〜happy birthday to ♊〜
不思議な世界は、何時だって日常よりも当たり前で。
日常とか常識は、何時だって奇怪よりも作り物じみていた。
酷い話、私は薄情であった。他人の怒ることに怒れた経験は少なく、他人の喜べる事に喜んだ経験も薄く。他人の楽しみを共有出来ず、他人の哀しみを哀しんではやれなかった。
詰まるところ、変人で面白みが無く、奇妙で腹立たしい奴だった。しかし礼儀とやらは多少は心得ていたからか、大人からの覚えは良かった。何時だって社会は子供に、手のかからない大人でいることを求めるからだ。
「三成君、何か悩みがあったら言ってね?」
「はい、ありがとうございます。」
あまりに当然の結果だが、友達らしい友達は出来なかった。楽しくも無いことを、子供はやらない。私もそれに憂を抱かなかった。
しかし、周囲はそうでは無い。孤立したら悲しい、故に可哀想な傷ついた子供。私はそれだったらしい。善意ではあるだろう、かといって体面的な物もある対応。適当にあしらっていた。
それは気取った、つまり目立ちたがり屋な態度と変わらず、きまってそういう奴はより目立ちたい者に疎まれる。かといって影に潜ろうとすればするほど、社会はそれをほじくり出すのだ。
「面倒だな...学生とは学業が本分と言うが、あれは誤りな気がする。そんな事よりも、人を見て感情を合わせる共感性って物の方が遥かに難解だ。」
「三成君よ、それを叔父に言って何か変わるのかね?」
「似た者同士、知恵を借りられるかと。親では無い分、多少なら無責任な事も言えるから、核心に迫りやすい。外れてたらそれまでだし。」
「小学生の策略じゃないねぇ...それに、私は君ほどひねくれてはいなかったさ。もう少し、多感だったよ。表に出すのが臆病というか、下手くそなだけさ。」
子供の前だと言うのに、堂々とタバコを吹かし、ゆっくりと煙を窓の外に吐く。口内に残る余韻を楽しみながら、彼は睨みつける甥を眺めた。
「体に悪いと思うけどね。」
「しかし、心には良い。嗜好品なんてのは、皆そんな物だろう?」
「叔父さん、僕はやはり薄情なのかな?」
「その言葉の使い方によるな。君の心が動きにくいのは事実だ、良いも悪いも無くね。だが、薄情というのは周囲が君に期待した反応が無い、というだけでは無いさ。」
首を捻る三成に、灰皿を探しながら彼の話は続く。
「君は周囲の思う反応は無い、感性のズレが大きいからね。だが、優しさや配慮、倫理観は持っている。それを薄情というかどうか、だね。」
「言うのでは?」
「そう思うならば、そうだろう。違うと言えば違う。もっとも、決めるのは他人が、だろうけどね。他人が君に下す評価の一つに過ぎないのだよ。」
結局、のらりくらりと流された気もする。だが、この他愛無い会話というのが、三成には中々相手が居なかった。故に度々、この無職寸前の叔父の家に転がり込んでいた。
心配性の母を安心させ、仕事に忙しい父に追いつき、可愛い弟の手を引く。それを望んでいるし、その為の努力は苦では無いが、息抜きとはいかないのだ。
「それで?知恵を借りようとするなんて、どうしたのかね?君は価値観の違う人達から孤立した程度で、悩む人とは記憶していないのだが。」
「中学生になれば、部活動が始まる。チームワークは大事だと思う。和を乱したい訳では無いし、僕が原因で皆のやる気が無くなり、経験が出来なかった、で終わるのは惜しい。」
「なるほど、楽しみにしていた、のかな?」
少し意外そうな顔で此方を見る叔父に、見つけた灰皿を差し出しながら三成は頷いた。
「そんな所。今しか味わえない物だ、逃すのは勿体ない。経験に勝る宝は少ないだろう?」
「う〜む、君の教育者の顔が見てみたいね。さぞかし偏屈な思想家らしい。」
「鏡を見ることを勧めるよ。」
「...私かね?教師や兄さんかと。」
自覚が無かったらしい叔父に、なんとも残念な人を見る目で視線を送りながら、三成は肯定した。少しばかりショックを受けながら、タバコを片付けて彼は立ち上がった。
「子供に悪影響だと言われたが...ようやく実感したよ。次回からは少し気をつけるとしよう。」
「手遅れでは?」
「来年は君の弟君も、幼稚園に入るだろう?君について来るかもしれない。」
「...最大限、頑張ってください。」
自分の様な弟は嫌だ、と思うくらいには可愛げもクソも無いのは自覚していた。双方に妙なダメージを受けつつ、無言で玄関の扉を開ける。
自転車に跨ってヘルメットを被る彼を、叔父は手を振って見送った。こうして見れば、ちゃんと子供だと言うのに。口を開けば機械じみている。そう、三成はそんな子供だった。
「...さん、兄さん、起きてる?」
「ん...あぁ、政宗か。おはよう。」
「おはよう、じゃないでしょう。もう昼間ですよ?」
「少し疲れていたんだ、許してくれるかい?」
ソファから起き上がり、九歳も年下の弟の髪を掻き回す。構って貰えたと思ってか、少しにこやかになる弟を見て、感情を出すと言うのは本当に必要だと実感する。
もう少し可愛がりたいが、あまりやると怒られてしまう。来年には十才になる彼は、少し多感な時期なのだ。
「来年は兄さん、居ないんでしょ?」
「そうなるな。叔父さんの事務所を使わせて貰うとするよ。」
「兄さんなら、就職にも困りそうに無いのに...」
