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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第五章 夢に溺れる者達
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生き残る術

「骨まで焦がせ!【意中の焦燥(ターゲットファイア)】ぁ!」

『さすがに無茶でしょうよ!?』


 何度目かの【母なる守護】の突進を躱し、一哉は精霊に叫ぶ。

 その場に投げ捨てた上着が精霊の顔を塞ぎ、発火する。酸素を失い、熱を届ける空気が顔を、肺を満たしていく。


『ぬうぅ、小癪な真似をぉ!』


 近場の木に叩きつけ、角と挟んだ上着はいとも易くズタズタになる。破壊された発火物は、炎を保てずに燃え尽きた。


「ぶっ壊されなきゃ、なんとかなるんだがな...いっその事、あいつの顔面を触ってこいよ、お前。」

『ハックー、それは遠回しに僕に死ねって言ってる?』


 ぬいぐるみのようなこの精霊が、素早く動いたり攻撃に耐えたりするだろうか?羊毛を突き破って飛び出すであろう巨体に轢かれるのは、想像にかたくない。

 燃えるし、刺さる。それは金属化で動き回るパワーが無いから。とはいえ、知能の高い巨大な猛牛が脅威では無いなどと、そんな事がある筈もない。


「早まったかなぁ...」

『今更!?』

「まぁ、やるしかねぇけどな!」

『いたぁ!?だからせめて言ってってば!』


 むしり取った毛を放り投げ、炎の壁を作り出す。恐れを知らず、厚い表皮に物を言わせて突っ込む精霊には、目くらましにしかならないが。それでいい、それがいいのだ。

 止められないと分かっているからこそ、精霊は来る。熱をものともせず、突き破って。そのタイミングを捉え、無茶を承知でナイフを構える。

 衝撃は後ろに跳び、腕のバネを使って抑える。刺さったナイフを支柱に体勢を空中で立て直し、痛む肩を駆ける精霊に叫ぶ。


「やっちまえ!【意中の焦燥(ターゲットファイア)】ぁ!」

『全力だ、えいやぁ!』


 大きく膨らむ中で、【母なる守護】の頭部をその羊毛に埋める。モフモフとした温もりが、数瞬のうちに地獄の熱気へと変貌する。


『ッーーーー!!!』


 声にならない咆哮を轟かせ顔を振り回す【母なる守護】だが、深く埋もれた羊毛は容易には取れない。どちらに走れば良いかも分からず、しかし止まる事も出来ず。

 暴走を始めた【母なる守護】から、一哉はすぐに逃げ出した。巻き込まれれば命の保証はなく、一度絡まったならば離れても問題無いと判断したからだ。


『ちょ、ハックー!僕を見捨てるの!?』

「うるせぇ、今一番安全な所にいんだろーが!」

『うぅ〜、いざとなったら離脱するからね!倒せてなくても!』

「おぅ、早めに戻れよ!」


 呼吸する度に肺が焼けていく【母なる守護】は、あと数分で動けなくなるだろう。その間に、彼にはやるべき事がある。


「さ〜て?初めましてだったよな、お嬢さん?」

「追っかけなくて良いの?君の可愛い精霊。」

「生憎と、立つ気力もねぇ奴らに負ける気もしないもんでな。」


 それでも警戒はしているのか、ナイフをしまって銃に持ち帰る一哉に、四穂は内心で舌打ちをする。

 もし近づいて来たならば、噛み付いてでも止めてやり、精霊をけしかけたというのに。


「一応聞いとこうか?最後の晩餐は鉛玉と星空鑑賞、どっちが好みかをよ。」

「随分とロマンチストだね、レディーにディナーをご馳走してはくれないの?」

「悪いな、ガキを女と見る趣味はねぇんだ。手持ちのモンなら腹いっぱい食わせてやるが?」


 撃鉄を起こした一哉を見て、これ以上ふざけては居られないと悟る。次の言葉で関心を引かなければならない。

 必死に頭を働かせ、状況を思い出す。自分の手札、周囲の環境、他者の動き、本来の目的。誰かに語りかけるように、話の内容を整理するように。


「黙りか?ならこっちで勝手にオーダーす」

「移動手段、欲しくない?」

「...あ?」

「ここに来るのに、走ってきたでしょ。舗装された道もあるのに、山の中を土まみれになって。警察から逃げるのに、最高の手段、あるけど?」


 少しでも同じ交渉台に立とうと、身を起こして気丈に笑って見せる。興味が湧く内容だったか、銃は構えたままだが一哉も座り込んだ。

 話を聞いてくれるらしい態度に、四穂はそのまま口を動かし続ける。話し続けていなければ、恐怖が勝ってしまう。そうなれば、一哉は脅し一つで全てが叶う。


「ボクも【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】も、限界が近い。最終日...というか明日?までは多分持たない。」

