後半戦 開幕
現在時刻、8時。
残り時間、2日と23時間。
液晶に映るタイマーを眺め、仁美は一人で溜息を漏らした。残りは最初を思うと少ない時間であり、徐々に焦りが募る。失った精霊、連絡のつかない三成、積極性のます参加者。
自分達が影響しているか知らないが、チームを組む人ばかりであり、油断ならない状況だ。目的が分からない以上、仲違いするかも期待出来ない。
(それに...獅子堂さんも、生き残る事を狙っている。)
彼の【積もる微力】が離れている今が、絶好の機会ではある。だが、それは非常に恩知らずだと、仁美は感じていた。
確かにこのゲームを逃せば、チャンスは無くなるだろう。しかし、誰かを犠牲にするのは、彼女を犠牲に成り立つ実験と変わらない。逃げ出そうとする自分が、他でもない健吾に対して見捨てるような真似は...したくなかった。
「どう?獅子堂君は起きた?」
「あ...えと、まだです。」
「そう、思ったよりも疲れてたのね。」
思考に沈んでいた仁美は、弥勒の声に顔を上げて答える。隣に座る彼女は、このゲーム内での目標を持っている。故に最後まで協力は出来るだろう。
三成は打算的な面が強く、信用しにくかったが...彼女はどちらかと言えば感情的な人物だと感じた。そちらの方が、仁美は苦手では無い。経験的にそう思った。
「これから、どうしましょうか?登代の事、探すのは双寺院さんの精霊に任せてたから...まだ連絡もつかないし。」
「...」
「聞いてる?」
「私、ですか?」
「そうよ?」
まさか自分が相談されるとは思っておらず、少し驚いて振り向く仁美に、弥勒はクスリと笑う。
「それで?どうしましょうか?双寺院さんを探すか、【積もる微力】を取り戻すか、登代を探すか...私たちの目標は、このくらいかしら?貴女の案は?」
「あ、えと...私も、それで。生き残る事が、目標なので。」
「そっか。ん〜...何から優先しましょうか?双寺院さんも心配だけど...あの人、連絡せずにフラッと消えるのは多いし。探しても見つからないかも。」
考え込む弥勒の肩に、手が置かれる。突然の事に、驚きを交えた悲鳴を出す弥勒に、その犯人は謝罪した。
「あ゛っ、ズイまぜん...喉がヒリツいテて...」
声を出さなかった言い訳をしながら、乾いた口内を湿らせようと、口を閉じる健吾。仁美が持ってきていた水を渡し、礼をしながら彼はそれを受け取った。
「っはぁ!あー...うし、血の味がしねぇ。」
「そういえば、口の中はどうしようも無かったわね...ごめんなさい。」
「いえ、大丈...はってなんすか。」
「腕とかお腹とか、血が着いてたじゃない?拭いておいたの。」
「あ〜、それで服がねぇのか...あざっす。」
かけられていた布団を捲り、健吾が納得して頷いている。そのまま周囲を見渡し、場所を確認する。
拳より小さい程の穴の空いた壁、所々凹んだ床、蝶番からへし折れた裏口扉、赤らめた顔を背ける仁美、替えの服を取り出す弥勒。
「良く空き家があったっすね?」
「牛さんが居たって聞いたから...彼女が居た家なら、今は空いてるんじゃ無いかって思ったのよ。」
「やけにボロい...暴れたんすかね。」
「さぁ?分からないわ。」
ここの家主の物だろうか?肌寒い季節には有難い、セーターとジャケットを渡され、健吾はそれを着ながら立ち上がろうとする。
瞬間、暗くなった視界と失われた平衡感覚に、転倒を余儀なくされた。困惑する健吾の横で、慌てた様に仁美がその背を支えた。
「まだ動いたら危ないわ。傷は治ってるけど、かなり出血したんだもの。」
「なるほど、これが貧血...吐きそう、キッツ...」
「寝てた方が良いわよ。頭に血が巡りやすいから、少しは楽になるわ。」
「早乙女さん、手馴れてるっすね...」
「...繊細すぎる友人のおかげね。」
少し悲しそうな顔を見せた彼女に、健吾が何かを返す前に表情は切り替わる。笑顔を浮かべ、少しでも明るい空気へとする彼女は、もしかしたら悲しみに臆病な人なのか、と仕事の先輩を思い浮かべた。
そんな健吾の思考に気づいているのか否か、彼女は仁美にした相談と同じ話題を彼に振る。結論を急ぐ姿勢に、意外に焦っているのかもと仁美は感じた...叔父の影響で健吾には日常だったが。
「そっすね...俺はとっとと【積もる微力】を取り戻してぇけど...生きてんのかも分からねぇんすよね。」
「そうね。どちらにせよ、探す必要はあるし...獅子堂君が動けるようになったら、心当たりを探すしか...」
「あの...」
悩む二人に、遠慮がちに仁美が声をあげる。同時に振り向く二人に、少し怯みながらも続ける。
「天球儀に行く、とか...どうでしょう、か。」
「確かに、レイズも生きてるか分かるし、残りも把握出来るし...良いかもな。」
「無闇に探すより確実ね...でも、他の参加者がいたら不味いわ。私の【純潔と守護神】も、しばらく動けないもの。」
「流石に、精霊とは殴り合うのはキツいな...」
初日の夜、【宝物の瓶】と小屋で戦ったのを思い出し、健吾がぼやく。素の身体能力が違いすぎるのだ、勝っている相手ならば能力が凶悪だったりする。
というより、参加者本人が戦う事は前提として無い。一哉や三成、健吾に弥勒がおかしいだけである。
「でも、他に行く所もない、です。」
「そうね...どこも危険なのは変わらないし、行ってみる?」
「だな。なんかありそうなら、引き返しゃいいし。」
もし【積もる微力】がいたなら、軟弱野郎とでも言われただろうか。相棒を思いながら、健吾は回復に務めるのだった。
同刻、天球儀にて。一人の少年が星空を模した天井を見上げていた。
「天秤...か。中央のサインは、天秤と射手...射手座の精霊は、契約者か精霊か、のこってるのか。」
光の消えたマークを撫でながら、真樋は呟く。あれだけ派手に事が起こったのだ、もう少し減ると思っていたのだが...
