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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第五章 夢に溺れる者達
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燃える蝋燭 寿命の如く

『取引...だと?』

『おいおい、契約者様差し置いて、それで良いのかい兄弟?』


 呻く精霊に、カストルはにやけながら言葉を返す。その様を腹立たしく思いながらも、正論であると考えた大鮫は契約者を振り向いた。


『貴様をお呼びだ。』

「えぇ!?でも、うちには分からんよ?」

『関係ない、我は貴様を導くものでは無い。ここではお前の決断こそ全てだ。』


 先には飛び出すものの、一度も寿子の言うことを聞かなかった事は無い。彼なりの励ましなのか、常に傍に居てくれる。

 頼もしくはあるものの、なんとなく素直に認めづらく、寿子は大鮫には何も言わずに精霊に向き直る。


「それで、取引っていうのは何なん?」

『俺に出来ることに、周囲の索敵がある。色んなモンの場所をアンタに伝えてやるから、ちぃとばっかし頼まれてくれないか?』

「せやから、何を?」

『俺の言う人間を、言う所まで連れてって欲しい。それだけさ、易いだろ?』


 事も無げに言い放つ彼の言葉に、寿子は顔を顰める。連れていく、というのはおそらく契約者だろう。そうなれば、精霊による反撃の恐れがある。


「危ないのは嫌なんやけど。」

『こんな所に来といて、それを言うかよ?』

『まったくだな...』

「ちょっと、文句しか言わへんのやけど!」

『苦労してんのな、お前ら...』


 進まない話に、頬がひくつくカストルを他所に、ガヤガヤと喧嘩を始める。頼む相手を間違えたかと、ため息がこぼれた。


『あ、やべ。バレた。』

「え、いきなりどうしたん?」

『いや、えっと...おい、ちょっと待てふざけんな。あぁ、すまん、アンタじゃない。お前だ兄弟、冥福を祈る。』


 尻尾を振り回し、寿子に謝罪しながらペラペラとしゃべる。その後、ため息を落とし大鮫に向き直る。


『アンタ、雷って平気だったりする?』

『そう見えるか?』

『だよなぁ...』

「雷って、まさかあの龍!?」

『あれは今出てこねぇよ。』


 スルリと寿子の肩に駆け上がり、艶やかな尻尾で首を撫でる。


『なぁ、悪い話でも無いだろ?一人飲み込んで移動して吐く。それだけで、敵との遭遇を避けてこの山を動けるぜ?』

「せやけど、危な過ぎひん?」

『武装警官、炎の坊主、荒ぶる牛、轟く笛の音...』

「ひぃ!?耳元で囁かんでよ!」


 急に距離を縮めたカストルに、寿子は猛抗議を返す。そんな彼女に、精霊はヒョイと飛び降りながら笑い声を零した。


『まぁ、なんだ。その受信機よりは役立つぜ?気が向いたら、その石ころを三回叩いてくれや。じゃぁな。』


 トトっと二度の跳躍で木々の中へ姿を消し、辺りに戦いでいた風が収まった。散る葉が無くなり、音が消えれば、すぐに夕闇が訪れる。

 謀ったようなタイミング、まんまと恐怖を感じ、寿子は己の精霊に抱きついた。


『震えているが?』

「日が落ちて、寒うなったけん...」

『我は冷たいぞ。』

「ううん、温い。」

『...ふん、好きにしろ。夜道怪が戻れば、貴様の子守りなぞ、すぐにでも押し付けてやるからな。』


 寿子が跨るまで待ち、【浮沈の銀鱗】は瞑目する。貧血か、寒さか、随分と臆病風に吹かれる契約者に、強く文句を言う気も失せる。

 精霊は不安定で、契約者に引き摺られる。彼女が沈んだ気分でいれば、己も昂れぬというものだ。どうにか持ち直して貰う為にも、話し相手を拾ってやるのは先決だろう。


『まったく、本当に惑わしおって、夜道怪めが...!』

「ねぇ、その夜道怪って何なん?」

『あの小僧の事だ。のらりくらりと宣い、唆し、まるで夜道を迷わす妖の様ではないか。』

「あ、悪口やったんや...」

『他になんだというのか。』


 やっと背に乗った寿子を確認すると、【浮沈の銀鱗】は山中を加速する。目指す先は端末の示す場所

 、真樋がいるだろう場所だ。

 地中を這う根も、噛みちぎりながら直進する。息継ぎは最小限でいい、時折浮上して距離を確かめては、再び潜水する。そうしているうちに、【浮沈の銀鱗】が地上の足音を感知する。


