続く遭遇
三人分の夜食は、かなり贅沢をしても、一万円もかからない。
申し訳なさも手伝い、少し多めに買った。それでも4637円。半分以上はお釣だ。
「簡単な弁当と惣菜、おにぎりとかサンドイッチとか...何が好きか分かんないし、適当に放り込んだけど、良いのかね?」
ずしりと重い袋をもって、健吾はコンビニから出て帰路を進む。
夜道には、不自然な程に人が居ない。このゲームで、精霊の他に唯一、現実感の薄い所だ。
「帰ったら、俺の服も洗って...母家が寝静まった頃に行くか。」
スマホの時計を確認しながら、健吾は呟きつつ歩く。時刻は9時になりそうな、そんな時だった。
「やぁ、月夜も中々に風情があるね?獅子堂...健吾君?」
唐突にかけられた声に、すぐに健吾が抑えにかかる。
振り向き様の組み付きに、その青年は慌てた様に弁明する。
「ま、待って待って!僕だよ、天野那凪だ!二日前...いや、今朝になるのかな?話しただろう?」
「天野...あぁ、楽譜の男。」
「そ、その覚え方はどうなの...?まぁ、思い出してくれて何より。良ければ、この手を放してくれないかい?」
襟をガッチリと捕まれた彼は、少し苦しそうに進言する。無論、健吾は放さない。参加者と確定しているのに、襲われないとも限らない。
「そんな事よりも、どーやって俺を見つけた?」
「おっかないなぁ。君ってそんな感じだっけ?あと、僕の通うコンビニに来たのは君だろう?」
どうやら、外れくじを引いたらしい。あの少年...真樋は戸惑いは有るものの、見つけた参加者を逃す気は無さそうだった。彼もそうなら?
得体の知れない、距離感の近い青年に、健吾が猜疑心を抱くのも当たり前だった。そして、それは彼も、だ。
「放してくれないと?」
「このまま押し倒しても良いんだぜ?」
「それなら、女の子にしときなよ!【裁きと救済】!」
那凪の背後から、細かい鎖を巻き付けた精霊が飛び出した。肩にかかる髪を靡かせながら、両手に持つ皿を健吾へ飛ばす。
鎖の音を響かせて迫るそれを回避し、距離を取られた健吾。買ってきた物は道路脇に放り、すぐに彼も叫ぶ。
「いるんだろ!来やがれ、【積もる微力】!」
『はっ!やっと暴れられるなぁ!?』
背後から立ち上ぼり、健吾の前に降り立った精霊。【積もる微力】は、首を鳴らしながら闘気を噴かせる。
「腕、問題ないだろうな?」
『てめぇも斬られたろうが。俺は怪我なんざ、すぐに治る。するならてめぇの心配してな。』
「これは、また...精霊っていうか妖怪?こんなTHE筋肉!みたいなのあり?」
『あぁ!?誰が妖怪だコラぁ!』
拳を振りかぶって駆ける【積もる微力】に、精霊の鎖が投げ掛けられる。
絡まった鎖は【積もる微力】を抑え込み、【裁きと救済】はその鎖を思い切り引っ張った。
『力比べかぁ?...っ!?動かねぇ?』
『私の...鎖は...偏りを計り...整える...。』
『はっ!くだら...ねぇ!』
引き続ける【積もる微力】。だがそんな隙だらけの状態を、見逃す事は無い。そう、鎖は皿と同様に二本ある。
もう一方が健吾の足に絡み付き、すぐに電柱を利用して吊り上げられた。
「降参かい?健吾君?」
「するかバカ。俺はな、勝つためにここに居るんだよ。」
鎖を掴み、電柱の上に登りながら、健吾は那凪を睨む。
そんな時、豪快な笑い声が響く。
『よく言ったぁ!レオ!』
ギリギリと嫌な音を立て、鎖が広がる。【積もる微力】だ。
鎖に蓄積した力は、一瞬でも均衡を崩し、隙間を作った。
『ダアァァララララアアァァァ!!』
まるで数十の拳で殴る様な連打音の後に、広がった鎖が均衡して止まる。しかし、その力は積もった力だ。
揚々と抜け出た【積もる微力】が、左右の拳を揺らしながら【裁きと救済】に迫る。
『人質...停止して...。』
『あぁ!?止まるかよ!』
「おまっ!ふざけんなぁっ!?」
電柱の上で、必死に落ちないようにする健吾を尻目に、【積もる微力】は駆けよる。
【裁きと救済】は繰り出された拳に、先程まで【積もる微力】を拘束していた鎖を拳に巻き、合わせる様に叩き込む。
大柄な戦士と、踊り子の様な少女の拳は、鎖を介して拮抗する。
『片手でいつまで出来る?ダァララァァ!!』
『...っ!』
左右の拳が一秒間に何度も放たれ、重い一撃は鎖に力を蓄積させていく。
苦悶の声を漏らすのは、必然の結果。そして、それは健吾も。
「揺れっ!てんっ!だよっ!」
「...あー。健吾君、大変だね?」
足に絡んだ鎖は、【裁きと救済】に繋がり、彼女は乱打の中。健吾が落ちるのは時間の問題だ。
「くそっ、レイズ!先に俺下ろせ!」
『ダァララァァ!!あぁ!?ったく、軟弱な。』
蹴りを叩き込み、距離を取った【積もる微力】が、健吾の鎖を引く。落ちてくる健吾だが、手繰り寄せるように足を掴み、宙ぶらりんに掲げた。
『これでいいか?』
「あぁ...ありがとよ。」
吐き気を堪えながら健吾が返せば、【積もる微力】も手を放す。
鎖に積もった力を均一化し終えた【裁きと救済】も、すでに臨戦態勢だ。
『どうする?レオ。』
「んなもん決まってるだろ、ここまでやられたら叩き込む。」
『はっ!上等!』
向き合う二柱の精霊を挟み、健吾は那凪を睨む。
彼はそれをヘラリと流しながら、両手を上げた。
「オーケイ、分かった。互いに引いた方が良くないかな?」
「今更じゃねぇか?」
「いや、君が酷い目にあったの、半分以上は彼の所為だろ?」
『おいコラ!誰の所為だと!?』
正確には精霊二人なのだが。口笛を吹いて、怯えたフリをする那凪が、精霊に次の指令を下す。
「仕方ないね。【裁きと救済】、行けるかい?」
『不明です...ですが...ご命令とあれば。』
「うん、頼むよ。まずは...」
その瞬間だった。健吾の背後、道の先がぼんやりと赤くなる。
聞こえるのは、蹄の音。そして...紅い彗星が地上を走る。
『何かやべぇ!どけレオ!』
「おわっ!?」
勘に頼って、健吾が体を投げだした上。地上を焼くように、それは過ぎていく。
そして...
