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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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瓶の蓋と罠の口

 雪崩込む海水は強い勢いで海底をかき回し、あっという間に海中へと放り出される。バラバラになった三者、迅速に行動を開始したのは二柱だった。

 契約者を回収するだろうと踏み、そちらに泳ぐ【泡沫の人魚姫】。しかし、銀色の反射はいつまでも視界に入らない。自分より速い物が来ないことの違和感、それに振り返れば、海面を目指して突進する【浮沈の銀鱗】が映る。


『な...契約者を見捨てますの!?』

『貴様と同じよ!』


 安全域にいる四穂に向けて、危険な状態の寿子を置いていく。まったく同じとは言えないのだが、【浮沈の銀鱗】が易く殺せる力を持っているのは明白。速度で劣る【泡沫の人魚姫】に、迷いの時間も選択の余地も無い。

 すぐに追いかけ、その攻撃を阻止しようとする。間に合わない。海面へと飛び出した【浮沈の銀鱗】が、その牙を泡に突き立ててそのまま上に...四穂はいない。


「あ、あぶなぁ!スカートの裾食べられたんだけど!こわ!海、怖ぁ!」

『あの速度でも間に合わんか...』


 視線を感じ、悪寒に従って飛び降りた四穂だが、一つ忘れていた事もあった。根本的な問題、【泡沫の人魚姫】と契約していながら、水辺にいなかった問題。

 そう、彼女は泳げない。水を吸ってまとわりついた衣服が、船幽霊の様に海底へと誘ってくる。


『まぁいい。食らい尽くしてくれる!』

『させません!』


 沈む前、冷静に息を吸い込んでいた四穂を、抱えるようにして甲殻の裏に庇う【泡沫の人魚姫】。信頼している精霊が間に合い、四穂は敵の位置を知ることに専念する。

 今、届いている視線は目の前の【浮沈の銀鱗】、そして岸から二組。【疾駆する紅弓】がまだ争っているのか、場所は動いて無いようだ。

 呼吸が苦しくなり、【泡沫の人魚姫】に海面へと上げて貰う。甲殻は大きく盾状の鋏になっており、【浮沈の銀鱗】も攻めあぐねる。隙があれば、もう片腕も噛みきらんと睨み続けるだけだ。


「ふぅ...助かったぁ。ありがとね。」

『いえ、お気になさらず。陸の上で待っていてくださいな。』


 ジリジリと下がり、堤防に近づく【泡沫の人魚姫】相手に攻めあぐねる。牙を鳴らして威嚇する【浮沈の銀鱗】に、【泡沫の人魚姫】も攻めることをしない。

 陸に上がり、一息ついた四穂がふと視線を感知する。


「あれ?三組...向こうから?」


 それは【疾駆する紅弓】や【宝物の瓶】とは別。対岸の防波堤の方向、一人分。そして此方の岸、コンテナと目の前の【浮沈の銀鱗】。

 数が合わない。敵は四組、【宝物の瓶】は見ていないし、寿子は沈んだ。三組の視線、それは他所の誰かなのか?


「ねぇ、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】。ちょっと、数が...ボクの記憶と違うんだけど。」

『数?』


 何事かと振り抜いた瞬間、紅い発光が目に映える。続いた痛みに、そっと視線を下へ下ろす。


『...な、にが?』

『仲間割れ...では無いか。ふむ、小僧だな。』


 崩れ落ちた【泡沫の人魚姫】は無理に襲わず、海中へと戻る。【浮沈の銀鱗】は、既にこの場に起きた事は把握していた。




 何が起きたのか、戻すんだ。そう、そこでいい。




 手から離れた冷たくも頼もしい感触、地中から海中に放り出され、最後の息も吐ききり意識が遠のく。


(あ、これホントにアカンやつや...)


 溺れた経験も、何度かある。地元の事を思い出し、本格的に動かない体に危険であると認識させられる。

 既に日は落ち、あまりにも暗い海中は上も下も分からない。力も抜けて瞼が開くが、海水の痛みさえどこか遠い所にあるようだ。


(アルレシャ...何しとんねん。)


 あの精霊の事だ、死んでなきゃ蘇生可能な時間で戻れば良い、とでも考えていそうだ。というか、鮫の身でどうするつもりなのか。案外、何も考えていないのかもしれないとまで思う。

 揺れる体が、本当にあるのかも怪しくなってきた時。急に視界に光が入り込み、眠くなった意識に割り込んでくる。


(誰か...来とる?)


