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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第四章 これはdeath game
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~happy birthday to ♓~

 波の音が鳴る。朝日が差し込み、海面を煌めかせる。

 水を割り進む船。はしゃぐ子供の声。水底から浮かび上がり、少女はそれを眺める―――




 中学生として、最後の夏休みも終わり。はしゃぎ倒して疲れた彼女は、新学期早々に突っ伏していた。宿題の一つも終わっていないまっさらなノートは、居残りの運命を告げている。


「お、終わった...」

「だから真面目にやりやって言うたやん。」

「居残り仲間に言われとうないけんね!」

「お前ら、帰る気ある?それとも先生へのイジメ?」


 黒板に書いた式を何度も叩きながら、嘆く様に担当教師が叫ぶ。慌てて書き写す物の、意味はさして分かっていない。それでも、とりあえず公式さえ覚えておけば点は取れる...筈だ。


「なぁ〜んで力と時間を掛けてんだ!力と距離だって!」

「だって距離がどれか、分からんのー!」

「回るとこ、その中心だ。どこから持ってきた数字だ、これ...重りどうしの距離か。そこじゃ無いんだ...同じ数字掛けたら、重い方が下に下がるだろう...?」


 全員で精神年齢の低い会話を繰り広げていると、外から聞こえていた吹奏楽部の演奏が消える。時間は既に6時を回った様だ。


「あぁ...今日も間に合わねぇ...」

「先生、ドンマイ!」

「明日ガンバろ?」

「頑張るの、君達だからね?なぁ、受験生?」


 早々に逃げ出す生徒に、深く溜め息を落とす教師。そんな彼には目もくれず、皆が昇降口に行く。


「興味も無いんに、覚えられんって〜。分かる?」

「分かる。もう分からんもん。」

「分かるのか、分からないのか...」


 バカな会話を投げかけ続け、友人と笑い合い。高校受験が〜と騒ぐ。あまりに平凡で、繰り返される日常。

 波のさざめきを聞き流しながら、皆と別れた後の少女、宇尾崎(うおさき)寿子(とじこ)は沖を見る。測量の為か、何隻か見慣れない船が動いている。


(ウチらの海やのに...)


 不満げに口を尖らせ、家の扉を開け放ち、嫌な気分を飛ばすように大声を張り上げる。


「ただいまぁ!」

「あ、バカ姉が帰ってきた。」

「バカってなんやの、バカって。」

「いててて!だってバカじゃんかよー!」


 今年で小学校になった弟の頭を、ギリギリと締め上げる。抜け出して逃げる弟に、舌を出していると頭をしばかれた。


「何してんだ、玄関で。」

「あ、パパ。」

「お姉がイジめる〜!」

「そっちが先に言い出したやんか!」

「ハイハイ、落ち着け。二人ともゲンコツか?」

「「ごめんなさい!」」


 姿勢を正す姉弟に、早く入れ〜と促す父親。ケタケタと笑いながら走り去る弟と、靴を脱ぐ寿子。そんな寿子に、父親が話しかける。


「そういや、今日は遅かったな。」

「あ、いやぁ。ハハハ...」

「ん〜?なんだ、先生からまーた残されたか?」

「ママには!ママには内緒に!」

「ったく、バレて怒られるのは父さんなんやぞ。勉強が全てとは言わんけどな、出来たら得するぞ。」

「はーい。」


 生返事を返すと、寿子は自室へと駆け上がる。制服から着替え、明日の教科を確認して鞄に詰め込む。

 すぐに降りて行くと、料理を並べる母とゲームをする弟がいる。


「あら、お帰んなさい。手ぇ洗った?」

「まだやけん、洗ってくる〜。パパは?」

「外で一服しちょーよ。」

「またぁ?」

「一日一回やん、多目に見たりぃ。」


 絶対、仕事中にも吸ってる。そう思いはしたが、口に出すほどでも無いと切り替える。

 手を洗って、配膳の手伝いをしていると、父親も帰ってくる。


「お前は手伝わんのか。」

「これ終わったら〜。」

「いや、パパもね?」

「父さんは片付けするっちゅうて決めとるの。」

「聞いてないんやけどね?さ、食べよーや。」


 クスクスと笑いながら、席に着くようにうながす母親に、二人とも席に座る。


「あ、あとちょっと!」

「なんで今始めたんよ。」

「父さんが全部食べるぞ?」

「はぁ!?...分かった、止める。」

「いや、止められるん?」


 最初から止めれば、等と喧嘩をしつつも、食事に手を伸ばしていく。しかし、そんないつもの日常も、いつまで続くかは分からない。観光客を集める為、埋め立て工事の計画が進んだのだ。

 彼女の父親は沿岸漁をしている。毎日のように海に出て、定置網漁で港に魚を卸している。回遊する魚を追い込むこの漁は、環境的には長く続くが魚の生態と沿岸の環境に左右される。


「来年は高校生...になれとるとえぇけど。」


 食後、自室でペンを回しながら、寿子はそんな風に呟く。自分の成績もだが、家の収入も不安があるのだ。



 とはいえ、自分に何が出来るでも無く...何事もなく日々を過ごす事になった。町の働きかけで、計画は遅れてはいるが...立ち消えになったという話は聞かない。


「寿子〜、おはよ〜?」

「うん、おはよ。何かあったん?」

「んぇ?なんで?」

「いや、鞄...」

「あ、忘れた〜。」

「えぇ...」


 なんとか高校には受かった物の、中学には無かった留年という危機と戦いながら、高校生活を続ける。船に揺られて通い、眠気に抗いながら勉学に励み、部活動で泳ぎ体を動かす。