「私は不器用だからね。どうにも、社会に馴染める気がしない。そこばかりは、取り繕えなかったよ。」
起き上がり、テーブルのコーヒーポットから注いだ物をゆっくりと飲む。寝起きの頭に、良い香りと程よい苦味が効く。真似した様にコーヒーに口をつけた政宗が、キュッと顔を顰めた。
緩む口を律しながら、自分と弟のコーヒーにミルクと砂糖を入れてやる。大分甘くなったが、これも嫌いとまではいかない。楽しむには良い。
「そうだ、兄さん。ここ、この問題なんだけどね。」
「うん?...これ、私の教科書じゃないか。」
「三年したら勉強するんだし、兄さんがいるうちに教えて貰おうかなって...」
中学校の教科書を抱え、此方を伺う姿は愛らしい。背伸びをしたがる様に見えて、チグハグな様子が、少しおかしかった。
もう会えないという訳では無いのに、と思うと抑えきれず、少し笑みが漏れてしまう。
「あ、笑った!」
「いや、すまない。そうだね、勉強会と行こうか?」
パッと顔を綻ばせた弟に、出来るだけ面白くなる様に、図やグラフを作りながら説明していく。どんどんと知識を吸収する弟に、空恐ろしい物も感じるが...それは悪い気分では無かった。
年が離れており、兄と言うより親の心境だ。父は医療関係、その中でも義手や義足、補聴器やスマートグラス等の開発企業の創設者。家に居ない事も多い。
なお、その技術力も活かし、便利グッズとなる物も着手している。イヤホン、VRゴーグル、手袋型コントローラー等。手術の一助にもなるだろうし、他にも用途は多い物だろう。
「ねぇ、兄さん。」
「どうした?」
「僕がお父さんの会社を受け継いでも、誰も困らない様にする。だから、兄さんは心配しないでね。」
「...あぁ、ありがとう。」
本当にしっかりした弟だと思う。勿論、自分の得意分野で手助けは行うが...それでも、おかげで集中出来る。
三年前に、忽然と姿を消した叔父を、探し出す事に。
家を出て十年。マスコミを誤魔化したり、世間の反応を調べたりなどの仕事で実家からお小遣いを貰いつつ、調査を進める生活が続いた。
叔父がやっていた...のかも怪しい探偵事務所を引き継ぎ、中にはヤバい案件もあったが仕事に困る事は無かった。何度か命を狙われたりもし、もしかしたらデコイとして優秀な立場かもとさえ感じた。
(叔父も、もしかしたらコッチの方と折り合いをつける為にやっていたのかもしれない。)
生活に困っていなかった彼を思い出し、成人式の写真をまとめて実家に送る。
一年に一度の荷物の整理を終え、社会的には存在しない事故死や迷子のデータの整理に取り掛かる。流石に自分では、まだ手を下して居ないが。このまま首を突っ込んでいけば、そうなるかと漠然と感じていた。
危機では人は手を取り合うか?そんな事は無かった。
危うい場所では金は諦めるか?そんな事は無かった。
他人の命を己より優先するか?そんな事は無かった。
フィクションで非現実的だと言われる様な事は、大概は現実の方がより非現実的な形で存在していた。様々な事故や事件に首を突っ込んでは見てきた、フィクションよりもフィクションな人物像達。日本にあるとは、とても思わなかった物達。
「さて、今日は何を読むか...」
叔父の部屋に散らかっている原稿用紙、それらを束ねた物。どうも叔父には、そっちの趣味もあったらしく、奇々怪々な儀式だの生物だのと言った物が書かれたストーリー。
暇つぶしにちょうど良く、三成は度々それに目を通していた。八割程を読み終えた辺りだったろうか、ふと目に止まった一文を読み返す。
「...これは。」
記憶を頼りに新聞をひっくり返していると、予感は確信に変わる。不可思議な事故、フィクションの事件。行方不明者の捜索記録。それは、途端にノンフィクションの色を帯びる。
「あぁ、叔父さん...あんた、なんて物に首を突っ込んでいるのか。」
仮にこれを空想ではなく事実だとすれば?叔父はきっと、人の力では見つからない。マグレか?モチーフにしただけだろうか?
「頭の片隅に、置いておくに留めるか...」
まさかそれが、あんな事になるとは、到底思ってはいなかった。
約十ヶ月間、その不可思議に追われる様な目にあったが、未だにそれが幻覚か現実か、区別のつかない思いだった。訳の分からない人間に誘拐されたり、その先で銃撃戦が起こったり、その際に銃を失敬したり。
日本にいると、確信出来た頃には疲れ果てていたし、そこで目の前の歓迎者を撃ち殺した頃には腹に弾丸をご馳走されていた。冬場の寒さに体力を奪われながら、取り敢えず事務所に戻ろうとする。
(ここで誰かに襲われれば、先は無いな...あぁ、そういえば、政宗や親父に連絡を取らねば...お袋がかなり慌ててるだろうから。)
「あの、大丈夫ですか?」
「っ!?...いや、一般人か。こんな所で、どうしたのですか。一人では危ないですよ、綺麗なお嬢さん。」
「危ないって...貴方の方が。」
どうも表に近い所に居たらしく。別の道を進もうと思っても、何やら足が後ろを向かない。
(おいおい、まさか気が抜けたとでも?人と会っただけだと言うのに...)
情けなく思いながらも、それを吐露する事も恥が許さず。
「ははっ、私は、大丈夫...」
「ちょっと!」
口から漏れたのはそんな言葉。重力は何処に消えた?等と思いながら、彼の視界は暗転した。




