集い始める願い人
未だ目覚めぬ契約者を覗き込み、カストルはため息と共に言葉を吐き出す。
『生きてんのかね?』
『今も俺たちが顕現して、こうして自由にうろちょろ出来て、力も衰えて無い。契約は生きてるぜ?』
『ホント、俺たち向けの特技だね...街のどこに離れようが、関係ないんだから。まぁ、一番怖いのはコイツが【積もる微力】を見つけた時だったが。』
『あんなのが独立して暴れたら、阿鼻叫喚すぎね?』
窓の鍵を引っ掻きながら、イタチにしては表情豊かな顔を使い、うへぇと呻いて見せる。
もっとも、彼の目的がこのゲームのルールに沿わない以上、自ら協力者を減らすとも思わないが。自分以外に目立つ者が、多く居ることを望む人物なのは把握している。
『で、どうするよ?』
『決まってるだろう?俺たちは記録をする存在であり、夢への案内人だ。願いを叶えるのさ。』
『じゃ、探すか?』
『やみくもに探して、見つからなかったしなぁ...出方を変えた方が良いだろうさ。』
悩むカストルに、窓から外を眺めていたポルクスがニヤリと振り向いた。
『なぁ、兄者よ。俺はいい事思いついたぜ?』
『...不死身前提なら、遠慮させて貰うぞ。』
『いやぁ、大丈夫じゃね?多分。』
カチン、と音がして開いた窓から離れる寒さを感じる朝の空気が流れ込む。フワリと膨らんだカーテンに影を写し、風の止んだ頃には二柱の獣は姿を消していた。
『で、兄弟と別れてポリスメン達に姿を見せつつ駆け回り、俺はここに来たって訳よ。』
「まったく分からん。」
なんとか警察から逃れ、天球儀で身を潜め。全員が落ち着いたのは、既に四日目の夕刻であった。
自信満々に語るポルクスの話だったが、いったい何を読み取れと言うのか。要領を得ない説明に、健吾が説明を促せば、仁美の膝で寛ぎながらポルクスは口を開く。
『だぁからな?見つからないなら、出てきてもらおうと思ってな。警察を町中走り回らせてんのよ。で、お前達が襲われてたから、手っ取り早く助けてやろーと思って連れてきた。』
「いや、助かってないけどな。」
「そうね...苦労したわ。」
一哉が突っ込んだ混乱に乗じて、死ぬ気で走り続け。なんとか天球儀まで戻ってきた彼等は、この白い助っ人に礼を言う気にはなれなかった。
「良く追いつかれなかったと思う、マジでさ...」
「獅子堂君なんて、仁美ちゃんを抱えて走ってたものね。」
「その、すいません...」
「軽くて助かったって。これで体格良けりゃ、お手上げだった。」
荒れた呼吸も戻って来たのか、大きく一息着くと立ち上がり、柱に持たれて携帯を取り出す。
メールを開くが、何も連絡は無い。本当にここの運営は不親切である。
「あ?つーか、なんで警察なんて...」
『参加者が、方方でやらかしてるからな。精霊ってだけで、追っかけてくるぜ?』
「おいおい...て事は、一番安全なのが俺と早乙女さんって所か。」
精霊のいない健吾と、リキャスト中の弥勒。この二人が警察に追われる事は無いという事だ。
とはいえ、武装集団とお近付きになりたいかと言われれば、否。早々に精霊を取り戻すのがベストなのは変わらないだろう。
「その...双寺院さんは?あの人、今は何処を彷徨ってるの?」
『いや、そんな好き勝手にゃ動いて...たな?でも今は寝てるぜ。ビルから落ちてな、生きてはいる。』
「嘘...!」
「ちょ!?何処行くんすか!」
飛び出しかけた弥勒の腕を咄嗟に掴み、引き止める健吾。今は外は騒乱、そこに行くのは非常に危険である。
警察もだが、それに触発された様に契約者達も動き出している。昼間だとはいえ、大暴れする者もいるだろう。なにせ、潜まずとも既に見つかっているのだから。
「とりあえず、どこに行くか、どうするかくらいは決めときましょうよ。でないと、なんかあった時にはぐれて混乱しますよ。」
「そうね...どうしましょうか?」
『病室にゃ行かん方が良いだろうぜ?少し怪しまれてっからな、面会人は見張られるだろ〜し。』
「なら、レイズを探すので良いか?早乙女さんの探し人を見つけても、あのヤギ執事を止めるにゃ、アイツが必要だ。」
健吾の言葉に、頷いて見せた二人の間で、パッと首を伸ばして振り返る精霊。
怪訝そうに見る三人に、精霊は少し焦り気味に呟いた。
『あ〜...どうも一石二鳥らしいぜ?』
「どういう事、ですか?」
『まず、兄弟と俺が五感をリンク出来るのは知ってるよな?』
「初めて知ったんだが、それ話して良いのかよ?」
『あ〜...ハハ?』
誤魔化し切れていない笑いで流し、ポルクスは続きを語る。呆れたような笑みに囲まれ、少し気まずそうだが。
『まぁ、アレだ。俺の兄者がちと、な?見つけたっつ〜かなんつ〜か...ピンチ?』
「急ぎか?」
『俺だったら、なんとかなるんだがな。兄者はヤバいよな〜...』
「違いが分からんが...とりあえず、行きゃ良いんだよな。」
立ち上がった健吾が、固まった首を解すように回す。動き気なのは見れば分かる、当然のように精霊は肩に飛び乗った。