 そんな中、遂に埋め立て工事の開始が決定された。開始は年末、実行されれば沿岸での漁は難しく、先祖代々の貯蓄を切り崩す事になるだろう。


 友達と話しながら教室に入れば、今日も騒がしいまでの活気が教室にはある。誰かの机に集まる者達、窓辺でボーとする者、走り回る者、本のページを巡る者。

 そんな中を道を探りながら机にたどり着き、早々に席につく。いつも、朝はギリギリに登校する事が多いのだ。


「おーい、先生来たんだから座れ〜!出欠は...田辺はどうした?」

「あ、腹壊してトイレ行ってま〜す。」

「お前らがストレス与えるからだぞ〜。」

「それは冤罪っすよ!」


 生徒達をからかいながら、名簿にチェックを終えた教師が号令を促す。

 今日も、一日が始まる。



 そんな毎日。中間考査で努力の証を見せつけ、調子に乗って期末で順位を落とした夏休み。

 母親の雷をくらい、夏休みの宿題をマトモにこなす事を決意した年だった。さて、残りは読書感想文とレポートだけだと言う時。


「バカ姉、この漫画の続きは?」

「アホ弟、そこの4番目やんよ。」

「アホちゃうし。」

「バカやないよ。」


 パラパラと漫画を読む弟に、宿題やったのか、等と自分の巻き添えをかまそうとした時、スマホにメールが入る。


「ん?誰やろ。」

「オッパイでけぇ姉ちゃん?」

「アホ。だとしても家には呼ばんわ、エロガキ。」

「ちぇ〜。」


 覗き込んで来た弟を蹴り離しながら、メールを開く。送り先は見た事のないアドレス(メールアドレスなど記憶してはいないが)、そしてタイトルは妙な文句。

 そこには、『勝者に願いを叶える権利を』とだけ題され、十二のルール等と言う如何にもな物が記されたメール。軽く読んで、頭を?で満たすとそのメールを閉じる。


「何やったん?」

「イタズラ?」

「なんや、つまんね〜の。」


 すぐに漫画に戻る弟を後目に、課題図書へと目を戻す。眠るのに、数分とかからなかった。



 目を覚ますと、弟はとうに部屋から撤退し、ページのひしゃげた本が枕になっていた。


「あちゃ〜...閉じて重し置いとったら直らへんかなぁ。」


 とりあえず後回しにするかと、ページを丁寧に伸ばして辞典を上に載せておく。一階からいい匂いがし、夕飯の支度を手伝おうと思い立って下へ降りる。


「ママ?なんか手伝えへん?」

「ん〜?ありがたいけど、宿題終わったん?」

「息抜きも大事なんよ。」

「そういうのは、やってる子が言うんよ。まぁでも、今年は頑張っとるみたいやし、お願いしよかな。」

「じゃ、ウチがワタ取っとくけん。」


 鱗が剥がれ頭の落とされた魚のワタを取り除き、三枚おろしにしていく。二人で処理をしていると、玄関から大きな声で弟が帰宅を告げた。


「ただいまー!めっちゃ船いたぁ!」

「釣りに行ってみたが、イマイチだったわ。」

「おかえりなさい。ご飯出来るけん、手ぇ洗ってきぃね。」


 今日は出港しなかった父も、大きなバケツの中の収穫に不甲斐なさげだ。

 刺身にし、醤油にワサビを溶かして、よそったご飯を温める。紫蘇の歯で彩り、配膳する頃には弟は食卓に座っていた。


「パパは?」

「外〜。」

「またぁ?」


 割とすぐに帰って来た父親からは、煙の臭いは無く。少し不思議に思いはしたが、気に止める事も無く家族四人で食事を取る。

 この時間が一番好きだ。談笑しながら、父の取った魚に、母の調理した魚に舌づつみを打つこの時間が。



 その夜。トイレに起きた彼女は、両親の話を聞いた。これが続くなら、漁師として続けるのは困難であると。引越し、転職、そんな話が出てくる。

 生まれ育った街を、出たくは無かった。大好きな海を、離れたくは無かった。そして、布団の中で考えた時...昼間のメールを思い出し、それを開く。


「願いを叶える...権利。」


 日付と時間を確認し、カレンダーを見る。その日は日曜日。場所を見て、行けると確信する。

 怪しさしか無いメールだが、止める方法は他に思いつかなかった。離れたく無い。その一心で、寿子はそのメールに賭ける事にした。




 肌寒くなって来た季節、上着を着込んで船に乗った寿子は、普段は足を運ばない島へと来ていた。早朝、まだ一般の船が出ていない時間で、人も居ない。


「ホントにこんな所でゲームするん?」

「えぇ、そうです。もっとも、かなり特殊ですが...」

「特殊?どんななんやろ...?」


 首を傾げる少女には目を向けず、船を操っていた男は背を向けて船に乗り込む。


「それでは二十四時間後に再び送り届けますので。ご健闘をお祈りしています。」

「あ、ありがとうございます。」


 相手の丁寧な態度に引きづられ、背筋を伸ばして礼を返す。

 貰った地図で林の奥に入れば、関係者以外立ち入り禁止の施設の中に、カプセルとでも言える円柱がコードに繋がっていた。


「これに入るんよね...よし!」


 その先が地獄とも知らず、彼女は足を踏み入れた。

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