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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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こうして夜は明けた

 吹く風を遮る物は無く、下の街並みは騒がしい。昼中から煩いパトカーも、直線的な高速道路ではバイクを逃がさない。


「ちっ!なんかばらまけねぇのか!?」

『全部使ったでしょ〜?その銃は?』

「爆弾にするよか、普通に使うわ!くっそ、このまま振り切るしかねぇか...!」


 速度を上げても、引き離せはしないパトカーに苛立ちながら、一哉は道の先へと視線を戻す。

 暫くは無事な様だが、そのうち工事現場が見えてくるだろう。180km/hの世界では、ものの数分でたどり着く筈だ。


『ハックー、どーする?』

「あん?...トバすんだよ、もっとな!」


 吸気部を銃で撃ち抜き、エレメントに穴を開けた。直接響く吸気音が、風の音に混ざる。


「貰うぞ。」

『いたぁ!?だから言ってくれたら抜けたのあげるってば!!』


 羊毛を抜かれ、涙目でヘルメットを叩く精霊。その毛は非常に良く燃える。

 吸気に混ぜて吸わせ爆発的に発火させれば、一時的にエンジンの回転トルクは上昇、ブーストになる。


『壊れるよ?』

「どうせ後二日程度だ、無くても事足りる。」

『気に入ってた癖に...』

「それより勝ちだ。いい加減バカ共がいい目にあったっていいだろーがよ。」

『ハックーのお願い、そんなに可愛かったの!?』

「てめぇをエンジンにぶち込んでやろうか...?」


 ヘルメットの上からでも青筋が見えるような声音で、精霊をがっしりと掴む。イヤイヤする精霊から、盛大に羊毛を毟って再び放り込んだ。


「よーし、いい速度だ。」

『ハックー!前ー!止まんないと危ないって!』

「バカ言うな、なんのために加速したと思ってやがる!」


 後ろから、遂に弾丸が飛び始めたところで、工事車両が見えてきた。バリケード、クレーン、三角コーン、鉄骨...なんとも準備のいいことである。

 ゲームなら一晩で直っても良さそうだが、そういうシステムではないらしい。故に好都合、重たい四輪では出来ない事もあるのだから。


『ねぇ、ハックー?まさかとは思うけど...ねぇ?』

「ハッ、ビビってんなよ?飛ぶぞ!」

『やっぱり〜!僕は知らないからね!』


 肩に乗る【意中の焦燥】が霊体化し、自由になった上半身を前にしっかりと倒す。

 手を振って止めようとしている作業員は無視し、張り出したコンクリートを選び加速する。


「奴を逃がすな!」

「ここだけは、マジでゲームみてぇだな。軍にでも言ってろ、アホポリス!」


 捨て台詞と共に中指を立てて、宙へと踊り出す。その先は壊れ、張り出た鉄骨。少しばかりの距離を稼ぎ、クレーンのアームに飛び移る。再び加速し、近くのビルの屋上へと飛び出す。

