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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第七章 去りゆく者 止まらぬ者
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結末、そして始まり

 頬に散った温かいもの。その正体を否定しようにも、経験があまりにも明確に告げてくる。

 途端、溢れてくるのは悲しみ。悔しさ、優しさ、全てが胸を締め付けてくる。


(なんで...怒りも、憎しみも、昂りも。貴女は私に刺されているのに。)


 自分の後悔にも似た罪悪感を、流してくれる興奮が何一つ無い。ただただ、そこには優しさがあった。愚かとも呼べる程の、一方的な愛が。


「登、代...ごめん、ね?」


 頬に添えられた手が、冷たい。急激に引いていく、押し寄せていた感情。残された自分の感情は...どれだ?これが...

 前にも、こんな事があった。そう、これは、まるで...




『ごめん、なさい。登代、愛してる...』




「あ、あぁ...」


 力が抜けていく弥勒の体を、支えようとして崩れ落ちる。自分の足に力が入っていない事に、今気づいた。

 月が陰り、一切の光源が消える。完全な闇、何も見えない。消えていく熱が、カノジョの存在事消えていくように感じる。


「わた、し...また...」

『っお嬢!失礼します!』


 顕現した【混迷の爆音】が、契約者を抱きすくめて笛を吹く。高らかに響いたそれは、爆音と呼ぶにはあまりに優しく、辺りの意識を刈り取った。

 腕の中の契約者を抱え直し、精霊は振り返る。鉄錆の臭いが立ち込める凄惨な光景は、見るに堪えない。しかし、やり残しがあるとばかりに歩み寄り...その脚を上げる。


『せめて、意識の無いうちに。』



 現在時刻、5時。

 残り時間、1日と2時間。

 残り参加者、7名。





 これが彼女達の結末か...それもまた、選択の一つだ。次に行こう。残るは...彼等の行く末だ。

 ポイントは...Code.Sagittarius。




 現在時刻、20時。

 残り時間、1日と11時間。

 残り参加者、10名。


「くそっ、やられた!」

「どうします、か?すぐに」

「いや...俺たちじゃ無理だ。俺はレイズが居ねぇし、その蛇は戦い向けじゃないだろ?足引っ張るだけだ。」

「でも...」

「噛まれて無かったし、なんか別の目的があんじゃないかと思う。すぐには危なくなんねぇだろ、急いでレイズを見つけよう。」


 目的地は決まっている。道を進み、山頂に近い建物だ。途中で道案内を放棄したポルクスには、後で説教をしてやらねばならないだろう。

 黙々と折れそうに無い木を探して掴み、急な斜面を登っていく。その後ろで、半分這うようにして仁美が続く。


『キュ〜?』

「今思ったんだけどよ、ソイツ浮いてんだし、掴んだり出来ねぇのかな?」

「そんなに、強い、力では、浮いて、無い...と思い、ます」

「お前、大丈夫か?」


 かなり苦しそうに呼吸を繰り返す仁美に、健吾はつい振り返る。それで見えたのは、玉のような汗を浮かべる顔の青い少女が一人。


「マジで大丈夫か!?」

「大、丈夫、です...」

「そう見えねぇから聞いてんだけど...」


 思わず手を伸ばした健吾の手元で、ボコりと音がなった。次いでバキン、と。


「あ?」

「ぇ...?」


 健吾の握っている木が、根元から抜け駆けていた。ヒビの入るそれに、無闇に力をかける訳にもいかず、二人の間にシンとした空気が漂う。

 ホッと息を吐いた瞬間に、健吾の頭に土が落ちる。同時に、右手がやけに軽くなった。


「だよなぁ〜!?」

「きゃッ!」


 二人纏めて斜面を転がっていき、小石や枝が肌を掠める。このままだと止まらなくなる、ほとんど周囲を把握出来ない中、僅かに見えた細木に手を伸ばす。

 ミシリ、と音が響いた物の、何とか耐えてくれたらしく、二人は宙にぶら下がる。間一髪、といった所だったらしい。


「どんっだけ手入れされてねぇんだ、この山...!」

「道から離れてるから、だと思います。」

「そりゃそうか。」


 左腕に抱えた仁美に、先に登って貰おうとした時。紅い光が尾を引いて空へ登っていった。その直後、二人の体が大きく下がる。


「おい、まさか...!」


 手の中にある木が。若く細いその木が、焼けたように煙を上げている。この痕は見覚えがある、細い物で貫かれた痕。


「たしか、【疾駆す(アルスナ)


