表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第六章 決別
82/144

牛の落とし方

 潜航していく彼女達を尻目に、真樋は立ち上がって足の様子を確認する。違和感や痺れにもにた鈍さはあるが、痛みはない。

 飛んだり跳ねたりは難しくとも、走るくらいなら訳ないだろう。


「相手は女性一人なんだし、問題ない...いや油断は禁物かな。」


 八千代に押し倒されたのを思い出し、真樋は転がっている中から大きめの瓶の破片を拾う。破れたズボンの切れ端を巻き、指に突き立てれば血が滲んだ。

 簡易的なナイフとしては、十分だろう。脅すにも殺すにも、武器はあるに越したことはない。


(まぁ...僕に人殺しが出来れば、だけど。)


 自分の感性が、一般的と呼ぶにはズレている自覚はある。だがそれは、倫理観を超えて行動できる程では無いだろう。

 初日に精霊に命じた時も、【積もる微力】が連れ去られた夜も、そしてこの山での事も...死ぬその瞬間を予期し、目撃する事の衝撃は大きく、今なお脳裏にこびりついて離れない。

 死体も死後の姿も、腐るほど見てきたし慣れてきた。だが生きていた物が目の前で死ぬのは...まったく違う。


(とはいえ、いかないと終わらない。ピトスまで勝手に動くんだ、僕が足掻かない理由は見つからない。)


 顔を見せず、何事にも従順であり、まるで己の手足や傀儡のようだった精霊。己を見ているようでいけ好かなかったが、何か理由を見つけたのだろうか、と思考をさ迷わせる。

 いや、最初から熱い奴だったのかもしれない。勝手をする理由は、変わったのは、おそらく自分だ。


「らしくない、訳では無いけど。若気の至りって奴で、もう少し我儘に行ってもいいかな?」

「...突然、何の話しなの?」

「さぁ?僕にも分かってないんだ。」


 精霊の様子が伺えて、隠れやすそうな位置をウロウロしていれば、すぐに見つかった。そもそも誰かから隠れるという事に慣れていないのかもしれない。

 手に持つ物をみれば、相手の意向は理解出来たのか、二那は真樋が近づくのに合わせて後ずさる。自分が誰かを追い詰めるなんて、普段とは真逆の立ち位置。モヤモヤとした違和感が真樋を包んでいた。


「近寄らないで。」

「じゃ、リタイアしてくれるかい?」

「それは...無理よ。私にはもう後が無いの。」

「そうかい、同情するよ。」


 後が無い。そんな言葉は聞き飽きたし、それを言う人間は多くの場合簡単に救える立場であった。逃げないだけ、頼らないだけ。自分一人で全て出来るとでも思い込んでいるような人。

 言葉だけの慰めを吐いて、真樋は二那を追い詰める。ここは山であり、街中とは違う。木に、崖に、天然の袋小路が多い。


「あ...」

「どうする?飛び降りるか、刺されるか、投降するか。」

「なんで、そうまでして。人を殺すなんて、怖くないの?」

「なんで、ね...僕が聞きたいよ。けど人殺しが怖いかと聞かれれば...それほどでは無い、って答えようかな。」


 未知への恐怖。罪悪感ではなく、それに近しい震えだと。二那への言葉なのか、自分への言葉なのか分からないまま、そう答えた。

 NPCとは違う、命あるプレイヤー。擬似的空間でのゲームとはいえ、手にかけてなんとも思わない程に自分は冷たい人間か?それは分からない。


「最善としては、投降してくれないかな?精霊を引っ込めて大人しくリタイアだ。そこまでは連れてくよ。」

「信用出来ない。」

「そっか、なら仕方ない。」


 即席ナイフを前に構え、すぐに反応できるようにゆっくりと距離を詰める。目か、首か。この小さな破片で致命傷を与えられるのは、そこくらいのものか。

 届くと判断した瞬間に、一気に距離を詰める。怯えた二那が咄嗟に顔を逸らし、それは目ではなく耳を切り裂いた。

 散った血が手に斑を作り、ジワリと垂れる。暖かく、赤く、生きた物の血。僅かに真樋の決意が鈍ったのを察し、突き飛ばした二那が走り出す。【母なる守護】に合流しなければ危険だと判断したからだ。


「行かせるとでも...!」

「思って、ないから、走ってます!!」

「く、思ったより速い!」


 前を走る二那が、少し開けた場所に出た瞬間、顔のすぐ横を小刀が掠めていった。真樋の足元に刺さったそれは、【宝物の瓶】が握っていた物だ。

 真樋の契約精霊である彼が探知出来るのは、精霊の気配。いきなり出てきた人間である二那へ、小太刀を投げつけられるとは考えづらい。


「押されてるのか。」

「良かった...無事?【母なる守護(プロテクトガイア)】!」

『む?そこにおったか、何をしていた?』


 底なしの体力から、まったく衰えぬ暴れぶりを披露する精霊が、叫び掛けられて初めてこちらに気づく。

 余裕を全身に見せながら、契約者の元に歩く【母なる守護】に、武器を失った【宝物の瓶】が踊りかかる。


『Please、私を見てください?』

『えぇい、めんどくさい!』


 手刀を眼球へ突き出す【宝物の瓶】に、角を突きつけて跳ね飛ばす。鮮血が散り、宙を舞った精霊は着地する時には無傷だ。


『本当に厄介な!』

「そんな...どうすればいいの?」

『えぇい、貴様が決めんか!契約者だろう!』


 怒りを顕に地を蹴る精霊は、なおも追い縋る【宝物の瓶】に角を振り上げる。腹立ち紛れに暴れる【母なる守護】には、不死身である者しか近づけない。


「ピトスに太刀を返さないとな...」

「お兄さん、大丈夫やった?刺さっとらん?」

「生憎と無事だよ。君の方は?」

「そもそも近づけへんもん...」

『我を見るな、コヤツが日和るからだ。』


 下へ目を向けた真樋に、即座に反論が飛んでくる。まぁそうだろうなと納得した真樋は、すぐに関心を【母なる守護】へ移した。

 二那と言い争って...いや、一方的に怒鳴っている精霊は、こちらを襲うつもりが無さそうだ。隙だらけだが、それでも致命傷を追わないフィジカルがひしひしと感じられる。常に睨みつけられている様な【積もる微力】とは、また違った威風だ。


