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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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射手の狙う的

 現在時刻、23時。

 残り時間、3日と8時間。

 残り参加者、???。




 落ちていく九郎と三成に、届かないと分かっていても手を伸ばさずにはいられなかった。自分よりも遥かに近い【疾駆する紅弓】が、とっくに諦めていたのだから。

 手を伸ばす変わりに弓を取り、下に狙いを定める精霊。しかし、聞こえてきた数発の銃声と共に、ガクリと膝を着く。


『ぐぅ...』

「まさか、当たって?」

『いえ、これは...離れた方がよろしいかもしれませんわ。』


 甲殻を更に前に集中させ【疾駆する紅弓】の出方を伺う精霊に、四穂は何を警戒するのかと疑問に思う。しかし、その答えはすぐに訪れた。


『何故、我を置いてくたばりおった...あの老いぼれめが!』


 乱暴に弓を叩きつけ、怒りを顕にする精霊。危険だと判断するのも頷けた。しかし、その言葉の方が、四穂には引っかかった。


「ちょっと!そんな言い方ないじゃん!」

『貴様...小娘。何を思っての言だ、それは?』

『あら、主様?抑えて!』


 制止する【泡沫の人魚姫】から飛び出し、正面から睨みつけながら四穂は更に言葉を投げつける。


「クロさんがあぁしてくれたのは、ボクが狙われたからじゃないか。なのにクロさんを責めるのは違うでしょ!」

『貴様は頭が沸いているのか?我の怒りこそ、まさにそこだ。』


 おもむろに弓を構え、【泡沫の人魚姫】の甲殻へと紅い矢を放つ。驚愕しつつも、それを上へと弾きあげた精霊を示しながら、【疾駆する紅弓】は叫ぶ。


『この我の矢で穿てぬ盾の奥にいる貴様と!あろう事か理想を掴まんが為の道具である我を!奴は弾丸で撃たれた体で庇おうとしたのだ!最後の最期まで、好き勝手に、我を振り回し!あまつさえ先に逝きおった!遺された精霊の運命なぞ、知っておろうに!我を、そしてこの儀式を!奴はくだらんと踏みにじり、誇りを埃の如く扱ったのだ!!』


 凄まじい剣幕で捲し立てると、疲れ果てた様に座り込む。


『我の存在意義を、在り方を侮蔑した。奴の生き様の前では、そんなものだったという事だ。我も、そしてこの儀式さえも。』

「...でも、クロさんは最後に言ってたじゃないか。」

『何を?今更、我に為せる物があるとでも?契約者を失い、記録する理想も消え、儀式より爪弾きにされた我に。我の戦は既に潰えたの』

「勝てって、そう言ってたじゃないか。」


 遮る様にして、九郎の言葉を思い起こす四穂の顔を、【疾駆する紅弓】はボンヤリと眺める。


『勝て...だと?』

「主君じゃない、だから負けてないって。あの人、最後まで君の事を相棒って呼んでた。道具だとか儀式だとか、きっと思ってない。君の勇姿を見たかったんだよ。」

『我の勝利条件こそ、我が主の勝利そのものだ。主の消えた今、どうしろと言うのか。』

「きっとクロさんなら、主なんぞ自分で良かろう、とか言うと思うな。ボクの予想、違ってると思う?」

『...いや、そうかもしれんな。あの老いぼれの言いそうな事だ。』


 泣きそうな目をしながらも、不敵な笑みで此方を見る少女を前に、塞ぎ込める男がいるだろうか?少なくとも【疾駆する紅弓】はそうではなかった。

 立ち上がり、弓を取った彼はそれを四穂に押し付ける。ズシリとした重みを腕に感じている彼女に、彼は跪いて口上を述べた。


『我の弓は、主の夢が為に引かれる。《我、【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】の名を揚げて問う。契約を交わすか?》。』

『ちょっと...お待ちなさいな!』

『なんだ。』


 不機嫌そうに立ち上がり、【泡沫の人魚姫】を見やる精霊に、彼女は睨みつける様に泡の上から見下ろした。


『精霊の契約は、自らの感情と気性を分け与える物。二体も同時に出来るとでも思いますの?』

『覚悟を見せて貰わねばならん。』

『それに、私は水の活動宮、貴方は火の柔軟宮。相性が悪いでしょう?』

『決めるのは精霊では無いと思うが?』

『それは...!』


 自らの契約者に視線を移す【泡沫の人魚姫】に、四穂は振り返って笑いかけた。


「なんとなく、大変なのは分かったよ。でもさ、クロさんはボクの事を応援してくれた。だから、次はクロさんの相棒をボクが応援する番だよ。」

『...分かりましたわ。ですが、何かあればその精霊、私が始末致しますわ。』

『言われずとも、契約者を危険に晒す真似はしない。さて...《我、【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】の名を揚げて問う。契約を交わすか?》。覚悟は決まっているのだろう?』

「勿論。ボクに任せてよ!」


 答えたその瞬間、彼女の太ももに焼き付く様な痛みが走り、そして消える。二度目の現象に、確認するまでも無くそこに紋様が刻まれたのが確信出来た。

 中々に儀礼的な物を好む精霊に合わせ、肩にそっと弓を当ててからそれを返せば、【疾駆する紅弓】は満足気に受け取った。本来ならば騎士剣だが、そこまで細かい拘りはないのだろう。


