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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第六章 決別
77/144

混迷と雷

 現在時刻、21時。

 残り時間、1日と10時間。

 残り参加者、10名。


 月が陰り、夜風を吹き飛ばす振動。一瞬それを感じたかと思えば、次の瞬間には地面に顔を押し付けていた。


「何が...?」

『意識を吹き飛ばす爆音だ、せいぜい頑張ってくれよ、紳士淑女の諸君?』

『高みの見物ですか、感心致しませんね。』

『そう言うなって、俺はサボりのお目付け役やってんだから。それよりほら、来るぞ?』


 銀色の閃が顎門を開き、次の行動をさせまいと喰らいに行く。

 だがカストルが示すまでも無く、それを予想していた【混迷の爆音】は軽く跳躍し、上から精霊を叩き伏せた。


『ぐぬぅ...何たる脚力。』

「あんまり離れんでよ、アルレシャ!」

『ワガママを言うな!貴様を乗せて相手取る奴では無いわ!』


 すぐに深くまで潜水し、勢いをつけて宙の【混迷の爆音】まで飛び上がる【浮沈の銀鱗】は、さしずめ巨大な弾丸。

 空中で身動きの取れない【混迷の爆音】は、その速度に反応する術を持ち合わせていない。笛を盾に致命傷を防ぎ、二柱は重力に従って落ちていく。


『不味い...!』

『このまま溺れさせてくれる!』


 地面まで【浮沈の銀鱗】と共に落ちれば、二度と逃しては貰えないだろう。

 蹴飛ばそうにも、笛に強く噛みつかれていては、武器を持っていかれかねない。吹こうにも、尾ビレが吹き口を射程内に捉えていた。


「そのまま地中に埋めちゃえ、アルレシャ!」

「バカ、離れなよ。巻き込まれる。」


 珍しくストレートな罵倒を浴びせ、寿子を引き離す真樋だが、強風に拒まれる。

 一瞬の停滞だが、落下から逃げるには致命的な差。液状化に巻き込まれ、地面へと沈んでしまう。浮力を弱めた土は、泳ぐことすらままならない沼だ。


「なぜ...!」

『なぜ?つまらない事聞くなよ、兄弟。俺は敵だぜ?』

「く、君の精霊を呼び戻せ!人間である僕らの方が、敵の精霊よりも脆い!」

「アルレシャ、引き上げて!」

『手のかかる...!』


 顔が沈み切る寸前、足にグッと力がかかり、あっという間に上へと押し上げられた。

 イルカに飛ばされるボールの様に、【浮沈の銀鱗】に範囲外まで飛ばされた二人は、木々の枝に引っかかり減速しながら地面へと落ちる。


「ぐっ...!」

「痛っ!アルレシャ、もっと優しく!」

『やかましい!構っている場合か!』


 笛の音で土を吹き飛ばし、底を蹴って脱出した【混迷の爆音】はこちらを見てゆったりと構えている。


『貴君らを侮っていた事は認めよう、魚の精霊よ。だが二度と同じ手は食わない。』

『ふん、ならば試すまでよ。貴様のその妄言がどこまで続くかな!』


 相手が地に足着いている時、深く潜れば契約者が危ない。いつでも飛び出せるように、地表に背ビレを滑らせながら接近する。

 意外に広い液状化の範囲に、巻き込まれては堪らない。近寄られる前に笛を振りかぶり、たたき落とす準備を整える。


『来い!』


 この一撃で崖下へたたき落とす事も易く、そうすれば契約者を屠るまで数瞬。向こうから近づいてくれるならば、接近に割く力を迎撃へ、一撃へ当てられる。

 タイミングを見計らい、飛びだす精霊の頭を潰...せない。天より降った光の柱が、凄まじい衝撃を二柱に浴びせたのだから。


「...盛り上がっている所悪いけど、状況を説明してくれる?」

『思ったより乱暴だな、兄弟...』

「私、男じゃないけど。」

『ぐぇっ!』


 首根っこを捕まれ、吊り下げらたカストルの横で。

 此方を睨みつける女性は、再び手を振り上げ、下ろす。


『っ!』

『ぐぅ!』


 短時間で連発出来る程に抑えているとはいえ、それは雷。直撃した衝撃で、再び二柱は硬直する。


『如何しましょう?』

「それを聞いてから、考えるつもりなのよ。誰が教えてくれる?」

『それなら俺が言うって』

「貴方には聞いてないわ。」

『ぐえっ!くそ、ポルクスめ、逃げたな...』


 逃げ出そうと手足を動かせど、一向に抜け出せる気配は無い。諦めた精霊が、警戒を強めて動かない二人と二柱に問いかける。


『もう誰でも良いけどさ、早く説明して終わらせてくれ。俺はもう少し仕事あんだから。』

「させないわよ、余計な事。」

『もうこっちから指名していいか?そこの長身の兄弟、アンタに頼む。一番理解しててマトモそうだ。』


 酷い理由で指名され、真樋は顔を顰める。もう少し注目されない時間を作り、【宝物の瓶】の回復時間を稼ぎたかったのだが...こうなっては仕方ない。雷を落とされても堪らないのだから。


「僕達が、その精霊に言われてここへ連れてきた。帰ろうとした矢先、その精霊が襲って来た。それ以上は知らない。」

『簡潔にご苦労、少年。私はお嬢の平穏の為、近づく者を排除しようと来たに過ぎません...しかし、来た以上逃がすつもりもありません、お嬢が、ですが。』


 説明は終わりだとばかりに、脚に力を込める精霊。彼が飛び出す先は、精霊の離れた寿子達だ。


「急な奴だな...!ピトス!」

『Roger、マスター。』


 動きのキレは無くとも、人を引っ張り後ろへ跳ぶくらいは出来る。一撃は回避し、すぐに瓶を滞空させて次へ備える。

 何が入っているのか、そもそも入っているのかさえ分からない瓶は、どこか不気味な雰囲気を持つ。警戒に越した事は無い、ゲームと言えどセーブ&リセットが出来る訳では無いのだから。


