表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
52/144

決定打

 寒空を裂く様に飛ぶ矢が、空中に放り出された寿子を狙う。目の前に迫った死の気配に、呼吸も鼓動も止まりそうになる。

 視界が暗転し...次の瞬間には地面に倒れていた。咄嗟に額に手を当てるが、風通しが良くはなっていないらしい。


『ぐ、貴様...!』

『良くやった、小僧!痛快だ、ハッハッハァ!』


 大笑いする【浮沈の銀鱗】に拾われ、地面の土くれが冷たく硬い鱗の感触に変わる。困惑しつつもすぐに掴んで落とされない様に体勢を整えた。


「アルレシャ、状況!」

『醜態を晒した貴様が瓶に入り、我がそれを割った。赤派手はナイフに腕を刺されたのよ!やりおるわ、あの夜道怪めが!』

「お兄さんがやったん?」

『気づいたらそこにおった。まったく、後は我がなんとか出来れば最高だったんだがな...』


 そういえばと後ろを振り向けば、見えたのは厚い甲殻。海のような深い青の、盾の様な鋏。


「ありがと、でも無理しちゃダメだよ、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!」

『ここでせずして、いつ無理なんて致しますの?』


 細かくなった甲殻がサッと身にまとわりつき、泡に乗った人魚が此方を睨む。この距離なら襲われないと判断し、【疾駆する紅弓】を警戒する。


『ふん、貴様の軟弱な精霊はくたばりおったか?』

「君は自分の戦った軟弱な相手に、トドメの確認もせずにいるんだね?」

『...良いだろう、殺してくれる。』

「その腕が弓を引けるまで、何時間だい?出来るならドーゾ?」


 不慣れなのが丸わかりな、故に余計に腹の立つ笑みを浮かべながら、息をするように皮肉を投げかける真樋。

 腕に突き立てられたメスには、どうも何か塗ってあったのか。【疾駆する紅弓】の左腕は不自然な程に脱力している。


「あっちも大丈夫なんかな...」

『捨ておけ、くたばれば儲けものだぞ。貴様の体力が戻った以上、奴は要らん。』

「アルレシャ、助けてくれたんに失礼やん。」

『貴様と言う奴は...ここがどこか、いい加減理解してくれ。』


 呆れた様に呻くと、すぐに反転して【泡沫の人魚姫】へと突進する。

 遠距離を警戒しないで良い以上、接近戦に集中しても問題ない。鋼の様な鱗で体当たりをしかけ、展開され直した甲殻越しに重い衝撃を届けた。


『くぅ...!』

「大丈夫!?直接受けんでも...」

『いいえ、この程度。私とて精霊、どこの馬の骨とも知れない輩に、大きな顔をさせ続けるつもりはありませんよ...!』


 片腕に甲殻を集中し、打撃に向いた形へと変貌させる。大きく振り上げ、近づく【浮沈の銀鱗】に向けて振り下ろす。


「避けて、アルレシャ!」

『断る!手負いなぞ、食い破ってくれるわ!』

「話を聞いてくれへんのんやけど!」


 牙を光らせて襲いかかる精霊に、空気を唸らせて槌が振り下ろされる。次こそは砕いてやるとばかりに噛みつき、無理矢理に衝撃を殺す。

 顎が嫌な音を立てるが、その痛みなど目に比べればどうという事もなく。バラける隙も与えぬほどに締め上げる。


『放し...なさい!』

『軟弱な。開く振るは苦手か?』


 甲殻を噛み砕かんとその顎に力を込める。耳をつんざく力任せな切削音が鳴り、甲殻に白い跡を残していく。

 頬張る様な形に食い込んだ牙からは、容易に引き出す事も出来ない。片腕で必死に力を込めるが、閉じる力以外はその見た目通りの精霊だ、適うはずもない。


「ボクの事を忘れて無いかなっと!」


 後ろから飛び込んだ四穂が、【浮沈の銀鱗】の上を渡って寿子に迫る。おそらくは何も手段は無いが、おそらくで契約者を危険に晒す訳にも行かない。

 仕方なく【泡沫の人魚姫】を解放し、四穂が辿り着く前に地面に潜る。当然、四穂も巻き込まれるが、泡が足場になり【浮沈の銀鱗】が深くに行くまで待機した。


『あわよくば溺れれば良いと思ったが...そうも行かぬか。』

「ボクは泳げないからねぇ。落ちる時はすぐに泡、これは練習したもん。」

『主様、来ます。後ろに!』

「ハイハイ、っと。」


 鋭利な鮫肌の鱗を叩きつける【浮沈の銀鱗】に、甲殻を押し付けて身を守る【泡沫の人魚姫】。契約者二人はその衝突に、巻き込まれない位置を取る事が重要だ。

 背中に張り付いた寿子は大丈夫だが、四穂はそうも行かない。液状化する地面や突撃する【浮沈の銀鱗】、回り込んでは泡に飛び乗って、常に動き続ける。


「体力仕事してなかったら、もうへばってたかも...!」

『既に息が上がっているがな!』


 片目の潰れた【浮沈の銀鱗】は、回り込むにしても方向が決まっている。故に間に合っているが、最初程の素早さは無くなり疲労が見え隠れしている。


『く...コソコソと!』

「当たり前だろ、僕は喧嘩もした事ないんだし。嫌がらせに徹させて貰う。」

『せめて腕が動けば...主!こちらに来れんか!』

「流石に追いつかれるよ!【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】は泡に乗っての移動だよ!?」


