13番目の精霊
稲妻、雷、またの名を...
神鳴り
様々な形容の言葉あれど、その実態は一つ。空中より地上を突き刺す、電子の暴力である。
今まさに、何故か雲一つ無い空より、それは落ちた。僅かに視界にノイズが走り、三原色の像に電子世界がぶれる。それ程の物。
正に今、開幕を告げる神の一声だったのかもしれない...。
『レオ!くそ、どうなった!?』
『集中せよ、獅子の精霊!』
狂乱の治まった【混迷の爆音】が、【積もる微力】に武器を振るう。近くには、気絶した契約者。
一方の【積もる微力】は、健吾と合流出来ていない。ルールにもあるが、精霊は契約者無くして、1日と存在出来ない。物理的に離れる事も、弱体化に繋がるのだ。
『不味いだろ...。』
『ここで憂いを絶たせてもらう。』
『急に紳士ぶるな、気持ち悪ぃ!積もった力はそのままだ、行くぞコラァ!ダアァララララァァァァ!!!』
乱打を浴びせる【積もる微力】だが、その尽くを【混迷の爆音】は防ぐ。
『精霊の基礎能力は契約者に依存する。私は少々、読心の心得が出る様だ。君の勘の良さも失せているが、このまま続けるかね?』
『あぁ!?知るかよ!このまま野放しにしたら、レオを討つだろうが!』
『ご名答。では、爆ぜろ!』
武器を振るだけで無く、【積もる微力】に押し付ける様にし、柄に口を持っていく。
そう、それは...笛なのだから。
グオオォォォーーン!!
『ガァッ!?』
決して【混迷の爆音】に勝るとも劣らない【積もる微力】の巨躯を、凄まじい勢いでぶっ飛ばす。瞬間的な演奏だったが、その威力は本物だ。
当たった瞬間、飛んだのは肉体だけにあらず。意識とでも言おうか、気が遠くなり、気がつけば壁に激突していた。受け身も満足にとれず、【積もる微力】が呻く。
『あんだ...今の。』
『君の珍妙な炎と同じだ。では、そろそろ消えて貰う。』
振りかざす武器は、空気を強引に押し退けて獅子にせまる。
痛む体を持ち上げ、拳で打ち合った結果、肩を犠牲に笛は頭のすぐ横を砕く。
『まだ動くのか。』
『くそっ、視界が揺れて力が入らねぇ...。』
武器の一振ごとに、音波が意識を揺さぶり落とそうとする。闘気が薄れ、蓄積していた力も薄れていく。
『ふむ、限界か。少々焦ったぞ、獅子の精霊よ。』
『てめぇ、体力底なしかよ、山羊野郎...。』
『いや、これでも限界は近い。勝てたこと、嬉しく思うよ...去らばだ。』
そして、【積もる微力】のギリギリ手の届かない位置。そこで笛を構え、【混迷の爆音】は大きく息を吸う。
...嵐が吹き荒れる。全てを壊し、吹き飛ばす。そして...
...笛が宙を舞った。
『な、に...?』
『キュイ~。』
浮いている。蛇、だろうか。自らの尾を咬む、真っ黒な蛇。いや、子竜?
当惑する彼の前で、その蛇はフラフラと飛び、【積もる微力】に絡み付く。
『何だお前...傷が。』
【積もる微力】が立ち上がり、再び闘気を拳に灯す。
『馬鹿な、第三者が総取りを狙って...?』
「いいえ、違う。」
階段の方から、人の足音。巳塚仁美と、獅子堂健吾だ。
「私の、精霊。あの人の、遺してくれた、希望...!」
「わりぃな、レイズ。遅れ...ても無ぇな。まだ、のめしてねぇもんな。」
『ちっ、ピンピンしやがって。とっと来いっての、レオ。』
隣に並ぶ契約者に、精霊は憎まれ口を返す。
そんな精霊から離れ、宙を泳いだ蛇が仁美に巻き付く。尾は咥えたままなのに、器用な奴である。
『キュウ~。』
「ありがとう、【辿りそして逆らう】。」
『ルウゥー!』
無警戒に鱗を撫でる仁美だが、彼女を襲う脅威は無い。何故なら、【混迷の爆音】は二人に睨まれているからだ。
『レオ、やれるか?』
「お前だろう?まぁ、あんまりにもだらしないなら、手出しさせて貰うぜ。」
『はっ!言ってろ!』
飛び出した【積もる微力】の拳を、笛で的確に受ける【混迷の爆音】。狂乱していた時の様に、その身で受けることは無い。
『くっ、契約者の距離で、ここまでの差が出るか...!』
『俺は離れるのは極端に苦手なんでな。その分、てめぇを打ち抜かせて貰うぜぇー...!
