~happy birthday to ♈~
何人かの子供達のはしゃぎ声に、綻ぶ初老の男性。その背中からでも分かる穏やかな雰囲気に、呆れた様な安堵した様な感覚で、一人の青年が歩み寄る。
子供たちがより一層はしゃぎ、それに気づいた男性が振り返るより先に、その肩に手を置いて笑みを浮かべる。
「よ。相変わらずだな、おい。」
「...かず君!立派になって、まぁ!」
「んなに変わってねぇよ!二ヶ月前に来たばっかだろーが!!はしゃぐな、年寄りの癖してよぉ!」
「私はね、毎週でも待ってるんだ!」
勢いよく振り向いて肩に手をかける男性に、引き離そうと手をかける。が、それに力を込める前に、少年達に囲まれた。
「怖ぇ兄ちゃん!俺強くなったぜ〜!」
「新作!やろー!」
「いいから離れろお前らぁ!」
「それで走ってたの?何してんだか...」
「俺が悪い訳じゃねーだろ、これ。」
水を出して貰い、それを一気に飲み干して礼を言う。どういたしまして、と返す女性は、彼の向かい側に座り直した。
「それで?先生にはもう挨拶したの?」
「途中でバテてたけどな、真っ先に俺を追いかけたのがおやっさんだ。」
「それはまた...先生らしいというか...」
苦笑いを浮かべた彼女に、だろう?と笑った彼だったが、すぐに眼前に指を突きつけられ、目を丸くする。
「かず君もね。高校を卒業したらすぐに出ていくし、それから一年も顔も見せないし...」
「盛るなよ、十ヶ月だ。それに、今回は早めに来ただろ?」
「もう少し、頻繁に帰って来ても良いのに、って言ってるんだけど?大変でしょ、色々。」
「そりゃお互い様だぜ。」
未だに修理の終わって無い天井を見ながら、話の方向を逸らす。穴に紙を貼り付けたそれは、彼が中学の頃からそうだ。
「それは、直ってないけど...少しは余裕あるよ?」
「つってもな...十八になりゃ、大概は自立するもんだろ。」
「出来てないけどね〜。」
「うっせ。」
机の上に置かれた煎餅をかじり、カレンダーを眺める。今は三月、卒業の季節だ。中学に進学する子供も居たのを記憶している。
ファミリーホームと呼ばれる、施設感の薄い小規模な場所。児童養護施設とは違い、個人での慈善事業に近い物で、里親として預かる形と言える。
「で?今度は何で戻って来たの?弱音なんて今更でしょ、私には吐いちゃえば?」
「酒癖悪ぃのが煩いから殴った...おやっさんには黙っとけよ。」
「ホント...そういう所だと思う。正義感というか、融通効かないトコ。」
仰け反って天井から目を逸らさない彼を、睨みつける様に見つめる。顔を合わせない。見続ける。視線は降りてこない。仕方なく、再び口を開く。
「アンタさぁ...どうせその人も大概なんだろうけど、もう少し賢く生きられない?暴力以外で、って意味で。」
「怒りたきゃ怒って良いんだぜ。」
「怒んないよ。心配だから説教はするけど、腹が立ってる訳でも無いし。」
そこでやっと顔を下ろし、目を合わせる。少し悲しげな顔の義姉がそこにいる。
「親か、お前は。」
「今は補助者やってるし、実質的に親でしょ。」
「一年前に出てんだよ、俺は。」
「...それで、家族ごっこは終わりって?」
「おま、バカ!何年前だ、その話持ち出すなよ!また、おやっさんが泣くだろ!?」
慌てた様に口を抑える彼に、少し顔を赤くした彼女がその手を振り払う。
「近いわバカ!」
「だったら言うなっつの。ったく、人の黒歴史ばっか掘り返しやがって...」
