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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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弓と瓶と泡と鱗

 待っていた瞬間は、予想より早く。視線を感じる感覚に奇妙な確信を抱きながら、その弓を絞る。

 標的の見えたその瞬間、弓弦から手を放し矢を射掛ける。それはまっすぐに下を覗いた顔へ飛び...


『...Report、戦闘の開始を推奨。』

「あぁ、助かったよピトス。」


 精霊の気配を感じ取っていた真樋とその精霊に、瓶に収納する形で防がれた。すかさず第二射を放つが、それは屋上に引っ込む事で避けられる。

 すぐに警察によって閉鎖された部屋から飛び出し、すぐ上の屋上へと躍り出る。此方に向く視線は三人分、把握次第物陰に走り、視界の途切れる位置で止まる。


(なるほど、これが今の主の...尽く、目に縁があるらしいな。)


 ルクバトを呼び出すには向かない力かもしれない。そう判断し、最初の一射で仕留められなかった事を悔やむ。とはいえ、結果は変わらない。すぐに相手の出方を伺う。


「い、いきなり何が起こったん!?」

「待ち伏せだよ、言ってなかったっけ?反応が二つ、高いからか、屋上に来るまで分かんなかったけど。」

「知らんよ!」


 困惑しているだろう方から先に仕留めようと、弓を引き絞った後に一気に飛び出す。数瞬の間に場を把握し、狙いをつけて放つ。

 赤い尾を引くそれは、押し飛ばされた彼女の肩をすり、僅かな血を飛ばしながら空へと消えていく。


「あ、ありがと...」

「意外に平気そうだね?幸い人は居ないけど...【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】は地表まで穴を開けちゃうね。離れて...も危ないか。近くに。」

「お願いするわ...」


 精霊の後ろで次の矢を警戒する真樋から目を離さずに、【疾駆する紅弓】はその弓を軽く調整しながら呟く。


『やはり警戒されていては当たらんか。範囲外から気づかれぬうちに射抜きたかったのだがな。』

「昼間から死体は出せないものね。それで、この狭い所で馬でも駆るかい?」

『そうだな、そうするとしよう。ルクバト!』


 下手に慣れない戦い方をするより、其方が良いと判断して【疾駆する紅弓】は愛馬を呼び出す。

 掲げた手に引き出される様に燃え上がった炎の中から、紅い駿馬が駆け出した。嘶きながら駆ける軍馬に跨り、そのまま狭い屋上を横断する。


「こんな狭いってのに...本気?」

『Please、安全圏への避難を検討。』

「分かってる。けど...流石に入口に入ってる暇は無さそうだけど?」


 今もなお、馬上から弓を絞る精霊を見ながら、立ち止まる事を躊躇する。障害物になりそうなタンクや、瓶から取り出した扉等で視界を遮りながら走り回る。

 寿子と離れない様にしながらなので、その機動力は到底【疾駆する紅弓】には敵わない。直線的な動きになりやすい馬では、この狭い場所ではかえって動きにくいとも思ったが。ひとっ飛びで物の上に駆け上がるなど、想定しなかった動きに翻弄される。


「ピトス!」

『Roger、迎撃します。』


 この距離ではあるものの、来ると分かっている矢を避けるのは精霊には難しくない。接近を防ぐ為か、【宝物の瓶】を優先的に狙う矢は真樋達には当たらない。

 もし射ったとしても、真樋の瓶の中身が防御策になっているだろう事は【疾駆する紅弓】にも分かっている。先に危険な精霊を潰す。その殺意を持って、次々と矢を番えていく。


『Killing、覚悟してください。』

『覚悟が必要なのは貴様の方だ!』


 遂に射程内にまで詰め寄った【宝物の瓶】が、その小太刀を突き立てようと構え、一気に肉薄する。その切っ先が届くか届かないかの瞬間、ルクバトが急停止して狙いがそれた。

 上から叩き伏せた【疾駆する紅弓】が、すぐに方向を変えて前足を掲げる。


「行って、【浮沈の銀鱗(シルバーアルレシャ)】!!」

『まったく、なんて場所で呼び出すのか...!』


 浮力を最大にし、液状化した屋上が落ちる前に飛びかかる精霊は、その勢いで【疾駆する紅弓】を突き飛ばす。

 すぐに霊体化した精霊はこれ以上屋上を崩すことは無かったが、十二分に役割を果たす。持ち上がった体を押され、不安定な紅馬に下から声がかかる。


『Decision、貴方の敗北です。』

『柵がっ...!?』


 瓶の蓋を閉めつつ、勢いよく蹴りあげた【宝物の瓶】の一撃がトドメとなり、よろけた精霊は屋上から転落する。

 落ちていく【疾駆する紅弓】は、即座にルクバトを還すと体勢を整える間も無く弓を引き絞る。文字通りの最後の一矢が放たれた先は、二人の契約者。


『っ!マスター!』

「ぐ...大丈夫だ、ピトス。肩だったよ。」


 盾にした木製の扉を瓶に戻しながら、真樋は止血剤を入れた瓶を探す。


「血...いっぱ...」

「あー、大丈夫。慣れてるから。」

「慣れとるって...これに!?」

「ピトス、上着を一部切ってくれるかい?それで縛ってくれ。」

『Roger、マスター。』


 淡々と処置を続ける真樋と【宝物の瓶】が、瞬間的に手を止めて一点を見つめる。釣られて其方を見る寿子の目に、ありえない光景が移る。


「嘘、飛んで...」「伏せろ!」

『逃がさん...!』


 浮かび上がって来た【疾駆する紅弓】が矢を放ち、それが二人の頭上を掠めて飛んでいく。すぐに立ち上がった真樋が、片膝立ちの精霊の足元の反射に気づいた。


「泡...もう一人の精霊か!」

『Danger、一方的に狙い撃ちにされます。』

「離脱するしかないか...」


 この際、左腕ぐらいは犠牲にするかと屋内へ走ろうとする真樋だが、突然に反対方向へ引っ張られる。【疾駆する紅弓】とも逆、しかし、その先は何も無い。


「へ?」『マスター?』

『何!?』

「お願い、アルレシャ!」

『無茶をする...!』


 強固な鱗に包まれた巨体が、宙に投げ出された三つの影を呑み込んで落下する。あっという間にビルの影に隠れたそれに、放てた矢も弾かれる。装甲の薄い急所を狙う暇さえ無かった。