ダアアアァァァララララララアアァァァァ!!!!』
武器等、構う事のない圧倒的連打。一つ一つが重く響くそれは、力を蓄積させていき、【混迷の爆音】を押し潰す。
『ぬっ、アアァ!』
蓄積した力を利用し、大きく回転。音波を振り撒きながら振り抜かれたそれは、しかし空を切る。
持ち前の動体視力と、勘の良さ。それが【積もる微力】に退避を促していた。
『やはり、危険を勘づくのが早いな。先程までとは違う。』
『知った事か。てめぇを殴り抜く、それだけだ!』
読心術を越えた何かで、【混迷の爆音】は拳を武器の片方に上手く蓄積させる。そして大降りの一撃。
一方【積もる微力】も、その一撃を危機察知しては回避する。そして、踏み込める時を逃さず、その拳を叩き込む。
いつまでも続くと思われた戦いは、たった一つの要因で均衡を崩した。一人の女性である。
「【混迷の爆音】、星霊具を、出すわ。」
『っ!天象義から読んだのか。』
『てめぇ、何の話してやがる!』
女性が取り出したのは、貝殻のペンダント。紐を千切り、それを精霊に投げつける。
「我、魔羯登代が願う。汝に神話の代より伝わる力を!やって!【混迷の爆音】!」
『ヴァアアァァァ!!!』
武器が独特な光を放つ。それは迷彩の様に、笛の表面をうねり、異質な物だと全員に直感させた。
「なんだよ、いきなり!」
『レオ、下がってろ!不味いぞ、これは!』
「獅子堂さん、撤退した方が...。」
「分かってるが...逃がしてくれる雰囲気でもねぇぞ。」
肩に笛を担ぎ上げ、燕尾服の裾を揺らしながら、【混迷の爆音】は此方を睨む。褐色の肌と白い髪、山羊の角と赤い瞳は...
「さしずめ、悪魔って処か...」
『はっ!楽器が変わっただけだ、殴れば倒せる。』
「彼等を消して、私の為に。」
『無論だ。』
「いけ!【積もる微力】!」『おう!』
「行って!【混迷の爆音】!」『了解した!』
次の瞬間には精霊が激突し、強い爆音に空気が揺れる。
笛が動くと、空気が振動し正気をトバしてくる。【積もる微力】の蓄積は、力の変化の差を、一部残す物。笛越しに掴みあう今は、それは一切の役に立たない。
「仁美!そいつは、【辿りそして逆らう】は何か出来るか!?」
「今、ここでは何も、出来ない...!」
二人も【混迷の爆音】の笛の影響下だ。飛びそうになる意識の元、懸命に堪えながら後退する。
しかし、健吾は離れすぎてもいけない。【積もる微力】のパワーが弱まるからだ。
「仁美、少し引き付けられないか?逃げ回るだけで良い。」
「...説明。」
「あいつの武器、振ったら驚異的な破壊力だ。でも、本体の力はそうでも無い。契約者の救出は、難しいだろう?」
「...何か考えてるのは、わかった。信じてる、から。」
「分かって言ってるだろ、お前...。」
真っ向からの信頼に、健吾が少し苦い顔をすれば、仁美は少し微笑んで見せた。少し震える足で、精霊を伴って立ち上がる。
『キュウ~?』
「守ってね、【辿りそして逆らう】。」
後は、仁美達の方を優先して貰うだけ。そこは賭けだが、仕方ない。
「レイズ!突破して奥に行くぞ!」
『あぁ!?奥なんざ、崩れた道しかねぇぞ!』
