~happy birthday to ♌~
「...ありがとうございました。」
ふと気がつけば、そんな言葉が口から漏れていた。どうやら葬式も終わったらしい。遠巻きな大人を少年は眺めながら、写真で微笑む両親を見る。
自覚が、実感が無い。現実感なんて消えて、全て夢の中の様だ。悲しいとさえ思えなかった。
ふと、制服の裾を引かれる。顔を下ろせば、幼い妹がそこにいる。...まだ、生きてくれている。
「おにぃ、お腹すいた...。」
「えっ?あー、そう、だな。ご飯買って帰ろうか、ひー。」
「うん、わかった!」
「..ご、健吾!」
「うぁ!?はいっ!」
「寝てんじゃねぇぞ、青二才!」
「うっす!すいやせん!!」
夢の一時が過ぎて、現実と挨拶となる。今は仕事中、十年も前の事なんて、思い出す暇は無いのだ。
「どうした?らしくも無いな、健吾君。昨日も寝たか?」
「いや、はは...」
「体壊したらクビな。」
「ええっ!?それは許してくれよ!」
「けっ、不知火も甘やかすなよな。」
「獅子堂はキツすぎね。親戚の子なんだし、もう少し柔らかくさぁ。」
「ちっ!」
彼、獅子堂健吾の隣で、男性が溜め息をはいた。ちょうどその時、車が止まる。目的地に着いたからだ。
「今日はここの警備だ、つっても何も起きねぇような所だが。」
「元自衛官も、二人じゃ大手から依頼来ないでしょうよ。」
今年、20歳となった健吾を置いて、大人二人が進む。健吾は挨拶を後ろで聞き流し、昨日の日雇いの道路工事で得た疲労を回復させていく。
一日写真展も終わり、その日の警備作業も終わる。二人に送られて、健吾は今日も病院に寄った。
既に二年間。通いなれた病室を開ければ、そこには膨れっ面が待っている。
「遅いよー、お兄。」
「ちゃんと来ただろ?陽富。」
他愛ない話を繰り返す、この一時。これが健吾の求める時間だ。
あと一年。終わる前になんとかしなければ。
「お兄、体壊したら許さないかんね。」
「おぅ!ばっちり元気だよ、お前の兄様は。」
「嘘ばっかり。」
十四才を病室で迎えた妹は、歳に似合わぬ鋭さで健吾の隈を見抜いていた。
「父さんも母さんも、仕事仕事だったんでしょ?お兄が違うわけ無いじゃん。」
「妹よ、それは違う。お兄ちゃん、遊ぶの、大好き。」
「なら高校中退すんな、バカ。」
「それなら早く治せ、バカ。」
互いに罵り合って、その後に吹き出した。こんな日常を守りたかった。
――だからだろう。メールの誘いに、乗ってしまった。
妹の、陽富の治療を願って。その医療費用を求めて...
