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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第五章 夢に溺れる者達
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間違えた正解

 四穂が騒ぐ一哉達に目を向ければ、その痛々しい傷跡が目に入る。血の気が引くのを実感しながら、無茶な人だと呆れが湧いた。


「その怪我で、まだ暴れるの?もう大人しくしてなよ。」

「もう、ヤクがキレかかってんだよ。大人しくしてようが苦しいだけだ。」

「え、ここってそんなのもあるの!?」

『アドレナリンの事だよ、医療品。ちょっと濃度が濃い奴だけど。』

「それって、キまる物だっけ...?」

『キまってるのはハックーだよね、どう考えてもぉ!?痛い痛い!』


 くっちゃべる精霊をガジガジとしながら、一哉は茂みに潜む警官達をさがす。

 昔から、動くものを見つけるのは得意だった。極度の集中状態とでもいうのか、やけに明確に感じられるのだ。少しでも攻めの手に転じた瞬間、【意中の焦燥】の炎を叩き込む。準備は一瞬だ、手近の土を精霊の羊毛に突っ込めばいいのだから。


「とりあえず、お前は引っ込んでろよ。()()()が消えりゃ、ちとヤベェからな。」


 燃えている泡は、いまだその形を保ち滞空している。空へと近づく揺らめきが星の出始めた空を彩り、それを一哉がつついて割った...熱くないのだろうか。

 跳ねっ返り、まとまりの無い髪が赤く照らされるのは一瞬で、次の瞬間にはまた泡がはじけた。


「ハ!サイレンサーが装着されてんのか、こっちが正式装備かよ?」

「え?なに!?撃たれてるの、いま!?」

「あ?見てなかったのか?」

「いや、弾丸とか見えないじゃん?普通はさ。」

「なんか光ったろ、火があんだからよ。」

「分からないって...」


 訳の分からないものを見るような視線を受け、一哉は舌打ちを一つ落として警官を探す。先ほどの発砲の時、視界の端で動いた者が三つ。警官と風に舞った木の葉、白い獣。それ以上は分からなかった。

 少なくとも警官は三人は見えたのだが...見失った。どうも頭が働かない。とにかく今は目の前の敵を排除することに専念すべきだ。


「どうする?あっちにもいるみたいだけど。」

「あぁ?どこだよ。」

「あの木の奥、見られてるよ?」

「どこだ...?」

「なんで見つからないのさ...」

「くそ、動けよ!」


 完全な八つ当たりだが、炎の波の投げつける。こうも炎が広がった中で迫る熱波は、否応なしに恐怖を抱かせる。動いた物ならば、一哉が見逃すことは無い。

 数瞬前との変化に集中し、動いた物を見分けていく。警官三名、焼け落ちた枝が二本、割れた泡が二つ。警官の隠れた場所は覚えた。後はそこから意識を逸らさないようにすれば良い。


「四人か...もっと、いるかもしんねぇな。」

「え〜?ボクは見つけられないんだけど...」

「いや、十分だろ。見られてたら言ってくれ、多分撃たれるからよ。」

「え、怖!」

『主様、少し声を抑えませんか?相手に様子が伝わりますわよ。』


 追加の泡を生成しながら、精霊は自らの主を窘める。その甲殻は一部の隙もなく展開されているが、それでも一方のみ。囲まれては敵わない。

 どんな情報が決定打に繋がるか分からない。こちらは淡々と、泡を撒き続けるのが良策というものだ。


「...ち、そうもいかねぇか?」


 既に立ち上がる体力さえ失せている一哉が、一方を睨みつけて呟いた。それに答えるかのように、木々のへし折れる音が響く。


「...あぁ、くそ。次がありゃ、絶対ぇ隠密優先だな、こりゃ。」

「いや、それは無いでしょ...予想つく?普通。」


 この山の中、道もなく。敵は精霊と契約した者ぐらいだと踏んでいたが...