『主様、体調は?』

「ん...ちょっとクラクラするけど、平気平気!」

『契約の代償もあるだろうが...目の前で人が落ちたのだ、慣れていなければショックもあろう。』

『どういう風の吹き回しかしら?そんなに気遣いの出来る人でした?』

『ふん、主であれば配慮するなど...主?』


 顔を青くし、嘔吐く四穂。すぐに抱き上げ、泡に載せる【泡沫の人魚姫】に彼女は笑みを浮かべて例を言った。


「ありがと、ちょっと思い出しちゃって...」

『数秒で忘却できていたのか...いや、無理に気を逸らしただけか。』

『言葉といい契約といい...気遣いなどやはり無縁ですね。』

『そう睨むな、反省はしている...下の部屋に戻っていろ。少しでも同じルーチンの中にいた方が良いだろう。ここは我が見張っておく。ついでに、後始末もな。』


 下の方から聞こえる救急車の音に、精霊は見下ろしながら呟く。


「そうするよ...後、お願いね【疾駆する紅弓(アルスナルケイロン)】。」

『精々、関係者だとバレんようにな...しっかり休むといい。』

「はーい...」


 顔も見せず背中越しに語りかけてくる【疾駆する紅弓】に、無礼だと憤慨する【泡沫の人魚姫】に連れられて四穂は階下に降りていく。

 状況を見れば、すぐにここからの転落だと分かるだろう。これ以上、騒ぎが起きて巻き込まれるのは、四穂の精神に良くない。そう判断し、救急車を射抜く事はやめておく。


『さて、片付けておかねば...いや、変に綺麗なのも不自然、か?』


 人の文化を考えつつ、どうするのが正解かを探っていく。しかしそこで、ふと彼の脳裏に考えが浮かんだ。


(この血糊...下に垂れていっている。不審に思えば、下を覗くだろうな。)


 ちょうど、自分がしていた様に。そして真下は三成が潜み、拳銃を発砲した場所。


(まるのまま、利用出来るやもしれん。覗き込んでくれるなら、壁に張り付かずともベランダに居れば十分か。存分に弓を引ける。)


 であるならば、ここに人が来ることが前提だ。整理されたり封鎖されたりしては面倒であり、事件性ありとされたくない。

 ならば、現場を偽装してやれば良いだろう。屋上に出る扉を外から開かないようにしてやり、一つ下の階のベランダの窓を開けてやる。後はそこの部屋から、廊下にでて微妙に扉を開けたままにしておいた。


『これだけの事が起きているのだ、些事はさっさとすませたかろう、この程度でも問題ないか。』


 少しばかり室内を荒らしてやり、自分は霊体化して九郎の部屋へ行く。出たのは数刻前、その時と変わりない室内を見渡して、彼は九郎の携帯を手に取った。


『...まったく、あそこまで自信に溢れていた癖に、いち早く脱落とはな。本当に...情けない限りだ。』


 今にも顔を出すのではと、窓に目をやって椅子に腰掛ける。割れたランプを片付けてなかった事に気づき、それをさっさとかき集めた。



 掃除を終え、戸締りをし、霊体化して待つことにしようとし...この部屋はもう使わない事を思い出した。すでに日も変わり、朝日も拝むのが近い日付である。


『どれだけ存在を刻みつけるのか、まったく...貴様の消えた戦の、なんと味気なく思える事か。』


 ため息を一つこぼし、その部屋を出た精霊はその足で隣の部屋に赴く。ノックの返事を聞き、入った先では新たな小さい契約者が眠っていた。

 枕元に浮いた泡に腰掛け、此方を睨む精霊に断りを入れずに椅子に座る。間取りは同じ、勝手知ったる我が家、という訳である。懐から紙幣を取り出し、精霊に預ける。


『奴の財布から、いくらか預かって置いた。数日ならば持つか?』

『私に聞かれましても...というより、ここから離れませんの?』

『ここまでの好条件も少なかろう。狭く長い廊下、高い地形、そして貴様の...失敬、お嬢の泡があるなら、防衛が易い。』

『貴方の弓に向いている、と?』

『端的に言えば、そうなる。』


 弓弦を張り替えながら、彼はそう締めくくった。これ以上は会話の必要がない、という態度に連絡事項の終了を感じた【泡沫の人魚姫】は、濡らしたタオルを絞って四穂の額へとかけ直す。

 ショックか、契約の代償か、疲れか。はたまた全てか。発熱のある四穂の寝顔はいささか苦しそうだ。


『...その様であれだけの大口、よく叩けた物だ。』

『それに救われたのは何処の不器用射手でしょうね。』

『反論したい所だが、そうも言えんな。しかし...そいつは笑って無いと死ぬのか?』

「いやぁ...目が覚めちゃったから。」

『主様、起きてらしたんですの?』

「ごめんね、運んで貰っちゃって。ありがと。」

『ヘラヘラする体力があるなら、少しでも回復に回せ。我らの動きに、引いては主の安全に関わる。』


 立ち上がろうとする四穂をベッドに押し倒し、【疾駆する紅弓】は弓を背負って部屋を出ようとする。


「どこに行くの?」

『この騒ぎだ、ここに来るものもいるだろう。それを仕留める。我は契約者と距離があろうと、そう出力に変わりはない。主はここで休んでいるといい...安心しろ、我は勝たねばならんのだろう?』

「うん...お願いね、ボクの騎士様?」

『ふん...任されてやる。』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2体の精霊と契約ってめっちゃロマンありますね!?四穂ちゃんにとっては負担が凄そうですが、これはテンション上がる展開…!! 四穂ちゃんの短編がまだなので今回まで性格が分かっていなかったのです…
2022/05/22 22:50 数屋 友則
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