 最後まで言い切る前に、再び落下を始める。二人の口から絶叫が響く中、ようやく追いついた【辿りそして逆らう】が巻きついた。


『キュー!』

「うおわっ!?」「ひゃっ!」


 地面に当たるその瞬間、逆流した力でバウンドする彼等。体勢を立て直す間もなく、地面に招待された。


「っ!つぅ〜...」

「だ、大丈夫ですか、獅子堂さん。」

「おかげさんで、腰打っただけだけどよ...って、そんな事よりも!」


 すぐに向き直った健吾の前で、草葉をかき分けて出てきたのは、紅の軍馬。ゆっくりと此方に迫るルクバトに、健吾はすぐに立ち上がって構える。


「無茶ですよ...!」

「大丈夫だ、暴れ馬の世話は仕事でやった事がある!」

「えぇ...?」


 欠片も理解できない根拠と共に、ルクバトを睨み続ける健吾に、まるで関係が無いと言わんばかりに近づき続く。

 そのまま後ろに行き...突然に駆け出した。その方向は仁美がいるだけ。狙いは考えるまでも無かった。


「させっかよ!」


 首を脇に挟み、抑え込もうとする健吾だが膂力が違いすぎる。仮にも精霊、彼を引きずって動くくらいはできる。

 仁美の元まで駆け寄ると、強引に健吾を引き離し、口を開いた。


「っ!...?」

『キュイ?』


 しかし咥えられたのは、傍を飛んでいた【辿りそして逆らう】。すぐに転換して帰っていくルクバトに、二人は数瞬の間呆けてしまう。


「はぁっ!?」「えぇっ!?」


 すぐに走って追いかける健吾と、理解が追いつかない仁美。それを置き去りにする勢いで駆け抜けたルクバトが、木々の間を抜けていく。

 明るく輝くルクバトは、追うのに難しくない。迫る炎はまだ遠い、精霊を取り返す時間はありそうだ。


「待ちやがれっつの!」

『ブルルゥ!』

『何だ、騒々し...貴様は。』


 ルクバトに強引にしがみつく健吾に、紅い光が掠める。声の主に視線を移せば、予想通りの精霊が胡座をかいていた。


「アルス...なんとか!」

『もう少し惜しい所までは行って欲しいものだな。』

「どうでもいいっつの、それより...お前、それは。」

『ん?あぁ、そうだ。我の未熟さ故よ、笑いたくば笑うが良い...』

「まだ言ってるし...」

「いや、生きてんのかよ。」


 弓を持ったまま座り込む精霊の膝の上で、ゆっくりと四穂が、目を開く。被せられていた腰布をまくると、精霊に寄りかかりながら座った。


「仕方ないって。それに、ボクがもっと」

『主に頼るようでは未熟だ。あるもので成果を出してこそ。』

『何時まで続けますの...?』


 後ろで寄りかかっていたらしい精霊が、顔を此方に向けたその時。後ろでガサリと音がし、仁美が顔を出す。


『あら、貴女は...』

「あ...」


 ピタリと止まり、警戒を露わにする仁美。しかし、ルクバトが【辿りそして逆らう】を咥えたまま契約者の元に戻るので、慌てて追いすがろうとする。

 流石に止めておけと、彼女を捕まえる健吾に、僅かに視線を向けて【疾駆する紅弓】が呟く。


『懸命だ、射抜かれたく無ければ静かにしているんだな。』

「なんで俺達を落としたんだ。」

『狙いはコヤツだ。』


 ルクバトから小竜の精霊を受け取る精霊に、その狙いは聞くまでも無い。

 小さな傷なども残っていない健吾の存在は、その能力を易く理解させたのだろう。未知の精霊は【辿りそして逆らう】だけなのだから。


