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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第六章 決別
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最後の明日を迎える貴方へ

 間に合う筈だった、そのまま走り続けていれば。しかし偶然近かったのか、大きく吹き鳴らしたのか、はたまた風や雷鳴にでも運ばれたのか。

 とにかく、その音はここに到達してしまった。脳を揺さぶるような感覚、酩酊、そして暗転。その場にいた者の意識を尽く奪う。


 突然に意識が途切れた時、人間と鉄塊、どちらが慣性が強いだろうか?問うまでも無いだろう。

 失速した寿子に、土煙を上げながら【母なる守護】が滑っていく。気絶した者たちから、上がる声は無い。

 轟音だけが響く中、華奢な身体は大質量とぶつかり宙を舞う。木に激突し、そのまま挟まれて潰れ...る寸前に鉄塊は跡形もなく消えた。カラン、と小さな瓶の転がる音がした。


 あまりにも煩い静寂から覚め、真っ先に目が覚めた【宝物の瓶】が瓶を回収し蓋を閉める。それから周囲を確認し、白布越しでも分かるほどに落胆を浮かべる。

 間に合わなかった、と示すには十分な赤が木の根を染め上げていた。下半身は、もはや判別するのも困難なまでに潰れている。


『Ask、私が分かりますか?』

「ん...お兄さんの精霊さん?」

『Yes、マスターの精霊です。感覚はありますか?』

「感、覚?ちょっとぼんやりしとるかも...」


 フラフラする〜と目を瞬かせる寿子の上着を取ると、【宝物の瓶】は前から掛け直す。とりあえず、これで出血部位の大部分は隠せる。


「ピトス、牛は?」

『Here、ここに。おはようございます、マスター。』

「何が...いや、あの笛だろうね。なんでここまで。」

『Stop、マスター。過ぎたことであり、敵はまだ向こうで交戦中です。』

「それもそうか。」


 思考を切り上げ、撤退する為に【浮沈の銀鱗】を探す。見渡していれば、ピトスの後ろに赤が見える。


「...間に合わなかった?」

『Please、マスター。声を下げてください。』

「大体、理解したよ...ネクタルが一滴、散った影響かもね。」


 精霊を押しのけ、寿子の傍にしゃがみこむ。随分と顔が青い、長く持たないだろう。


「僕が分かるかな?声、聞こえる?」

「お兄さん?ふふ、精霊さんと同じ事言うんやね。」

「ピトスと?」


 つい振り返って己の契約精霊を見る真樋だったが、白布に隠されたその顔は、何一つ読み取らせる事はなかった。

 なので、なるほどこれが親近感というものか、と一人納得する。ただの道具だと思っていた筈なのに、随分と都合が良い奴だと自嘲した。


「あんまり素直じゃないのに、優しい所とか似とるよね。」

「優しい?僕が?」

「うちはそう思うんやけどなぁ。」


 本気で分からないという顔をする真樋に、可笑しそうに笑う。ただその顔色はどんどん白くなっていき、痛ましい。

 たった一滴では、ネクタルの効果もほとんど無いのだろう。痛みが無さそうなのが、せめてもの救いだろうか。

 声が小さくなっていく寿子の横に座り込み、真樋は吐き捨てるように呟いた。


「とりあえず、少し休んでおいたら?随分の間、動き通しだったし。」

「待っててくれるん?」

「君、かなり寂しがり屋みたいだし?寒い時にほっといて、恨み言でも言われたく無いからね。」


 顔も意識も山頂に向けたまま皮肉を吐く真樋に、寿子は呆れたように浅く息を吐いた。


「そういう所、素直やないって言うんよ...精霊さんは無愛想やけど、お兄さんの減らず口はもっと嫌なんやけど。」

「ここぞとばかりに要求を増やさないでくれる?」

「いいやん、最期やもん。」

「.........善処するよ。」


 どう返したものか、葛藤した様子を見せる真樋に、やっぱり優しいやん、と呟いて寿子は目を閉じる。

 眠気では無いことは分かっていた。視界がボヤけ、寒くなる。それに体の感覚が無い。なんとなく助からないという事を理解するには、十分だ。


「ね、お兄さん。手ぇ繋いでくれへん?」

「繋いだよ。」

「うそ、流石に分かるけんね。」

「...冷たくても文句は受け付けないからね。」


 まだ会話は出来ているが、真樋がそこにいるか、不安だったのだろうか?

 自分の都合で振り回したからか、はたまた別の感情か。最後くらいわがままに付き合ってやろうと、何を求められているか考える。

 近くに敵の気配も無い事を確認し、【宝物の瓶】は瓶を真樋に預けて姿を消した。


「うち、多分引っ越すことになるんよ。」

「引越し?」

「パパの仕事、続けるの難しゅうなるんよ。海が埋め立てられるんやって。それなら、友人の所で働くのも、って話しやってん。」

「それが嫌だったって事か。」


 地元に愛着等、欠片も持っていない真樋からすれば、それは不思議な話だったが。今する話しならそういう事だろうと予測し、相槌をうった。


「そう、なんやけど...」

「あれ、違った?」

「ううん、やっぱり引越しは寂しい。でも、このゲームでもうち、ここまで出来たやん?アルレシャに助けられて、お兄さんに助けられて...それに、家族も友だちもここにはおらんけど、居なくなった訳やないんよ。」