『飛び出すぞ。』


 地中ではうなずくしか出来ず、顎を当てるようにして意思を伝えれば、精霊がすぐに浮上を始める。地表を突き破り、すぐに何かに向けて顎を閉じる。


『ヌゥ、貴様ハ!』

『がグッ!?硬...おのれぇ!』


 八つ当たりと言わんばかりに、その鋭い尾を叩きつけ、地面の中へと戻る。少し離れた浮上すれば、怒りに燃える【母なる守護】が鼻息荒く怒鳴りつけた。


『イキナリナ無礼、ドウシテクレヨウカ!』

『キンキンと喚くな、ウドの大木めが!』

「なんで喧嘩売っとるん!?もっとあっちやから!挑発しとらんで行くよ!」


 背中で寿子が騒ぐのを鬱陶しげに聞き、【浮沈の銀鱗】はため息を吐いて従う。


『待タンカ!逃ゲルナ臆病者メ!』

『なんだと?』

「ひっかからんで、アルレシャ!周り、警察がいっぱいおるから!」

『ふん、コイツならば一捻りだ。時間はかからんぞ、相性がいい。』


 余計に煽る精霊の言葉に、激昂した【母なる守護】が猛進する。金属の大質量が迫り来る様は、実際よりも何倍もその身体を大きく感じる威圧感。

 つい目を閉じた寿子だが、【浮沈の銀鱗】は迎え撃つつもりしかない。力で負けていようと、彼の周囲は液体。重い【母なる守護】が踏ん張るべき地形が無いのだ。


『このまま喰ろうてやる!』

『笑止!勝ツノハ...我ヨ!』


 突進の最中、前足を駆ける軌道から叩きつける軌道へ。前へ進む力は下へ向かい、液体を跳ねあげながら彼を沈める。


『何を血迷って』


 自滅したかと嘲る【浮沈の銀鱗】だが、その言葉を紡ぎ切る事は出来なかった。全身をあらん限りに伸ばした【母なる守護】の角が、その腹を捉えたのである。


『ば、かな...!』

『底マデ行ケバ足モ届クダロウ。』

「伸び上がって尚、この力か...!」


 打ち上げられた【浮沈の銀鱗】は、何も出来ることはない。牙と鱗はあれど、能力が何も働かないのだ。

 空中で身をよじろうとする【浮沈の銀鱗】が焦りを顔に浮かべるが、追撃は無く地中へと戻っていく。


『何のつも...おい。』

『...何も言うで無いわ。』


 金属化を解いた【母なる守護】だが、どうやら脱出は間に合わなかったらしい。後脚を大きく地面に埋め、脱出しようと奮闘する姿が伺えた。


「アルレシャぁ〜、うちの心配は?」

『む?なんだ、落ちていたのか。無事か?』

「雑やん!!」

『いいから早く乗れ。近づいてド突くけれても敵わん、あれはそのまま捨ておくぞ。』

『ぬぅ!貴様、逃げるな!』


 蹄が土を掻く音は大きく、時期に脱出まで漕ぎ着けられそうだ。もう一度やり合うつもりも失せている、このまま警察に囲まれないうちに撤退するのがベストだ。


「やけぇ、はよ行こうって言うたやん。」

『ふん、やかましい。身の程知らずだと思い、のしてやろうと思ったのだ。』

「それで、うちは肩打ったんやけど。」

『ほぅ、貴様。受け身なぞ取れたのか。』

「凄いやろ!...あれ、もしかしてバカにしとる?」


 微妙な空気を感じ、顔を覗きこんで見るが魚の表情は分からない。というより、背中の上から顔はほとんど見えない。

 ねぇねぇ、と煩い寿子は無視し、【浮沈の銀鱗】は地中へと潜る。やっと静かになり、調子が戻るのも考えものだと顔を顰めた。


『む、この振動...出るぞ、気をつけろよ。』