『っ!』
「...えっ?」
アスファルトに赤い花が咲く。しかし、それは命の芽吹きにあらず。溢れる命。
腹を抑えた那凪から、垂れ落ちる血だった。本人よりも早く気づいた【裁きと救済】が、彼を横抱きに抱え上げる。
『撤退の...許可...!』
「あぁ、お願いするよ...。」
健吾達にそれを止めることは出来ず、二人は鎖も使って跳躍し、屋根の上を走り去る。
何故、止められないかと言えば、単純だ。彼の乱入である。
「おい、相棒。道に迷ったかと思えば、獲物がいるぞ!」
『今度は獲物か...何なのだお前は。』
疲れた様に、大きな弓を携える精霊はため息を吐く。大きく立派な紅馬に跨がるその精霊は、赤い長髪を靡かせる。
共に馬に跨がるは、やけにポケットの多いジャケットを来た初老の人物。インディ・ジョーンズ、と言えば思い浮かぶ格好だろう。鞭は持っていないが。
「何か、だと?夢に生きる男!陣馬九郎だと言うとるだろう、相棒!」
『煩い...それより、どうする?』
飛び道具を警戒し、睨んで動かない健吾と【積もる微力】を眺め、精霊は問う。
下手に放てば、その隙に距離を詰められるだろう。馬は、後ろには走れない。
「あ~...おい、坊主!赤と青、どっちが好きじゃ!」
「えっ、はぁ?赤だが...って何の話だ!」
『本当に何の話だ...。』『本当に何の話だよ、オイ。』
「お前が言うな、お前が。」
前に座る精霊の頭を小突きながら、九郎は笑う。
そのまま健吾を指差し、夜中には迷惑な音量で叫ぶ。
「道を教えろ、坊主!それで今夜は終いじゃあ!」
「何処のだよ!」
「このビジネスホテルじゃが?」
取り出した旅行雑誌には、豪勢な建物。舌打ちをしたい気分になりながら、健吾は記憶を辿る。
「...そっちの大通り、病院まで行って。右曲がって七回目の交差点左。」
「よし、撤収!行くぞ、相棒!走れぇ!」
『...はぁ、もう一走り頼むぞ。』
精霊が馬を駈り、二人の姿は消えていく。あまりにも唐突な出来事に、麻痺していた感覚も戻ってきた。
「...何だったんだよ、あれは。」
『俺に聞くな、レオ...。』
人体の貫通を目の当たりにしたが、少し休めば気分も優れてきた。遠目かつ、大きな穴では無かったのが大きいだろう。
少し崩れた夜食を拾い、早鐘を打つ心臓を誤魔化すために、軽く走る勢いで帰る。
『レオ、大丈夫か?』
「問題ねぇよ。あれは...ほら、あれだ。揺れたから酔った。」
少し座り込んでいた事を誤魔化し、【積もる微力】には引っ込んで貰う。
ゲストハウスまでそのまま走り、先に母屋の呼び鈴を鳴らす。程なくして、玄関が開かれて男が顔を出す。
「あぁ、君か。おかえり。」
「ただいまっす。これ、少し崩れちゃいましたけど。」
「転けてしまったのかい?」
「まぁ、そんなトコっす。」
苦笑する健吾が、レジ袋を渡す。お釣りは有り難く貰っておく。時には、甘える事も礼儀だ。ありがたいのは、本当だし。
「少し、待っててくれないか?連れに聞いてきたい。」
「うす、どうぞ。」
奢りどころか、お小遣いまで貰った様な物だ。健吾に否と言う選択肢は無い。
「早乙女君は...あぁ、入浴中か。ふむ、まぁ、彼女ならこれとこれだろう。ありがとう、え~と?」
「あっ、獅子堂っす。」
「うん、ありがとう獅子堂君。」
そういって、アルカイックスマイルを浮かべて彼は奥に行く。
それを確認して、健吾はゲストハウスの方に向かう。先に仁美の部屋をノックすれば、案の定風呂から上がったのか、少し濡れた髪の仁美が出てきた。
部屋の奥にスカートが見える。どうやら、服を乾かしていたらしい。浴衣姿だが、飾り気の無いのが少し無念だ。
「ただいま。飯にしねぇか?」
「はい。...あっ、今は、その...獅子堂さんの部屋で良いですか?後から行きますから。」
「ん?あぁ、分かった...。」
首を傾げながら、自室に戻る健吾。
待っている間に、服を乾かしていたのを思い出して、悶絶したのは言うまでも無い。
風呂上がりに、洗った服の代わりなど、文字通り一つも無かったのだろうから。