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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第五章 夢に溺れる者達
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荒ぶる者たち

 走り出したルクバトの前に、金属塊が走り込む。猛る精霊はその勢いのままに、ルクバトの首を突き上げる。

 加えた登山用の杭だろうか?それを首を振って突き刺しにかかる【母なる守護】に、咄嗟に降りてきた【泡沫の人魚姫】が防ぐ。


『ヌゥ...ナント堅牢ナ甲殻カ。』

『凄まじい怪力...酷い傷が着きましたわ。』


 盾の様に展開した甲殻を戻し、ルクバトの上に戻る精霊。金属の反響を思わせる声で、雄叫びを上げる【母なる守護】が踏みつけにかかる。

 シェイクされた脳みそがようやく動き始め、ルクバトが駆け出す。本気で走り出せば、人を乗せていようとも金属化した【母なる守護】では追いつけない。


『エェい、厄介な!!』


 杭を吐き出す、少し軽やかになったその身で追撃を仕掛ける。斜面を登る猛牛だが、眼前が急に歪んで行った。


『何をするか!』

『そんな簡単に割らなくても...本当に馬鹿力ですわね。』


 レンズの様に歪み、顔に張り付く泡の群れ。それは確実に【母なる守護】の進行を遅らせている。この斜面だ、迂闊に踏み出せば落ちかねない。

 その間に突き進んだルクバトは、契約者との距離を詰めている。視界が通りにくい木々の中だが、赤く光る駿馬は目立つ為に、潜まず愚直に突き進んだ結果だ。


「避けて!...危ない事をするのね。」

「それ、パトカーを落とした人の言うことかな?」

「あら、私の精霊では無いし、彼の独断専行よ。貴女とは違うのよ、お嬢さん?」


 自らの精霊は囮に使い、無防備だと言うのに勝気な態度を崩さない八千代。堂々たる姿勢、先程の精霊以外と契約しているという言。自然、四穂は警戒を強めた。

 無策に、愚直に突撃する以上に早い攻撃はなく。次の手が遅れた四穂の元に、【母なる守護】の突進が間に合った。


「防いで、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!」

『承りましたわ...!』

『ふん、無駄に悩むなぞ、滑稽極まりない!有象無象など、そのまま轢き潰されるが良いわ!』


 地面に突き立てた盾状の甲殻に、頭蓋を思い切り叩きつけ。その角を引っ掛けて強引に持ち上げる。馬上より降ろされた精霊は、勢いそのままに地面へと叩き伏せられた。

 信じられない程に隆起した肩と首の筋肉が、その威力を物語っている。呼吸さえ止まった【泡沫の人魚姫】が起き上がる前に、巨体の蹄が高々と上げられる。


『ぬぅん!』

『イィーン!』


 落とされる【母なる守護】の上体へ、赤い蹄が振り上げられた。

 四穂を落とす勢いで反転したルクバトが、全力で繰り出した後ろ蹴り。衝撃を受け止めきれずとも、その体を逸らす事には成功する。


『助かり、ましたわ。』

『ブルゥ...!』


 ゆっくりと起き上がる【泡沫の人魚姫】に、短く返答したルクバトが地を蹴る。半身がおらずとも、鍛え上げられた軍馬は無視に値しない。

 流石に四穂は下りたが、今は契約者を一人にする危険より、眼前の危機である。鬣を昂らせるルクバトの横で、【泡沫の人魚姫】は泡の戦場を作り出していく。


『ふん、この程度。角で突けば邪魔にもならんわ!』

『貴方は目隠しをして戦う趣味でも?』


 滞空するレンズのように、木々を歪んで見せるそれは、普段なら鬱陶しい事この上ない。【母なる守護】が、木さえ巻き添えにして突進しなければ、だが。


「上を取って、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!ルクバトみたいに跳ねるのは苦手な筈!ルクバトは時間を稼いで、安全第一にね!」


 遠巻きに戦場の様子を見守りながら、四穂が叫び続ける。場所が敵にバレようとも、泡が割れれば接近が分かる。その間に逃げれば良いのだ。

 見渡せる位置からの指示、己への鼓舞、どちらも精霊戦には欠けてはならない。動かない相手の契約者に注意を向けながら、居場所を探し続ける。


『この辺りには居ませんわ...逃げられた様です。』

「えぇ?それであのパワーなの...?」


 泡や木をへし折り、暴れ続ける精霊は衰えを知らない。底なしの力と体力である。

 ここに【積もる微力】や【混迷の爆音】がいたのなら、口惜しい思いをしたかもしれないが。この程度、契約者が傍にいる必要は無いという事か。


「ボクが言うのもなんだけどさ、本当に信じて大丈夫?君の契約者、もう一人に狩られちゃわない?」

『その程度だったならば、所詮それまでの奴だっただけの事。我には関係ないわ!』

「わ〜お、暴君だぁ。」


 あわよくば逃げられるかと期待したが、どうやらそうもいかないらしい。

 悪い報せは続くもので、上空に登る泡からだろうか?居場所を掴んだらしく、サイレンも聞こえてきた。発砲されるのも時間の問題だろう。


「どうしようか...【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】も探したいのに、全然余裕が無いや...」