「今から立て直すのは、ちょっと時間足りないなぁ、なんて思うんだけど。」

『弱音を吐くな、らしくもない。』

「いや、ボクだってヤダって言う時くらいあるよ?」

『シュー!』

「この子もヤダって。」


 延々と射手の腕をしばき続ける精霊に、笑いを堪えている契約者。額に青筋を浮かべるが、胸にかかる重みは完全に脱力しているもの。それだけ弱っている相手を無体にすることも出来ずに、代わりとばかりに健吾を睨む。


「んだよ。」

『貴様、コヤツに』

「俺の精霊じゃない。あと仁美をビビらせんなよな。」

『ふん、過保護な奴だ。』

「それをお前が言うか...?」


 組んだ足に座らせた四穂に、腕を回しペリースを被せるその姿は、娘を守る父親に見えなくも無い。

 健吾の指摘に、不本意だとでも言わんばかりに鼻で笑い、【辿りそして逆らう】を投げて返した。


『使えんのなら要らん、失せろ。』

「コイツ...!」

『申し訳ありません、この方が不躾な礼儀知らずで。ですが、我々は蠍の毒を受けた身。最後は静かに過ごしたいんです。』

「ボクは、賑やかなのも好きだけどね。」

『敵で無いならな。』


 これ以上余計な事を言うなとばかりに、彼女の口を抑える精霊。モゴモゴとしゃべり続ける彼女を見て、同情が怒りを押し流した。


「なんつーか...お前も苦労してんだな。」

『人間にも、少しはマトモな感性の物がいたか。』

「すげぇ微妙な褒められかただな!?いや、褒めてんのか、それ?」

『煩い、少し...』


 ふと顔を上げ、背後を振り向いた【疾駆する紅弓】が弓を握る。泡が漂い始める中、何かの倒れる音が響いた。

 全員の視線が一点を向いた時、其方から折れた木が投げ飛ばされる。ルクバトに蹴飛ばされ、横に転がるそれが止まるより前に、赤い精霊は立ち上がった。


『引いていろ...主を頼む。』

『動けませんけれどね...頼みますわよ?』

『あれ相手には...確約しかねるな。』


 姿を表した大きな影は、鼻息も荒く土を蹴る。月明かりを反射する冷たい輝きが、その下に蠢く筋肉を強調した。

 しかし、目の前にいるのが【疾駆する紅弓】だと分かると、途端に金属化を解いて肩を下ろす。


『火の中を駆け回り、やっと土から這い出たと思えば、手負いと人間か...つまらん。』

『敗戦記録の自慢でもしに来たのか?それならば帰るといい。』

『ほぅ...?そのざまの契約者の元で奮わぬ力の貴様が。獅子と二人がかりで我に傷を負わせたのがやっとの貴様が?随分と言うでは無いか。』


 嘲るように白い息を吐いた【母なる守護】に、無言で赤い矢が付き合った。

 筋肉を隆起させただけでそれを抜いた雄牛が、ゆっくりと顔を向ける。


『傷物の牛肉は不味そうだな。』

『余程に潰れたいらしい。』


 契約者の意向を無視した激突が、始まろうとしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この精霊舞闘会を読み始めた最初の頃、双子座の精霊って扱いにくそう、他の人が使ってもうまく使いこなせない三成さん専用精霊だなって思ってました。ポルクス・カストルは精霊単体だと火力ないし乗り物…
2022/11/13 20:50 数屋 友則
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