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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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それぞれの思惑

 僅かないい匂いに誘われ、鼻をひくつかせた一哉が目を開ける。鬱陶しそうに毛皮を跳ね除け体を起こせば、朝日が天窓から差し込んでいる。


「もう朝かよ...寝た気がしねぇ。」

『ハックー、人の事引っ捕まえといて、こんな風に放るのってあんまりじゃない?』

「あぁ?...そういや、なんでお前膨らんでんの?」

『寝る前の記憶をご存知でない...!?』


 ショックを受けたように泣き崩れる精霊を放置し、影に潜む檻を目にする。寝ているのか、休んでいるのか。とにかく、その暗がりに動きはない。

 一安心し、立ち上がって荷物を肩にかけた時、先程の香りが気のせいではない事に気づく。食欲を誘う、空腹には毒な匂いだ。


「おはようございます、ハクさん。」

「お!?おぅ...えっと、アンタは...」

『ごめんね〜、ハックー寝坊助さんだから〜。』


 必死に記憶を探る一哉の肩に、広げられた羊毛をしまいながら【意中の焦燥】が飛び乗った。

 苦笑する二那の前で、思い当たった一哉はスッキリした表情で口を開いた。


「そーだ、昨晩の!牛の契約者だったよな。」

「お、覚えてて下さって良かったです...」

『一晩で忘れてたら、ハックーの脳みそを疑うところだったよ。ところで、そのお鍋の中身が増えてない?』


 スンスンと鼻をならす精霊に、二那が頭を撫でながら蓋を開ける。


「少し、材料を加えたの。大きいお鍋もあったし、材料は買いに行けたから。」

『僕が減らしてたおかげだね〜。』

「あんなモン食ってんじゃねぇよ。」

「悪かったわね、あんな物で。」

「あで!」


 頭を叩かれた一哉が振り向けば、隈のできた八千代が見下ろしていた。どうも、昨晩は眠れなかったらしい。

 恨みがましく睨む一哉を無視し、湯気を立てる鍋を覗き込む。


「チゲ鍋かしら?これ、貴女が?」

「えぇ、その...勝手な事をしてすいません。」

「あら、怒ってる訳ではないわ。ごめんなさい。私と彼、少し目立っててマークされててね。買い出しにも行けなかったから、ご相伴に預かれると助かるわ。」

「是非、助けて貰いましたから。」


 まだるっこしいやり取りは無しに、早々に器によそう無礼者もいるが。

 一哉のそれは咎められる事もなく、皆で食事を掻っ込む。温かい飯で腹を満たせば、イラつきも不安も和らいだ心地になる。


「あぁ...美味い。腹減ってたから、余計に旨いな。」

「うぅん...ちゃんと料理も勉強しないとダメね。一晩で改善されるなんて...」


 一つ訂正するならば、八千代が不器用という訳では無い。調味料を使う機会がなく、種類や分量から味を予測出来ないのに、創作料理に手を出しただけである。

 疲れからか、昨夜は鼻も効かなかった。万全だったなら、食える程度の物にはなっていた筈だ。


「しっかし、なんつぅか...悪かったな。こんな事、随分と手馴れてるみてぇだしよ、地味女なんてのは言いすぎた。」

「いえ、そう間違ってもないですから。」

「そうかぁ?確かに派手さ明るさもねぇし、目立つよーな奴でもねぇけどよ。俺にゃこんな芸当は出来ねぇし、誇る程でもねぇって手間でやるじゃねぇか。凄ぇと思うけどな。」

『ハックー...餌付けされたワンコみたいだよ...』


 ちゃっかり契約者の器から貰いながら、白菜を飲み込んだ【意中の焦燥】が呆れたように首を振る。

 懲りずに頬を揉まれる精霊をよそに、一哉は二杯目を注ぐ。まだ食べるのか。


「気に入らないわね、貴女のその自意識。」

「え?」

「過剰なのもどうかと思うけど、ウジウジし過ぎよ。そんなんじゃ、せっかくの貴女の才能、良いように搾取されて捨てられちゃうわよ?」

