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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第一章 出会い
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廃病院と狂乱

 二人で晩飯をとり、健吾が大雑把に体を流した後。

 時刻は十一時。母屋の明かりは無い。確認した二人は、そっと窓から抜け出した。部屋の鍵は掛けたままだ。


「さて、仁美サン。ドウシマスカ?」

「...なんで、カタコトなんです、か?」

「何でも...。」


 服はドライヤー等を使って乾かしたので、昼の服装と変わらない。

 閑話休題。二人の目指す場所は、一つの病院だ。

 尾咬総合中央病院。出産から延命治療まで、大概の事をこなして、いた場所...らしい。あまりにも幅広い分野のここは、夜の中でひっそりとしている。


「場所は覚えてるか?俺はそんな病院、見た覚え無いんだけど。」

「ん、大丈夫。」


 夜道を歩く事数十分。二人がたどり着いたのは、大きな廃病院だ。

 苔むした石に、彫ってある文字は確かに尾咬総合中央病院だ。当然、明かりが灯っている筈もなく、車も人影も見えやしない。


「取り壊されはしないのか。」

「......ゲームだ、から。」

「そっか。しっかし入れるかなぁ、これ。」


 塀と生け垣、鉄の柵みたいな扉。一周、外を回った限りでは綻びは見つからなかった。

 屋上のタンクや、裏の鉄塔と避雷針が見えた位だ。救急車さえない。


「どうするかなぁ。」

「塀を登って...」

『かったりぃぞ、こんのヘタレどもぉ!オラァ!』


 突如、健吾を担ぎ上げた【積もる微力】は、そのまま彼を塀の上まで放り投げた。


「のわぁ!?」


 投げた力が蓄積し、健吾の減速は緩やかだ。すぐに塀を越えて、アスファルトの駐車場が迫る。

 ギリギリで体勢を建て直し、足から着地して前に転がって衝撃を受け流す。ちゃっかり能力は切られていた様で、失敗はしなかった。


「てんめぇ!!危ないだろが!」

『グダグタ言うなよ、レオ。ぶっ壊すよりゃマシだろうが。』

「いや...そりゃ、そうだが。」


 心配そうに、塀の向こうを見つめていた仁美が、ほっと胸を撫で下ろす。しかし、面前に立った精霊に、途端に嫌な予感を覚えた。


「あ、あの..」

『おら、レオ!落とすなよ!』

「は?何のぉぉおお!?」


 飛んできた少女を、簡単に受け止められる筈もなく。背中を思い切り地面にハグさせて、健吾の肺から強引に空気を出しきった。


『んじゃ、俺は霊体化して着いていくからな。早くやれよ。』

「この...ヤロー...。」

「あ、ぐぅ...。」


 二人が動き出すのは、そこから十分後の事だった。




「あいつ、マジで許さん。」

「すいません...。」

「いや、今度ばかりは両方被害者だ。」


