表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第六章 決別
81/144

世界に好かれた嫌われ者

 月光に照らされながら歩み出たのは、笛を担ぐ山羊頭の男と...巨大な闘牛である。


『ぬぐぅ...貴様ら、何故、我ばかりを...』

『決まっている、我をコケにするからだ。』

『追従致しました。その方が手っ取り早く済みますので。』

「アルレシャ!?」


 昂った感情が収まりを見せないが、この中でただ涙を流し続ける程にこのゲームに不慣れでは無い。もう六日目、すぐに契約した精霊の傍に移動するくらいはする。

 だが、した所で今の【浮沈の銀鱗】がまともに動けるようには見えない。主の指示を待つまでも無く、【宝物の瓶】が小太刀を抜いた。


『やる気か?面隠しめが。』

『Of course、それが私の役目ですので。』


 鼻息を荒くし、猛然と走り出した【母なる守護】は、金属化していない。契約者も近くには見えず、精霊本体を対処するのがベストだと判断した。

 小太刀を突き立て、上へと跨るとその角を捕まえる。全力で上に引けば、流石の【母なる守護】も首だけで抵抗は出来ない。


『この...程度!』

『Jesus...暴走機関車ですか?』


 上を向き喉を無防備に晒したまま、猛進を止めない。その質量、力量、角で突かれずとも大きなダメージになる。人間であれば、致命傷だろう。

【混迷の爆音】は先程の擦り傷を癒しているのか、静観を決め込んでいる。余裕があって羨ましい限りだ、と【宝物の瓶】は苛立ちを抱えた。


『Please、マスター!指示を!』

「指示を指示をって...本当に君は僕みたいだな。自分の望むことをやればいい!」

『やっています。貴方が立ち上がる事、貴方が望みを掴む事、それに力添えをする事。それが私の役目...いえ、願望です。マスター、指示を。』

『ええい、頭上でやかましい!』


 気が逸れた一瞬で、首を振って【宝物の瓶】を落とすと、前足を大きく掲げ踏み潰さんとする。金属化していなくとも細身の【宝物の瓶】であれば、いとも易く潰れるのは想像に難くない。


「アルレシャ、すぐに」

『必要なかろう...』


 動かない【浮沈の銀鱗】と焦る寿子の前で、巨躯は重力に従い叩き潰す。土煙がその威力を物語っており、踏まれた物は粉々だろう。


「...これで僕のはアレしか残ってないから。後は何とかしてよ、ピトス。」

『Roger、マスター。』


 割れた瓶の欠片から、小太刀を振りかざした【宝物の瓶】が出現する。大きく動いた後、その反動は大きくすぐには消えない。必然、回避も困難。


『━━ソレデ、終イカ?面隠シ』

「間に...あったわ。」


 登山用のロープを止めていた杭だろう、それを押し付けた二那が荒い呼吸を繰り返す。

 小刀が表面を薄く傷つけた鋼の表皮が、その下で筋肉が蠢くのを伝えた。咄嗟に後ろに跳ぶ【宝物の瓶】に、かちあげられた角が突き刺さる。


『ぐぅ...!』

「ピトス!」


 白布に紅が落ち、主人から離れるように飛ばされる精霊。金属化しての踏み込んだその一撃は、【混迷の爆音】の笛よりも数倍は重い。たった一撃で、立ち上がる事さえ困難になる。

 雄牛の前に立ちはだかる者は消え、細い青年ただ一人。鼻息荒く地面を掻き、角を下げるその姿勢。数瞬の後に飛びかかる事を察知したその男は...諦めたようにため息を吐いた。