「だって、覚えてるんだもん。アレで本気で泣いちゃった先生見て、この人は味方なんだなぁ、って思えたし。」
「止めてくれよ...あの頃は荒れてたんだ。」
「今もだし、素でしょ?」
「家族は家族だ、バーカ。」
「一言、余計。」
バカバカ言われ、少しムッとした表情の彼女が言い返そうとした時、後ろの扉が開く。
オールバックにした髪が乱れ、お疲れなのが分かる風貌で、壮年の男が入ってきた。彼は此方を見ると目を開いて驚いた。
「お〜、一哉。帰ってたのか。何しでかしたんだ?」
「そんなに信用ねぇのか?」
「逆だな、やらかすって信用してんだ。で?痴漢か、不良か?」
「酒癖。難癖つけてタダ飯集ってた。」
「あ〜、あの手のは店員次第で面倒だもんな...スルーだな、スルー。」
一哉の隣にどっかりと座ると、彼は欠伸を一つして人差し指を立てる。
「美陽ちゃん、お酒一杯くれる?」
「かず君、そのバカ殴って良いよ。時には暴力も必要だよ。」
「ジョークだっつの。昼間から飲まねぇおい一哉、拳下ろせ?」
「ジョークだよ。」
「兄弟達が冷てぇよ...親父の所で育ったのに、何でこんなに逞しいのやら...」
それでも水はくれたので、それを飲み干すと大きく息を吐いて背伸びをする。
「お、そだ。玉ねぎ採れたぞ、持って帰るか?」
「それ持って電車に乗んのかよ?ここで食わせてくれよ。」
「あん、泊まりか?...あぁ、再就職の為に保護者同意書を貰いに来たか。住所はここの使うか?」
「いや、兄貴が借りてくれたアパートので。」
「あそこか。もう少し良いとこ...いや、今無職だったな。」
「うっせ、すぐに探すっての。」
言いながら差し出した履歴書に、兄貴と呼ばれた男がサラサラと名前を書いていく。
「おぅ...つか自分で書けば?俺は反対しねぇよ?」
「あん?本人じゃないとダメじゃ無かったか?」
「お前、高校出たろ?良かった筈だ。第一、バレやしねぇって。」
紙を突っ返しながらいい加減な事を宣う彼に、それでいいのかとツッコミながら受け取る。そんな二人に美陽が思い出したように立ち上がった。
「そうじゃん、かず君来たなら部屋。」
「あん?お前ん所で良くね?」
「良い訳あるか!私たち、もう十九だからね?子供じゃないんだから。」
「そういやそうか。」
さっき年齢の話したよね、と頬を抓りあげる彼女に、ギブアップだと手を叩いて伝える。痛む頬を擦りながら、一哉の方に振り返って尋ねる。
「じゃ、俺の部屋で寝るか?一日ならまだ徹夜できるぞ、俺も。」
「いや、普通にリビングで寝るって。」
「腰痛めんなよ?」
「俺、兄貴と違って若いし〜。」
「一言余計だよな?」
喧嘩なら買うぞ、とにこやかに返す彼を見て、逞しいのはどっちだか、と呆れが浮かぶ。
そんな親しい雰囲気の彼等の間に、血の繋がりは無く。しかし、兄弟として互いの事を信頼していた。もっとも、一人は四十近い年齢だが。
「所で、随分と静かだが...親父は?」
「おやっさんなら、バテて木陰で座ってんぞ。」
「んじゃ、チビ共はゲームか...」
「ずっとやってんのよ...宿題終わったのかな。」
「誰かさんを思い出すなぁ?」
「うっせ、俺は賢いからいーの。」
「ほ〜?」「ふ〜ん?」
適当な事を言ってヒラヒラと手を振る彼は、懐疑的な目を双方から向けられる。
「ダメージ計算、謎解きの為の雑学、物理演算の処理や化学式、武器や素材の名前から、傾向の推測...俺の学業はゲームで鍛えた。」
「だから近代になった途端、歴史の点数落ちたのか。」