 浮力を最小にし、衝撃を殺しながら地面に潜っていった精霊を見ながら、【疾駆する紅弓】はため息を落とす。仕留め損ねた。奇襲が失敗した時点で不利な状況ではあったが、それでも落胆は大きい。


『...まずは助かったぞ、お嬢。危うく主の二の舞となるところだった。』

『貴方なら、壁でも駆けると思いますけどね。あまり手を煩わせないでくださる?』

『ふん、主は?』

『夕方には追いかけるって。貴方に勝利をプレゼントしてあげるって張り切ってたわ。』

『それは我の言だろうに...』


 呆れた様な笑みを浮かべながら、頼もしさに浸る精霊はその弓を背へとしまった。




「ん...あれ?寝てた?」

『おはようございます、主様。あれが下で待ってますよ。』

「あ、もう夕方...」

『さぁ、身支度をなさいませ。急ぐにしても、寝癖くらいは、ね?』


 櫛をとり、着替える四穂の髪を梳かす【泡沫の人魚姫】は、ふとその手を止める。気持ちよく身を任せ、目を閉じていた四穂が不思議そうに振り向いた。


「どうしたの?」

『...此度の闘争、主様の望みでしょうか?』

「え?そうだけど...」


 上着を羽織りながら、四穂はどういう意味だろうと頭を捻る。そんな四穂に精霊は再び後ろに回り、髪を梳かしながら続ける。


『今まで、主様から最中に繰り出すことはありませんでしたもの。もし、これがあのお爺さんや精霊への、同情や義理立てなら...私は貴女を止めたいのです。』

「そっ、か...でも大丈夫だよ、ボクの相棒。」


 頭上で動く手にそっと右手を重ねて、笑顔で見上げてみせながら四穂は断言する。


「これはね、ボクのやりたいこと。ファンに、ボクが救える人に、ボクの力が届く事。クロさんの願いも、クロさんの相棒も、ボクが力に成れるならさ。こんなに嬉しい事は無いじゃないか!」

『そう...それが主様の願いなら、私は全力で支えますわ。』

「うん、ボクだけじゃ、きっと助けになれないから...頼んだよ、相棒!」

『えぇ、任せて。』


 そんな愛おしい事を言う契約者を、肩に枝垂れる様に抱きしめて。霊体化した彼女が持っていた櫛をポケットに入れ、ホテルを出る。

 チェックアウトはしない、戻ってくる時にそれではきっと、困るから。【浮沈の銀鱗】がダイブした地面がオブジェの様になり、人目を集めている横を通り過ぎて。薄暗い中で馬を呼び出した【疾駆する紅弓】に合流する。


「遅れちゃった?」

『ふん、自覚はあるか。まぁいい、すぐに追うとしよう。』

「そうだね、行こう【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】!」

『ハァッ!走れ、ルクバト!』


 誰も自分達を見ていない事を認識しつつ、紅馬を走らせる精霊に腕を回し。落ちないように気をつけながら四穂は叫ぶ。


「ねぇ!ボク場所知らないんだけど!どうしよ!?」

『こうなった以上、我が追うのは必然。身を隠すか迎撃するか、どちらにせよ腰を据えたくなるものよ。そしてあの特性、薄い物は突き抜ける故に、高所は避けるだろう。』

「つまり!?」

『心当たりを全て射抜く。』


 何とも力技、しかし索敵能力が無いのでは仕方ない。だが、そんな心配が無かった事をすぐに知ることになる。

 暗い道、人の居なくなった時間を駆ける【疾駆する紅弓】は、違和感を感じながらもそれに気づけなかった。もし、九郎が契約者であれば、鷹の目にも劣らない目をしていれば。気づいたかもしれなかった。


『Go、行きます!』


 一閃。地中、いやマンホールの中から、弾き飛ばされる勢いのまま振り抜かれた小太刀。それが【疾駆する紅弓】の肩を斬りつける。

 飛び散る鮮血に、痛み、驚愕、無念。それぞれの感情を顔に表した三者だが、一番早く次の行動を起こしたのはその誰でもなかった。


『潰れなさい...!』


 瞬時に顕現し、口惜しそうな【宝物の瓶】をその鋏で挟もうと、【泡沫の人魚姫】が右手を伸ばす。移動した甲殻が無情な音をたてて閉じられる。

 咄嗟に瓶を取り出し、開ける暇は無いと判断して鋏に押し付ける。割れたそれから鉄棒が飛び出し、嫌な音を立てて曲がり始める。


『Jesus...果てしないパワーです。』


 僅かに閉じるのが遅れた鋏から逃げ出し、マンホールの中へ戻る【宝物の瓶】。その瞬間、二人と一柱を乗せた化け鮫が飛び出し、凄い勢いで遠ざかる。


『追うか?』

「当然...!ありがとね、【泡沫の人魚姫(バブリングマーメイド)】。」

『礼には及びませんわ。』


 闇夜の中で、銀と紅の追走激が始まった。

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