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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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動乱と発端

 追われる前に、町に出る。そうすれば襲われる心配は減る。まだ射抜かれた怪我も癒えず、火傷も痛む。万全とは言い難いのだ。

 寒空の中を、シャツ一枚で山を下る真樋は、大きなくしゃみを一つしてしかめっ面を晒した。


「上着、返して貰えば良かった...」

『Proposing、合流しますか?』

「んー...今は離れる事に集中しよう。上着にGPS端末も入ってたろうし、気づいたら追いかけて来るでしょ。向こうの方が数倍速いしさ。」


 肩を竦めながら山を歩き続ける真樋だが、すぐに足を止めることになる。合図をするまでも無く、後ろの精霊も足を止めた。

 前方に精霊の気配があったからだ。それは三つであり、二つは合流している。


「ピトス、襲撃をかけるよ。山の中だ、警察も来るのは遅いだろうし。」

『Question、どちらにですか?』

「うお座の方に。僕は一つのを追ってみるよ、確認だけだけどね。」

『Roger、お気をつけて。』


 走り去る精霊を見送り、自身は近場にある反応へ近寄っていく。サワサワとはためく葉に紛れるように、足を動かしていく。

 しかし、どうも一定の距離を保たれている。確実にバレていると察した真樋は、すぐに離れる事にした。もし戦闘になった時、一人ではどうにも出来ないのだから。


「とりあえず、ピトスに合流するかな。」


 離れていては、咄嗟に駆けつけられない。そのような状態で開戦する【宝物の瓶】ではない。合流しないうちは、様子見に留めているだろう。

 すぐに走り出した真樋だったが、やはりというべきかなんというべきか、突然動きを変えた真樋に件の精霊が接近を開始する。


「え、速くない?人間の可能な速度じゃない...契約者から離れるタイプなのか。」


 回り込まれたり、通り過ぎたり、確実に目視できない位置へと回っている。

 だが、その気になれば瞬時に距離がゼロになる事は明らかな速度。どうも、向こうも警戒しているらしい。その間に、【宝物の瓶】と合流してしまいたい。


『...へい、兄弟。そんなに慌てて何処行くんだ?』

「っ!?」


 耳元で囁かれた声に、真樋は咄嗟に腕を振っていた。それが無意味だと分かっていても、反射的に行動してしまう程に驚いたからだ。

 そんな真樋の前で、漆黒の動物が木に着地する。前後で、葉が逆の方向に散っていた。


『そう怖い顔するなよ、何も取って喰おうって腹でも無いんだ。』

「...双子座の精霊か。もう一柱いたりするのかい?」

『へぇ...!そういや、天秤の方はもう...アンタ、中々に博識だね。その年で大したもんだよ。』


 瞬きをする間に、サッと背後に移った精霊がクツクツと笑いを漏らす。


「何がおかしい?」

『あ、失敬。あっちの話しさ、アンタは関係ないよ。そんで?そんな急いで何してんの?』

「別に...逃げただけさ。」

『の割にゃ、獲物を探してる。』

「逃げたのは山頂だよ、混ざったような、狂った気配がある。君も早く降りるといいさ。」

『ほぅ...ま、そうさせて貰うかな。俺は戦いには向かないし...アンタには生きてて貰っても問題無い。』


 向かないなどと言いつつ、何時でも殺せると伝えてくる。問題があれば、死んでいたのだろうか?

