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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第六章 決別
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藻掻けども足掻けども

 選択。そんなものは、最初から決まっている。己の契約者以上に大事な物が、ある筈が無いのだ。無いのだが...


『躊躇うのなら、このまま貰い受けても?』

『No、拒否の表示。それは困ります。』

『私としては、君より厄介そうな精霊の契約者こそ、欲しいのだけどね。』


 というより、相性の問題だが。契約者を使い脅すにしても、奪還の危機が高い【宝物の瓶】よりも、速度と器用さ、意外性に劣る【浮沈の銀鱗】の方が安心なのだ。

 交換にすぐに応じると思ってはいなかったが、ここまで渋るのは想定外だった。時間を稼がれているのだろうか?


『やむを得ないか。とりあえず、一つの脅威を潰せれば良いとしよう。』


 瓶を軽く上へ放り、笛を掲げる【混迷の爆音】。ここから飛び出したのでは、間に合わない。しかし、ただ見ている事が出来るはずも無い。

 小太刀で受けられるとも思えず、そもそも音波の対策も思いつかないが、それでも無我夢中で突きを放つ。切っ先がまっすぐに狙った先は、【混迷の爆音】の肩。


『させません。』


 奇跡的に間に合いそうなその間合いにて、笛を止めた【混迷の爆音】が脚を振り上げた。

 上体は後ろに倒れ、刀身はその上を掠める。蹴り足が精霊を打ち抜き、空高くへと飛ばしていく。


『早計な判断だったと言わざるを得ない。』

『Joke...笑わせますね。』


 高空まで追ってきた【混迷の爆音】が、その笛を振るいあげ、音が意識を奪い取る。そのまま【宝物の瓶】を打ち抜く...寸前だった。

 気絶した【宝物の瓶】の胸元で僅かな反射。気づいた時には遅く、その手から笛が消えていた。


『く...空の瓶を!』

『...Wake up、おはようございます。』


 すぐに瓶の蓋を閉めると、小太刀で【混迷の爆音】を貫きにかかる。【混迷の爆音】はその怪力と脚力が主流の精霊、空中で【宝物の瓶】の速度にはついてはいけない。

 必死に突き出される腕を打って逸らすも、間に合うとは言いがたく切り傷が増えていく。


『それを...返していただこう!』

『ならば、マスターを貰いましょう!』


 大怪我を覚悟で瓶を蹴り落とせば、【宝物の瓶】は小太刀ではなく脚で【混迷の爆音】の腕を攻撃する。ついでとばかりに、【宝物の瓶】はもう一つ瓶を落とす。

 咄嗟に奪いそこねた【混迷の爆音】に、今度こそ小太刀が襲う。地面までの落下に、数秒も無い。


『Report、マスター、回避を!』


 笛と共に地面に転がっている真樋が、落ちてくる瓶を掴みながら走る。地面に体を投げ出すように飛び退けば、すぐ後ろで二柱の精霊が落下した。

 高所からの着地は慣れている二柱。すぐに小太刀での牽制が始まり、笛を取らせまいと奮闘している。


「まったく、あの鮫はいつ来るんだ...!」


 瓶の口を捻りながら、真樋は苛立ちをこの場にいない者にぶつける。急に解放され、キョトンとした寿子の背中を叩いて叫ぶ。


「すぐに【|浮沈の銀鱗《シルバーアルレシャ】の元に行け!移動は開始してる、目は覚めてる筈だ!」

「んぇ?山羊さんが襲ってきて...あ、勝手にうちの事、瓶に入れたん!?」

「それは僕も同じだ。良いから早く!僕はあの笛を捨てて来る。」

「笛?あの中!?うちも...って、あぁもう!アルレシャはどこ行っとるんよ!」


 やっと頭が現状に追いついたのか、己の精霊の方角、真樋の示した方へ走る。早々に追っ払った真樋は、精霊が争う中に身を投げた。

