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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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襲来

 街中を程よく抑えた低重音が駆け、足元から響くロードノイズに興奮を覚える。

 左手でクラッチを握り、四速から五速へと切り替えてスロットルを開く。加速し、風を切るそのバイクの上で一哉は周囲を見渡す。


「この辺りじゃねぇな...どこだったか。」

『何探してるの、ハックー?』

「昨日の戦場だよ、そっからどこに行ったか、検討つけようと思ってな。」

『...馬鹿でしょ、絶対まだ警察いるよ。』

「てめっ!馬鹿ってなんだ馬鹿って!」


 急に声を張り上げた一哉に、表通りを歩いていた人が軒並み振り返る。あっという間に後方へ流れていくが、腹立たしげに舌打ちをこぼした。


「お前のせいで睨まれたぞ。」

『ハックーが騒ぐからだよ。肩にヌイグルミのせて叫びながらバイクで爆走...変態さんだよぉ?』

「後で殴る。」

『ごめんなさいっ!』


 ジャンパーの中に引っ込んだ精霊には、後でキツくお仕置するとして。ひとまず道に迷っている問題を解決しようと、目印になりそうな物を探す。


「そういや、デケェのが...ホテルかなんかがあったな。おい、羊野郎。空から見えねぇか?」

『人前で飛ぶの〜?』

「風船みてぇに見えんだろ、そうそうバレねぇって。」

『え〜?まぁ、良いけど。』


 細道に入り込み、周囲を確認すると【意中の焦燥】は浮かび上がる。宙を駆けながら登っていく精霊を見つめながら、一哉は目的を再確認していく。


「まずは、あの気に入らねぇのを潰す。その後は天球儀で残ってるのを探すか...出来れば知ってる奴がいいな。鮫か、踊り子か、顔隠しか...蠍か牛か。こんだけか。」


 積極的に探した割には、あまり遭遇していない...様に一哉は感じた。

 五柱もの精霊と争ったのは、珍しいだろうが。それでも、次の襲撃先の選択肢は無いようなものである。鮫と顔隠しは、行動を共にしており、二那や八千代には宣戦布告といく気分でもない。


