潜伏の終わり
真昼間では、人目が多い。精霊で移動する訳にもいかず、真樋は自転車で移動する事にした。とはいえ、日中にしては人が少なくなっているのは確か、変わりに武装した警官が目に余る。
「ここはテロでも起こったのかな?」
「テロに近い事起こっとるやん。ビルとか橋、壊れとるし。」
「それもそうか...というか、もう少し離れられない?」
「落ちろって言うん?あ、照れとる?」
「動きづらい、立ち漕ぎ出来ない。」
地図を確認しながら、車の少ない車道を堂々と渡り、真樋が愚痴る。決して鍛えているとは言えない足で、結構必死にペダルを漕ぐ。
「電動をかっぱらって来れば良かった...」
「ねぇ、あんまり言われると、うちが重いみたいやん?」
「うん、重い。人一人乗ってるんだよ?」
「傷つくわぁ...」
背中に頭突きを繰り返す寿子に、本当に落としてやろうかと悩みながら走ること数十分。目的地が見えてくる。
「ここ...ホテル?」
「そう。昨日は狙撃かと推測しただけだったけど...ほら、道が荒れ放題だし、刺さった跡も見える。やっぱり、狙うならここの上からじゃないかな、素人考えだけどね。」
「跡も...どこ?見えへんよ?」
キョロキョロと周囲を探る寿子を置いて、何やら騒がしいホテルの裏手に回る。別にやましい事は無いが、正論や理屈が通じる相手か分からない為、植木や柱に身を隠しながら接近する。
精霊に任せようとも考えたが、離れた時に万が一があるのが嫌だったので却下。自身で確認しに行く。
「墜落か...物騒な。」
「騒がしいよ、最近はさ。」
集まっている人達の話から、人が落ちたと検討が着く。自主的に会話をする事にも驚いたが、そこは今は考えなくても良いだろう。
(人、か。果たして参加者が関わらない中で、こんな事件が起こるかどうかだな...起こらないと仮定して、落ちたか落としたのが、もしくはその両者が参加者か...潜伏先は当たりかな?)
今は精霊の気配がしないが、怪しい場所ではあるだろう。何らかの痕跡でもあればと、夜中にでも忍び込もうか画作する。
バレていたかは知らないが、取り立てて怪しまれる事も無く帰って来た真樋に、待っていた寿子が声をかける。
「何かあったん?」
「人死だってさ、死体は無かったけど。」
「な、なんでそこで残念そうなん?」
「死体を瓶に隠せれば、後でサインがあるか調べられるじゃないか。」
「そんなおっかない事、うちはせんよ?」
「させないよ?邪魔だし。」
「言い方ぁ!」
怒る寿子に、一言多かったかと反省しつつ、ホテルを見上げる。
「...当然なんだけど、凄い違和感だな。」
「何が?」
「人が死んだ所で、霊が集まらないのが...って、そんな事は良いんだ。一番ありそうなのが、屋上か張り出てるベランダなんだけど、どう行こうかな。」
「普通に入ったらええんやない?」
「学生の僕らが?この、いかにも高そうな部屋を取って?」
見上げるホテルは、明らかに少し着飾って入るような物で。確実に手元のサイフでは入れない。
「くそ、父上か母上の口座番号さえ知ってればな。」
「勝手に取っちゃいけんよ!?って、凄い呼び方やんね...」
「僕のだし。」
「ここに泊まれる額、なんで持っとるん!?」
「仕事と遺産...って、そんな事よりバレずに登ること考えてよ。」
「犯罪やん...」
「今更じゃない?」
肩を竦めて、壁の材質や形状を調べ始めた真樋に、寿子は駆け寄ってひっぺがす。
「何さ?止めろなんて言うなら、代案をおくれよ?」
「いや、人目が!凄い目立っとるけん!」
「うん?...時間帯くらいは考えた方が良いか。」
壁にへばりつく変人にはなりたくないので、大人しく離れる。どうも、ゲームの意識で行動してしまう所が多い。そこは反省せねば、ここまで現実を再現された世界では浮いてしまうだろう。
「とはいえ、夜までに見つけたいんだけどね...そろそろ襲って行かないと終わりそうも無いし。」
「えぇ...おっかないやん。」
「そうかもしれないけど...仮に期日まで終わらなくて、だよ?はいドロー、勝者なし、解散、なんて興醒めもいい所だよ。僕は勝ちに来たんだ。」
「そりゃそうやけど...う〜。」
此方を殺そうとしているかもしれない相手と、渡り合っていけと言うとのはかなり覚悟がいる事で。ゲームにしてはリアル過ぎるこの空間は、それに拍車をかける。
踏ん切りのつかない寿子に、真樋は共感と諦めの二つを抱きながらビルを見上げた。
「...少し試して見るか。」
埒が明かないと、そうそうに実験を行う事にする。今までは必要性がないのでしていなかったが、ここまで混沌とした状況では必要だろう。
「何するん?」
「聞かない方がいいよ、失敗した時に気分が悪いし。」
寿子を振り切る様に自転車に跨り、近くの路地に入る。人は見つからない。
仕方が無いので大きく回り込み、先程のホテルの裏手に行く。裏口の錠前を瓶に納めて開け、先程噂をしていた従業員を確認する。
「【宝物の瓶】、あの二人を瓶に入れたいんだけど。」
『Question、同時にですか?』
「出来れば片方が良いけどね。待ってて状況が悪化するのは嫌だし。問題ないだろう?二人いれば出来る事も広がるし。」
『Yes、可能です。』