「突っ切る!」
走り出す健吾達を追う【混迷の爆音】だが、契約者の呼び声にすぐに振り向いた。
その先に見えたのは、今まさに瓶を投げる少女。放物線を描くそれを打ち払えば、嫌な匂いが鼻をつく。
『これは...?』
「分からないわ。でも、強い攻撃の意識...。」
いくら小さくとも、逃げた獅子より目の前の敵だ。僅かでも脅威になる可能性があるなら、直接的な方を対処したいのは、当たり前の感情である。
『潰れたまえ!』
『シャー!』
円環のうねりに笛を打ちつけども、その蛇はびくともせず。むしろ、笛そのものに衝撃が跳ね返る。
「な...なんなの、その精霊は。」
「私の、希望。ごめんなさい、負けられない、から。」
しかし、彼女はそれ以上は向かって来ず、後ろに走り出す。そちらは入り口。だが、逃げても追い続けるだけだ。そして、逃げきれるとも思っていないのは、登代には手に取るように分かる。
『お嬢、追うかね?』
「えぇ、目を離すと危ないわ。見つかるのを恐れているもの。」
『落ち着いた様で何よりだが...このような場所だ、君の美貌はかえって恐怖では?』
「...お世辞が上手ね。」
『...あぁ、そうだね。』
諦めた【混迷の爆音】が、笛を肩に担ぎながら歩き出す。警戒を露にしつつ、廃病院の徘徊を開始した。
後ろから迫る足音。しかし、足は休めない。隠れても隠れても、何故か場所を特定されてしまうから。
「はぁっ、はぁっ!」
『キュウ~?』
「ん、大丈夫...。ありがとう。」
胴の一部を絡ませた精霊に、礼を良いながら仁美は走る。触れた精霊は、僅かだが疲労感をぬぐい去り、少女の足での逃亡を可能にしていた。
息を整えながら、下った階段を再び登る。真正面から鉢合わせれば、押しきられて潰される。それはあまりにも明確に分かってしまう、残酷な事実だ。
「そろそろ、大丈夫かな...?あっ!」
後ろを確認しながら最上階に飛び込めば、崩れた穴が目の前に。瓦礫の欠片が階下に落ちていき、心臓が早鐘を打つ。
「どうしよう、遠回り」
『出来ると思うならば、してみると良い。』
「っ!【辿りそして逆らう】!」
咄嗟に前につき出す腕から、飛び出す蛇の精霊。笛の音波と衝撃を一身に浮け、辿り、還す。
「仁美!」
『っ!獅子の契約者か!』
穴の向こう、崩れた通路の瓦礫を殴り飛ばし、健吾と【積もる微力】が姿を表した。
「跳べ!掴んでやるから!」
『させん!』
後ろから迫る手と、前から伸ばされた手。無論、走るのは前だ。
ギリギリまでの数歩を走り、穴の縁を思い切り蹴り出す。宙に体が投げ出され、しかし、すぐに下降を始める。
「届かな」
「レイズ!掴めよぉ!」
自らの体を宙に躍らせ、健吾の手が仁美の手に届く。
一瞬の浮遊感。そして、上への加速。
足首を持って、振り上げられた健吾は、仁美を庇いながら背中から受け身を取った。
「いってぇな!?」
『唐突に跳ぶからだろ、バカが。間に合っただけ御の字...くるぞ!』
穴を一跳びに越えて、【混迷の爆音】が笛を構える。
狭い廊下の圧迫感、夜闇の不安感。押しつぶれそうなそれを、拳の闘気で燃やし。精霊達は再び睨みあった。