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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第五章 夢に溺れる者達
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山中地獄絵図

 重力に囚われ、狩衣が風にはためく音を聞きながら、精霊は迫る死の牙をしかと見つめる。


「八番!」

『Roger、マスター!』


 宙を滑った瓶が蓋を開かれ、二柱の間で中身を解放する。地中から襲う【魅惑な死神】だったが、出現した鉄板に阻まれた。

 強引に突破する力は、【魅惑な死神】には無い。硬さと毒。これがこの精霊の唯一絶対の武器なのだ。


「ふぅん、まだ手札があったのね。」

「あれだけで終わりだと思わないで欲しいな。僕は十分以上の準備が好きなんだ。」

「そう、なら全部引き出してあげるわ。」

『私を忘れないで下さる?』


 弾力を極限まで高めた泡から、弾き出されるように甲殻の塊が精霊達に襲いかかる。

 既に一度負傷した【魅惑な死神】を仕留めようと動く【泡沫の人魚姫】だが、それは小太刀に阻まれる。防ぐのに用いた甲殻は、攻撃には使えない。


『Sorry、貴女の相手は骨が折れるので。』

『でしたら手出し、しないでくださる?』

「あら、うちの子を忘れないであげてね。」

『Yes、当然です。』


 落とされる尾針に小太刀を合わせ、【泡沫の人魚姫】へと誘導を仕掛ける。【宝物の瓶】には、甲殻を砕く力も毒のような決定打も無いからだ。

 傷を負った【魅惑な死神】は、毒を恐れずに速度でも勝る【宝物の瓶】は相性がいい。当然、有線順位は決まってくる。

 まさに三竦み。倒せる者を倒した途端、不利な戦いに放り込まれるのだ。睨み合う二柱だったが、その空気をものともせずに襲う者がいた。


『ルシャァ!』

「おっと...凶暴な事で。」


 射出された針を大きく飛び退いても躱し、真樋はそのまま四穂へと走る。精霊を潰せないなら契約者を。契約者の状態は精霊の力に大きく影響するのだから。


「わっ!お兄さん、ちょっとボクとお話しない?」

「年上にお兄さんなんて、呼ばれる趣味は無いけどね!」

「あ、年下さん...え、嘘!?」


 失礼な反応を返す四穂だが、その身体は態度と違い限界に近い。回避行動も防ぐ体勢も、真樋の接近に間に合わない。

 瓶の蓋を開けた真樋が、その口を横に向ければ、介入のタイミングを伺っていた八千代へ弾丸が飛び出した。忘れていないぞ、という警告か。

 その瓶を懐にしまうこと無く、接近を続ける真樋に、狙いが分からずに四穂は混乱する。そんな四穂に、八千代の声が飛ぶ。


「瓶を避けて!中に仕舞われるわよ!」

「うぇ?そういう事!?」


 倒れ込む様に避けて、そのまま転がって距離を取る。何が悲しくて泥まみれに、と思わなくも無いが。それに構っている余裕は無い。

 不満そうに八千代を睨む真樋に、彼女は挑発的に笑う。


「あら、か弱いレディを虐めるのが好み?」

「悪いけど興味無いかな、嫌な記憶が出てくるもので。」