「無駄に回路図とかに強かったの、それね...」
「無駄でもねぇだろ、役に立ったんだし。」
「学生の頃は、な〜。」
「うぐ...」
痛い所を、とばかりに視線を向けるが、素知らぬ顔を通される。
「つか、仕事は問題ねぇんだって。」
「問題起こしたら世話ねぇだろ。」
「最近、息抜きも出来ねぇからストレス溜まってんだよ。」
「だからって堪えなくて良いとは言わんだろ?」
「そりゃそーだけど...」
「はいはい、その話おしまい!かず君が短気なのは変わんないんだから。」
手を打ち合わせ注目を集めた美陽が、ダンボールの中に並ぶ土の着いた玉ねぎを取り出しながら笑う。
「今晩はカレーにしよっか、好きでしょ?」
「お、マジか。楽しみにしとく。」
「俺もなんか手伝うか?」
「兄さんは休んでて良いよ?畑でさっきまで動いてたし、疲れてるでしょ?あ、かず君は子供達のゲームの相手したげて。匂いがしたら乱入してくるから、あの子達。」
「了解、行ってくるわ。」
遠回しに戦力外通告を成された一哉は、早々に撤退を決めた。
ゲームの上手いお兄さん、という事で子供達にはかなり懐かれていた。ここにいた頃は外か自室にいることが殆どで、同い年の美陽以外の子供とはほとんど話さなかったのだが...少し、勿体なかったかと思った。
夕飯を頂き、子供達とパーティゲームに興じ、深夜になった。居間で自宅に近いアルバイトを探していると、夜中の静寂に考慮したように扉が開く。
「あぁ、かず君か。まだ起きていたのかい?」
「まぁな。」
「パソコンゲームかい?かず君はそういうの、得意だったよねぇ。」
「別にこれくらい、誰でも出来るっての。おやっさんも少しは馴染んだ方が良いぜ?」
曖昧に笑って誤魔化す男性に一哉は、やはり変わらないな、と呆れと安堵が湧いてくる。
スリープにして画面を消すと、一哉は彼に向き直る。
「おやっさんこそ、こんな時間に何してんだ?」
「最近、夜は眠れなくてね。みーちゃんに全て任せる訳にもいかないし、お弁当の準備でも、とね。」
「手伝うか?」
「いや、大丈夫だよ。そうだ、かず君の分も作って置こうか?」
いつもの笑顔で台所に立つ彼に、本当に自分はこの人にはなれない、と思う。穏やかで、やんちゃで、懐が深い。
自分にはゲームの世界に逃げた過去と、無駄に有り余った体力しかなく。この人の目指す物の助力には、とてもなれそうになかった。
「なぁ、おやっさん。」
「なんだい?」
「その、まぁ...あんがとな。」
「...?うん、どういたしまして。」
翌日の早朝には、自宅へと帰り。挨拶くらいしろと、携帯に連絡が溜まる結果になった。
「ったく、美陽の暇人め...あ?これなんだ?」
半年たっても恨み節としか思えない「おはよう」が続き、ガソリンスタンドのスタッフルームでメールを確認していると。
見覚えの無いアドレスに、中二心をくすぐるタイトル。URLリンクを触らなければ良いだろうと、一哉はすぐにそれを開いた。しかし、リンクは見当たらず、日時と場所に謎のルールを連ねた内容。
(...ちと前なら、選ばれし者だとか騒ぎそうなモンだな。)
ちょうど、その日はバイトも入っておらず。久しぶりに部屋に積まれたゲームでもやるかと思っていた。
(願い、ねぇ。NPCの怪物を斬るよか、楽しそうじゃねぇの?)
文面から内容を予測し、役立ちそうな知識を集め始めた。夏も終わり、寒さが迫り始めた頃。彼の頭の中は、楽な生活でもさせてやろうかと熱さが滲んでいた。