(随分と生き汚いのを選出してるんだねぇ...何のためなんだか。)
『Report、彼女が戻って来ました。』
「了解、そのまま姿を隠して監視。」
『Roger、継続します。』
暗がりに身を潜める精霊を見届け、彼は再び星座を見上げる。一際明るい十二の星座は、まだゲームが混沌の中にあるのを示している様だ。
(今にして思えば、あの少女...契約者としても異端なのかもね。バグでも起きないと良いけど。)
「ただいま〜!ほい、おにぎり!ツナマヨ嫌いやないよね?」
「そういうの、普通は買ってくる前に聞かない?というか、海は嫌いだって言わなかった?」
「海産もダメなん?ほなら、貰ってええ?」
「...いや、食べるよ。僕のお金だし。」
食わず嫌いというだけで、別に食べられない訳では無い。むしろ、好きな部類でさえある。受け取ったそれの包装を綺麗に破ると、そのまま頬張る。
隣で既に一つを食べきった寿子を見て、警戒する事を馬鹿らしく感じてしまう。端的に言えば、阿呆の子に見える。
「...なんか失礼な事考えてない?」
「別に?」
「ま〜た、はぐらかしぃ...あ、何か分かった?」
天球儀に寄ると分かった時点で、夜が遅かった為に中で寝たが...朝になるが早いか、そうそうに買い出しに出かけた寿子が問う。
絶対に自分で考える気無かったな、と呆れつつも、真樋は素直に答えた。
「これといって。ビルが崩れたのは、時間的に天秤と誰か...つまり破壊能力の高い精霊。」
「なんで?」
「天秤の彼、破壊力はそうでもなさそうだったし。鎖を使ってもああはならない、壊れ方から中から外への衝撃だからね。相手がやったんじゃないかな?」
「分かった事あるやん。」
最初の否定にツッコミながらも、聞く姿勢が解けてないのを悟る。もっとも、聞いてなかったとしても続けるが。考えを整理するのに、説明の形を取るのは非常に良い。
「そして、どうやらもう一人脱落したみたいだ。こっちは一切分からないけど...射手座のサインだけ消えてる。」
「サイン...って台座の?」
天球を見渡し、射手座の星が消えてないのを確認した寿子が問う。軽く横に移動し、後ろの台座を見せながら真樋は続けた。
「これから狙撃される様なら、そのサインが契約者。どっかで爺さん見かけたら、それは精霊。このくらいかな。」
「結構分かっとるやん?」
「君が頭を使わないだけだろう?ここまでなら見れば分かる、そこから推測して有利になる情報を得ないと、あんまり意味が無いさ。ただでさえ僕達みたいな学生は、財力や体力、経験で一歩届かないんだし。」
「むぅ、そこは素直に褒められてくれてもええのに。毒吐き〜!」
「事実しか言ってないよ。」
冷たくあしらった真樋は、せめて場所や状況を推察出来ないかと考える。
天秤の相手、これはお手上げだ。あの崩壊では、痕跡も見つかるはずも無く。場所も推察しようがない。同時刻の動きが少なすぎるのだ。
射手座、これに関しては現状が謎だ。契約者が無事ならば、新しい精霊の獲得に動くだろう。相方の少女(信じたくは無いが年上)がどう動くか...
(残ったのが、精霊なら...?)
一日で消える。しかし、近くに契約者がいて、果たしてそのままか?精霊の目的は?その為の行動は?
「もし可能なら...負荷は...チャンス?いや、場所が...狙撃?高所...守りがあるなら、場所を変えない?どこで死んだ?そもそも死んだのか...」
「もしもーし、おーい?」
「事故の処理...警察は?相手は...時間や状況的に、候補は三名...いや、仲違い?それなら逃げ仰せたか...どこに?どこでも可能だ...」
「ねー、聞いちょる?」
顔の前で手を振られ、ハッとしたように寿子を見る。頬を膨らませる彼女を、子供の様だと思いながら、聞き返す。
「何の話だっけ?」
「もぅ、聞いてないし...うちの話、そんなに興味無い?」
「話を聞く習慣がないだけだよ。」
「ダメやん、聞かな。ここ、誰か来るんやないか、って聞いたんやけど。」
「あ、そうか。もう朝だし、鉢合わせる可能性もあるのか...一つ、よりたい所があるんだけど、良いかい?」
「構わんけど...」
少し冷ややかな目になった真樋を訝しみながらも、寿子は快諾して精霊を呼び出した。




