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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第五章 夢に溺れる者達
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山場

 ふらつきつつも、仁王立ちで笑い続ける一哉に、真樋は苛立ちながら周囲を探る。

 泡、泡、泡。魂のように炎が揺らめく様は、不気味な寒気さえ感じられる。熱い山の中で、嫌な汗の流れる感触が不快な思いを刺していく。


「ねぇ、これって間違えてない?ボクさ、不安になってきたんだけど。」

『しかし、これ以外に手はありませんわ...絶対に引き止めるのでしょう?』

「うん、彼が来たのって多分、【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】を回収する為だろうし...ついでにボク達も潰す気じゃないかな。」

『でしたら、あの殿方に協力するのが無難ですわ。』


 泡を一哉の周囲に散らし、発火させる手立てを整える。炎の熱で上へ外へと広がり続ける泡は、辺りを呑み込んでいく。

 ひどい熱を広げながら、徐々にその密度を増す泡に、最初に我慢の効かなくなったのは真樋だった。


「これ以上、手をこまねいていても無駄だ。彼等は生き残る気無さそうだし、状況は悪化するよ。君の精霊で移動出来ないかい?」

「やっぱり、来て正解やったね...アルレシャ、いける?」

『無論だ...と言いたいが、不味いな。』


 目を閉じ、集中したらしい【浮沈の銀鱗】が苦虫をかみ潰したような顔で呻く。


『どうも火の回りが派手すぎた様だな。行きがけにひっくり返した車のようなものが、山を包囲している。貴様の肺活量で抜けるのは、少しキツいぞ。他の参加者もいるからな。』

「ひっくり返したって...何してるの?」

『一人で飛び出した貴様に言われたくないが?』

「仕方ないだろ?こっちを狙う狙撃手なんていたら、休むことも出来ない。」


 どうするかな、と考え始めた真樋に、寿子がキョトンとした顔で尋ねた。


「それ、もしかしてうちの為?」

「うん...え?いや何でそうなるの?」

「今、テキトーに返事した!?もっと周りに関心割いてぇな。」

「やだ。」

『マスター...』


 白布に隠れて...というか今は燃えている所為で、表情までは分からない。しかし、呆れているのは声音で十分過ぎるほど理解できた。


「ただいま。彼は?」

『Report、走るのも辛いでしょう。ああして立っているのも、不思議な程です。』

「彼の言葉を借りるなら、意地でしょ。それが今、僕達を追い詰めてるんだけどね...」


 すぐ傍を通り過ぎた泡に、避けようとして背中を精霊に支えらた真樋がぼやく。

 すぐ後ろにも、泡が漂っていたのだ。段々と避ける空間が無くなっている。周りの火の手も増すばかりだ。


「あ、これもしかして不味い?仕方ないからピトス、僕を瓶に入れて」

『Report、酔いが覚め始めてきました。』

「今!?」

「なんかダメなん?」

「打ち消してた効能が切れて、泥酔する。霊体化してて、ピトス。何があっても僕に着いて来ること。」

『Roger、善処します。』


 手持ちの瓶を確認し、渋い顔をする真樋が一哉を睨む。その視線を浴びて、より笑みを深くした一哉が声を上げた。


「随分と余裕が崩れたきたな!それが素のお前かよ?」

「どっちにしろ、隠してなんか無かったけどね。君の目が節穴なだけだろ?」

「は!大の男がお守りを頼み込むなんざ、見たくもねぇな!」

「情けない姿を晒すよりは、遙かに苦しくも非効率的でも無い。」

「どっちが情けねぇかな!」


 力を振り絞る一哉は、裂けた腕をかばうこともせず炎を纏わせる。すでに最初の勢いは無く、健吾であれば片手で制圧することさえ可能に思わせた。しかし、ここは炎の中。熱で体力を大幅に奪われている真樋たちには、十分な脅威となる存在だ。

 蹴り込んでくる一哉の一撃は、真樋には受けるすべは無い。回避しようにも、周囲は泡だ。


「あ、まず...」

「燃えろ、根暗野郎。」


 今の一哉の一撃は、人のものでは無い。加速も炎による熱もあるが、【意中の焦燥】の羊毛がもっとも驚異だ。触れれば己が発火するそれを、一哉は纏っているのだ。

 人間松明になる気は無い、とっさに差し出したのは一つの瓶だ。開いたそれから飛び出したのは、寿子を寝かせていた部屋で入れていた女性だった。


「誰かぁ!」

「あ?」


 部屋への侵入者への反応は、奇しくもその侵入者たちに助けを求める様だった。痛みよりも先に炎が襲い、声にならない悲鳴がたたきつけられた。

 伸ばされた手が届く前に、彼女は倒れ伏した。覚悟をしていなかった一哉も真樋もだが、手を伸ばされた寿子などは死体の様に蒼白だ。


「っぁ...」

『ショックを受けるなら目でも閉じておけ。我が護衛くらいしてやる。』

「ち、なんてもん持ってやがる。」

「他に無かっただけだ。」

「そりゃ良い事聞いたなぁ!」


 嬉しそうに脚を振り上げる一哉だが、それが真樋に届く事は無かった。フワリと炎を伴った泡が移動し、一哉に触れた瞬間に爆発した。

 片足で堪えられる筈もなく、土の上に転がった一哉が周囲を見る。熱の圧力は、自分を中心に広がっている。しかし、泡の動きは渦を巻いていた。その中心は...