「...御忠告、ありがとうございます。」

「あんまり伝わってない感じもするけど...はぁ、私が口を出す問題でも無いわね。分不相応に出しゃばったわ、気分を害したならごめんなさい。」


 なんとなく話題を失敗したと察し、八千代は早々に話を切り上げた。このゲーム、参加者は大概に失敗した者、もしくは失敗したと思っている者だ。

 考えられる懸念は、とうに経験した者が多いだろう。


(まぁ...ちょっと分からない人もいるけど。)


 三成や健吾の、弱みといった物を見せない顔を思い出しながら、どうにか探れないか模索する。

 助けるにしろ刺すにしろ、懐に入るには弱みを知るのが近道である。見せないという意味では目の前の一哉も同じだが、如何せん単純すぎて分かりやすい。


「どーでもいいけどよ、もう協定は解除で良いんだよな?」

「そう?私は貴方の事を気に入っているし、出来れば休戦くらいはしたいのだけど。」

「あぁ?どこに気に入る要素があったよ。」

「貴方、悪ぶってるし荒いけど、基本的には優しそうだもの。そういう男の子、私は好きよ?」

「ち、止めろよ気色悪ぃ。」


 小首を傾げて微笑む八千代に、腹立たしげに顔を背ける一哉。人に好感を持たれる事自体、慣れていない為にゾワゾワとした違和感がある。

 なんとも子供っぽい契約者に、【意中の焦燥】は仕方ないとでも言いたそうに首を振った。


『ハックー、すごく子供っぽい。』

「てめぇに言われたかねぇんだよ...!」

『痛い痛いぃぃ〜!』


 乱暴に頭を撫でられ、大袈裟に痛がる精霊が跳ねて逃げ回る。追いかける一哉に、八千代は本当に子供だと納得した。


「それで、貴女はどうする?私、あの精霊をどうにかするまで動きたくないのだけど。アレ、近づいても狙撃しても勝てるビジョンが浮かばないもの。」

「それは...確かに。」


 二那が頷いた途端、グラリと地面が振動し精霊が顕現する。腹立たしげに蹄を叩きつけるのは、【母なる守護】である。


『何が確かに、だ!我の前で、奴はそれほど暴れてもいなかっただろう!』

「でも...勝てそうだった?」

『無論だ。精霊と人間では、体力が違う。疲弊した契約者は離れるか潰されるかを選ばなくてはならず、奴の契約範囲は極端に狭い。勝てる道理しかないわ。』


 角を振り上げて猛り、檻の中へ威嚇する。とはいえ、弱りきった精霊を一方的に潰すつもりもないのか、そこから暴れる事は無かった。

 宥めて謝る二那に、八千代は性分ね、と呟いてため息をつく。その性分は嫌いではないが、そういう人が喰われるのは大嫌いなのだ。


「貴女、少し心配になる人ね...」

「そう...ですか?親には手のかからない子だと言われたんですが。」

「そういう所よ。もう少し、図太く生きても良いのに...なんだか、昔の友人を思い出すわ。」


 互いに踏み込みはせず、緩やかに相手を知りながら、のんびりとした会話をする。体感時間だが、数日ぶりの穏やかな雰囲気は、精神的な疲れを癒してくれる。

 そんな空間に、突然に騒乱が乱入する。【母なる守護】の頭へと飛び乗った【意中の焦燥】だ。


「てめ...!降りてこい!」

『やだよー、ハックーがいじめる〜!』

「くそ、半端に高いんだよ...」

『失礼極まりないのだが?潰せというなら、そう言えばどうだ?』


 睨み合う牛と人間。滑稽極まりないその争いに、八千代が終止符を打った。


「はい、ストップ。あんまり騒ぐと、襲われるわよ?私の襲えって以外の命令、殆ど聞いてくれないんだから。」


 頭上を示した指を皆が追えば、薄暗い天井に張り付いた【魅惑な死神】がこちらを伺っていた。鈍く光る濃紫の針に、誰かの喉がゴクリと鳴る。

 和やかな雰囲気から一転、魔女や死神を思わせる笑みで同意を促す八千代に、荒くれ達も頷く。完璧なタイミング、完全な仕草。もっとも効果的だと思えた事を瞬時に演じるのは、職業病のようなものだ。


