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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第六章 決別
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風の吹くままに

 木々を震わせるほどの大きな雷鳴が、白く染め上げられた空間を走る。段違いの落雷に、地面に立っているだけで足が痺れたような感覚に襲われる。


『時間だ、兄弟。最後を華々しくしようってモンだろう。』

「らしいな...弥勒くん、ここは退くのが最善だと思うが?」


 空中で儚く薄れていくトゥバンを見て、三成はそう判断を告げる。

 最後に打たれたらしい【母なる守護】と【混迷の爆音】は、すぐには動ける様子は無い。それでも立ち続ける辺り、精霊の強靱さや契約者の決意が伺える。


「その、どれくらいオススメですか?」

「...ふぅ、ここで離脱したく無いなら、といった所だが。一番の脅威は魔羯登代その人だ、君が彼女を止めるなら...私は協力を惜しむつもりは無い。」

「ありがとうございます。」


 前を睨み、拳を握る弥勒が何をしたいか、聞くまでも無い。むしろ確認をするだけ野暮というものだろう。

 地中にいた【浮沈の銀鱗】も余波を受けているのか、地面が揺蕩う事は無い。邪魔となる真樋を排除すべく、三成は銃を構えた。


「まさか三柱とも止めるなんて...誤算だったな。」

「それで、君はどう出る?」

「こうなった以上、どうにか貴方達を止める以外無いでしょ。」


 とはいえ、【宝物の瓶】はもう動けそうもなく、小太刀だけが頼り。【浮沈の銀鱗】も動ける頃には、山羊頭の脅威が動き出すだろう。

 そうなれば、連鎖的に【母なる守護】が乱闘に参加する。つまり、絶望的だ。


「だから、皆で死ぬしか無いんじゃないかな?」

「っ止めて!!」


 諦めとあまりに強い確信。それを感じた登代が、慌てて真樋に駆け寄る。小太刀を払って止めた真樋が、左手を懐に入れる。

 ブラフでは無い、真樋の表情から易く読み取れる程に、他の一切を気にしない集中。懐のそれこそが本命だと見える。

 すかさず三成が発砲し、カストルの風がその弾丸を真樋に運ぶ。左腕と肩にそれぞれ着弾し、一瞬動きが止まった。


「ふっ!」

「あぶ...な!」


 その隙を逃さない一撃が、逸らした顔のすぐ横を駆け抜ける。脚撃を見舞った弥勒は、そのままその足を振り下ろして真樋の右肩を打ち抜いた。

 衝撃で小太刀を取り落とし、攻め手を失った真樋に足払いを仕掛ける。宙に浮き、咄嗟に支えを探る手を取り、懐の瓶を回収した。


「これは何が入っているのかしら?」

「答えるとでも?」

「そんな情けない格好で意地を張ってどうするのよ。」

「こうするんだよ!」


 足を放り出し、繋がれたままの手に全体重をかける。突然の事に支えきらず、二人まとめて倒れれば、弥勒の手から瓶が転がっていく。

 すぐに立ち上がったのは真樋。瓶に手を伸ばす彼の横で、メスが振り抜かれた。首に感じた痛みにゾッとし、瓶は諦めてそこから離れる。


「弥勒に乱暴な事しないでくれる?」

「それ、自分にも言ったら?」

「私は最初から許されない存在だもの。」


 小太刀を諦めたのは失策だったかもしれない。瓶に近寄らず、真樋にメスを向け続ける登代を、どう捌こうか思案する。

 この場で真樋だけが、守ってくれる存在のいない者。途中で乱入した身とはいえ、仕留めきれなかった時点で苦しい物がある。衝動に身を任せた事を、ほんの一欠片ほど後悔した。


「弥勒君、瓶を!破壊しないように気をつけてくれ!」

「分かりました!」


 真樋と登代、二人が動かないように拳銃で牽制しつつ、弥勒に指示を飛ばす。混乱の中では、簡潔な目標こそがもっとも重要だ。迷いなく、早く動けるものだけが、事を成し得る。