真樋が投げ込んだ石に、二人の意識が向いた直後。背後に音もなく駆け寄った【宝物の瓶】が、二人を手に持つ瓶に収納した。あっという間に人が消える現象に、やはりゲームなのだと実感する。
一人だけをその場で解放する様に指示し、自身は木陰でそれを見守る。
(さて...生きているか、死んでいるか。)
蓋が開けられ、中の物が飛び出す。彼は不信げに辺りを見渡し、後ろに立つ狩衣姿の精霊に驚く。
「黙らせろ、ピトス。」
『Roger、すぐに。』
声を上げる前に小刀の峰で打ち据え、気絶させて無力化する。それを肩に抱え、真樋の元に連れてくる。
「ふーん...瓶の中で、死んでるって事は無いか。意識があったかは不思議だったけど、そこは重要じゃないね。声は聞こえてなかった様だし、外界と遮断されるのが厄介と言えば厄介かな...?」
『Slay、処理しますか?』
「いや、しまっといて。空きは十分なんだし、何かしらの手段にはなるだろう?」
「Roger、命じるままに。」
何かしら騒ぎになった所で、残りは三日も無い。人間二人の失踪くらいならば、大事にはならないだろう。
(後は時間経過でどうなるか、かな...とりあえず一人は一時間、もう一人は一日で様子見、かな。それ以上籠る事も無いだろうし。)
『Please、命令を。』
「あぁ、そうだな...今は特には無い。ご苦労さま、ピトス。」
『Yes master。』
霊体化して姿を隠そうとした【宝物の瓶】だったが、その姿は明瞭なまま。白布で隠れた表情でさえ、困惑が見て取れる。どうやら、失敗しているらしい。
「そうか、生き物を入れていると霊体化出来ないのか...処理が被るとかの不具合防止かな?まぁいいや、そのまま身を隠していて。」
『Roger、申し訳ありません。』
「支障ないって、大丈夫だよ。」
この距離なら問題無いと判断し、真樋は精霊をその場に残して表に戻る。自転車は瓶にしまい直し、歩いて寿子に合流した。
「あ、どこ行っとったん?」
「別に。とりあえず一時間くらい時間を潰そう。ここで昼食を取れるくらいなら持ち出してるし...食べる?」
「うちも?ええん?」
「だって僕だけ食べるのも、底意地が悪いじゃないか。ゲームじゃ使う宛の無い資金だし、少しはね?」
どうする?と続ける真樋に、迷っている寿子の口より先に、お腹が返事をする。照れ笑いを浮かべる彼女に、真樋は呆れた視線を送る。
「なんとも素直だね。」
「よう言われる...」
「早く来なよ、時間は有限なんだし。」
少し早めの昼食を取り、再びホテルの裏手に忍び込んだ真樋は、己の精霊を探す。
「何しとるの?」
「実験、かな。扱いがプレイヤーと一緒だと良いけど...あ、見ない方が良いかもよ?」
「本当に何しとるの!?」
叫ぶ寿子に静かにする様に伝え、真樋は近くの物置に歩く。錠前がない、ここだろう。不用心とも言える鍵で良かったと思いながら、真樋はその扉を開けた。
「ピトス、いるかい?」
『Yes master。』
「一時間立った、さっき気絶させて無い方を出してくれ。あ、君は外で人を見張っててくれるかい?」
「何しとんか分かった...呼ぶなら終わってからやけんね。」
「そうするよ。」
小屋の形をした物置は、視界を遮る物だ。音はどうか分からないので、警戒しておく。
「んだろ?だから...んぁ?」
瓶から解放されると、辺りをキョロキョロと見渡して男は困惑している様だ。どうやら、一時間程度ならば支障も無いらしい。
騒ぎ出す前に瓶に戻して貰い、真樋は次の行動を命じる。
「じゃ、ピトス。僕と彼女を屋上に運んでくれ。」
「って、待ってって...待っとらんやん!」
「僕に言われても...入れたのはピトスだし。」
『PostScript、命じたのはマスターです。』
顔を隠した精霊に無言で瓶を近づけられ、気づいた時には屋上の上。かなりの恐怖体験に文句を言う寿子を放置し、真樋は自身の体を確認する。
「ん...違和感なし、かな。」
「危険な可能性あったん!?」
「そりゃ、あるでしょ。分かんない事してるんだし。」
「えぇ、巻き込まんといてよ...」
すぐに自分の持ち物や身体を確認する寿子だが、そこに違和感は無かった。まるで転移でもした様である。
「あ、時計を合わせときなよ。どうも瓶の中、時間の経過を止めているみたいでね。」
「え?ホンマや、ズレとる...」
「服や持ち物を含めて、一つ...範囲はどうやって決めてるのか知らないけど、便利なのか不便なのか。」
「街中で裸んぼにされるよりはええんやない?」
「僕に言われてもね。」
ジトリと睨んでくる寿子を見ないようにしながら、真樋は屋上の床を調べて回る。土や僅かな塩もあり、掃除はされてないと見て良さそうだ。
溶けたロウソクを見つけ、そこに立って周囲を見渡してみる。壁際が目に止まり、そこを調べてみる。
「どうしたん?」
「いや、なにか...もしかして、血痕かな?あっちには焦げ後もあるし...爆竹?」
ちょうど下は墜落事故があった場所、となれば落ちたのは事前に怪我をした人。そこまで考えながら、向こう側に途切れる血痕を調べようと覗き込む。
「流石に、これだけだと相手は予想出来な」
壁面が見える寸前、真樋の額に紅い矢を番えた弓が突き立てられた。