「まぁ、夕刻辺りに走り回れば見つかるか。それよりもあいつだ。」


 空から降りてくる精霊を見つめ、ブレーキを離しながら問いかける。


「方向は?」

『ねぇ、ハックー。どんな建物だっけ?』

「...てめぇ。」


 出発は、少し遅れた。




 ホテルの前の大通りを走ること、数分。見覚えのある破壊跡では、工事車両が集まっていた。


「サツはいねぇな。」

『ハックーが放火したの、隣の通りだしね。』

「ま、そんなら良いけどよ。さぁて...こっからならどっちに逃げると思う?」


 少ないとはいえ、人通りのある昼中。破壊跡とはいえ、木陰で休む人を見咎められる事はない。

 ゆっくりと周囲を観察しつつ、記憶からは腕の傷や細かい擦り傷による出血量を考えていく。距離や道を思い起こし、逃げる時の事を考える。


「おい、羊。確か女二人が救助に来たっつってたよな、蠍の契約者は。」

『そだね、あっちだったかな?』

「なら、そっちだな。怪我人引きづるのに、知らねぇ道を通るにゃ度胸がいる。困難な道でもねぇなら、引き返すのが道理だぜ。俺ならそうする。」

『あんぜんまーじん、ってやつ?』

「そういうこった。男なら人によっちゃ、奇を衒うのも好みそうだけどな。現代社会でそれはそうねぇさ。」


 まるでゲームのメタ読みでも語る口調で、道を進みながら一哉は喋る。相手がプレイヤーであることを忘れているかのようで、【意中の焦燥】は少し不安を覚えた。


『ねぇ、ハックー?ゲーマーで世の中が出来てる訳じゃないよぉ?』

「あぁ?あ〜ってるっての。」

『なんか型に当てはめるの、無理があると思うなぁ。このゲーム、そういう人から外れたのが集まってるんだし。』

「...そういや、そうか?まぁ、咄嗟の時は人間らしくなんだろ、外れてりゃそんときはそんときだ。」


 外れたとしても、致命的なミスではなく。時間制限はあれど、まだそれも余裕があるとは言える。何故なら、その条件は向こうも同じ、解決する意思が双方に一致するからだ。

 向こうもこちらも同じ目的なら、それはそのうち合致する。ならば今考えるのは、「奇襲が出来れば優位になれる」程度のものである。


『ハックー、この先は工事中。通るには狭いよ〜。』

「どんくらいだ?」

『バイクでギリギリ〜。普通に歩くと落っこちちゃうよ。』

「アイツの体格で歩くのはキツいだろうな。なら右か?」


 憶測と【意中の焦燥】からの情報を元に、道を選択していく。周囲は、いつの間にか街中を外れ、少し閑散とした住宅地である。


「ゲームのマップ移動みてぇだ...潜伏すんならここか?」

『だったら、ドロドロ煩いハックーはモロバレだね。』

「煩くねぇだろ、直管マフラーでもねぇんだぞ。」

『直感?なんか凄そう。』

「...絶対、違ってるだろ。」


 肩に戻った精霊をもみくちゃにしながら、一哉は一件一件の様子を見て回る。

 一つ、破壊跡の大きい家を見つけ、その中を覗き込む。


「うわ、穴ぼこだらけだな、こりゃ。」

『あ、ハックー。これ。』

「あん?...布団か。温いとも言えねぇが、冷めきっちゃねぇな。」


 躊躇なく手を突っ込んだ一哉の腕をつたい、小さな精霊が布団の上を歩き回る。


『人がいたの?』

「マトモな奴なら、こんな家にいねぇだろ〜な。訳あり、つまり?」

『怖い犯罪者?』

「なんっでそうなんだよ!参加者ぁ!オメェ何を探してたぁ!?」

『イタイ、イタイ、イタァ!』


 頬を抓る一哉に、涙目で蹄を叩き付ける。とはいえ、このサイズ。痛くもない抵抗なので、一哉の気が済むまで続く。

 一通りいじり倒すと、一哉は精霊を肩に乗せて立ち上がる。居ないと分かったなら長居は無用、痕跡から行先を探るなんて経験や勘のいる作業は挑みもしない。


「さ、行こうぜ。行先なんざ大概決まってんだろ。」

『それって?』

「病院か、天球儀か...もしくは新しい精霊を獲得するか、だな。」

『僕なら病院かなぁ、痛いのヤだし。』

「よし、天球儀行くか!」


 見事な無視を決め込み、一哉は家屋から出る。理由は単純、健吾の性格を考えれば、痛いのが嫌だと行き先を決めるように思えなかったから。

 ほとんど直感の様なもので行き先を決めると、フルフェイスヘルメットを被り、発進する。天球儀は街の中央、やや西よりのここからは、引き返す形になる。

