、考えるまでも無い。

 とりあえず優先すべきは、遮蔽物に隠れる事だと判断し、男は放っておいて走り出す。再び始まった銃撃に、滑り込むようにして倒木へ隠れた。


「あっぶねぇ〜...セーフ?」

「なんで、その人...」

「んぁ?なんつーか、よ。ほっとけねぇじゃん?こんな顔見たらよ。」


 蒼白と呼ぶしか無い顔色に、涙の跡。確かに戦場に置いていくには、忍びないかもしれないが。

 ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる担ぎ方から、乱暴にならない程度に素早く四穂を下ろす健吾に、仁美は食い下がる。


「敵...ですよ。」

「もしかして交戦した事あんのか?」


 三成の時よりも警戒する仁美に、半ば確信を得ながら問いかける。比較的、人懐っこいというか、甘えたがりな仁美にしては、珍しい反応だと思ったからだ。

 健吾の問いに、渋々と言った面持ちで頷く仁美。それを見て、どう説得しようかと唸る健吾に、仁美は深く溜め息を吐いた。


「延命なら、します。今の唯一の戦力が、【疾駆する紅弓】です、から。万全以上で居てもらわないと、私達が危険、です。」

「お、おう!それそれ。それが言いたかったんだよ、うん。」

『シュ〜...』


 呆れ果てた視線を健吾に向けながら、契約者の意向とあればと治療を開始する。

 簡単な解毒と、疲労の軽減。血流や電気信号等の流れを辿り、加速や補助を行う。異物は逆らわせ、全身に回るのを阻止する。


「少し顔色が良くなったか?」

「血行はよくなっている筈、ですけど...暗くて良く見えないです。」

「こんな所でグズグズしてる場合じゃねぇってのに...!」


 回る火の手を感じながら、山頂に視線を向けて。健吾は苛立ちを顕にした。

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