《精霊舞闘会》に。
一日だけの休みを貰おうとしたら、一週間休みを叩きつけられた。有給を消化しないとならない様だ。
健吾にはそれが、彼等の優しさだと感じた。帰りがけにくれるのがアロマキャンドルなのは、少し違和感を覚えたが。
「ここ、だよな。」
陽富には、今日は来ない事は電話で伝えてある。何故なら、怪しげなメールには一日を要するとあった為だ。
普段は入れない、町でも有数の謎工場の向かい側、ポツンと佇むビル。入り口に人は居ないので、恐る恐るでも健吾は中に入るのは容易だった。
「やぁ。」
「うわぁっ!?」
いきなりかけられた声に、驚いて声が飛び出す。振り向けば、爽やかか青年が笑っていた。
「ごめんね、そんなに驚くなんて。」
「えっと、どちら様で?」
「あぁ、僕は天野那凪。...残念ながら、まだ名乗れる職は無いかな?」
「おぅ、そっか。まぁ頑張ってな。」
「待って待って、君もメールの人だろう?」
那凪がそう言って差し出した携帯の画面、そこには楽譜があった。
「あっ、やべ。こっちね、こっち。」
さっさっと操作して、画面に映る文字が変わる。そこには十二のルールが記されたメール。健吾と同じものだ。
「所で君は名前は?無理にとは、言わないけど。」
「いや、困るモンでもねぇ。獅子堂、獅子堂健吾だ。」
「そうか、健吾君だね。」
馴れ馴れしい雰囲気は、自分を見せるのに慣れきった様に思わせる。芸能人では無いとは思うが、あんなメールでホイホイ来るなら、訳有なのは違いない。
「さて、皆が揃った訳だけど...何もないね?」
「んな訳無いとは、思うんだがよぉ...。」
茶髪の青年が、那凪の振り向いた部屋から出てきた。皆、といっていたし、どうやら何人か居るようだ。
「流石にルールの数と参加者が同じで、全員揃ったら進展ってのは深読みだったか?ゲームでもないし。」
『いや、そうでもない。柏陽一哉君。君は正しい。』
突如、ビルの奥の部屋から、機会音声が流れ出る。続く金属音は規則的に刻まれ、精巧な人形を視界に運んでくる。
ボーイマンの服を着込んだ、機械人形。手袋と靴も着用しているが、その頭は隠す気もなくスピーカーである。
『人形越しで失礼しよう。十二名の挑戦者諸君...もっとも場所は違うが。』
「ここには六人だけ、だものね。僕らと...女性が三人。流石に個人情報は、知らないけどね。」
『知って貰っては困る、天野那凪君。我等はこれで、死人が出るのは望まん。ゲーム終了後も考え、君達にも今から散ってもらう。場所は用意しているよ。』
別の場所でも同時に話すための、機械人形という訳だ。かなりのテクノロジーだが、これを使うに値する計画...ゲームの信憑性が増した。
「ゲーム終了後?」
「錯乱して殺人、ってか?そんなゲームなのかよ。」
『疑問はもっとも。降りて貰っても構わん。』
それに頷く者は居なかった。機械人形が案内する車へ、一人ずつ乗り込んでいく。不信感は強かったが、ここで躊躇する人間は、端から此処には来ないだろう。
「じゃあね、健吾君。お互い死なないようにね。」
「お、おう。じゃあな...。」
最後まで馴れ馴れしい那凪に、少し戸惑いつつも健吾は返答する。別に邪険にするほど嫌では無い。
車が走りだし、路地を抜ける。彼がたどり着いたのは、山中にある廃墟だった。
「君はこの中だ。本棚の中でも幸運を祈ろう。」
「あ、あざした!」
ドライバーに例を言うか言わないかのうちに、車は走り去った。入ろうと逃げようと、彼等にはどちらでも良いらしい。
「...マジなんだろうな、ったく。」
メールを再び見て、彼は廃墟に入る。分かりにくかったが、どうやら地下があるようだ。本棚で隠すとは、ホラーゲームじみている。
「真っ昼間っから埃臭い所に...。」
顔をしかめながら地下を歩くと、唐突に扉があった。まさしく周囲の状況を打ち破る、場違いな金属扉。コンクリートとカビの中で、光沢を放つそれは比較的新しい。
中に入れば...それは筒としか言えなかった。側にある資料には、中で眠る物だとは分かるが...。蓋を開ければ、確かに人が一人入りそうだ。
「ゲーム...なんだよな?」
困惑はしたが、ここまでくれば退けない。中にあるコード付きのヘルメット(彼にはそうとしか見えなかった)を被り、身を横たえる。
途端に蓋が閉じて、光が四方八方から体を照らす。
「な、なんだよ!?」
僅か一分程の時間、しかし不安は更にその時間を長く感じさせる。
光が止まり、数秒。
『リンク成功。ダイブスタート。』
機械音声を最後に、健吾の意識は暗転した...。