「二人はどうします?」
「そうね...一石二鳥って言うのは、どういう事なの?」
『あ〜、とな。なんつーか...目的と目的が同じところにいる?』
「それは、【積もる微力】と【混迷の爆音】が、ってこと?」
『と、その他大勢。激戦区だぜ?』
脅かすようにポルクスがニヤけると、仁美は不安そうに一歩退く。そんな彼女とは対象的に、弥勒は前に進みでる。
彼女の目的が、目の前にいる。そうなった時に物怖じするような性格では無い。想像よりも冷静に、彼女にその時は訪れた様だ。
「行くわ、勿論。その為にここに居るの。」
『じゃ、そっちのレディーはどうする?俺っちは少し焦ってるから、急いで決断してくれると嬉しいぜ?』
「わた、しは...」
既に覚悟を決めた目をする二人を見上げ、仁美は一瞬迷う。その間を見逃さない健吾が、少し乱暴に頭を抑えるように撫でる。
「少しでも怖いと思ったなら、立ち向かわないのも勇気だぜ。」
「あ...えと。」
『せっかく頑張ろうとしたのに、潰してやんなよ...』
「え?ダメだったか!?無理されても困るんだが...」
『保護者かよ。』
肩の上で、早く行けと促す様に尾で後頭部を叩きながら、ポルクスがため息を吐く。肩を竦め、分かったよとボヤきながら歩き出す健吾の袖を、仁美が遠慮がちに引いた。
「その...!私も、行きます。怖いけど...でも、約束、したから。期日の日まで、二人で頑張るって。」
「本当に良いんだな?あの精霊と、またやり合うんだぞ。しかも、今はレイズがいねぇし合流しても戦えるかどうか...」
「だからこそ、私達が、頑張る...!」
『キュゥ〜。』
不調を癒す【辿りそして逆らう】ならば、精霊と合流した後の懸念は大分小さく出来るだろう。しかし、見下ろすような視線も相まってか、頼もしさよりも不安が勝る。
本人よりも悩む健吾に、ポルクスが急かす様に髪を食みながら言う。
『本人の覚悟だ、いーじゃねぇか。ここはデスゲーム、何より優先されるのは契約者本人の意思だぜ。』
「分かってるよ、止める気はねぇって。ただ、雰囲気に逆らえねーとかあるかと思って。」
『安心しろ、この子は空気読むの、多分苦手だぞ。』
それは安心出来るのだろうか?そんな事よりも、今は進む方が優先される。
普通に歩けば、2時間程度の距離。しかし、契約者や警察を警戒してなら、数倍はかかるかもしれない。
「じゃ、行こうぜ仁美。頼りにしてる。」
「はい...!」
天球儀から出れば、既に日は落ちきる直前。影のもっとも強い時間である。先に外に出ていた弥勒が、二人に気づいて振り返った。
「もう話はいいの?」
「すいません、お待たせしました。」
「構わないわよ、夜も深まらないと、簡単には動けないもの。」
まだ、周りには警察が走っているようだ。それほどの数はいないので、よほど運が良ければ遭遇せずにすむだろう。
例えば、既に何処かで大規模な事件に集まっている、とか。
『お、兄弟が逃げ切ったらしい。今は山ん中を捜索中みてぇだな。』
「どんなだったんだ?」
『牛、蠍、山羊がいるみてぇだな。他は知らん。』
「アイツは死んだ...ってのはねぇよな、星も光ってたし。」
後ろの天球儀を見ながら、健吾は呟く。あの警察の集団から、まんまと逃げおおせたのだろうか?一哉の事を考え、その顔を歪ませる。
「そこに、【積もる微力】も、いるんですか?」
『多分な。直接は見てねぇが、蠍がいるならってとこか。今は、サツを山に連れていこうとしてるらしい。』
「俺たちも行けねぇじゃんかよ...」
『山に先に潜伏しとけってよ。精霊がいねえなら、派手にゃ動けんだろ?』
苦手分野を突きつけられ、露骨に嫌な顔をする健吾。そんな彼に、弥勒は歩きながら声をかけた。
「大丈夫よ、パトカーの入らないような、道じゃない所を通れば。とりあえず、登山の格好が出来るように、お店を回りましょうか?」
「この時間、開いてるっすかね?」
「最悪、朝まで待つわ。疲れも取れてないでしょうし、何処かで仮眠でも取れればいいのだけど。」
「とりあえず、朝まで寝て...それから動きませんか?」
『呑気なもんだぜ...ま、ヘトヘトで動かれてもダリーけどさ。』
ポルクスも休むつもりでしかいないらしく、健吾の肩で丸くなる。今から移動なのだが...落とさない様にしないといけないのだろうか。
「仁美、こいつ抱えといてくんね?」
「分かりました...あったかい。」
ぬいぐるみを抱く幼子にしか見えないな、等と少し失礼な事を考えながら、健吾は辺りを見回していく。
天球儀付近は、小高い丘であり建物は無い。当然、見晴らしが良すぎるくらいだ。その中でも、移動に使えそうな物は見当たらなかったが。
「やっぱり、この辺りって不自然なくらい人が来ませんよね。あ〜、NPCって言うべきなのか?」
「そうね。大事な施設だし、あえてそうしてるのかしらね。」
夜が深まる中、三人と一柱は目的へと向けて歩き出した。




