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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第一章 出会い
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続く遭遇

 三人分の夜食は、かなり贅沢をしても、一万円もかからない。

 申し訳なさも手伝い、少し多めに買った。それでも4637円。半分以上はお釣だ。


「簡単な弁当と惣菜、おにぎりとかサンドイッチとか...何が好きか分かんないし、適当に放り込んだけど、良いのかね?」


 ずしりと重い袋をもって、健吾はコンビニから出て帰路を進む。

 夜道には、不自然な程に人が居ない。このゲームで、精霊の他に唯一、現実感の薄い所だ。


「帰ったら、俺の服も洗って...母家が寝静まった頃に行くか。」


 スマホの時計を確認しながら、健吾は呟きつつ歩く。時刻は9時になりそうな、そんな時だった。


「やぁ、月夜も中々に風情があるね?獅子堂...健吾君?」


 唐突にかけられた声に、すぐに健吾が抑えにかかる。

 振り向き様の組み付きに、その青年は慌てた様に弁明する。


「ま、待って待って!僕だよ、天野(あまの)那凪(ななぎ)だ!二日前...いや、今朝になるのかな?話しただろう?」

「天野...あぁ、楽譜の男。」

「そ、その覚え方はどうなの...?まぁ、思い出してくれて何より。良ければ、この手を放してくれないかい?」


 襟をガッチリと捕まれた彼は、少し苦しそうに進言する。無論、健吾は放さない。参加者と確定しているのに、襲われないとも限らない。


「そんな事よりも、どーやって俺を見つけた?」

「おっかないなぁ。君ってそんな感じだっけ?あと、僕の通うコンビニに来たのは君だろう?」


 どうやら、外れくじを引いたらしい。あの少年...真樋は戸惑いは有るものの、見つけた参加者を逃す気は無さそうだった。彼もそうなら?

