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精霊舞闘会~幾星霜の願い~  作者: 古口 宗
第三章 舞踏にして武闘
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4日目の終わり

 消防車を横目に、大通りを過ぎ。出歩く人もいない不自然な街並みを歩く。たどり着いたのは公園で、遊具のひとつも無い広場の様な場所。

 角のベンチから、仁美が此方に駆け寄ってきた。警戒心の強い猫の様な印象だったが、三成に対してだけらしい。


「早乙女さん、ありがとう、ございます。」

「気にしないで、貴女には助けて貰ったもの。」


 髪を梳くように撫でながら、弥勒は状況を聞く。とはいえ、難しい物でもない。疲れてここで眠っていたら、健吾が居なくなっただけである。

 そろそろ日付も変わる。向こうの騒ぎは続いているようだし、そちらで間違いなさそうだ。


「確実に敵がいるのよね...」

「一人だと、心許なくて...一緒に、来てくれます、か?」

「えぇ、もちろん。」


 笑顔を浮かべた弥勒が頷けば、心做しか仁美の顔が明るくなったように感じる。不安が大きかったらしい。

 彼女の精霊では、生き残れても相手を迎撃や拘束する術が無いからだろう。単独で動いても、健吾の現状が分からないのでは、迂闊に手も出せないのだから。


(なんだか、見た目よりも幼い感じだわ...しっかりしているのに、何故かしら。こんな物に参加する様な、過去が原因なの...?)


 仁美の事は、弥勒には不思議な少女としか分からない。しかし、助けて上げたい、と自然と感じる。母性本能を擽るような、おそらく彼女の感情の動きが庇護欲を掻き立てるのだろう。

 ちょこんと後ろを着いてくる彼女に、健吾の気持ちも何となく分かる、と共感を抱く弥勒だった。


「向こうの火事...」

「どうしたの?」

「晩御飯にも遅いし、生活圏は何処も不自然なくらいにホコリが積もって無かった、です。なんで、燃えたんだろう...」

「...心当たり、あるの?」


 それに仁美が頷いた時、上からガサリと音がする。目を上げた途端に、酷く見覚えのある姿が写る。


「【積もる微力(レイジングダスト)】!?」

「それって、獅子堂君の精霊の?」


 弥勒が困惑を表す中、仁美は己の精霊を顕現させる。闇に紛れて見えなかったが、濃紫色の大蠍がいるのは、音で分かったからだ。


「あら、随分と早い到着ね...どうしましょう?」

『シュルル...』


 尾を振りかざす【魅惑な死神】が、空気の漏れる様な威嚇音を零す。鋏は気絶している【積もる微力】を捕らえている為に、此方に振りかざす事は無い。

 揺れる尾が標準を定め、牽制する。いつ発射されても良いように、【辿りそして逆らう】は仁美の前で体を大きく広げている。


「不思議な精霊ね。星座に関係したと思うのだけど...蛇座なんてあったかしら?」

『シャー!』


 攻撃能力を持たない【辿りそして逆らう】は、威嚇を繰り返すだけだ。仁美が次の行動を悩んでいると、その肩に手を置かれて振り返る。


「仁美ちゃん、行って上げて?私は彼女に借りがあるもの。」

「ふふ、ゾクゾクする。でもね、ごめんなさい?流石にこれを運びながら、相手をする気は無いの。」

「私はあるわ!【純潔と守護神(チャスタリアンドラゴ)】!」


 弥勒の背後から、身を踊らせる精霊が法杖を横薙ぎに振るう。それに追従するように、小さな龍の幻影が飛ぶ。

 避けた八千代の髪を掠め、それは夜空で霧散する。長くは持たないらしい。


「もぅ、パチパチと...」

「そんなのじゃ、すまないのがお望み?」

「私を痺れさせたいなら、もう少し垢抜けてからになさい!【魅惑な死神(ラストピオン)】!」


 合図と同時に発射された針が、弥勒の眉間を目掛けて飛ぶ。半身を引いて避ける弥勒の、動きに遅れた髪がハラりと落ちた。

 睨み返す弥勒に、笑みさえ浮かべて八千代は感嘆する。


「凄い動体視力ね、尊敬するわ。」

「それはどうも。」

「でもダメねぇ、受け止め無いと?」


 無茶振りを言い放った八千代が、【魅惑な死神】に飛び乗って逃走に入る。させまいと法杖をかざす【純潔と守護神】だが、それは成し得ることは無い。

 地面に刺さった鋭い針は、火事の現場に駆けつけるパトカーのタイヤを破裂させる。制御を失った車体は、弥勒達に向けて滑り出す。


「good bye♪お嬢さん。」


 八千代へ向けて放つ筈だった龍の幻影が、パトカーの側面を叩いて軌道を修正する。再び放つにも、その時間があれば【魅惑な死神】は遠くまで走れるだろう。


『申し訳ありません、取り逃しました...』

「いいえ助かったわ、ありがとう【純潔と守護神(チャスタリアンドラゴ)】。もうひと仕事、お願いできる?」

『えぇ、勿論です。私は貴女の精霊ですから。』


 警官達から離れる様に、ビルの合間を走り抜ける弥勒。再発現には時間のかかる【純潔と守護神】の力だが、幻影だけならば数十秒ですむ。

 仁美はまだ合流出来ていないのだろうか?分からないが、威圧するだけならばどちらでも構わないだろう。


(問題は獅子堂君も私も、しばらく戦えなくなる事かしら...)