「装甲車って、流石にやりすぎじゃねぇ?」

『いや、絶対ただの車じゃないけどね。木ぃ折れてるし!ねぇハックー、どーすんの?』

「いや、もう無理だろ。お前だけでも逃げれば?」

『諦め早!?境が急過ぎるよ、ハックー!もっとこびり付いたガムみたいな根性じゃん!』

「喧嘩売ってんのか?あ?」


 頭を振って肩から精霊を降ろすと、一哉はその場で胡座を掻いて座り込む。落ち着きなく周囲を探る四穂には背を向けたまま、ため息混じりにボヤいた。


「おら、まだ走れんなら走れ。あっちのひん曲がった木の方なら、なんも居ねぇよ。」

「え?なんのつもり?」

「あぁ?ガキがめんどくせぇ頭の使い方してんじゃねぇよ。邪魔だから失せろっつってんだ。」

「さっきは任せるとか、ボクに言ってたのに?」


 頼りない子供のような扱いに、思わずムッとした彼女が睨めば、その燃える背中は早口に叩きつける。


「黙れバカ。さっきから、大丈夫だとか託すだとか、勝手にほざいてんの聞こえてんだよ。残される奴の事も考えやがれ。せめて目の前でくたばってこいや。」

「いや、それもダメじゃない!?というか、合流出来たならボクだって死なずに」

「なら行けや、うるせぇな。どうせならヒーローの死に様みてぇに、舞台演出でも凝ってな。」


 肘から先の無い左腕が、虫でも追い払うように振られる。散った血液が、既に少し黒かった。


「...ボクは悲劇のヒロインで?キミはヒーローって?お互いにらしくない配役じゃない?」

「言われなくとも自覚はあんだよ、コノヤロー。英雄願望ぐらいあっても良いだろ、オトコノコなんだからよ。」

『え?ハックーってそろそろおじさ』

「てめぇは残れ。死ぬ時ゃ一緒だ。」

『扱いの差ぁ!』


 それでも渋る四穂の耳に、機械の駆動音が届く。見れば装甲車のハッチが開き、何やら物騒な物が覗いている。

 六の筒が束ねられ、ダラリと伸びる帯が装填されている。人が上り、その取手らしきものを握りこちらへと先端を向けてきた。


『主様!』

「最大限に分厚く!【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!」


 己の身を覆う全甲殻を右腕に集中させ、巨大な盾を地面へと突き立てる精霊の前で、それは回転を始め爆音を響かせる。

 削り取るような金属音が甲殻の表面を叩き、弾丸がバラバラと地面に転がる。小さな貫通力の高い弾は衝撃は無くとも貫くのは時間の問題だろう、既にいくつかは甲殻に刺さっていた。


「チンタラしてっからだ!やれ、【意中の焦燥(ターゲットファイア)】ぁ!」

『ハックー、カッコつけると空回りしてモテないタイプだね、絶対。間違いない。精霊使い荒すぎ!』


 すでに腕が使い物にならない為、毛は毟られ無かったが。恨み言を叫びながら、精霊はその身を発火させる。

 爆発のような熱波が泡を押し出し、装甲車の上に出ていた狙撃手を襲う。爆発するそれに叩き落とされ、射撃が一旦止まった。


「オラ、走れや。」

『やったの僕なのにさ、偉そーに。』

「ありがとね、羊さん!」

「そっちかよ!」


 霊体化した精霊を伴い、走り去る四穂は格好の的。当然銃口が向くが...


「ガキ相手に大人気ねぇな、ロリコン集団様よォ?」


 一哉が腕を振れば、周囲の火の勢いが強くなる。あまりの熱波に目を開けていられない。これでは、逃げる少女を狙うのは不可能だ。

 やたらめったらに発砲された弾丸も、土や木を穿つ音が響いただけだった。


『素直に逃げてくれて良かったね、ハックー。』

「黙れ。」

『どーせ、蜂の巣はトラウマが〜とか弱った格好なんか見せたくない〜とか』

「お前、俺の言うこと聞く気ある?」


 抓られないし毟られないしで、言いたい放題の精霊に苛立ちながら、一哉は周囲に撒いた血を見る。

 燃え続けているが、それも乾き切るまでだろう。すぐに銃弾の嵐が再開される。というか、今も狙いが悪いがされている。誤射が怖くないのか?


「あ〜、ちくしょう。損な役。もっと利用してやりゃ良かった。」

『無理でしょ、ハックーはお人好しと年下が弱点じゃん。』

「そーでもねぇだろ、あの筋肉ダルマとか。」

『ピンチになったら助けそう。』

「偏見だな。」


 死人の様に白くなった顔に笑みに浮かべ、一哉は己の相棒に向き直る。


「ま、なんだ。最後までクソ生意気な、阿呆だったがよ。最高だったぜ、お前。」

『おだてても火しかでないよ。』

「上等だ。結局俺は、おやっさんに何も出来はしなかったけどな、世の中も少しは俺みてぇな奴がいる。それが分かりゃ、少しは堪えようって気にもなるぜ。」

『ハックー...

 ...似た人なんていた?ダントツでお子ちゃまだったけど。』

「前言撤回。お前やっぱ最低だクソ羊。」


 言葉の勢いも失せて来た一哉の声に追従するように、火の勢いが弱くなってくる。一哉の意識が遠のき、【意中の焦燥】の()()()()()()の力が弱まっているのだ。


『ねぇ、ハックー?怒りっぽくてお子ちゃまで無鉄砲でお調子者のハックーだけどさ。』

「喧嘩売ってんのか?」

『僕に痛い事するし、無茶ばっかり言うけどさ...最後のお願いくらい、聞いてあげるよ?』

「......は、てめぇも人の事言えねぇじゃねぇか、素直じゃねぇな。」


 下を向きながら、それでも倒れる事は無く。ただ一声、精霊に告げる。


「特大の焚き火でもしようや、鎮魂祭みてぇによ...」

『薪はいっぱいあるもんね。』

「忘れられねぇぐらい、派手に頼むぜ相棒...」


 ついに飛び交っていた弾丸が、一哉に当たる。しかし、飛び散る血液さえ、もうほとんどが傷口から流れ落ちていた。

 ただ、胡座をかいて山に一人。間違えた英雄モドキが笑っているだけ。


「火が消え...異常発生者の獣が膨れているぞ、撃てぇ!」


 破裂音と共に弾丸が肉を削り、人だった物へと姿を変えていく。その最中、その名が叫ばれた様な気がした。それだけで、十分だ。


『っファイアー!』


 内側から発火した羊毛が、金色の煌めきとなって散っていく。火を放ちながら、爆発的に拡散する。土に、葉に、木に、人に、銃に、車に...主と己に、火をつけていく。


『出血サービス、後先考えない柏陽印の最大火力を見せてあげるよ!』


 どうせ後は無い、一哉以外に力を貸す気も無い。今、この時、それが全てで良い。

 悲鳴も聞こえない、全て木が爆ぜる音がかき消していく。視界は一面赤、炎しかここには無い。


『へへ、絶対忘れさせないからね、ハックー...』



 現在時刻、20時。

 残り時間、1日と11時間。

 残り参加者、10名。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うわぁああああああーーーー!一哉くんーーーー!!!!健吾との対比っぽくてこの物語の裏主人公だよなあって思いながらずっと見ていたのですが(ステータスを考えると健吾との対比は知的な三成さんかな…
2022/09/10 22:26 数屋 友則
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