 近づいてくるその光を最後に、寿子の意識が途絶えた。



 脱力しきり、肺に空気の無い人間のなんと重いことか。余程、衣服を剥ぎ取ってやろうかとも考えたが、流石にそれは自重する。

 潜んでいた防波堤に上がり、引きずるようにして彼女も引き上げた真樋は、すぐに心音を確認する。耳に一定の、長いリズムが届いた。


「心拍はあるか...呼吸は無し、低体温症状、ね。」


 小柄な少女の身は、筋肉質とはとても言えない真樋が引き上げるのには役立ったが、生存には向かないだろう。放置しておくのは危険だ。


「...いや、これは違うから。ピトスが無事とは言いきれない以上、協力者に死なれたら困るだけ。人命救助、他意は無い。」


 誰にともなく言い訳を呟き、寿子の頭を大きく逸らす。息を吸い込んで口をしっかりと塞ぎ、肺が膨らむまで息を吐きこんだ。

 塩辛さと息を吹き込む事に集中し、柔らかさと濡れた薄着を意識から締め出す事、数分。吹き込んだ息が海水と共に逆流し、真樋は激しく咳き込んだ。


「ちょ...しょっぱ。」

「えほっ!はぁ...んぇ?ここは?」


 顔中から海水を垂らしながら周囲を見渡す寿子に、自分の上着を被せながら岸の方を意識する。精霊の気配は集中している、海岸沿いの位置だ。

 相手は確実に内陸を警戒している筈だ。何故なら、そちらに視線があるのだから。つまり今なら...不意をつける。


「お兄さんが助けてくれたん?」

「僕の上着を除いて、濡れ鼠になった理由の事ならそうだよ。」

「嫌味を混ぜんと会話できんの?うちだって寒いのに...」

「悪いけど、二枚も上着は持ってない。タオルも無い。」

「も〜...とりあえず、助けてくれたんと上着貸してくれたん、ありがと。」


 暗視スコープを覗き、向こうの様子を探る真樋に、寿子は礼を言う。懐から瓶を取り出し、何やら確認しながら真樋は返事を返す。


「二日前のお返しだと思ってくれれば良いよ。」

「あぁ...というか、二日も経つのに名前教えてくれへんの?」

「近い、邪魔。あと、前閉めなよ。」


 視界は塞がない様にはするものの、近くをウロチョロされているのは分かる。スコープから目を離し、瓶を銃の様に構えながら真樋はそう忠告した。


「なんで?」

「透けてるから。」

「んぇ!?早う言うてよ!!水着で参加すれば良かった...」

「街中も歩くけどね?」


 そそくさと離れた寿子を他所に、目を閉じて気配を探る。精霊を見つけ...そして向きが、甲殻の位置が変わるのを待った。


「今!」


 瓶の蓋を勢い良く弾き、そこから飛び出した中身が夜の空を貫いていく。準備する時間は充分に【浮沈の銀鱗】が稼いだ、ここで外す様なら別の手段を最初から取っている。

 ホテルの屋上でしまった【疾駆する紅弓】の矢。それは狙いたがわずに岸まで飛んでいき、精霊を貫く。すぐに暗視スコープを覗くが、どうも契約者までは射抜けなかったらしい。


「ん〜、微妙?まぁ、一体を無力化出来たなら大きいか。ピトスの残り時間、幾らかな...先に契約者を倒せれば良いけど。」

「今なんか光らんかった?」

「狙撃した。契約者は外したけどね。」

「銃!?」

「いや、そんなのどこで取ってくるのさ。ホテルの時の矢だよ。」

「ドラ〇もんみたいなもんやのに...今更そんな事言う?」

「何それ?水死体みたいな名前。」

「知らんの!?」


 煩いなぁ、と耳を塞ぎながら、暗視スコープとレーザーポインター、インカム等を瓶にしまう。どこで手に入れたのかと疑う物だが、寿子は驚く事も無くなっていた。


『おぉ、間に合っていたか。貴様なら拾ってくれると思っていた。』

「あ、アルレシャ!うちを放ったらかしにして!怖かったんやけぇね!」

『もう一度泡の中をクライミングする方が好みだったか?』

「うぅ...なんでうちのまわり、あぁ言えばこう言うのばっかなんよ...」


 乗れとばかりに防波堤の中に浮かび上がる【浮沈の銀鱗】に、契約者よりも先に跨って寿子を引き上げた。


「体、冷えてるからあんまり海に浸からない様にね。」

「あ、ありがと...珍しゅう優しいやん。」

「別に...そういえば、やっぱり皮膚が鼓膜みたいなもんなのかい?僕が潜ったのに気づいてたみたいだけど。」


 顔を逸らし、下の精霊に質問をする真樋。呆れた様にしながらも進み出した精霊が、口を開く為に僅かに浮上する。


『貴様、話の逸らし方にもう少し修練を詰んだ方がいいぞ。そしてそれには答えん。なし崩し的に協力しているが、貴様は敵だ。』

「そりゃ残念だ。まぁ良いさ、それよりも追いかけよう。」


 いつの間にか【疾駆する紅弓】が合流し、離れる様に走り去っている。気付かれたと視線を察して把握したのか、此方に矢を射掛けてくるオマケ付きだ。


「止めて、アルレシャ!」

『この距離ならば間に合うわ!』


 浮力を最大にして飛び上がり、ガチリと矢を噛み折る。その間に随分と距離が引き離された。

 これ以上濡れない為に、防波堤を渡っているのも原因だろう。大きく回る必要があり、明らかに遠回りになった。


「詰めが甘かったか...後手に回った印象だな。」

『虫の息の精霊なんぞ、追い詰めて仕留めれば良いわ。貴様の精霊は?』

「ピトスは...暫くダウンかも。もう一つの力を使ったから。」

『ふん、なら貴様の玉手箱に期待するか。』


 喋る必要が無くなったか、浮力を下げて背だけを出し、猛スピードで地中を進む。とはいえ、かなりの差もある挙句に機動力はあちらが上。追いつけるかは怪しい。

 GPSマッピングにも反応は無い。流石に【宝物の瓶】にもそこまでの余力は無かったらしい。先回りしようにも行き先が想定出来ない。


「あ、そうだ。あのコンテナの裏に回ってくれるかい?」

「あれ?」

「うん。ちょっと拾い物。」


 蓋の開いた瓶を構えた真樋が、【浮沈の銀鱗】の上から液状化していない地面に跳ぶ。そのまま進む精霊の後方に跳べば、難しい距離では無い。

 コンテナの後ろに走り、使った物を回収する。


「い、言う通りに彼女を見ていたぞ。なぁ、もう帰し」

「よし、早く追わないと。」


 瓶の蓋を閉め、走る真樋を地中から【浮沈の銀鱗】が迎えた。

 足元の沈み込む感覚に、少しヒヤッとしたものの。すぐに紅い射手の精霊を感知し、追いかける方向を指示した。五日目が終わろうとしている。

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