「あと一体、か。」


 ヒュン、と音が聞こえた瞬間、目の前の威圧感がたち消える。地面に落ちた二那が唖然とする間に、立ち上がった真樋が瓶を拾って蓋をした。


「悪いけど、ここで切り札を切りたくないんだ。君は放置させてもらうよ。」

「え、何が...【母なる守護(プロテクトガイア)】?何処に行ったの?」


 困惑する二那に、煩くなくて良かったと呟いて残る対象を確認する。沈黙。ひたすらに静観に徹するらしい。

 己の精霊はダウン、寿子の【浮沈の銀鱗】も万全とは言い難い。その頑健な鱗のおかげが、致命傷は無いが...応戦できるかは別だ。


『...気は済みましたか?』

「何の話か、理解できないな。」

『そうですか。では質問を変えましょう、そろそろ死ぬ気になりましたか?傀儡殿。』

「随分な物言いじゃないか。」


 先程までの思考を思い返しながら、眉を寄せる真樋に対し、その笛を担ぎあげながら【混迷の爆音】が歩み寄る。

 そういえば、読心ができるのだったかと思考が逸れていく。負けても、死んでもいいかと考えてから、余計に集中力が消えている。


「ちょっと、お兄さん!?」

『あの絡繰めが!』


 動こうとしない真樋に、【浮沈の銀鱗】が悪態をつく。すぐに泳いでも間に合いそうに無く、後隙を狙って攻撃を仕掛ける準備を整える。

 そんな精霊の横で、土が跳ねる音がした。何事かと視線を移せば、見えたのは土を蹴るスニーカー。


『...はぁ!?何をしている!』

「とど...いてぇ!」

『む?』


 当然、少女の全力疾走等たかが知れている。余裕を持って気づいた精霊は、何の躊躇も無く増えを振り下ろす。

 その過程で発生する音波は、笛を加速させ聴く者の意識を奪う。小太刀を拾い走りよる寿子も、困惑を顕にする真樋も、纏めて。

 僅かに意識がそれた事、真樋が遅れて退いた事もあり、その凶器は命を奪う事は無かった。しかし、真樋の両足は無惨にも潰れ、熟れ落ちた果実のように地面を染める。


『世話が焼ける...!』


 予定通りとはいえ、僅かな焦りを含みながら【混迷の爆音】に襲いかかる精霊。地を泳ぎ、宙に身を踊らた銀の凶弾が、その牙を剥く。

 横に振り回した笛が、弧を描いて持ちあげられる。カチ上げられるそれは、爆音を撒き散らしながら【浮沈の銀鱗】に打ち付けられる。

 僅かな遅れが、迎撃を間に合わせる隙を作ってしまった。意識を失った精霊に、笛を防ぐ手立ては無く。強靭な鱗の上からとはいえ、無防備にそれを受ける。


『さて...如何しましょうか。』


 足の潰れた痛みに呻く真樋、ピクリともしない【宝物の瓶】、小太刀を構えるも足の震えている寿子、遠巻きに周回して睨む【浮沈の銀鱗】。

 動かすだけで昏迷音を撒き散らす笛は、遠距離攻撃も奇抜な技も無い【浮沈の銀鱗】には、すこぶる相性がいい。時間をかけるならば幾らでも対処出来る...だが


『契約者を放り、随分と遊んでいるな。』

『えぇ、そろそろ引き上げねば。』


 邪魔にならないように潰しておきたかったが、少し離れすぎた。登代の相手をする弥勒に攻撃の意思は無かったが...登代が不安定過ぎた。敵意を煽らないとも限らない。

 撤退しようかと笛を担ぎ直す【混迷の爆音】が、思い直したように振り返る。


『忘れる所だった、そこの精霊は不死身の力を持っていたな。放っておけば死ぬ、と楽観視するのは危険か。』


 そうして彼が近づくのは、今なお転がっている真樋の元。何をするか察した寿子が、すぐに走り出す。

 だが、武器を持った所で少女一人を気にかける精霊では無い。体幹をずらす事さえなく、ただ脚を振り上げるだけの簡易な後ろ蹴り。それで容易に対処されてしまう。


「う、うぅ...」

『バカもの!骨が折れていないだけ儲けものだぞ!』


 間に合わなかった【浮沈の銀鱗】が、叱責しながら契約者を回収する。これ以上放って置いたら、何を仕出かすか分からないからだ。

 その間は、【混迷の爆音】を止めるものがいない。すなわち、真樋を守るものが。


『さようなら、良い夢を。』

「夢から醒めるだけだよ、いい夢なんて無い。」

『そうですか...欲深い傀儡ですね。』


 どういう意味か、問いかける前に真樋の意識はブラックアウトする。あぁ、これで無意味な夢も終わる、また無駄な人生に戻るのだと、真樋は受け入れていた。

 ...それなのに、随分と世界は彼を嫌っているらしい。彼が目を開けたのは、冷たい機械の中では無く山の地面の上だったのだから。


『ぐ...不覚。』

『何故、貴様がそこにいる!少年はどこだ!?...金属化が解けている?小娘はどこに行きおった?』


 懐に硝子の破片のような感触。目の前で雄牛に突き飛ばされた執事。

 起きた出来事を察し、彼は深くため息を吐いた。幸運と不運は正に、紙一重だ。どうせなら足が潰れる前に欲しかった偶然である。


『いや、そうか...この小僧だな?』

『察しが良くて助かる。』


 どつかれた事に皮肉を込めて返せば、素直に褒められたと受け取ったのか【母なる守護】は上機嫌に息を吐いた。

 結果的には失敗だったかもしれないが、敵対する者を解放できたので良しとする。【混迷の爆音】は笛を肩に上げ、跳躍して姿を消した。霊感にも彼は感じず、本当に離脱したらしい。主人の危機でもあったのか。


「いや、今は...」

『ふん、無様だな。今楽にしてくれる。』


 契約者よりも目の前の敵らしい。膝から下の潰れた真樋に、できる事は無い。無いのだが、どうも死ねないらしい。後ろから近づく気配に、深くため息を吐く。無いはずの足が痛かった。


「許可は出して無かったろ、ピトス。」

『Joke、望むようにやれ、と言われましたが?』


 瓶を一つ真樋に放り、精霊は小太刀を抜く。寿子に返して貰ったそれをダラリと下段に構え、巨大な雄牛に接近する。

 一撃で潰されそうな威圧感を放つ一挙一動も、【宝物の瓶】には遅い。金属化していない【母なる守護】には刀が通る。失速しない程度に剣舞を披露するだけなら、避けられない攻撃では無いのだ。


「お、お兄さん!生きとる!?」

「無事では無いけどね。」


 己の精霊に渡された瓶を開け、中身を足に零す真樋がそう返した。燐光と共に傷口が光り、足が戻っていく。潰されたズボンは血みどろで所々穴も開いていたが、その下には無傷の足があるのが確認できた。


「え、嘘!」

「人間にも効果があって良かったよ。ピトスの酔いが醒める前に、すぐにあれをどうにかしないと。」

『ふん、ならば貴様の瓶を一つ使えばいい。』

「もう無いんだよ...いや、これが空になったかな?」


 どうやら最後の一滴らしいものが、覗き込んでいた寿子の手にかかる。冷たっ、と真樋の足から離れる彼女に、真樋は瓶を預けた。


「君なら【浮沈の銀鱗】に乗って動けるだろ?僕はあれの契約者でも探して見るよ。」

「えぇ!?あの中に行くん?」

「牽制してくれるだけでいい。ピトスだけだと、持たないだろうし。その間に僕が彼女を...まぁ、どうにかするから。」


 どうするつもりなのか、聞かない方が気が乱されないと判断した寿子は、そのまま文句を言いながらも【浮沈の銀鱗】へと飛び乗った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