「待ちなさい、【混迷の爆音(アイギバーン)】。」

『お嬢?なぜ出ていらしたのです。』

「少し用があるのよ...その子たち、遠ざけて。」

『......了解致しました。許可は?』

「そうね、良いわ。」


 彼女が首にかけた貝をかざせば、【混迷の爆音】の笛が不気味に発光する。見ているだけで錯視でも起きそうな光を蠢かせるそれを構え、彼は吹き口に唇を添えた。


「来る!」『マスター!』

『ヴァアアアアアアァァァァァァ!!!!』


 木々さえ根こそぎ飛ばしそうな爆風が吹き荒れ、至近距離に居た真樋達を吹き飛ばす。

 宙に浮いた彼ら目掛け、位置を合わせる程度に跳躍した精霊が、その笛を大きくぶん回す。


『少しばかり付き合って貰おう、悪く思うな。』

「なんでも良い!防げピ」

『Roger、マス』


 振り始めた直後から鳴り響く音が意識を刈り取り、気絶した二人と一柱を弾き飛ばす。

 笛にうち据えられ、飛んでいくそれを追って精霊は跳ぶ...直前に振り返り、己の契約者を見つめる。


『お嬢、お気をつけて。』

「えぇ、分かってるわ。」

『...』

「どうしたの?」

『...出過ぎた事を申しますが、選択肢も道も、貴女はまだ持っていらっしゃいます。焦ること無きよう。』


 それだけ言い残し、精霊は獲物を追っていく。それを無言で見送ると、登代は弥勒に向き直った。弥勒は、彼女から片時も目を逸らせていなかった。


「登代...なの?」

「えぇ、そうよ。会いたかったわ、弥勒。」


 様変わりした彼女だが、微笑んだ時の笑窪も、緊張した時に髪を弄る癖も、見慣れた彼女の物だ。何より、このゲームに参加し、山羊の精霊と契約している。


「登代...何であの時、黙って行ってしまったの?」

「ごめんなさい、私も寂しかった...とでも言うと思ったかしら?」


 微笑みを消し、彼女は無表情になって弥勒を睨めつける。己の知らない親友の姿に、弥勒は数歩後ずさった。


「何でこんなゲームにいるの?貴女は望めば、なんでも手が届く人だった。それでも尚、足りないの?私に当てつけをするみたいに、まだ欲するの?あぁ、心が黒くなっていくわ、でも貴女がそんな感情を持つわけない。これは私の心。私の薄汚い部分が剥き出しにされる。貴女との時間はこれが堪らなく苦しいのに、貴女は私の前から消えない。眩しく、しつこく、ずっと居続ける。」

「登、代...?」

「何で居なくなったか?そんなの決まりきってる。貴女は私と違うから。貴女は正しい愛を知ってるから。絶対に私と交わることの無い道にいるから。なのに貴女は手を伸ばすから。優しく、強く、清く、気高く、私に手を伸ばすだろうから。

 それが、どれほど惨めか!!私が、私を二度と!生かしておけなくなるから!貴女は救える人、でも私は救われるべきでは無い人。だから貴女は、二度と私と居るべきでは無い人よ。」


 溜め込んだ怨嗟を吐き出すように捲し立て、登代はその顔に微笑を貼り付けた。子供の頃とも、最初の微笑みとも、吐き出し続けた時とも違う人間であるかのように。


「貴女は完璧で、愛おしく、間違えない。だから私は、貴女が嫌いよ、弥勒。」


 これ以上無いほどの拒絶。安らぐと、ずっと一緒にと、そんな言葉を交わした相手とは思えない程に。

 静寂に支配された空間で心は、驚愕と困惑で満ちている。降ってわいたその感情は、弥勒の物に相違無いだろう。


「...それは、本心?」

「えぇ、紛れもなく。」

「貴女は何故、ここに?」

「分かるでしょう?この苦しみを終わらせる為。邪魔しないでくれる?」

「...いで。」


 フツフツと困惑の変わりに湧き出てくるのは、怒り。あぁ、そういう人だったと、登代は弥勒を視界に捉え続ける。


「ふざけないで!貴女は、私のお願いを聞いてくれないのに、私には聞けって言うの!?抱え込まないで、行かないでって、何度も言ったじゃない!」

「貴女でなかったなら、巻き込んだかもしれないわね...いえ、そう本心から言えてしまう人なら、やっぱり嫌いかしら。」

「意地でも止めてみせるわ。そして、連れて帰る。」

「私の帰る場所なんて無いわ。私から捨てたもの。」


 精霊では無いというのに、パチパチと発光する弥勒が一歩を踏み出す。美しい黒髪も僅かに逆立ち、艶やかなストレートが膨らんだ。

 やる気なのだと、心を確認せずとも分かる。メスを取り出して腰を落とし、登代は弥勒に問いかけた。


「最後にもう一度聞くわ、リタイアする気は無い?」

「無くなったわ、今さっき。貴女は死なせない。」

「意地っ張りね。何も死のうって訳じゃないわ、心を殺すだけ。」

「ダメよ、友達には笑って欲しいもの。」


 二人の間を、冷たい夜風が吹いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 健吾たちが動き出して、いよいよ参戦か…っと思ったら弥勒さんだけが別行動に…っ。 そして登代さんと弥勒さんはこの世界でようやくの顔合わせになるのか…、以前の親友として上手く話し合える…かも…と…
2022/09/13 23:32 数屋 友則
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