「な〜んか、薄ら寒い気分だぜ...」

「褒め言葉よ、ありがとう。」

「褒めてねぇだろ。」

「狙い通りだもの、私の技術の裏付けよ。」


 サッと手を挙げ、【魅惑な死神】を下げさせた八千代は得意気だ。


「キチンと聞くじゃねぇかよ。」

「貴方達が大人しいうちは、よ。」

「け、おっかねぇ。」

『僕で良かったでしょ?ハックー。』


 頭に飛び乗った精霊を、毛並みを堪能するようにもみくちゃにしながら一哉は荷物を取る。

 少し勢いをつけて背負うと、バットケースがガシャンと音を立てる。とてもバットとは思えない音は放置し、八千代はその行動だけを問う。


「どこに行くのかしら?」

「そのゴキブリみてぇな死に損ないの毒が回るのなんざ、待ってられねぇからな。俺はあの半端野郎を潰しに行く。今度はサツも動かねぇように、火は使わねぇでな。」

『お留守番〜?』

「いや、なんかあった時の為に、肩にはいろ。関係ねぇ事...例えば車が突っ込んできて死ぬとか、洒落にもならねぇからな。」

『防御ね、モコモコ頑張るよ〜。』


 最後とばかりに八千代と二那に羊毛を押し付けると、外に出ていく一哉へと飛び乗って霊体化する。どうやら、二人は精霊には気に入られたらしい。


「んじゃ、ま。俺と遭遇しないように気ぃつけろよな!」


 運動用のスパイクの紐を結び、自信に満ちた顔で笑うと一哉は展望台から飛び出した。そのまま山道を下る...と思えば、真っ直ぐに走り崖へと飛ぶ。

 駆け寄って下を見た二那の視界には、宙に浮く黄金の毛皮。渡りついで降りたのか、下まで点々としている。


「あぁ...驚きました。」

「まったく、乱暴ねぇ...」


 呟く二人の声も届く前に、彼は麓へと降りていった。




「...っと、確かこの辺りか?」

『さぁ?初日に使った以来だし...覚えてないよ。』

「橋の近くではあんだよなぁ...あの後、鮫ヤローとやり合ったんだしよ。」


 クルクルと手に持つ鍵を回しながら、一哉は裏路地を見て回る。初日には煙草を加えた学生がサボったりしていたのだが...

 今は人っ子一人おらず、閑散とした空気が漂う。きっとインフルエンザの流行った当初だって、ここまでの自粛はなかっただろう。


「こういうリアリティーある非現実的なとこ、やっぱりゲームだよなぁ。」

『言ってる事めちゃくちゃだよ?ハックー。』

「は、どーでもいい事にいちいち口を出すなっつの...お、あったぞ。」


 ブルーシートを取り払い、赤く塗られたボデーの土埃を叩き落とす。キーを差し込み回せば、唸る金属の鼓動に笑みがこぼれる。


『やっぱりゴツイよね〜。忍者っていうからスリムかと思ったのに。』

「十分スリムだろ。あと Ninja250 、な。忍びじゃねぇから。」


 二輪に跨り、ペダルを踏み込んでクラッチを離す。動力がタイヤへと伝わると、ゴムが路面を蹴りだして炎の参加者を街中へと運んで行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] チゲ鍋良いなあ。 八千代と二那に羊毛を渡してから別れるんですね。やったー!意中の焦燥の胃袋を掴みましたー!(ガッツポーズ) 今まで契約者である一哉君しか使っていなかったから分からないのですが…
2022/06/05 15:17 数屋 友則
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