情報収集
時刻は昼過ぎ。夕刻をすぎれば、不自然な程に人の出入りが減る町だ、早めに情報収集は済ませたい。
二人で手分けして聞き込んで、インターネットの閲覧が出来る場所を探しだした。時刻は3時、間に合った方だろう。
「漫画喫茶って高いのか?え、と...2000か。結構するなぁ。」
休息も兼ねているため、一人が待つ事も無い。一部屋に二台、パソコンもある。(片方はノートパソコンの貸出。)
会員登録をすませて四千円を払い、健吾と仁美は部屋に入る。パソコンを立ち上げ、電源が入るまで少し部屋を見渡す。
大きめのソファー。机と本棚のある部屋だ。いくつかの観光本と、人気の漫画が置いてある、小さなペアルーム。
「泊まる場所が無きゃ、ここで良いかもな...。」
「泊まれるの...?」
「外出しねぇなら、一泊くらいならな。まぁ、そこらのゲストハウスの方が、よっぽど良いけどよ...。」
流石に2日連続で、公園泊まりは避けたい。ベンチでは腰が痛いのだ。
「とりあえず、だ。地図をスマホに撮って、宿探して...夜まで待機しとくか。一回出ちまうと、入る時にまた払う羽目になるからな。」
宿は移すが、とりあえず今日はこれから、パソコンでの情報収集に努めるとしよう。
立ち上がったパソコンで、最寄の宿を検索する。安く、は勿論だが、脱出も簡単な方が良い。6日だけならば、神経を張り続けることも出来るだろう。
故に、すぐに逃げられる方が、安全性よりも優先だ。全員が地図は持っていないだろうし、有利な地形や土地勘といった物を考慮しての事だ。
「てか、精霊なら部屋の中で顕現とか出来そうだしな...。」
健吾がゲストハウスで予約を入れながら、一人言を呟く。そのまま地図を拡大縮小を繰り返して、満遍なく頭に叩き込む。勿論、画像をスマホにインストールしながら。
予想は当たり、持ち込んだ物で無いパソコンは、この町の座標となっていた。予約を入れた部屋も、現実には恐らく無いだろう。
これで現実の部屋を取っていたら、「1日先から予約が入る」現象が起きてしまう。携帯の発信も、する奴はいないだろうが、現実には送られてはいない筈だ。
現実では、健吾達、参加者は1日だけ眠っていて何もしていない、が正しいのだろう。
「んで?何してんだ?」
「...えっ?私?」
「以外にいねぇよ...。部屋なら取ったぞ、二つ。」
完全に世話焼きが出ている健吾に、仁美は礼を言いつつノートパソコンの画面を見せた。
「これは...星座か?」
「能力の推理、とか。出来たらなって...。少しでも知っておけば、役に立つ、かも...と。」
「うん、良いんじゃねぇの?俺はその辺りは、力になれねぇだろうが...。だから、頼んだぜ。」
正直に言えば、この奇妙な共闘体制は続くかも分からない。だが、健吾には彼女を無下にするつもりは無い。それが獅子堂健吾という、男の意地だ。
本心から頼られたのが分かったのだろう、少し複雑な顔をした後、仁美はゆっくりと微笑んだ。
「ん、頑張る...。」
「あぁ。でも、無理はすんなよ?」
「...分かった。」
会話はそれっきり。二人はパソコンから目を放すこと無く、数時間が経過した。
「...ふぅ、目が痛い。」
「私も、です。」
「少し休も...いや、そろそろ出ないと延滞料金が発生するな。なんか調べる事、残ってるか?」
隣に座る仁美の画面を覗きながら、健吾は訪ねる。そこにはコンクリートが溶けた?のか、不思議な火災現場が写っていた。橋の下の様で、個人の書き込みらしい。
「...星座、精霊、近くの事件や事故。調べて無いのは、後は...?」
「そんなに見てたのかよ...。俺は地図を覚えるので、手一杯だった。」
なんか、あったかなぁ?と首を捻る健吾だが、仁美が肩を叩くので振り向いた。
「あの、メモ。」
「ん?...あっ、キーワードか。」
スマホをパソコンに繋ぐケーブルから外して、健吾は画像を表示する。プラネタリウムで発見した、手書きのメモだ。
『私は勝ちを望まない。代わりの望みは協力を。
闘わずにすむことを祈る。キーワードは《悟りは何処》。』
すぐに仁美が、少し不馴れなタイピングで打ち込んだ。
「『死んだら何処へ行くのか』、『悟りとは何』...やっぱり間違ったか?」
「うん...。」
「何かの暗号でもあるとか...?それとも場所か何かだったか?」
「それなら、検索に引っかかる...あ。」
仁美が一度、検索欄の文字を消し、『悟りは何処』から、『《悟りは何処》』と打ち直す。
「...出た。」
「アホかよ...マジで?カッコいれただけで?」
画面に浮かぶのは一つの連絡先。そして...23歳、女性、魔羯 登代だけ。他には情報を求めている、とだけ記されてはいた。
「願いの変わりに、参加者を調べてる...って、事か?」
「訳あり...?胡散、臭い...。」
「ブーメランだぞ、それ。」
押し黙る仁美を他所に、その連絡先をスマホに登録し、健吾は時計を確認する。5時55分、ゾロ目だ。どうという事も無いが。
「あと五分で出ないと、金がかかる。何か最後にあるか?」