 得体の知れない、距離感の近い青年に、健吾が猜疑心を抱くのも当たり前だった。そして、それは彼も、だ。


「放してくれないと?」

「このまま押し倒しても良いんだぜ?」

「それなら、女の子にしときなよ!【裁きと救済(ジャッジリカバー)】!」


 那凪の背後から、細かい鎖を巻き付けた精霊が飛び出した。肩にかかる髪を靡かせながら、両手に持つ皿を健吾へ飛ばす。

 鎖の音を響かせて迫るそれを回避し、距離を取られた健吾。買ってきた物は道路脇に放り、すぐに彼も叫ぶ。


「いるんだろ!来やがれ、【積もる微力(レイジングダスト)】!」

『はっ!やっと暴れられるなぁ!?』


 背後から立ち上ぼり、健吾の前に降り立った精霊。【積もる微力】は、首を鳴らしながら闘気を噴かせる。


「腕、問題ないだろうな?」

『てめぇも斬られたろうが。俺は怪我なんざ、すぐに治る。するならてめぇの心配してな。』

「これは、また...精霊っていうか妖怪?こんなTHE筋肉!みたいなのあり?」

『あぁ!?誰が妖怪だコラぁ!』


 拳を振りかぶって駆ける【積もる微力】に、精霊の鎖が投げ掛けられる。

 絡まった鎖は【積もる微力】を抑え込み、【裁きと救済】はその鎖を思い切り引っ張った。


『力比べかぁ?...っ!?動かねぇ?』

『私の...鎖は...偏りを計り...整える...。』

『はっ!くだら...ねぇ!』


 引き続ける【積もる微力】。だがそんな隙だらけの状態を、見逃す事は無い。そう、鎖は皿と同様に二本ある。

 もう一方が健吾の足に絡み付き、すぐに電柱を利用して吊り上げられた。


「降参かい?健吾君?」

「するかバカ。俺はな、勝つためにここに居るんだよ。」


 鎖を掴み、電柱の上に登りながら、健吾は那凪を睨む。

 そんな時、豪快な笑い声が響く。


『よく言ったぁ!レオ!』


 ギリギリと嫌な音を立て、鎖が広がる。【積もる微力】だ。

 鎖に蓄積した力は、一瞬でも均衡を崩し、隙間を作った。


『ダアァァララララアアァァァ!!』


 まるで数十の拳で殴る様な連打音の後に、広がった鎖が均衡して止まる。しかし、その力は()()()()力だ。

 揚々と抜け出た【積もる微力】が、左右の拳を揺らしながら【裁きと救済】に迫る。


『人質...停止して...。』

『あぁ!?止まるかよ!』

「おまっ!ふざけんなぁっ!?」


 電柱の上で、必死に落ちないようにする健吾を尻目に、【積もる微力】は駆けよる。

【裁きと救済】は繰り出された拳に、先程まで【積もる微力】を拘束していた鎖を拳に巻き、合わせる様に叩き込む。

 大柄な戦士と、踊り子の様な少女の拳は、鎖を介して拮抗する。


『片手でいつまで出来る?ダァララァァ!!』

『...っ!』


 左右の拳が一秒間に何度も放たれ、重い一撃は鎖に力を蓄積させていく。

 苦悶の声を漏らすのは、必然の結果。そして、それは健吾も。


「揺れっ!てんっ!だよっ!」

「...あー。健吾君、大変だね?」


 足に絡んだ鎖は、【裁きと救済】に繋がり、彼女は乱打の中。健吾が落ちるのは時間の問題だ。


「くそっ、レイズ!先に俺下ろせ!」

『ダァララァァ!!あぁ!?ったく、軟弱な。』


 蹴りを叩き込み、距離を取った【積もる微力】が、健吾の鎖を引く。落ちてくる健吾だが、手繰り寄せるように足を掴み、宙ぶらりんに掲げた。


『これでいいか?』

「あぁ...ありがとよ。」


 吐き気を堪えながら健吾が返せば、【積もる微力】も手を放す。

 鎖に積もった力を均一化し終えた【裁きと救済】も、すでに臨戦態勢だ。


『どうする?レオ。』

「んなもん決まってるだろ、ここまでやられたら叩き込む。」

『はっ!上等!』


 向き合う二柱の精霊を挟み、健吾は那凪を睨む。

 彼はそれをヘラリと流しながら、両手を上げた。


「オーケイ、分かった。互いに引いた方が良くないかな?」

「今更じゃねぇか?」

「いや、君が酷い目にあったの、半分以上は彼の所為だろ?」

『おいコラ!誰の所為だと!?』


 正確には精霊二人なのだが。口笛を吹いて、怯えたフリをする那凪が、精霊に次の指令を下す。


「仕方ないね。【裁きと救済(ジャッジリカバー)】、行けるかい?」

『不明です...ですが...ご命令とあれば。』

「うん、頼むよ。まずは...」


 その瞬間だった。健吾の背後、道の先がぼんやりと赤くなる。

 聞こえるのは、蹄の音。そして...紅い彗星が地上を走る。


『何かやべぇ!どけレオ!』

「おわっ!?」


 勘に頼って、健吾が体を投げだした上。地上を焼くように、それは過ぎていく。

 そして...