 排除、瓶の開封、阻止と拘束。決着は精霊達が動けるようになるまでに付けなくてはならない。


『へい、兄弟。マジに退かなくていいのか?』

「最終判断は依頼人に任せるとも。私は現状を把握し、考察し、提案するだけだ。これはゲームだからね。」

『酔狂だね、ホントに。アンタの願いも叶うんだぜ?』

「迂闊に叶えては危ないんだよ、私の願いはね。」


 一人だけ精霊が機能する三成だけが、この場で圧倒的に優位だと言える。故にカストルが己の欲に動けと煽り立てるが、弥勒の依頼を遂行する事を選ぶ。

 説得を諦めた精霊が、風の渦を強めた。せめて生き残る確率を、目の前の契約者二人の排除を優先する為だ。

 その中を走る弥勒には追い風を、必然的に弥勒を迎撃しようとする真樋には向かい風を送る事になる。メスを握る登代に注意を集中させつつ、真樋を軽くあしらって瓶を取る。


「弥勒、それを渡してくれない?」

「必要ないでしょ?」


 つっけんどんに返す彼女に、登代は少しずつ躙り寄る。三成が照準を変えないギリギリを測っているのだろう。

 三人の間の緊迫を感じ、意識がそれたと判断した真樋が小太刀に向けて走る。一先ずの自衛手段、そして容易であろう行動を優先した。

 拾い上げ、立ち上がる頃には銃口が向いていた。姿を見せない【宝物の瓶】を警戒してか、発砲はされない。


『決めに行かないと、時間がねぇぞ。』

「分かっているとも。次の隙で走ってくれ、そして狩る。」

『精霊使いの荒い事で...』


 待ちの姿勢で有利になるのは、登代だけ。動かざるを得ない弥勒が、メスを狙い脚を振り上げる。

 その隙に瓶を奪おうとする真樋だが、三成が即座に発砲した。カストルの風によって僅かに曲がる弾丸は、弥勒には当たることなく真樋の肩を掠める。


「邪魔はさせない。死にたくは無いだろう?」

「このまま僕にかまけてて良いんです?」

「勿論。ほら、終わる所だ。」


 突き出されたメスを、横から手の甲で流した弥勒が、登代の腕を取って地面に叩きつけていた。契約者同士ならば、完全に弥勒の地力が上らしい。


「随分な信頼ですね。」

「あれを捌ける気がしなくてね、勝てると思っていたさ。」

「...経験が?」

「黙秘権を主張しよう。さて、こちらも終わろうか?」


 登代が押さえつけられた事で、万が一を考える必要が薄れた。銃口がまっすぐに真樋に向けられる。

 少しでも狙いを逸らそうと、横に走り出した彼を向かい風が襲う。発砲音を聞いた瞬間、右手を弾丸が貫通し、小太刀が高く舞う。


「っぐ...ピトス!」

『Roger、マスター。』


 回転する小太刀目掛け、人影が飛ぶ。その勢いのままに三成を襲う精霊に、彼の腕を駆けた黒イタチが飛びついた。

 リロードを終えたスライドが、バレルを再び覆うまでの僅かな時間。その隙間をカストルが埋める。しかし、首を裂き腕に噛み付いた精霊を意にも介さず、【宝物の瓶】はその小太刀を振り切った。