 一度通った道は慣れたもので、僅かに早く街中へと戻ってくる。中央の小高い丘、その上に建つ天球儀から、誰かが出てくるのが見える。


「はっ、ビンゴ...!」

『おぉ...ハックー運悪いのに。』

「行くぜ、【意中の焦燥(ターゲットファイア)】!」

『ハゲるぅ!』


 お仕置とばかりに、乱雑に羊毛を抜き取るとそのままバイクを加速させる。

 坂を一気に登るそれに、いち早く気付いた男が叫んでいる。後ろの二人を天球儀に押し戻している様だ。


「やっぱり...甘ったれてんだよ!」

「何の話だ...!」


 発火する羊毛を投げれば、炎の波の様にそれは広がる。吸い込まない様に顔を腕で覆いつつ、健吾が飛び退いて呻く。

 炎に追従するように走り、波を割って目の前に飛び込んだ一哉は、持ち上げた前輪に車体の重さを載せて押し潰そうとする。

 しかし、僅差で横に飛び退いた健吾が潰れる事は無く、丘に破裂した血袋が転がる事は無かった。


「ち、見えてたか!?」

『ハックー、自分で獣みたいな勘の奴って言ってたよ?』

「...覚えてんだよ、黙ってろ!」


 丘の上をUターンし、草を巻き上げながらタイヤが跡をつけていく。その軌跡が何度か健吾に向かい、その度に地面が炙られ焼ける。

 バイクを駆りながら、燃える鉄棒を片手で振り回す一哉の攻勢は止まることが無い。


「ほんっと、しつこいな...転倒しやがれ!」

「ばっ!?シャレになんねぇっつの!」


 無茶を承知で、最小限の回避からバイクの横を蹴りあげようと健吾が迫る。炎に少し焼かれながらも後輪を蹴飛ばせば、片手でバランスの崩れたバイクは易く傾斜する。

 フワリと羊毛に包まれたバイクから、転がるように一哉が飛び出して襲い掛かる。


「殺す気かテメー!」

「それがお望みなんだろーが、アァ!?」


 振るわれた鉄棒を避け、顔に拳を叩き付ける。鼻血を垂らし、怒りで顔を染めた一哉がつかみかかった。


「手ぇ抜いてんじゃ...ねぇぞ!」

「抜いてねぇっての!」

「いいや、素手でやろうって時点で気に入らねぇな!」


 力任せに引き寄せ、頭突きをかました一哉が突き放す。

 垂れた血を互いに拭い、【意中の焦燥】が撒き散らした炎の中で睨み合う。


「てぇな...口切っちまったじゃねぇか。」

「お互い様だろ、鼻血野郎。」

「それこそお互い様だろうが。何しに来やがった。」

「それより、どうやって傷を治した?なんかシステムがあんのかよ。」

「言うと思うか?」


 返答が無いとわかり次第、燃える鉄棒を横薙ぎに迫る一哉。受け流す訳にも行かず、その身を引いて避ける。

 眼前をチリチリとした空気が横切り、熱とは逆に冷や汗が伝う。だがここで退いてもそれが続くだけ、強引に体勢を前のめりにし、低く構えて突進する。


「ぐぇっ!?」

「また関節外されてぇのか?」


 腹にタックルをかまされ、そのまま押し倒された一哉の腕が引き伸ばされる。鉄棒を蹴り飛ばされ、そのままその腕に足が絡まり逸らされる。

 がっちりと入った技に、関節が悲鳴を上げているのが嫌でも伝わる。左肩も踵を食い込ませるように抑えられ、満足に動かせない。


「この...放しやがれ!」

「口だけは元気だな。」


 肘を破壊しようと力を込める健吾だが、悪寒が走りその場から飛び退いた。

 立ち上がった一哉の横で、火柱が上がっている。契約者の肩まで宙を駆けてきた精霊が文句を呟いた。


『ハックー、僕の仕事多すぎ〜。』

「それがテメェの役目だろうがよ、文句言うな!」


 鉄棒を拾い再び発火する一哉に、健吾は羽織っていた上着を投げつける。視界を覆われて乱雑にそれを取り払う間に、健吾は炎の中を走り抜けて姿をくらませた。

 炎を払い除ける様に走り、抜け出した一哉は辺りを見回す。炎の向こうは見えない為、その側をグルリと走りながら。


「くそっ...どこ行きやがった!?」

『ハックー、あれじゃない?』


 精霊の示した先は、今まさにエンジンを始動したラングラーが。走り出したそれに舌打ちしつつ、すぐにNinja250を起こしてエンジンをかける。

 加速性はバイクが圧倒的に勝る。すぐにトップスピードに乗ったバイクは、150km/hを超えている。あっという間に距離を詰めて、二台は市街地へと突入して行った。

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