「そう、でも私を襲う顔よ。」

「しませんよ。貴女の精霊は、まだ活きてて貰わないと。」


 つまり、用済みなら消すと。【魅惑な死神】の針で【泡沫の人魚姫】を刺すのが目的なのは分かる、ならば【泡沫の人魚姫】を退場させる訳にはいかない。

 この場の方向性を定めると、八千代は【魅惑な死神】に引き下がって守るように命じる。興奮状態だった化け蠍だが、不服そうにしながらも退いた。


「嫌な一手かしら?」

「それほどかな?」

「ちょ、しつこいんですけど!?」


 瓶の口を四穂に向け、追いかける真樋。捕まるのも時間の問題だろう。どうも、直接は殺傷沙汰を起こす気概は無いと踏んだ八千代は、上着一枚を盾に走り出す。

 殺陣の稽古も、簡単な武道の練習も、人を取り押さえるには役立つ経験だ。体格は勝っているとは言えないが、十分に自信はある。


「美女に押し倒されるのは初めて?」

「自分でそういう事言う人は初めてかな。」

「あら、だって私の努力は結果を結んでるもの。下手な謙遜は失礼よ。」

「なんかフクザツなんだけど、ボク...」


 さっきまで追い回していた相手に、助けられた形なのも拍車をかける。【魅惑な死神】の恐怖は、鮮烈に残っているのだ。

 ともあれ、ここで逃げる選択肢は無い。逃げたところで圧倒的に機動力で負けているのだ、追いつかれて終わるだけ。


「泡を広げて、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!まずは周りを」

「させないけどね。止めろ、【宝物の瓶(トレジャーピトス)】!」


 精霊同士が接近していれば、当然【魅惑な死神】が乱入してきた場合、双方が危険となる。故に徹底するのは接近戦。

 そうなった時、回避しやすい【宝物の瓶】の方が有利なのは間違いない。攻撃を押し付け、後の先を取る。

 とにかく相手の意図を潰す。焦らせ、苛立たせ、ミスを誘う。それを見逃さないように、集中しつつ。決定打を持たない精霊にも、戦い方はあるのだ。


「僕がもう少し動けたらね...」

「あら、諦めるの?」

「美人に迫られるなら、そう悪くもないでしょ。それとも、自信無い?」

「生意気な子ね、貴方。」


 手は押さえつけているので、瓶に仕舞われる事は無い。とはいえ思い切り力を込められると、少し分からない。緊張の中、待っていたタイミングが訪れた。

 微動だにせず待機していた【魅惑な死神】の、尾針が再生し終わり射出される。抑えられていた真樋に向けて、だ。


「危ない、な!」


 腰を浮かせ、地面に思い切り叩きつけた真樋。その瞬間、二人は押し出されるように転がり、背後で呻く声が漏れる。

 倒れている見知らぬ男に驚愕し、八千代が一瞬停止したのを見逃さない。拘束を押しのけ、真樋はすぐに尾針を瓶に収納した。


「なにが、おこっ、て...?」

「喋らないでくれるかい?不快だし。」


 針が無くなり、周囲を見渡す余裕が出来た男性が、真樋を見上げて呟いた。

 瓶から出し盾にした癖に、随分と雑な扱いで見下ろすと真樋は彼を放置する。再び収納しようにも、瓶は一つ割れた。空きも必要なので、あまり必要と思わない物は入れないのだ。