『主様、逃亡に意向を変えてから負け続き。ここは心機一転し、徹底抗戦と参りますか?私はどこまでもお供致しますわ。』

「まぁ、もう逃げられそうも無いしね...今日を含めても、あと二日、かぁ。意地張っちゃう?」


 地面から浮かぶ泡を乗り継ぎ、上空にいる【泡沫の人魚姫】の元にたどり着く。地上ではルクバトが、泡の間を縫うように跳ね回っている。

 二体の精霊との契約。一晩の間ずっと動いた疲労。既に四穂もふらつき始めている。


「ね、怪我は大丈夫?」

『腕の欠損、矢傷、ヒレの損傷...大丈夫とは言い難いですわね。』

「そして【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】は閉じ込められて、ルクバトだけ元気、かぁ。うん、無理だね、これ!」


 いっそ諦めがつくと言った笑顔を浮かべ、四穂は泡を広げさせる。木に、土に、精霊に、パトカーに。次々と当たっては消えていく泡は、やがて山を覆う。


「全力で探すよ、ボクの相棒。せめて、ボクが背中を押した彼を、再び駆けさせてあげようよ!」

『少し妬けますわね。でも、契約者二人の夢を背負わせるなら、これぐらい想われる程で良いのでしょう。』


 風に乗り、物を押し、弾けてはその感覚を【泡沫の人魚姫】へ還元する。やがて街まで広がり始めたそれから、手に取るように周囲を把握していく。

 次々と泡を生成し、その情報を精査する精霊の額には、冷たい汗が流れ始めていた。出来るだけ傍に寄り添い、その負担を受け止める四穂も、また。


『えぇい、どれだけ増やすつもりか、鬱陶しい!』


 ルクバトを追い詰めつつも、時に視界を、時に足場を泡に妨害され、憤慨する【母なる守護】が呻く。

 その隙に、追い詰めたルクバトは再び自由に駆けるのだ。時には後ろ蹴りが掠めることさえあり、腹立たしい事この上ない。


『いい加減にせんか!モオォォゥ!!』


 咆哮とともに木を角で刺し、根こそぎ引き抜いて薙ぎ払う。その勢いのままに木をぶん投げ、上空にいた【泡沫の人魚姫】を狙う。

 すぐに甲殻の移動を開始する【泡沫の人魚姫】だが、それよりも早くルクバトが木に飛びかかる。泡で減速したルクバトが、追いついた木を蹴り落とす。


『ぬぅ、足場に!』

「ナイス!ルクバト!そのまま行くよ、あっちの崖だ!」


 一声高く嘶き、ルクバトは上空から泡を蹴り降りておく。ルクバトの体重ではすぐに割れてしまうが、その少しの間に僅かに距離を稼ぐ。

 この場から離れていく精霊に、【母なる守護】が猛然と追いすがる。へし折り、土煙を上げて走る精霊。宙を落ちながら駆けるルクバトに、逃げ切れる道理はない。


『手間取らせおって...いい加減にサインを還元したらどうか!』

『契約者の行く末から目を離す、貴方のセリフでは無いでしょうね!』


 着地を狩りとるように、その角を大きく振り上げる【母なる守護】に、鋭く伸びた形状の甲殻が突き立てられる。

 サソリの鋏のような、槍にも見えるそれとかち合う。頭蓋が揺れ、たたらを踏む【母なる守護】だが追撃は無い。


『結合しているわけでは無いですが...甲殻がバラけてしまいました。』

「ホントに馬鹿力なんだね...逃げるのは難しくなさそうだし、このまま走り抜けよう。」


 形の崩れた甲殻を、再び身に纏いながら四穂にしがみつく【泡沫の人魚姫】。姿勢が安定したのを確認し、四穂はルクバトに加速するよう促した。

 この山道では、【母なる守護】の突進力も活かせない。このまま離れられる、そう確信した時だった。


「燃え上がれ!【|意中の焦燥《ターゲットファイア】!」

『僕は燃えないからね!?』


 突如として出現した炎の壁が、四穂達を囲む。突然の出来事に、本能的にルクバトが止まった瞬間、背後の炎から大質量が突っ込んで来た。


『やはり、あの女よりも良くやるわ!しかし何故ここにいる?』


 ルクバトを押し倒し、【泡沫の人魚姫】を踏みつけにした精霊が問えば、撃鉄を起こしながら一哉が答える。


「この先が街だから、だな。サツが山に集まってるし、今の間に色々調達しとこうと。手伝ってくれても良いんだぜ?」

『そこまで離れるつもりは無いわ。これでも怠さがあるのだ、山から出る程に離れれば、闘うのも難しかろう。』

「へぇ?そいつは良かった。」


 空気を振動させ、鉛玉が皮を貫く。呻いたのは抑えられた精霊...ではなかった。


『...訳を聞こうか、小僧。』

「単純だろ、俺の精霊は馬鹿力だとかタフなヤローが苦手なんだよ。スカウトするにも今更やり方変えても付け焼き刃。契約者を探して殺るより可能性高い方を選ぶぜ、俺は。」

『なるほど、我を狙って来た訳か。良いだろう...潰してくれるわ!!』


 額から血を流しつつ、【泡沫の人魚姫】を蹴り飛ばしながら突進する精霊に、一哉は冷静に引き金を引く。

 二発目が肩にめり込み、そのまま発火する。痛みと熱に【母なる守護】の動きが一瞬とまり、その間に一哉は回避する。


「OKOK、慣れてきた。次は頭を撃ち抜いてやるぜ。」

『はしゃいでる前に頑張りなよ、ハックー。金属化されて動き回られたら、ホントに出来ること無いんだから。契約者が離れている今がチャンスだよ?』

「わぁってる!てめぇも気張ってけよ!」


 無手よりはマシだとサバイバルナイフを取り出し、【母なる守護】の接近に備え。

 燃える追撃者は獰猛に笑った。

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