『っ!』

「...えっ?」


 アスファルトに赤い花が咲く。しかし、それは命の芽吹きにあらず。溢れる命。

 腹を抑えた那凪から、垂れ落ちる血だった。本人よりも早く気づいた【裁きと救済】が、彼を横抱きに抱え上げる。


『撤退の...許可...!』

「あぁ、お願いするよ...。」


 健吾達にそれを止めることは出来ず、二人は鎖も使って跳躍し、屋根の上を走り去る。

 何故、止められないかと言えば、単純だ。彼の乱入である。


「おい、相棒。道に迷ったかと思えば、獲物がいるぞ!」

『今度は獲物か...何なのだお前は。』


 疲れた様に、大きな弓を携える精霊はため息を吐く。大きく立派な紅馬に跨がるその精霊は、赤い長髪を靡かせる。

 共に馬に跨がるは、やけにポケットの多いジャケットを来た初老の人物。インディ・ジョーンズ、と言えば思い浮かぶ格好だろう。鞭は持っていないが。


「何か、だと?夢に生きる男!陣馬(じんば)九郎(くろう)だと言うとるだろう、相棒!」

『煩い...それより、どうする?』


 飛び道具を警戒し、睨んで動かない健吾と【積もる微力】を眺め、精霊は問う。

 下手に放てば、その隙に距離を詰められるだろう。馬は、後ろには走れない。


「あ~...おい、坊主!赤と青、どっちが好きじゃ!」

「えっ、はぁ?赤だが...って何の話だ!」

『本当に何の話だ...。』『本当に何の話だよ、オイ。』

「お前が言うな、お前が。」


 前に座る精霊の頭を小突きながら、九郎は笑う。

 そのまま健吾を指差し、夜中には迷惑な音量で叫ぶ。


「道を教えろ、坊主!それで今夜は終いじゃあ!」

「何処のだよ!」

「このビジネスホテルじゃが?」


 取り出した旅行雑誌には、豪勢な建物。舌打ちをしたい気分になりながら、健吾は記憶を辿る。


「...そっちの大通り、病院まで行って。右曲がって七回目の交差点左。」

「よし、撤収!行くぞ、相棒!走れぇ!」

『...はぁ、もう一走り頼むぞ。』


 精霊が馬を駈り、二人の姿は消えていく。あまりにも唐突な出来事に、麻痺していた感覚も戻ってきた。


「...何だったんだよ、あれは。」

『俺に聞くな、レオ...。』




 人体の貫通を目の当たりにしたが、少し休めば気分も優れてきた。遠目かつ、大きな穴では無かったのが大きいだろう。

 少し崩れた夜食を拾い、早鐘を打つ心臓を誤魔化すために、軽く走る勢いで帰る。


『レオ、大丈夫か?』

「問題ねぇよ。あれは...ほら、あれだ。揺れたから酔った。」


 少し座り込んでいた事を誤魔化し、【積もる微力】には引っ込んで貰う。

 ゲストハウスまでそのまま走り、先に母屋の呼び鈴を鳴らす。程なくして、玄関が開かれて男が顔を出す。


「あぁ、君か。おかえり。」

「ただいまっす。これ、少し崩れちゃいましたけど。」

「転けてしまったのかい?」

「まぁ、そんなトコっす。」


 苦笑する健吾が、レジ袋を渡す。お釣りは有り難く貰っておく。時には、甘える事も礼儀だ。ありがたいのは、本当だし。


「少し、待っててくれないか?連れに聞いてきたい。」

「うす、どうぞ。」


 奢りどころか、お小遣いまで貰った様な物だ。健吾に否と言う選択肢は無い。


早乙女(さおとめ)君は...あぁ、入浴中か。ふむ、まぁ、彼女ならこれとこれだろう。ありがとう、え~と?」

「あっ、獅子堂っす。」

「うん、ありがとう獅子堂君。」


 そういって、アルカイックスマイルを浮かべて彼は奥に行く。

 それを確認して、健吾はゲストハウスの方に向かう。先に仁美の部屋をノックすれば、案の定風呂から上がったのか、少し濡れた髪の仁美が出てきた。

 部屋の奥にスカートが見える。どうやら、服を乾かしていたらしい。浴衣姿だが、飾り気の無いのが少し無念だ。


「ただいま。飯にしねぇか?」

「はい。...あっ、今は、その...獅子堂さんの部屋で良いですか?後から行きますから。」

「ん?あぁ、分かった...。」


 首を傾げながら、自室に戻る健吾。

 待っている間に、服を乾かしていたのを思い出して、悶絶したのは言うまでも無い。

 風呂上がりに、洗った服の代わりなど、文字通り一つも無かったのだろうから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公のレオとレイズが真っすぐでカッコいいなあと思いました(妹とか願いとか、関係性とかで今後の不穏感を感じましたが、良い方向にいってほしいなあぁ~頑張れー!ってなります)サクサク導入が進む…
2022/05/08 16:37 数屋 友則
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