 返答は待たずに地上へと飛び出した【浮沈の銀鱗】が、その牙を炎に光らせる。

 それが向かう先は、座り込む少女。声も出ていない様子の彼女を、そのまま噛み千切


『させると思います?』


 る寸前で拳型の鈍器で軌道をそらされる。硬い鱗と堅い甲殻のぶつかり合い、その大きな音に近場の二人も振り向いた。


「やっぱり潜んでやがったか!」「何でいる!?」


 対極の反応を示し、一哉と真樋の視線が向く。乱入者に注目が集まる中、冷酷なまでに太刀を振りかざす精霊が、その武器をとどめとばかりに一閃する。


『ハックー!』

「あぁ!?」


 肩の精霊の叫びに、一哉はとっさにさっきまで対峙していた【宝物の瓶】に振り返る。思い切りよく下ろされる太刀筋に、彼はすぐに片腕を差し出す。握りしめるように受け止めれば、肘の手前までそれは食い込んだ。


「くそがぁ...!」

『Sit、途中で止められるとは。』

「燃やせぇ、【意中の焦燥(ターゲットファイア)】!」


 握り込むように力を加えれば、刀が簡単に抜ける事は無い。その僅かな停滞の間に、炎が荒れて精霊を襲う。

 そのまま殴りかかる一哉だが、炎をものともしない精霊はその拳を易く払い、一哉を蹴り飛ばしながら刀を引き抜いた。不気味なまでに、淡々と。


「その精霊さん...そんなやったっけ?」

「そんなって?」

「いや、なんか...暑うないの?」


 寿子の言うことに、そういえば初めて見るかと納得し、真樋は己の精霊に向き直る。出血の影響か、ずいぶんと動きの鈍った一哉に襲いかかる精霊は、服装こそ焼け跡の目立つもののダメージは見られない。何も知らないなら、不可思議に思うだろう。


「暑いとは思うけど...酔っ払いの考えることだしね。」

「へ?何なん、それ。」

「ネクタル、とだけ言っとくよ。贋作だけど。」

「余計に分からへんし。」


 拗ねる寿子をよそに、【浮沈の銀鱗】に視線を向けて真樋は問う。


「またピトスが動けなくなるけど、僕だけでも周囲の全員、まとめて殺せるから。変な気は起こさないでよ?」

『どんな隠し球なのか...知りたくもないわ。』


 物騒な彼に精霊はため息をつく。さっさと要求を言えとばかりに睨めつける【浮沈の銀鱗】に、今まで通りだと返す真樋だが、ふと視界の端が歪む。


「泡か。何で今になって」

「しゃあ!爆ぜろ!」『ファイア~!』


 一哉の合図とともに、辺り一面に爆発が巻き起こる。一本の羊毛より大きく、そして風に乗って停滞する泡は、発火した後も地面に落ちずに燃え続ける。

 吹き飛ばされた真樋が、土にまみれながら転がった。顔を上げれば、燃えている【宝物の瓶】と、地面に伏している寿子が見える。


『Sorry、ご無事ですかマスター。』

「距離があったから、ちょっと髪が焦げたくらいだ。彼女は落ちた時に頭を打ったみたいだけど...平気そうだね。」

「いや、めっちゃ痛いんやけど!?」


 抗議の為か、顔を上げた寿子が短く息を飲む。周囲に無数に漂う泡、その全てが鬼火の様に燃えていた。


「全部が爆弾みたいなもんだ。逃がさねぇ...意地でも負けてやらねぇぞ!」

「これは...どうしたものかな。」


 山を覆う火に炙られ、木々が不気味な音を立てている。タイムリミットは...近い。

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