 迅速に侵入は出来たが、もう少し方法があるだろう。感謝よりも、怒りが優先しつつ、二人は入り口をくぐる。

 硝子扉は、電気こそ来てはいないが、片方が割れていた。そこから侵入する。


「硝子、怪我しないようにな。」

「はい。」


 何か飛んできたのだろう、大半がロビーに散らばる硝子は、靴の底から硬質な音を届ける。

 中は暗く、少し目が慣れたくらいでは、探索は困難だろう。


「それで?心当たりってのは...既に解約した精霊とか、そんなのか?」

「違う。解約したかは、分からないし...。ここは、私が...何でもない。」


 少し戸惑いはあるが、罠だとしても健吾には切り抜ける力はある。今は何も聞かず、大人しく着いていく事にした。


「しかし、尾咬って、なんだろうな。」

()()()じゃなくて、()()()。ここの責任者が、着けた名前。」

「そんな事まで載ってたのか?インターネット、もう少し勉強しよっかな...。」


 病室を周りながら、二人は無言だ。健吾は持ち前の勘で、嫌な予感を感じていた。

 最後の部屋を見終わった仁美が、眉を潜めて呻く。


「無い...。」

「何がだ?」

「巳塚の名前...ここにあると、思ったのに。」


 みつか?と健吾が首を傾げ、数瞬の後に仁美の名字だと気付く。

 健吾が訪ねようとした時、それは訪れた。唐突な爆音。仁美の焦りも、健吾の困惑も吹き飛ばす、絶大な音だった。


「焦り?羨望?期待外れ?いえ、困惑?分からないし分からないわ!恐怖?怒り?何?何故なの!誰?誰?誰?誰?誰?誰ぇ!?」


 崩れた屋上から落ちてきた女性が、ヒステリックに腕を振り回す。狂乱していなければ、ミステリアスな雰囲気が美しい女性だっただろう。

 第六感が警鐘を鳴らす中、健吾は叫ぶ。


「鎮圧しろ!【積もる微力(レイジングダスト)】!」

「闘争?怒り?焦り?慈悲?何?何?何故!助けて、【混迷の爆音(アイギバーン)】!」

『伏せてろ、レオ!』

『ヴァアアアアアァァァァァァ!!!』


 健吾から走り出た【積もる微力】。

 水中から飛び出る様に、女性の影から跳ねた巨体が、彼に巨大な棍棒の様な物を振り下ろす。


「レイズ、受けろ!!」

『なっ!ダアァララララァァァァ!!!』


 避ける選択肢は、直感で危ないと判断し、健吾が叫ぶ。

 急な指示に戸惑いながらも、そこは契約した精霊だ。すぐに従い、強烈な連打を武器に叩き込む。

 その、瞬間だった。棍棒に微かな振動を感じて、【積もる微力】は後ろに跳ぶ。その判断は正しい。ある程度積もった力は、その棍棒を床に着けなかった。


 轟音。空気の振動が窓ガラスを割り、【積もる微力】さえも吹き飛ばす。

 もし、床に叩きつけられれば、倒壊の危険さえある。


「レイズ、無事か?」

『んな訳あるか、クソ痛ぇ!』


 決して目を放さず、二人は眼前の精霊を見る。山羊の角を持つ、大柄な人形の精霊。燕尾服を纏う褐色の肌は、鋼の様に引き締まっており、身の丈を越える棍棒は...笛であった。