「てめぇ、何しやがった。」

「え、うち?」


 困惑する寿子に、燃やした土を投げつける。広がった炎に強ばった彼女を抱き寄せ、真樋はその上着のポケットを漁った。


「あ、ありが...って何しとんよ!」

「いや、僕の上着だし、文句言われる事無くない?」

「目の前でイチャつきやがって、挑発のつもりかよ。」

「イチャ...!?」


 慌てて身を離す寿子の上着から、目当ての物を取り出した真樋は首を傾げた。


「なにこれ。石?」

「あ、それ。黒い猫?さんに貰った...」

『いや、少し酷くないか?』


 寿子の頭の上に飛び乗り、尾で軽く側頭を叩きながら精霊は文句を言う。その姿に、真樋は瞬時に警戒を顕にした。

 接近に気づかなかった。気配を消していたって、自分には何となく勘づける自信がある。つまり、気づく前に外からもう接近したのだ。


「君は...!」

『おっと兄弟、そう構えなさんな。前に言ったろ?殺るつもりは無いってよ。』

「出来ないとも言ってないし、状況も違う。」

『だけど良い方に、だ。俺はこのお嬢さんに協力して欲しいもんでね。』


 スルリと滑るように肩の上に降りたカストルが、首に巻きついて体を落ち着かせる。温もりとシルクを思わせる肌触りという不思議な襟巻きに、寿子の顔が緩んでいく。

 青筋が浮かびそうな程に眉をしかめた真樋が、立ち上がった一哉を警戒しながら問いかけた。


「で?今、何とかしてくれるわけ?」

『動きづらくて困ってんだろ?なら辺りの提灯を除けてやるよ。』


 石ころとは比べ物にならない突風。渦をまくそれがカストルを中心に吹き、燃えている泡を円形に吹き飛ばしていく。


『ほらな?』

「くそ、反則的に相性悪ぃな...」

『諦めて逃げよーよ、ハックー。死んじゃうよ?』

「いや、これもう助からねぇだろ...」


 炎も泡も、風の影響を受けやすい。重い物を燃やせば良いのだが、既にそんなものを投げる力が一哉に残っていなかった。

 せめてもの抵抗とばかりに【意中の焦燥】の羊毛を撒き散らすが、風は中央から外に吹いているらしく、此方に飛んでくる。


「ちぃ!」

『なんで自分で自分を追い詰めてんのさぁ!』


 叫ぶ【意中の焦燥】に答える声は、あったとしても届かない。泡が弾けるのと同時に、開放された炎が熱と高圧を撒き散らす。

 爆炎が焼き焦がした土が風に揺られて舞い、視界を良好にしていく。


「なんでお前が...」

『主様の命です。貴方が死んでしまっては、私達は何も出来ませんから?』

「ほら、こっち!離れてたらボクが狙われるって!」

「俺の方が重症なんだけどな...?」


 左腕は無く、右腕は肘まで裂け、足には弾痕。何で動いているのか、自分でも分からないレベルの怪我である。

 四穂も四穂で、目立った怪我こそ無い物の疲労が強い。特性の離れた二体の契約を維持するのは、肉体にも精神にも負担が大きいのだろう。既に目の前が朦朧とし出している。


『後ろへ。泡を作り続けますので、発火を。私の甲殻には戯れにもなりませんから。』

「流石に発生元に近づくのは危険、かな?」

『だな。俺の風は渦だ、泡同士がぶつかりゃ離れてく前に爆発する。さっさと逃げねぇか?ここはあれに任せて、よ。』


 カストルの振り向いた先で、白い何かが動いた気がした。その瞬間、土が弾ける。発砲されたのだ、と少し遅れて気づいた。


「なになに!?何事!?何か見えた?」

「だぁ、うるせぇ!横で騒ぐなっつーんだよ。フワフワのイタチを追っかけてた警官共だ、すぐ隠れやがったが、位置は丸わかりだっつの。発見されてから隠れんのはアホだぜ。」

『ハックー、それ自己紹介?』

「黙れアホ。」

『痛い痛い痛ぁ!』


 手が使えないので、耳を噛む。一哉は少し犬歯が大きいのもあり、【意中の焦燥】は今までで一番痛そうな悲鳴を上げた。


「わぉ、なっかよし〜。」

「お前もちょっと黙れや、音聞いてんだから。」

「分かったから歯を剥き出さないで?女の子を食べちゃうなんて、紳士のする事じゃないと思うな、ボク。」

「これが紳士ってザマかよ。あ、アイツら逃げやがった...」


 少し注意を逸らした隙に、【浮沈の銀鱗】で離脱されている。本当に機動力の高い相手である。

 段々と痛みが戻って来たのか、顔が険しくなる一哉だが、すぐに視線を正面の木々へと戻した。油断はしていられない。これ以上体に穴を開けられたい訳では無いのだ。


「このまま篭って、最期を迎えるか...」

「え?どしたの?」

「いや、最後に派手にやらかしてやろうかとな。」


 もう既にやった後だと思う。喉まででかかったそれを四穂は飲み込んだ。【疾駆する紅弓】を助けるならば、警官ではなく真樋達を止めねばならない。


「ねぇ、さっきの」

「分かってるから、ちょっと黙ってろ。要はアイツらもすぐに山から逃げねぇと行けねぇくらい、火を広げりゃいいんだからよ。」


 既に半分程を囲む火の手は、今も山頂へとその犠牲を広げている。もう半分燃やしてやれば、逃げないと焼け死ぬだけだ。


「...手伝ってくれるんだ?」

「別にそんなんじゃねぇよ、アイツが思い通りに行かねぇのが面白ぇだけだ。」

 

 ムスッとしながら吐き捨てる一哉だが、その肩のお喋りは正直だった。


『ハックー、誤魔化すのは止めないけどそれだと性格悪いだけの人っぽ』

「うるせぇ。」

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