「ん...思いつかない。」
「うし、撤収!」
早々に外に出て、二人は人の多い道を歩く。おそらく、あと数十分で人通りも無くなるだろう。そうなれば、精霊達の時間だ。
「まず宿に行って...どうする?お前の精霊。」
「ん...心当たりは、あるの。今夜にでも、行ってくる。」
「一人でか?」
「ん。」
頷く仁美に、健吾は腕を組んで顔をしかめた。
「それでお前が消えたら、今日の収穫、丸々半分消えるだろ。」
「でも、夜は他の参加者も動きやすい、から。」
「だからだ。俺もレイズも居ないで、どう対処するんだよ。」
ぐしゃぐしゃと頭を抑え、健吾は仁美を黙らせる。どんな正論が飛んでこようが、健吾には関係なかった。
「とりあえず、チェックインだけでもしよう。話はそっからだ、そっから。」
強引な健吾に、仁美は膨れながらも従う。彼女は、どんな人物を利用しようとも、勝に拘る目的がある。
都合が良いのは確かなのだ。引け目を感じている暇は無い。少しの温もりが残る頭を抑えながら、仁美は駆け出した。
小さなゲストハウスだが、個人部屋は幸い二つあった。宿でそれぞれの部屋に入り、少し休む。
健吾は財布の中身を見ながら、険しい顔をしていた。
「この宿であと六泊...。替えの服はまぁ、洗濯したモンを乾かして着るとしても...。飯代がなぁ。」
コンビニで引き落とせば、少し割高。心情的に、避けたい選択だった。
なんとかやりくりしても、何らかの物資を調達は出来ないだろう。スマホの充電器でもあれば、ライトや通信、写真機能が使えたのだが。
スマホのバッテリは、残り70%。持って3日だろう。
「仁美も、精霊が見つかれば、流石に離れるだろうし。そうなりゃ金銭は余裕出るんだよなぁ。」
『なら、今すぐリタイアさせたらどうだ?』
「うおっ!レイズか...いきなり出てくんなよ。」
近くのベッドに腰をおろし、椅子に座る健吾に顔の高さを合わせる。精霊の態度に、健吾も佇まいを正した。
『なぁ、レオ。確かに協力しにくいこのゲームで、味方を得るのはデカイ。2対1の構図になりやすいからな。だが、解るだろう?最後に残るのは一人だ。』
「あーってるよ、そんな事。でもな、俺はバカだから。一つの事しか出来ないんだよ。」
『それは?』
「誰かの為って言い訳して、殴ること。」
『...はぁ!?』
想像以上に暴力的な事に、【積もる微力】はすっとんきょうな声をあげる。
『いや、まぁ、そりゃ...殴るのは賛成だが。』
「理由がさ、目の前にあった方が分かりやすくて良いんだ。陽富...あぁ、妹なんだけどな。なんつーか...記憶だけだと、ちと迷う事もあんだよ。」
『...でもな、』
「勿論、感情移入って訳じゃない。莫大な手術代金を、俺は用意できないからな。だから...ある程度吹っ切れるまで、だよ。」
『まぁ、お前がそー言うなら、それで良いぜ。俺は勝てればそれで良いんだからな。』
健吾の言葉は、多少の揺らぎはあれど、まっすぐな物。精霊は参加者の理想を叶える物だ、【積もる微力】とて、例外では無い。
「うし、決まりだな。」
『あぁ?何がだ?』
「とりあえず、食ってから考える!まだ6日もあるんだ、3日悩んでも足りる足りる!」
『適当だなぁ、おい!』
行き当たりばったりな健吾の思考に、【積もる微力】は少し嬉しそうに笑う。考えるよりも、動くのが彼の性格なのだろう。
部屋を出て、隣にノックをする健吾を見送り、精霊は頭をかく。
『ったく、楽しませてくれんだろうな?レオ。俺は、障害物なら、全部叩き壊す方が好みだぜ?』
そして、ニヤリと笑いながら、その姿を消していく。
『だから、レオ...早く...』
―――狂ってくれよ?
「おーい、仁美。いるか?」
軽いノックと呼び掛けに、部屋の中からパタパタと走り回る音が聞こえ...こけた音に健吾は肩をすくめた。
「痛そ...。」
少しして、扉が開かれる。顔を覗かせた仁美は、備え付けの浴衣を羽織っている。着替え中だった様だ。
「あー、今から飯でも買ってこようか?コンビニとかで。」
「お、お願いします...。」
洗濯機、風呂場は共用だ。帰って来た時に、鉢合わせないように気を付けよう。
下らない事を考えながら、健吾は母家の方に顔をだす。母家とはいえ、ゲストハウスとは繋がっているので、外に出る必要も無い。水回りも、ここを含めての共用だ。
「すんません、飯買いに出てきます!」
奥に健吾が叫べば、一人の男性が顔を出す。切れ長な目と長身の、端正な顔の男だ。
「あぁ、行ってらっしゃい。一人かい?」
「うす、そうです。」
「それなら、ついでに私の分も良いかな?お釣はそのまま、貰ってくれて構わないよ。」
そう言って、一万円を差し出す男に、健吾は目を見張る。
「コンビニとかっすよ!?」
「構わないよ。この寒空を出るんだ、それくらいはご褒美があっても、バチは当たらないだろう。」
どうやら、少し懐が寂しいのを見抜かれた様だ。6日宿泊の上客に、サービスということか。随分と距離感が近い。
「ありがとうございます...。」
少しの違和感と共に、健吾は夜の町にくり出した。