「人を...持ち運んでたの...!」

「人じゃない、近い何かだよ。説明する気は無いけど...とにかく人じゃない。」


 驚きを隠さない四穂に吐き捨て、新しい瓶を取り出す。すぐに八千代をしまおうとするが、流石に我に返った彼女に防がれる。

 血を拭いながら真樋の足を払うが、彼は転げる勢いのまま八千代を地面に押し倒した。その地面には...置かれた瓶。


「かふっ...」

「悪いね、今は武器がそれしか無くて。」

「自分の毒に呑まれるなんて...役者冥利に尽きるわね。」


 割れた瓶から出てきた毒針は、さきほど男性を穿いた物。致死性を高めた毒だ。それを確認するために、彼の様子を見に行ったのだ。

 背中を裂く様な傷だが、溢れて表面を滴っている毒素は侵入したらしい。傷の程度よりも重く立ち上がった八千代を見れば、それは理解できた。


「さて、これで邪魔は無いだろ?」

『Report、【魅惑な死神(ラストピオン)】が暴走の危険。警戒を。』

「そこは頑張ってくれても良いよ、ピトス。」

『Roger、可能な限り。』


 懐に隠していた瓶も浮き上がらせ、五つの瓶が彼の周りを回る。最初に比べ、随分と数が減った事に真樋は顔を顰めた。

 先程割れた二本、これで六本も割れた事になる。再使用出来ないのは、後々にかなり不利になるだろう。ついでに二本、無くしているのもある。


「わ、そうだ!ぜんぶ割って確認しよ、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!」

『いいのですか?彼は居ないのでは...』

「いいの!だってアッチのかとかなんて、勘だし!」

「あ、やっぱり失くしたのが射手座を入れてた奴か。場所を教えてくれるならありがたいね。ピトス、捕まえて吐かせよう。」


 片手で瓶を弄びながら、真樋が四穂に迫る。一休みした真樋と、既に限界な四穂。逃げられる道理は無い。


「一つ聞かせてよ、【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】を取り戻して、どうするのさ。」

「聞く必要ある?嫌われてるだろうし、死んでもらうだけだよ。」

「なら、絶対教えてあげない!【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!」


 小さな泡が、四穂を覆い隠す程に湧き上がる。空だ、空にいる。そのまま精霊の方まで、泡を渡り移動する四穂へ、真樋がナイフを投げつけようとした時だった。


「見つけたぜぇ...根暗野郎!!」


 放り投げられた土が、真樋を囲む様に炎を走らせた。

 頬を撫でる熱気に顔を顰め、彼は精霊の気配を手繰る。場所は分かった、そちらを振り返る事はせずに、後ろへ向けて言葉を投げかける。


「なんで君が?」

「あぁ?居ておかしいかよ。牛ならあっちでサツ相手に暴れてんよ。」

「いや、僕を襲う理由が分からない。」

「死にかけの女と取り逃した獲物、優先すんならどっちだ?スコア戦ってんなら、トドメを貰うけどな。」

『ハックー、説明になってないよ?』


 ハイになっている一哉は、一切の躊躇はない。会話も程々に駆け出した彼は、燃えている拳を鋭く振った。

 彼の思考は今、酷く単純だ。この場で動ける限り、敵になる者を攻撃し続ける。最後まで立っていた者が勝者だ、どうせ逃げられないのだから。


「イカれてるの...?自分まで燃やされるよ。」

「は!火に巻かれるのが怖くて、こんな羊を肩に乗せるかよ!」

『こんなって言った!?酷くない!』


 上着を失い、秋も深まった夕暮れだと言うのに、二人はじっとりと汗を滲ませる。火に囲まれ、火を纏い、そして戦う。ここには熱気しか残っていない。

 しかし元の身体能力が違いすぎる。真樋が劣勢になるのに、それほど時間はかからなかった。


「く、戻れピトス!!そっちは放置していい!」

『Roger、マスター。』


 炎の中を、恐れる事も無く突っ切った精霊が一哉に迫る。鈴の音を思わせるような軽やかな斬撃は、その接近をすぐには悟らせない。

 耳を大きく斬られ、吹き出した血が白布を染める。怒りを顕にした一哉が、振り向きざまに放った拳と共に。


『Crazy...想像以上に早い反撃です。』

「だろうね。彼の痛覚や疲労が戻ってくるまで、耐え忍ぶよ。」

「させっかよ!やれ、【意中の焦燥(ターゲットファイア)】!」

『難しい事言うなぁ、もう!』


 やれと言われて何ができると言うのか。とりあえず抜け毛をバラ撒き、動ける範囲を減らしていく。

 速いのは明らかに精霊の方、ならば一哉は無闇に動くのは下策だろう。つまり、動きにくい場所は一哉の有利になる。


「てめぇが燃えるのが先か、俺たちが燃え尽きるのが先か。もうサバイバルや止めだ、派手に潰してやるぜ!」

『Jesus...排除しますか?』

「あぁ、迎え撃て【宝物の瓶(トレジャーピトス)】!」

「火力を上げろ、【意中の焦燥(ターゲットファイア)】ァ!」


 盛る炎の揺らめきに、小太刀の刀身が閃いた。

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