 当然、【混迷の爆音】の攻撃が迫る事になるが、己の精霊を信じ見向きもしない。二つ分の瓶の破片を踏みしめながら、笛に開けた瓶を迫らせる。


『させん...!』


 【宝物の瓶】の小太刀を腕に刺し、強引に止めた【混迷の爆音】が真樋に向けて飛び出した。

 笛にたどり着かなければ、戦力がかなり落ちてしまう。多少の負傷よりも、攻撃手段だ。僅かに真樋が早かったものの、瓶ごと蹴り飛ばされ、割れたそれからは笛が解放される。


『これを奪われるとは...油断していた事、認めよう。』

『No、すぐに戻って行きました。』

『離れた事が問題なのだ。』

「なんとも...自、信家だ、ね。」


 笛越しとはいえ、人体が飛ぶほどに蹴り出された真樋は、吐血しつつ立ち上がる。肩を貸して貰い、ようやく立てるほど。武器が無かったとしても、人間にとって精霊は驚異でしか無かった。


(判断を誤ったな...何がなんでも、僕が前に出るべきじゃなかった。)

『Please...指示を、マスター。』

「そうだね、指示を...この状況を脱却しないと。」


 苦しく、痛い。目の前が明滅し、平衡感覚が消えている。だが、揺らめく視界でさえ存在感を放ち続ける、目の前の死神の如き精霊を、打倒しなくては。


(打開策を...あれ、なんで考えないといけないんだっけ。)


 そっちに行くな、思考を迷わせるなと、冷静な部分が告げる。しかし、頭が冷えれば冷えるほど、働けば働く程に、雑念の芽生える余裕も増えていく。


(お祖父様は戻らない、この先迷いながら生きていて、何になる?答えを模索する程に、この世に意味があったか?

 狂人だの霊障だの、そんなものしか僕に触れない、この世に...)

『...マスター?』

(あぁ、僕は...)

「なんで、頑張ってるんだっけ?」

『時間切れだ、少年。』『マスター!』


 真樋の答えを待つかのように、ゆっくりと歩いていた精霊が目の前に立つ。

 笛を上げ、月が隠れる。落ちた影は彼の心か、敗北の気配か...


『去ね、望まぬ者よ。』

『させません...!』


 笛の音が響く前に、離れるのは至難の業。ならばその行動を止めるしかない。賭けになるが、小太刀を突き出す精霊。

 腕に迫る凶刃だが、それが肉を貫く前に音の壁が【宝物の瓶】に到達した。意識を奪い、そのまま叩き潰さんと堕ちる笛を、ボンヤリと眺めるしか無い。


(結局、僕はずっと...模倣品だったな。動かされるだけの、絡繰人形...)

 ―――――――飛んでぇ!アルレシャ!」

『まったく難儀なガキだ...!』


 地中から飛び出した【浮沈の銀鱗】が牙を開く。並んだ刃に笛を振り直すには、少し勢いが着きすぎている。振り下ろしきった所で、刃の並んだ弾丸が飛んでくる事には変わらない。

 やむなく上へ跳躍して回避した【混迷の爆音】が、その勢いもつけて纏めて二人と二柱に狙いを定めた。


『息を止めろよ。』


 跳んだ際の音で意識を失っていた者達に、回避の余地はない。浮力を弱め、地中深くに落ちる事を除けば。

 土砂を撒き散らしながら【混迷の爆音】が着地した頃には、その衝撃の届くより下まで潜っていた。


『このまま逃げる...のは難しいだろうな。呼吸の為に出てくるだろう。』


 地中では【宝物の瓶】も自由が効かない。瓶を取り出して契約者を入れるのは、至難の業だ。

 呆然としていた真樋が息を吸えたかも怪しい。心情を察する事の出来る【混迷の爆音】だ、勝手に混乱し諦観に満ちた真樋の状況は、誰よりも理解できた。


『すぐに浮上せねば危険、浮上すれば危険...ならば襲い来るか?リベンジと行かせて貰うとしよう。』


 笛を振り上げ、その瞬間を待つ。今度は雷が落ちることも無い。

 足が僅かに沈むその瞬間、笛を振り下ろす。爆音と共に地面を砕いたその一撃に、勝利を確信し...