「まさか...怯みもしないなんて...」

「当てが外れた?まだネクタルの効果は完全に消えた訳じゃない。」


 肩から腰へ、斜めに裂かれた服から、流れるように赤が滲む。すぐに戻ろうとしたカストルも切り裂き、限界を迎えた【宝物の瓶】が膝を着く。


「ピトス、霊体化していてくれて良いよ。ありがとう。」

『Yes、マスター。』


 刀を納刀しながら霞のように消えた精霊の横で、ゆっくりとカストルが立ち上がった。三本になった足で三成の元に駆け、口角を上げる。


『へへっ、兄弟。こっちは痛み分けってところだったぜ。』

「生憎と私は負け越しだよ、彼に致命傷は無い。」


 精霊は互いに動けなくなった、という所か。

 対して契約者は、浅くない刀傷を負った三成と、手と肩を撃ち抜かれた真樋。銃を持ってはいても、弱ったカストルだけの補助で当てるのは難しいだろう。


「双寺院さん!」

「迂闊に動かない方が良いですよ?彼は直接貰った訳じゃないんだし。」


 真樋が地面を足で叩けば、近くの地面が揺蕩う。その下に何が居るかなど、考えるまでも無い。


「ジリ貧になる前に一撃が通って良かったです。では、死んでください。」

「考えておくよ。」


 近づく真樋に銃を掲げると、すぐさま発砲する。真樋の頬を擦り、天高く登っていく弾丸。はじき出された薬莢が地面に浮かぶ落ち葉を沈ませる。

 コートが風で戦ぎ、一瞬三成の輪郭を隠し、そして沈む。


「嘘...双寺院さん?」

「次だ、手っ取り早くい」

『よっ、と...焦るなよ、兄弟?』


 フワリと羽毛のような感触が頬を撫で、言葉が詰まる。驚愕に全てを持っていかれた瞬間、真樋の身を痛みが貫いた。

 呼吸に血が混じり、急激に意識が遠のく。肺を弾丸が貫いたのだと理解するのに、数秒を要した。


『俺っちの風で標的を割出せば、兄弟の風で追い詰める。それでこそ【狩猟する竜巻(ハンティングストーム)】ってなモンだろ?』

「生き、て」

『あぁ、それな。悪いね、俺っち不死身なの。流石にすぐには動けなかったけどなぁ。』


 トン、と真樋の肩から跳ねて、地面に浮く黒いコートを咥えて投げる。


『さって、タネ明かしぃ!』

『うるせぇっての。』


 同色のコートで身を潜めていたカストルが、抱きしめていた瓶をこじ開ける。【浮沈の銀鱗】の範囲から外れた場所で、コートを羽織りながら三成が出現し、肩に二柱を乗せた。


「手品としては及第点だろう?」

『人のもん使ってなけりゃな。』

「手厳しいね。」


 瓶の蓋を閉め直しながら、銃を構える。力が入らず、僅かにブレる銃口も、二柱が揃えば修正できる範囲だ。

 このまま寒空に置いておけば死ぬだろうが、相手は学生と侮るには少し危険な相手。確実にとどめを刺すべく、その引き金を引いた。


『させるわけが無かろう!』


 甲高い音と共に跳弾した弾丸が、頭上の葉を揺らした。地表に飛び出した【浮沈の銀鱗】が、その勢いのままに三成を弾き飛ばす。

 咄嗟にポルクスがクッションにはなったが、傷が広がり出血が夥しい事になっている。体当たりをされた拍子に転がった瓶も、真樋の方へ弾かれてしまった。


『小僧!それに入れ、山を下るぞ!』

「どうする、つもりだ?」

『つべこべ言うな、我を信じろ!おい面隠し、聞こえておろう!酒を持って最初に会話した場所に来い!太陽が真上に来るまで待っててやる!』


 そう叫んだ【浮沈の銀鱗】が、未だに迷う真樋に瓶を押し当て、それを呑み込む。去り際に立ち上がり始めた【母なる守護】を崖下に突き落とし、そのまま土をかき分けて泳ぎ去っていく。

 僅かな後押しさえしないその判断。それが間違っていなかった事は、すぐに明らかになる。【母なる守護】よりも緩慢に、意思だけの力で立ち上がるその影が、笛を担ぎ直したからだ。


『お待、たせ致し、ました。お嬢、反撃と行きましょう。』

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