「それで?何が言いたい。」

「だから、ボクの目的はクロさんの目的。彼の相棒が、勝利へ駆け続ける事。このルクバトと...最高の騎手が。」

「っ!」


 咄嗟に周囲を見渡した一哉だが、動く気配は感じられず、怪訝に四穂に視線を戻す。

 照れたように笑った彼女は、舌を出して誤魔化した。


「お前...言い方ぁ...」

「ごめんって。今は捕まってるの、だから彼を解放したい。それに協力してくれたら、ルクバトに美少女と相乗りなんて、ご褒美にならない?」

「俺だけ...は乗せる気ねぇか。まぁ、この山から出られるか怪しかったし...楽にサツを撒けるならそれに越した事はねぇが。」


 案の定、出てきた先でも警察が蔓延っていて、辟易していた一哉の利は取れた。後は、それが上回るだけである。


「お前、落とす気か?」

「体格見てよ。ボクが落とされちゃうって、おにーさん。」

「そりゃそうか...つか、場所は?助けるったってどーすんだ。」

「山の中。いくつか瓶が転がってたから、それから確かめて見るつもり。もちろん、その後は脱出まで力を貸して欲しいな?天球儀まで連れて行くんでしょ?」

「リタイアかよ、味気ねぇ〜...願いは良いのか?」

「半分、叶ったような物だし。満足はしてないけど、流石に、ね...」


 己の精霊を見やれば、その判断も頷ける。満身創痍、もう闘うのは難しい。それに、二柱同時契約の所為か、自分の体も感覚が鈍くなってきた。

 陣馬九郎と出会い、語らった数日は悪くは無かった。あの姿勢を、あの勢いを、間近で感じられて。人を奮い立たせる物を、少しだけ理解した気もする。


「ちょっと最近は忘れてた物も、思い出せたし。」

「...け、なんか負けた気分だぜ。このまま撃っても後味悪ぃじゃねぇか。」


 ルクバトが起き上がるのを手伝い、一哉は盛大にため息を吐いた。なんだか相手の思う通りに事が運んだようで、心底腹立たしい。


「おら、行くんだろ。急げよな。」

「分かってるけどもね、ボク怪我人なんだけど?少しぐらい、手を貸してくれても良くないかな?」

「ガキが色気ぶって甘えんなよ。早く立て、別にそこまでの怪我じゃねぇだろ。」


 怪我だけでは無いのだが、重複契約の負担が一哉に分かるわけも無く。これ以上、弱っている所を見せて心変わりされても堪らないので、なんとか必死さを隠して立ち上がる。


「紳士じゃないなぁ、モテないよ?」

「ほっとけ、これが紳士のツラに見えっかよ。」


 汗と泥を手で拭い、足の調子を確かめるルクバトを見上げる様は、まぁ野生児か。

 そんな少し失礼な納得をしつつ、四穂はさきにルクバトに跨る。


「さ、乗って乗って〜。というか、支えて〜。片手の子には出来ないお願いだからさ。」

「それが目的かよ...!」

「助かりたかったのもあるよ?痛いのヤだし。」


 銃を見つめながら言う四穂に、わぁったよ、とだけ返してバックパックにねじ込む。丸腰になった一哉は、四穂の後ろに飛び乗るとルクバトの手綱を握った。


「んで?俺は乗馬なんてした事ないけど。」

「のわ!耳の傍で囁かないでよ!」

「だぁ、うっせぇ!今、気にすることかよ。」

「あぅ、耳の後ろで叫ばないでよ...」


 頭痛が酷くなってきた四穂が、頭を抱えて呻く。舌打ちを一つこぼし、一哉が片手を回して彼女を支えた。


「見様見真似だ、揺れても文句言うなよ。」

「は〜い...」


 最大出力で泡を配置した影響か、既に目を開けている事もキツくなってきた。しかし、後ろから抱きかかえてくれている一哉も敵。それを悟られる訳にはいかない。


「とりあえず、行きゃ良いんだろ?あっちだったか?」

「うん、そのまま...崖の下の辺りだよ。」

「あん?崖ぇ?...この方向は。つーとアイツのだな?」


 検討をつけた一哉が、ルクバトの横腹を蹴り走らせる。鐙にはめた足も、銃創が痛むが気にしてはいられない。

 すぐ後ろから、サイレンの音が聞こえてき、継いで爆発音。音に苛立った燃える牛でも突っ込んだのだろう。


「わっ!君の精霊、平気かな。」

「アイツの毛は一度広がりゃ、鉄棒で殴ったりバイクで突っ込んでも受け止める。あれくらいじゃ死にはしねぇだろ。」

「直接戦闘するタイプじゃん!なんでお兄さんが前に出るのさ?」

「簡単だぜ?広げるの遅せぇし、広げると動けねぇんだよ、アイツ。」


 要はかったるいという事らしい。なんとも見た目通りというか、らしい理由だと四穂は苦笑いをこぼした。


「それより、マジに合ってるんだよな?これで収穫無しとか、冗談じゃねぇぞ。」


 今の方角は山の上を目指している。警察からも、他の契約者からも逃げにくい。山の向こうは確認しておらず、逃げ場があるかも分からないからだ。

 第一、道が無い。車やバイクは勿論だが、ルクバトでさえ駆けにくい。徒歩でもキツいだろう。


「うん、きっと...きっと居るよ。瓶が転がってたし...契約する前の、引っ張られるみたいな感覚がある。【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】が呼んでるんだよ。」

「はぁ?...ま、契約者様が言うんならそうか?」


 精霊とそんなに離れた事の無い一哉には、分からない感覚である。ゲーム開始時にも、ほぼ偶然と言って良いほどに、すぐ精霊を発見した事も手伝い、疑う余地は無かった。

 仮に騙されたとして、その先に待つものは何か?この少女に準備できる物が思い当たらないし、そもそも誘導が偶然に偶然を重ねた結果。警戒は低かった。

 故に、その接近に気づかなかった。ほとんど意識を失いかけている四穂や、霊体化した【泡沫の人魚姫】も例外ではない。


「あぐっ...!」

「うぉ!?どうした、いきなり。」


 自分の腕の中で、唐突に体を仰け反らせた少女に一哉は周囲を警戒する。サッと見渡したその一瞬で、違和感を発見し注目する。


「何かいやがる...」

『っぷぁ、ただいまハック〜...何見てるの?』

「ナイスタイミング。」


 肩の上に顕現した精霊を捕まえ、毛を一掴み抜き取った。抗議する声を無視し、彼はそれを木々にばら撒き葉を焼き払う。

 姿を隠す物が無くなり、濃紫の甲殻が視界に入った瞬間、第二射が放たれた。

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