「うん...うん?」


 理解しようと頭を捻る真樋の様子が、まるで見えているように寿子は笑う。


「離れても、見えんでも、思い出は無くならんやろ?せやから、新しい生活も悪くないんやないかなって...そう思えたんよ。」

「そっか。良かった、のかな?」

「うん。」


 真樋の返事に満足気に頷き、寿子は握る手に少し力を込めた。僅かな緊張、それを察して真樋は再び耳を傾ける。


「その、な?せやから、お兄さんも...無駄とかダメやったとか、寂しい事。言わへんでね?」

「...なんでそういう話になるのさ。」

「だって、お兄さん...辛そうやったんやもん。うちはお兄さんの事、何も教えてくれへんから分からんけど...大切な、事やったんやろ?」


 何を馬鹿な事を、と。何が分かるんだ、と。いつもなら突き返しただろうが、ほんの少しだけ。気まぐれのような気持ちが真樋に口を開かせた。

 多分、自分でも分かっていたのだ。本当は誰かにそうだと言って欲しいなんて、幼児の様な願望なんだと。拒絶されるのが、バカにされるのが怖くて口をつむぎ、距離を取っていただけなんだ、と。


「僕にとって、お祖父様が全てだったんだ。ただ一人だけ、僕を見てくれる人だった。あの家の子供とか、跡取りとか、夫の子供とか、そんなものじゃなく。」


 まさか話して貰えるとは思っておらず、少し面食らった寿子だが、薄れる意識に抵抗して集中する。真樋のことを知りたかったし、聞かなければいけないと感じたから。


「でも、死んでしまった。僕が行きたいとねだった海の冷たい風が、体に障ったのかもしれない。僕は何も知らなかったし、医者は突発性だと言ったけど...子供を慰める嘘かもしれない。」

「そんな事」

「無い、ともいいきれないだろ?どちらにせよ、お祖父様はいなくなってしまった...そして、お祖父様の日記も。僕にとっては、人生の教科書だったんだ。夜道の灯りのような物だった。」

「お兄さん...」


 なんと言えばいいのか、分からない。ただ僅かに震える手を、少し力強く握り返した。


「...取り戻したかったんだ、それを。お祖父様はもう戻らないから、せめてその言葉を、形あるもので。まぁ、お祖父様が居ないなら、そんなものを取り戻して生きて行ったって無駄だと思ったんだけど。」

「やから、無駄なんかじゃ」

「だよね、言うと思った。」


 少しだけ柔らかい、暖かい声音に。今目が開けられたらな、と寿子の胸がざわついた。


「君の話を聞いたら、さ。お祖父様が居てくれた過去が、そんな記憶があるなら、もう少し頑張ろうかとも思えたよ。どっちみち、お祖父様に依存して寄りかかって生きてるのには変わらないけど。」

「...良いんやないの?だって、うちもパパもママも大好きやし、一人で生きてくのは...寂しいやん。」


 子供っぽい甘えだと、脅迫じみた期待に応えろと、自分で言い聞かせてきたその想いも、寿子にはあまりに当たり前の日常なのだ。

 同情や嘘では無く、受け止めてくれたと理解出来た。自分に味方など居ないと思っていたが、狭い視野だったらしい。


「...真樋だ。」

「んぇ?」

「名前。知りたがってたじゃないか。」

「...お兄さんってツンとデレの差が激しいんやね。」

「よく分からないけど、なんとなくバカにされてるのは分かったよ。」


 はぁ、と息を吐いた真樋だが、その手は離していない。怒っては無いのかな、と寿子はそのまま続ける。


「最初から、このくらい優しくてもええんに。」

「知らないよ。」

「...お兄さん、もしかして泣いとる?」


 少し震えの混じる声に、そんな疑問を投げかけてみる。予想通り素直に返しては貰えず、「まさか」とだけ言われてしまう。

 ここは多分、問いただす所でも無いと悟り、これ以上の言及は諦める。自分の怪我か、言葉か。どちらにせよ、真樋の心に何か残せたのなら満足感にも似た物が心を満たした。


「...ね、そういえば、うちの名前は呼んでくれんの?真樋お兄さん?」

「遠慮って言葉忘れた?」

「だって...お兄さんなら、すぐにうちの事忘れそうやし。なんか嫌なんやもん。」

「怪我人は黙って寝ときなよ。」


 空いた手で前髪を乱され、そのまま瞼を抑えられる。そんな事をしなくても、もう瞼を開く力は残っていない。

 ただ温かさと重さが、妙に心地よく感じた。もう口を動かせど、言葉が出てこなくなっている。思ったより重傷だったのかと、寿子はぼんやりと考えた。


『Sorry、マスター。接近が。』

「分かってる、何もしなくていい。」


 落ち着いた真樋の態度から、危機では無いのだろう。もう少しこうしていられる事に安堵し、寿子は一瞬緊張した体から力を抜いた。

 同時に急激に意識が薄れていく。限界が来たらしい。手の力が緩み、それに気づいた真樋がより強く握り返した。


「...おやすみ、宇尾崎。」

(ちゃんと覚えとるやん...)


 本当に、素直じゃない人。自分はゲームが終わっても、きっと前を向いて行けるだろう。この人にもそうありますように。そんな想いと共に少女は最後の吐息を吐いた。


 現在時刻、23時。

 残り時間、1日と8時間。

 残り参加者、9名。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三成さん復活してテンション上がりました。弥勒さんの所に駆けつけてくれるのめっちゃヒーロー感!カッコいいなぁ…! 最後の最後の所で、場面転換してしまったので、あの戦闘ラストどうなってしまった…
2022/11/03 16:50 数屋 友則
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