「やりにくいな、この手合いは...ピトス、動けるかい?」

『Yes、マスター。まだ当分は動けます。』


 策を講じるでもなく、簡単に武器を手渡せた事に拍子抜けしながら問えば、精霊は簡単に答えた。

 明らかな致命傷だったのだ、おそらく()()()()呑んだのだろう。反動を今更ながら危惧しつつ、寿子から瓶を回収する。


「あ、ええん?」

「契約者はもう、あっちにいるしね。僕が行った方が確実だ。君は逃げてていいよ。」

「...死ぬ気なん?うち、そういうの嫌なんやけど。」

「別に、そういう訳じゃない。」


 適当にあしらいながら、どうあの牛へ報復してやろうかと考えていれば、寿子に耳を引っ張られる。

 強引に顔を向き合わされ、深い海の様な瞳が視界に広がった。


「お兄さん、結構嘘つきよね。分かりやすいって言われへん?」

「初めて言われたね、そんな事。」

『貴様が勝手に距離を作るからではないか?コヤツには無駄な努力だったろうがな。』


 ここぞとばかりに嘲笑いにくる精霊は無視し、どう誤魔化そうか思案する。

 死にたい訳では無いが、死んでも良いかと思っていたのは事実である。何故かバレている以上、下手に嘘を言っても逆効果な気がしてきた。


「まぁ、脱出の目処が無いのは認めるよ。ピトスがアムリタを使いきってしまったし。でもあれに負けるつもりはない。」

「どうするんよ。もう瓶が無いんや無かったの?」

「最悪、契約者さえ始末出来れば良いんだ。そうすれば、精霊は僕らを襲えないから。」

「そうなん?」

「...君、メール読んでない?」


 もはやルールなんて忘れたとばかりに首を傾げる寿子に、真樋は呆れた視線を向ける。

 方法も説明したし、人が死ぬ所を見たくはないだろう。そういう意図で見つめても、どうも伝わっていない気がする。


「...つまり、早く離脱しなよ、って事なんだけど?」

「え?お兄さん、それでどうやって帰るん?」

「やりようはあるから。」

「でも、うちとアルレシャの方が確実やし早いやろ?」

「僕の息が持たない、瓶もない。」

「突破する時だけ潜ればええやん。襲ってくる精霊も、そろそろおらんやろうし。」


 確かに彼女の言う通り、気配は離れた所に集中している。近いのはそこの【母なる守護】と、山頂に数個の反応があるだけだ...なんか増えた。

 おそらく龍が召喚されたのだろう、と推測した真樋は焦る。最悪、この辺りも落雷の餌食になりそうだ。


「...はぁ、分かった。でも、隠れるか離れるかしててよ。あの精霊は、多分そっちは狙わないだろうし。」

『待て、小僧。貴様もだ。』

「手数は多い方が良いだろ?契約者なら僕も狙える。」

『...ふん、足でまといになるなよ。』


 絡繰などと揶揄してはいるが、頑固な性格なのは理解している。無駄に頭の回る相手に説得は諦め、【浮沈の銀鱗】は寿子を放り出して潜水した。

 落ちてきた彼女を受け止め...切れずに一緒に倒れる。


「重い...」

「失礼やない?」

「それより早く退いてくれないかい?ピトスが山頂に向かい始めてる。あわよくば押し付けるつもりなんだろうけど、僕が置いてかれると困るんだ。」


 空の瓶を振りながら、真樋はそう宣う。なんでも一つ、収納出来るそれは切り札になり得る。というより、それが【宝物の瓶】の要だ。

 二つとも真樋の手元にある以上、彼が離れる訳にはいかない。そのくらいの判断はして欲しかったが、呑みすぎてハイになっているのだろう。


「あ、そうや。そろそろ上着、返さんといけんと思っとったんよ。」

「あぁ、そういえば僕のだったね。いいよ別に、まだ寒いでしょ?」

「お兄さんも寒いんやないの?」

「僕は別に...生まれが北の方だから、このゲーム内はそんなに寒くない。」


 差し出された物を押し付け、真樋は放り出していた即席ナイフを拾う。こんなものでも無いよりマシだ。


『おい、遅いぞ。逢い引きする暇があるなら走れ。』

「しとらんよ!?」

「足がまだ万全じゃないんだ。運んでくれるだろ?」

『貴様、遠慮や警戒が無くなってきたな?』

「無視せんでよ!」


 契約者よりも早く精霊に跨る真樋に、怒気を孕んだ声音で【浮沈の銀鱗】が文句をぶつけた。次いで寿子が乗ろうとするが、スっと避けられた。


「なんでなん!?」

『後ろにいろ。山頂の戦場が近づけば、巻き込まれる恐れが高くなる。あまり離れられても困るがな。』

「え?うち走るん?ねぇ!...もう!」


 大地の小波は、あまりにも素っ気なく足元に打ち付けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