 曲芸の様に渡り着いだ一哉に、それでも弾丸を浴びせる警官達。当たらないように、内心ヒヤヒヤしつつ祈り、そのまま屋上の縁を走る。


「おい、羊野郎!」

『なにさ!?』

「...足いった、ブレーキ踏めねぇわ。」

『...はぁ!?前やったので止まりなよ!』

「バランス取れねぇのに、ジャックナイフしてどうすんだよ。」

『っ〜!バカ!』


 当然、建物の縁がいつまでも続くはずも無く。地上数十メートルから落下する事になる。


『バイクは諦めてよね!』

「あぁってるよ!」


 飛び出した一哉は羊毛に拾われ、乗り捨てられたバイクが下で爆発する。右足を焼いて止血し、痛みと貧血でふらつく頭は叩いて気合いを入れる。


「は、中坊に刺された時のがヤバかったっての。」

『ハックー、警官に撃たれるのもヤバいよ?』

「弾が残ってねぇからな、まだマシだろ。」

『刺された時は残ったんだね...』


 雲の様に膨れた精霊は、そのまま地表へとゆっくり降り立つ。片足で跳びおり、軽く跳ねて痛みを確認する一哉が、歯を食いしばって顔をしかめる。


「ちっ、厄日だぜ。」

『自業自得だよ、ハックー。それより逃げないと。』

「あぁってる!」


 路地裏に入り、マンホールを引き上げてそこに滑り込む。幸運な事に、換気は行き届いているようで、燃やして投げたコンクリートの破片は勢いよく燃え続けている。

 不要に酸素を奪わないよう、鉄棒でそれを叩き壊して消火し、水路沿いを歩く。


「流石に追ってこねぇな。」

『死体は無いし、血痕が無いから迷ってるだけじゃない?時間の問題だと思うなぁ。』

「くそ、早まったか...昼間っから仕掛けんのは思ったよりヤバかったみてぇだな。」

『...あんまり派手にはしてないんだけどねぇ。バレるの早かったね。』

「通報されたにしろ、ちと準備が良かったのはあるけどよ...こういうゲームって事だろ。」


 ヘルメットを投げ捨てながら、額の汗を拭う一哉。彼の視界に、光の漏れる曲がり角が入り込んだのはそんな時だった。


「あぁ?こんな地下に...行ってみっか。」

『えぇ?なんかヤバげじゃない?』

「動くもんもねぇ、多分大丈夫だろ。」


 念の為、拾った石ころを放って爆発させるが、反応は無い。安全と見て良いだろう。

 散らばったコンクリートを乗り越えながら進めば、その光景は彼の目の前に現れた。絶句する一哉に、ウトウトし始めていた【意中の焦燥】も目を開ける。


『どうしたの?』

「いや、これ...」

『ん?...わぁ。何コレ?』


 目の前に広がるのは、巨大な縦穴だった。元は建築物でもあったのだろう、鉄骨やコンクリート、金属片が辺りに散らばり、あろう事か突き刺さってさえいる。

 爆発、崩落。どちらにせよ、とんでもない破壊力であるのは違いなく、これが精霊の仕業なら恐ろしい。


「これ、アレか。俺が工場で待ち伏せ仕掛けた日の。」

『場所バレしたの間違いじゃない?』

「煩ぇ、黙ってろ。」


 肩の精霊を鷲掴みにし、光源代わりに前に持ってくる。僅かに発光するほどの黄金の羊毛だが、巨大な縦穴を照らすには不十分だった。


「なんかの口みてぇだ...飲み込まれてる気分だぜ。」

『放してよぉ〜!』

「分かったよ、うるせぇなぁ。」


 フードに放り込むように精霊を手放し、縦穴の下を覗き込む。上から陽の光は届くが、薄暗さが勝り良く見えない。

 刺さった鉄骨や瓦礫を足場に、一哉は降りてみることにした。落ちても【意中の焦燥】がいるので問題ないだろう。


『何するの?』

「いや、登るのしんどいだろ?だから下から繋がってねぇかとな。」

『いや、引き返そうよ...』

「サツと鉢合わせたら嫌だろーが。」


 時々、足を滑らせたりもしながら、跳ねる様に下を目指す。終始ヒヤヒヤと頭の上で見守っていた【意中の焦燥】が、一息つけた頃には既に日が傾いていた。


『ハックー、今夜はここ?』

「ンなアホな...もう少し良いとこあんだろ、多分。」

『懐中電灯くらい、持っとけば良かったねぇ。』


 すっかり影になった穴の底で、手探りに道を探す。動くものも無く、目印も無く。仕方がないので、中心で火柱を上げて明かりにする。