『...砕けた?』


 パリン、という音を聞いた。


「行っけぇー!アルレシャ!」

『無論だ!』


 既に振り下ろされた笛の下、地面の上に浮かんでいるのは瓶の破片。飛び出した【浮沈の銀鱗】は無傷であり、意識を奪う音を響かせるにはあまりに近すぎた。

 そして、その牙が閉じられる。互いに咄嗟の事であり、狙いは付けられてはいない。一番近かったのは、笛。


『ぐ、むぅん!』

「うわっ!?」


 吹き口に口を近づける【混迷の爆音】に、させないとばかりに尾ビレを振り上げる。銀色に閃く刃物のようなそれが、【混迷の爆音】の固い角を削り笛を吹かせない。


「急に激しく動かんでよ!」

『やかましいわ!』


 浮力を弱め、仰け反った山羊頭と共に地中に沈みながら、【浮沈の銀鱗】は寿子を放り出す。

 真樋を遠くに置いてきた【宝物の瓶】が、投げ出された彼女を受け取る。爆音を響かせれば、その一撃で【浮沈の銀鱗】は負けるだろう。阻止を続けようにも、背中の契約者は邪魔でしかない。


「もう、段々うちの扱いが雑になっとる気がするんやけど。」

『Please、それよりもマスターをどうにかして頂けませんか?』

「え?なに?怪我でもしたん?」


 横抱きのまま寿子を連れ真樋の下まで戻れば、彼は木に背中を預けて座り込んだまま。心配そうに駆け寄った寿子に、気だるげに顔を上げた。


「あいつは?」

「ちょっと、大丈夫なん?熱?」

「なんでそうなるのさ。別に、いつも通りだろ?」

「ん〜?そうやけど...なんか違うんよ。」


 ひりついた危うさが消え、本当に亡霊の様に。ともすれば消えてしまいそうな雰囲気に、強い違和感はあれど言葉に表せない。

 困って【宝物の瓶】に振り返るが、そもそも相談を持ちかけたのがその精霊である。


「それより、すぐに逃げないと不味いよ?火が回ってる、警察も動いてる、すぐにアルレシャと一緒に降りなよ。」

「いや、それが出来るならしとるやん。」

「君だけなら問題は無いだろ?」

「...ホントにお兄さん?」

「どういう意味さ。」


 不満げに睨む真樋に、少し悩む素振りを見せ。途切れ途切れに、拙い反論を零す。


「だって...お兄さんの目的は?うちの事より自分の事やし、助けてくれたんもアルレシャ目当てやったし...今のお兄さん、なんか諦めとるみたいやん。」

「諦める?気づいただけだよ。最初からこのゲームが...と言うより、僕の願いが無意味だった。ま、それが知れただけでも、参加した意義はあるよね。」

「な...なんなんよ、それ!こんな訳の分からんゲームに参加しても、欲しかった物やないの!?」


 笑いながら、今までの事を無意味だと嗤う真樋に、寿子は強く言葉を投げつける。今まで聞いた事の無い彼女の怒声に、真樋はつい目を向ける。

 泣いていた。本人も分からない感情が、涙を目に押し上げていた。


「ずっと頑張っとったやん!一生懸命やったやん!うちも手伝わせて、二人で...!それなのに、無意味とか言わんでよ!届かんでも頑張った思い出はあるんやけぇ、それに後悔せんように、最後まで頑張ったらええやん!」

「なんで君がそこまで...」

「消えへんもん...無駄やないもん...」

『...Sorry、時間が無いようです。』


 真樋がどうするべきか考えが纏まる前に、気配を察知した【宝物の瓶】が告げる。慌てて集中すれば、絶望が迫っている事が容易に分かった。此方へ近づく三つの気配。

 爆音と共に夜闇を抜け、月光の元に銀色が横たわる。吹き飛ばされ、地面に浮かぶ彼の向こうから、二組の角が照らし出された。


『流石に、何度も同じ手は喰らわないと言ったのですがね。』

『身ノ程モ弁エズ、我ヲ謀ルカらこうなるのだ。』

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