 言いたい放題言った精霊は、風に乗って駆け去った。葉を揺らしていた風が消え、辺りに静寂が帳を下ろす。

 伝う冷や汗は、不気味さだろうか?不思議な雰囲気で...何より繋がりが無かった。契約者との繋がりが無い精霊など、見たことは無い。


『...Question、どうされましたか、マスター。』

「あ、なんでもないよ。それより彼女は?」

『下の通路です。何やら騒がしく...』


 遅い真樋を心配してか、此方にきた【宝物の瓶】の言葉を遮り、サイレン音が聞こえる。

 すぐに下を覗き込めば、紅い馬で駆ける少女とそれを追うパトカーが目につく。


「こんな僻地に?」

『Jesus...マスター、行く手を。』

「何が...あ〜。もう嫌になるね...」


 道の先には、ぐったりとした少女が一人。陸地で鮫に跨っている。

 羽織る上着は彼のものであり、中には自分の居場所を示すGPSがある。流石に携帯を捨てるのは不味い。このゲームはルールも通知も、メールで送って来るのだから。

 一瞬、GPS装置を壊そうとも思ったが...それだと寿子が巻き込まれると考え直す。


「仕方ない...第一目標は彼女の保護。第二目標に人魚達の迎撃。」

『...Roger、ご命令通りに。』

「何、今の間は。」

『変わられたな、と。』

「はぁ?分からない事言ってないで、さっさと行くよピトス!」


 おそらく、この山は既に警官に囲まれているだろう。脱出には最短で、かつ最速に動かねば間に合わない。

 それこそ、敵を全て避け、地形を無視して進むような勢いでなければ。その為に、まずは邪魔な物を潰す。


「ピトス、一台を放り投げろ!割れていい!」

『Roger、マスター!』


 山の斜面から駆け下り、パトカーの屋根に飛び降りる。すぐに瓶の蓋を開け、車を収納しながら受身を取る。

 先頭車両が消え、狩衣の顔隠しが一人。当然、その異様な光景は警官にこう叫ばせる。


「三人目の異常発生者だ!殺して構わん、そのまま進め!」

『Jesus...なんと物騒な。』


 風を思わせるような跳躍で、後続車の上をとった精霊が瓶の中身を解放する。僅かな停滞の後、それは重力に引かれて落ちる。


「う、うわあああぁぁぁ!!」

「嘘...あんな大きなのもいけるなんて、知らなかったんだけど?」


 背後の悲鳴と爆発音に振り向き、頬をひくつかせる四穂がぼやく。

 そんな彼女の前に、真樋が立ち塞がり瓶を取り出す。あれを見たあとだ、警戒心から止まらざるを得ない。


「そのまま突っ込んでれば、僕を殺せたのにね。」


 取り出したのは、ホームセンター等で見る蜂よけの煙幕。まだ薄暗い中で、それはあっという間に視界を奪っていく。

 この峠道で、その状態で動ける物はいない...一柱を除いて。


「おに...いさ...」

「僕が掴んでおく、最速で麓へ!」

『まったく、本当に唐突な夜道怪だ...!』


 地中ならば、端から視界には頼れない。煙幕を撒き散らしたとて、影響が無いのである。真樋達の離脱を確認し、すぐに【宝物の瓶】も霊体化して後を追う。

 赤く染まった服に、しっかりと腕を巻き付けて【浮沈の銀鱗】にしがみつく。呼吸はキツく、土の流動抵抗...というのも不可思議だが、それも強い。

 僅かに滑りながらも、鱗にしがみつき。一分はたっただろうか?視界がチカチカしだした頃に、急に圧迫感がきえる。肺に空気を吸い込んだならば、軽い酩酊感さえ覚える。


「っはぁ!やっぱり、僕には、潜るのは、限界が近、すぎるね。」

『ふん、軟弱な。それより、貴様は治療は出来んのか?腹を撃たれたらしい。』


 嫌味も程々に、【浮沈の銀鱗】が問いかける。やはり、多少の焦りはあったらしい。身体が冷え、貧血でグロッキーにはなっているが、死ぬ程の出血ではなさそうである。


「それでこの出血か...弾丸は抜けてるみたいだし、すぐに止血をするので良かったかな。街の薬屋によるとしよう、幸い僕は警察にもマークされてないだろうし。」

『ならば早く行ってくれ。我はここで見張っておこう。』

「土の上に寝かすつもりかい?一回、瓶に入れるよ。良いかい?」


 顔を覗き込み、寿子が曖昧に頷いたのを確認して瓶にしまう。精霊達には霊体化して着いてきて貰う。街中では目立ちすぎるし、何より警察が煩い。


「そろそろ終盤って事かな?ハードモードが過ぎるでしょ...」


 積極的にゲームに参加していた者ほど、追い込まれるシステム。もしかしたら、運営側の意図では無いのかもとさえ思うが。

 それよりも宿が大事だろう。一人暮らしであろうアパートに近寄り、窓を瓶に収納して侵入する。戻している間に、我に返った住人が叫ぼうとするが、すぐに瓶に収納した。


『Jesus...犯罪に手馴れてきていませんか?』

「ま、ゲームだし。後で返すんだ、文句はないだろうさ。」


 寝具を血塗れにされる訳だが。そこは彼の中では、文句を言う範囲にならないらしい。

 患部を確認し、タオルで押さえつける様に強く縛り付ける。少しはマシになるだろう。


「幸い、傷口は小さいし。変に強力な止血剤とかは、使わない方がいいかもね。これで、貸し借り無し、って奴だ。」


 痛みを抑える為、布の上から氷嚢を当てながら、真樋は救急箱を漁る。

 簡単な消毒をすませ、体重をかけて圧迫する。後は、手遅れになる前に止まってくれるのを待つだけだ。


『こういう時は、温めるのでは?』

「ほとんど気絶してる。ショック症状があればそうだけど、今は血を止めるのが先かと思ってね。冷えれば、表面の血流が減るし、痛みの神経も麻痺するから。」

『Why、経験でもありそうですね。』

「腹部では無かったけどね。仕事柄、変なのと二人で居ることもあったし。」


 時折、呼吸や脈拍を確かめながら、安定している事に安堵する。そこそこに信用はされてるのか、ゆっくりだが深い呼吸からは緊張は感じられない。


「そろそろ良いか...ピトス、交代。冷たくて手が痺れて来たし...何より眠い。血が止まったようだったら、まくった服を戻して冷えないようにしておいてくれ。」

『Roger、仰せの通りに。』

「敵が来たら起こして。それまで仮眠を取らせて貰うよ...」


 昨日から一睡もせず、肩を射抜かれた体で動き回っていた。夜中の寒中水泳までしたのだ、流石に体力の限界だった。

 カーテンを締め切り暗くした部屋の中で、ゆっくりと昇る朝日を鬱陶しく思いながら、真樋は眠りに着いた。


 現在時刻、7時。

 残り時間、2日。

 残り参加者、11名。



 よろしい、よく分かった。であれば、奴を追え。一番不可解だ...



 現在時刻、7時。

 残り時間、3日。

 残り参加者、11名。


 病室の白い光景の中で、ユラユラと黒い尾が揺れる。滑らかなその毛並みに、暇つぶしにとじゃれつこうとした瞬間、顔にそれが叩きつけられた。


『つ〜...!ひでぇぜ、兄弟。』

『人の体で遊ぼうとするからだ。そんな事より、どうするんだ?この状況。』

『兄者が考えてくれよ。』

『メインはお前だろう?俺はオマケ、付き人みてぇなもんだ。』


 フワフワとした白い毛を繕いながら、ポルクスはブツブツと文句を言う。

 涼しげに返すカストルと、拗ねるポルクス。契約者の眠る二柱の精霊は、後半戦の朝の到来に目を細めていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] カストル、ポルクス久しぶりー!!眠っている…ということは三成さん復活の可能性も…!? 真樋君も一哉君も三成さんもですが、男性組は地形の把握だけでなく、現地物資も(かすめ取ったり、ちゃっかりお…
2022/08/03 22:25 数屋 友則
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