「壁まで見えるっちゃ、見えるな。」

『道あった?』

「おー、あったあった。多分、昔の物置とかに行く奴じゃね?ホラ、ゲームとかで山ん中の納屋に入ったらビルの地下とかに通じてんだろ?」

『いや、知らないけど...』


 ズカズカと奥に進む一哉に、ビクビクと追従する精霊。足場は悪いが、ガレキ等は端に寄っており歩くのに支障は無い。


「ここも倒壊の影響はあったんだな。壁も天井もボロになってやがる。」

『まぁ、歩いて通れて良かったねぇ。足痛いのに、変な動きしたくないでしょ?』

「壁伝って降りた奴に言うかね、それ...」


 蛍の明かり程度の精霊を前にし、暗い通路を進み続ける。傾斜がきつくなり、やがて階段が見えてきた。上に上がれば、外に出られるだろう。

 肌寒いそこを上がれば、朽ちた小屋が眼前に広がる。まるで中から破られた様に外に広く散らばった破片は、経年劣化による物では無いだろう。


「何か居たのかね?」

『でもお昼には僕達穴に居たよ?』

「その前からここに?...あの崩落起こした奴かね、会いたくねぇ〜。」

『ハックーなのに?』

「あのな?俺はスコア稼ぐのは好きだけど、負けるのもストレスフルな展開も嫌いなんだよ。」


 木片を跨いで外に出れば、そこはどうやら山の様である。結局は戻って来た事に、ややゲンナリしながらも、獲物を探すことにする。

 この際、誰でもいい。仕留め損ね続けた流れを断ち切りたい。悪い方へ悪い方へ転がっている流れのままでは、精神的に滅入るのだ。


『ハックー、足痛いでしょ?休んだら?』

「もういい感じに麻痺してきたっての。どうせあの脳筋以外に、突っ込んでくるよーな奴はいねぇよ。足はそんな重要でもねぇ。」

『...禿げたくないからね。』

「じゃ、今のうちに石ころ集めてろよ。」

『うぅ〜、精霊使いの荒いおバカめぇ〜。』

「誰がバカだ、誰が!!ったく...」


 文句を垂れながら動くものを探っていると、ふと音が聞こえる。何かの倒れるような、しかし違和感を覚える音。


「んだぁ...?木にしちゃ、なんっかおかしいよな...」

『ふかふかのクッションとか、プールにでも沈むみたいだね。』

「クッション...プール?余計に混乱するだろーが!」

『なんで怒るのさ〜!?』

「キレてねーよ!」


 ここで考えるより、見た方が早い。そう判断した一哉は、音のした方へと駆け出した。山を軽く走るくらいならば、怪我をした足でも出来る。


『ハックー!』

「あんだ!」

『空!』

「あぁ?...泡?」


 首を傾げた彼の目に、泡を飛び移る少女が映る。射抜かれたかと思いきや、紅い馬に攫われそのまま走り去っていく。


「...なんだ、今の。」

『いや、僕も分かんない。』

「って、そうじゃねぇ!今の追おうぜ!」

『本気ぃ!?人魚も乗せてたよ!』

「あ?...泡かぁ、相性悪ぃかな。」

『絶対ね。もー、ハックーはおバカだなぁ〜ぁあいたぁ〜。』


 精霊の頬を抓りながら、一哉は消えていく泡の下へと集中する。動くものがあるのが分かり、確実に契約者だと悟る。


『狩猟本能に目覚めた猫みたいな顔してるよ、ハックー。』

「どんな顔だよ、そいつは...あ、逃げられた。」

『追いかけるなら着いてくから、掴まないでね?』

「じゃ、乗ってろ。」

『また鷲掴む〜!』


 文句の煩い精霊を肩に押し付け、彼らより山の上に回る。物を投げるのも、突き飛ばすのも、上から行った方が有利であるのだから。

 後は、油断するのを待つだけである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 足負傷してしまった…っ、前線戦闘キャラなのでこれが今後どう響くか…。 一哉君は色んな所にゴリ押しで探索してくれるキャラなので、移動中の描写も映えます。なので八千代さんたちと別行動になってしま…
2022/06/29 14:09 数屋 友則
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