 奪還には失敗したのだ。【積もる微力】が居ない健吾は、精霊の戦いには流石に着いて来れない。仁美も三成も戦闘に向いた精霊では無い。ここから撤退した後は、【純潔と守護神】のクールタイム待ちになるだろう。


「仕方ないわね、双寺院さんとも連絡がつかないし、私一人で登代を探すのは無理だもの。」

『では、このままトゥバンを呼びますか?』

「えぇ、お願い。」

『承りました。』


 法杖を地面に突き立て、【純潔と守護神】は空の星へ呼びかける。僅かに光る法杖が、ユラユラと立ち昇らせる幻が徐々に形を取っていく。


『主神を祝う母の果実を護りし者よ、北天より降臨せよ。』


 夜空の北に浮かぶ、14の星。それを象った光が法杖より溢れ、幻がまとわりつく様に肉づいていく。

 ほんの数秒の美しい景色の後、そこには長い髭を湛えた龍が長い身体を揺らして浮いていた。鼻先を下におろし、騎士の礼の様に【純潔と守護神】を見上げる。


『ルゥウゥゥ...』

『えぇ、お願いトゥバン。私の守護神。』


 角を軽く撫で、召喚に応じた精霊に感謝を告げる。手が離れたのを合図に、滝を登るかの如く天へ向かい、その身を黒雲に隠し始める。

 広がる雷雲とともに、空を泳ぐ龍が咆哮すれば、一筋の光の柱が地を穿つ。


「私達も行きましょうか、仁美ちゃんを探さないと。」

『かしこまりました。』


 穏やかな笑みを浮かべて【純潔と守護神】は頷く。ビルの合間を抜けながら、弥勒は己の精霊に尋ねる。


「このゲーム...貴女達には、精霊には目的があるの?」

『何故、今になって?』

「私がこうして、勝ちを目指す事無く動くのは...不満かと思って。」

『そうですね...不満はありません。精霊は願いの成就を見届ける為の存在、この戦はあくまでも余興ですから。私は拘りもありませんし。』


 意外に、孤独に脆い人だと苦笑しつつも、【純潔と守護神】は正直に話す。精霊にもゲームで勝ち取る事に拘る者も、本来の役目より闘争を求める者もいるが...彼女はそうでは無い。

 走る足を緩め弥勒を振り返るれば、一人になった途端に随分と汐らしい彼女が映る。命の恩人で依頼人、年上の協力者。被る仮面が取れた様で、本来の彼女なのかもしれないとさえ思ってしまう。


『安心してください。この戦が終わるまで、私は貴女の味方ですから。絶対に置いていったり致しませんとも。』

「...ありがとう。」


 早く戻って来れば良いのに、と食えない男と二柱の精霊を思う。レディを待たせるなど、言語道断である。

 内心の憤慨は、力量不足を痛感する己への苛立ちだと、分かっていながら八つ当たりをして。精霊は契約者の手を引いた。


『参りましょう?二人を待たせていますから。』

「えぇ、勿論。」


 落雷の音を聞きながら、その根元へと二つの人影は走り出した。




 突然の落雷に驚きながら、身を潜めていた仁美が顔を出す。先程まで対話していた女性と牛の精霊は、既に去った様だ。

 安心した仁美はゆっくりと周囲を確認すると、表通りへと足を進める。破壊音も落雷も、そちらが主だったからだ。健吾がいるのならば其方だろう。


『キュ〜?』

「大丈夫だよ、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】。」


 精霊を失っている健吾の、最悪も想定しながら。敵がいないかを確認しつつ、表通りを探す。

 こんな時、健吾と【積もる微力】ならば、堂々と走っているのだろうか、と叶わぬ事を考えたりもする。他者は龍に釘付けであろう事は予想できるので、早歩き程の進行速度ではあるが。


『ルゥ!』

「獅子堂さ...っ!」


 精霊の鳴き声に、パッとそちらを振り向いた仁美が息を飲む。驚いた様に駆け寄る彼女に、健吾は苦笑いを浮かべて右手を振った。

 それもそのはず、出血量が思ったより多く、顔の青い彼の服は対象的なまでに赤くなっていたのだから。


「大丈夫だ、腕斬られただっ!?」

「血、いっぱい...怪我は?どこ?」

「ゆら、揺らすな!酔う...」


 貧血気味の頭がグラグラと視界を定めない彼に、【辿りそして逆らう】が巻きついて固定してやる。ついでに仁美の手を離すのも忘れない。


「あ...すいません。」

「いや、大丈夫...あんがとな、【辿りそして逆らう(トレスonリベリオン)】。」

『キュウゥ〜...』


 傷は治っても血は戻らず、免疫を高めても病原体を追い出した訳でも無く。絶対安静だとでも言わんばかりに、咥えた尾で軽く頬を叩く。


「いて、痛いって。こんなに集まってくると思わなくてさ...」

『キュー!』

「悪かったって...」

「心配、しました。」

「長引くと思わなくてよ、助かった...んで、双寺院さん達も来てんのか?」


 尋ねる健吾に、仁美は静かに首を振る。


「早乙女さんは、来ました。」

()?ってことは、双寺院さんは?」

「...何でか分からないけど、いなかった、です。」

「何でかって...んまぁ、いっか。あの人、一人でふらつきそーだし。」


 適当に結論づけて、治って行く腕を見る。貧血からか、段々と眠気が押し寄せてくる。だが、流石に女性に運ばせる体格はしていないのだ。ここで眠るわけにもいかない。

 眠気に抗う中で、ゆっくりと近づいてくる弥勒が見える。とりあえず、敵はいないと考え、居なくなった精霊を思い...健吾はゆっくりと瞼が落ちた。


 現在時刻、2時。

 残り時間、3日と5時間。

 残り参加者、???。

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