 進展の無さに焦れる【疾駆する紅弓】が呼びつけるが、それが出来るならやっている。

 真樋の動きは消極的だが、故に後手に回った後の対応が早い。当たり前だ、この場でもっとも長引いて困る、体力がいち早く尽きるのは四穂なのだから。


『ぐ...別行動は苦手だというのに。いけ、ルクバト!』


 自身は真樋に対処する事にし、逆手に持つ矢を強く握る。召喚されたルクバトは一直線に【浮沈の銀鱗】を踏み抜きにかかり、四穂と【泡沫の人魚姫】に襲いかかるチャンスを減らしていく。

 鬱陶しげに尾で払おうとする【浮沈の銀鱗】だが、ルクバトの跳躍力の前では地平の攻撃は無いに等しい。潜航と浮上を繰り返し、結果として四穂の体力を消耗出来ない。


『三対三、同格と思ったか?精霊と人間では訳が違う。奇襲でも無ければ避けるも易く、一度接敵すれば片手間でどうにかなる。』

「その割に、君は随分と手間取ってるね?」

『我は機動力と狙撃に優れた精霊だからな。白兵戦は嫌いだ。』


 そういいつつも、木の間を縫い、飛び乗り、手に持つ矢を短槍の様に突き下ろしてくる。

 運動オンチという訳ではなくとも、スポーツマンとはかけ離れた真樋には、それを躱すので精一杯。このままでは、此方の体力が先に尽きる。


(瓶の中身...残っているのは補助道具以外はアレだけ。ここで使うか...?もう少し補填しておけば良かったな。)

『考え事とは悠長だな!』

「それしか出来る事も無いんでね!」

『もう一つ作ってやろう。そこの土となり、お仲間に絶望を与える事だ!』


 突き出された矢がセーターを裂き、中に仕込んでいた瓶が割れる。そのまま矢に貫かれ、ガスボンベの中身が噴出する。

 当然、その中に矢は突き立てられている訳で。ルクバトの鬣や蹄を見ればわかる通り、【疾駆する紅弓】の意匠は貫く炎。矢も例外では無い。


『ぐっ...!』

「マズっ...!」


 細かくなった容器が、爆発と共に四散する。直ぐに目を閉じ、顔の前に腕を運ぶ一人と一柱にそれは次々と突き刺さった。

 痛みを訴える腕を確認し、このまま動いても問題無い事を把握する。血は出ているが、血管内を巡回はしていない...筈だ。感覚が宛になるかは分からない。


『なんて物を持っているのか...!』


 恨み言を言うが、それに応えるものはない。いち早く真樋が駆け出したのは、【浮沈の銀鱗】を警戒して背を向けている【泡沫の人魚姫】...その背中に庇われている四穂だ。

 手には蓋の開いた瓶。何をするつもりか察した【疾駆する紅弓】は、彼を止めようと走る。その速度は差が大きいが、距離が近かった。先に駆け出した方が圧倒的有利。


『くっ...主、屈め!』

「届けぇ...!」

「何っ!?」


 振り向いた四穂に飛び出す真樋に、【泡沫の人魚姫】の尾ビレが払われる。助骨に嫌な音を響かせ、手から瓶が放り出された。


「お兄さん!」『仕留める...!』


 寿子の叫びと迫る【疾駆する紅弓】に、真樋は宙を飛ばされながら...笑みを浮かべた。


「やれ、【宝物の瓶(トレジャーピトス)】!!」

『Roger、命じるままに。』


 彼の元に密かに戻っていた精霊。契約者の呼び声に応え、宙を舞う瓶を蹴りあげた。

 既に蓋も開き、顕現していた瓶。余計な手間暇はなく、ただ少し飛び方を変えるだけ。そんな作業は簡単に終わり、対応が追いつく事はない。飛んだ先...前傾姿勢で走りよる【疾駆する紅弓】の対応が、だ。


『なっ!?』

「悪いね。初めから契約者より、精霊を狙ってたんだよ。」


 真樋の霊感。精霊の気配を悟るそれは、契約者を狙うセオリーよりも精霊への奇襲による無力化を選ばせた。

 驚愕のままに瓶に閉じられた【疾駆する紅弓】に、聞こえているかも分からぬ声をかける。蓋を閉じて懐にしまえば、後は楽な仕事である。


「...さて、手負いの精霊一柱ならどうにかなるかな?」

『Yes、マスター。酔いも覚めました。』

「あぁと...これってさ、マズくない?」


 泡の上で口角をひくつかせる四穂に、冷たい光沢を走らせる小太刀が突きつけられる。

 それが払われる前に、泡が弾けて四穂が落ちる。頭上で空を裂く小太刀に冷や汗を流しながら、すぐに持ち直して指示する。


「辺りを埋めつくして!【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】!」

『承りましたわ...!』


 落ち葉、人間、精霊。その全てを持ち上げるように、一面に泡が湧き上がる。その上を跳ねるようにして、その場を四穂が離脱しようとする。

 踏んでは割れる泡の音からそれを察し、真樋は其方を向く。精霊の反応もある。霊体化して取り憑いているのだろう。


「させるか...!」


 手に持ったナイフを投げつけ、泡を割る。人を狙う事は難しくとも、跳んだ先に浮く大きな泡なら易い。

 発動を早める為か、人を乗せるギリギリの強度の泡は、掠めただけでもパチンと弾けた。足場が消え、落下する四穂が声を上げるより早く、紅い毛並みが真樋の前を通り過ぎた。


「ルクバトっ...!?」

「ちっ、残ってたか...」


 少女を背に乗せ、山道を駆ける精霊。背に乗る片割れはおらずとも、その忠誠は同じ。敵から確実に距離を取る道を跳ね駆ける。


「どうせ、近づいたら蟹が出るしな...ピトス。」

『Concern、射ても防がれます。』

「それもそうか...仕方ない、追うとしようか。視野に入れなきゃ悟られないでしょ。」


 ここまでくれば、相手に勝ちの目は無いだろう。窮追戦の始まりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