「嫌!嫌!嫌よ!消えて!消して、【混迷の爆音(アイギバーン)】!」

『ヴァアアァァァ!』


 咆哮する精霊が、再び笛を振り上げる。その目は赤く、狂気に触れている。


『駄目だ、こりゃ不味いぞ、レオ。』

「何がだ?全部か、レイズ。」

『いや、精霊ってのは、ある程度は契約者の力に依存する。奴は...さしずめ暴走。俺でも押しきれるかどうか...。』

「搦め手は苦手だもんな、っと!」


 横に薙ぐ笛は、次は壁を破壊する。狙いが正確でないのが救いか、はたまた災いか。逃げるよりも倒壊の方が早そうだ。


「レイズ、分かってんな?」

『けっ、日和ってんのはお前だぜ、レオ!』

「仁美!すぐに離脱して逃げろ!俺達がこれを潰す!」


 声を張り上げる健吾に、一瞬反論しかけ...仁美は振り返り走る。

 彼女は契約者でさえ無い少女だ。この場にいても、出来ることは無い。


『それで?レオ分かるよな?』

「あぁ、レイズ。ここまでのバケモンだ、覚悟決めたぜ。」

『それで?どうする?』

「聞くのか?勿論...」


「『真正面から、ぶっ潰す!!」』




 後ろからの破壊音。それを肌で感じるのは、空気の振動そのものだからだろう。

 ホールまで下りてきて、仁美は激しく息を吐く。肩を上下させて、霞かけた記憶を引き出す。


「特例...巳塚...蛇使い...尾を噛む蛇...。」


 ふと、顔を上げた時、目に入ったのは動物の絵本。幼児コーナーの棚に置かれたそれは、色々な巣を紹介していた。


「巣...ケイローンの弟子...蛇...雷に、撃たれて?」


 破片だった情報は、一つの仮説に行き着く。薬の保管室で毒物と薬品を失敬して、(一種類ずつしか無かった)廃病院の裏...鉄塔に行く。


「射手座のマーク...」


 根本に♐を描き、毒物をかける。すると、それは蛇の形に変化した。

 土人形の蛇に、今度は薬をかける。少し離れて見守れば、それは段々と大きくなり...夜の闇を雷が貫いた。




『ダアァララララァァァァ!!』


【混迷の爆音】を、強烈な拳が何度も叩く。常人ならば骨の三、四本は逝ってそうな打撃も、僅かに押し返すに過ぎない。


『ヴァアアァァァ!』

『くそっ、吠える以外ねえのか!』


 笛の音と同じように、彼の咆哮は大気を震わせる。気のせいか、その度にフラリと意識が遠退き、危ない場面が何度かあった。


「レイズ!」

『ちっ、まずはあの笛を壊す!』

「そうじゃねぇ!契約者だ、奴がいない!」

『あぁ!?それがどーしたよ!ダラァ!』


 再び振りかぶった肘へ向けて、【積もる微力】は拳を突き出す。

 笛を落とすことは無かったが、爆音攻撃は訪れない。その隙をついて、がら空きの腹に蹴りが刺さる。


『くそっ、ダメージあんのか?こいつは!呻く位しやがれ!』

『ヴァアアァァァ!』

『違ぇんだよ、山羊野郎!』


 まるで機械でも、相手にしているかの様だ。ならばと、【積もる微力】はその拳を、肘の一点に向ける。

 間接の破壊。反撃を喰らえばかなりの痛手だが、狙う価値はある筈だ。積もり続ける力のお陰で、【混迷の爆音】の動きもギクシャクとしている。


『レオ!気になるなら、契約者はお前に任せる!』

「分かった!ここは頼むぞ!」

『この木偶の坊が、くたばる前に帰って来いよ!ダアァララララァァァァ!!』


 武器への防御と、間接への攻撃。何十にも重なる拳の音を聞きながら、健吾は奥に走る。

 崩れた屋上。そこに立つ契約者の女性。健吾がたどり着いた時、彼女はひどく落ち着いていた。先程の狂乱は、表向き成りを潜めている。

 しかし、それが狂っていないとは言えなかった。


「探さないと。何を?急がないと。何処に?出るんだ。何処から?助けるんだ。誰を?...私は。私は何がしたいの?」


 彼女が手を掛けていたのは、タンクのバルブ。そこを回せば...錆びたパイプが伸びているのは、ボイラーだ。既に湯気を吹いている。

 しかし、その蒸気が出ていく場所が無い。このまま破裂すれば...放置されたボンベに当たりそうだ。無論、空ならば問題ないが、そんな筈は無いだろう。


「何してやがる!マジで崩すつもりか!?」

「怒り?何故?私の...私は?あぁ、邪魔をしないで!」


 抑えつける健吾に、彼女は腕を振り回す。

 頬に熱い感覚。切られた。咄嗟に離れた健吾の目の前で、銀色の反射が煌めいた。


「メスか...!マジに気が触れてんのか。」

「分からないし、分からないわ。貴方達が来たから!」

「訳わかんねぇ事を!」


 刃物を持つ相手に、健吾が相対したことは無い。その辺りは、仕事でも獅子堂か不知火が担当していた。

 訓練ならばしたことはあったが、お世辞にも上手いとは言いがたい。


「怖い、怖いわ!何故!?」

「知るか!」


 叫ぶ健吾に、女性が突撃し...次の瞬間、屋上が崩れる。

 階下の爆音に、事態を把握し...しかし、同時に身を焦がす様な閃光。

 天から闇を裂く光を認識し...健吾は宙に投げ出された。

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